作品タイトル不明
32-23 調査と対策
球状の結界に暴食バッタを閉じ込め、仁たちは会議を行っていた。
「虫相手といったら、殺虫剤なわけだが」
まずは仁が意見を出した。
「ええと、虫が嫌う植物の葉っぱで 燻(いぶ) すことかい?」
サキからの質問。どうやらこのアルスには殺虫剤、というものはないようだ。
「それもあるが、虫を駆除する成分……まあ、毒だな。それを吹き付ける」
「仁、それって人間にも害があるんじゃないかい?」
驚いたようなグースの顔に、仁は苦笑いを返す。
「それはそうだ。ただ、身体の大きさが違うとか、代謝の違いとかで、人間はすぐに体調を崩すことがないようにはなっている」
それでも直接吸い込んだり、大量に摂取すれば死に到ることもあるわけだが。
「……ちょっと危険」
「だな」
農薬の一部のものは作物に成分が蓄積するものもあったような気がする、と仁は環境汚染問題を思い起こしていた。
「……ということで殺虫剤は却下だ」
「ん、賛成」
それ以前に、化学に疎い仁には、適切な殺虫剤を短期間に開発することは困難であった。
「単に捕まえようとしてもあの強力な顎で噛み砕かれそうだしね」
網や檻は役に立たないかもしれない、と懸念するサキ。
「となると……」
虫の弱点は何か、仁は考える。
「低温はいいかもしれない」
台所の不快害虫用に、急冷するスプレーがあったことを思い出す仁。
「なるほど、昆虫は寒いと動きが鈍るからな。いいかもしれない」
グースも賛成する。
「で、動きが鈍ったところを、捕まえる?」
エルザが結論を言った。
「掃除機や結界で吸い込んで始末すればいいかもな」
なんとか見通しは立ったが、サキが一つの疑問を口にした。
「ところで、大発生の原因ってなんだろうね?」
「たしかにな。なんか条件があるのかな?」
退治の見通しが立ったからこそ、このような検討をする精神的余裕が仁たちにできていた。
「むう……」
今いるメンバーの中で、もっとも昆虫の生態に詳しいグースにもわからないようだ。
「そうだ、ジン兄、この捕まえてきた暴食バッタをもっとよく調べてみたら、どう?」
「それも一つの手だな」
エルザからの提案に、仁は頷いた。
「『 分析(アナライズ) 』……んん?」
「ジン兄、どうしたの?」
「エルザも分析してごらん?」
「ん。……『 分析(アナライズ) 』。……あ」
「どうしたんだい、エルザ?」
仁とエルザが2人揃って不思議そうな顔をしたので、サキはその理由を尋ねた。
「…… 自由魔力素(エーテル) をかなり含んで、いる」
「え!? 魔力素(マナ) じゃなく?」
「ん、そう」
生物が 自由魔力素(エーテル) を取り込むのは、体内で 魔力素(マナ) に変換し、そのエネルギーを利用するためである。
ゆえに、 自由魔力素(エーテル) を大量に含んでいるというこの暴食バッタは、かなり特殊な生態であるといえた。
「ペルシカジュースみたいに、植物性の非生物ならわからなくもないんだが……」
「ふうむ、興味深いな」
グースも身を乗り出し、暴食バッタをしげしげと眺めた。
「その特性が『コンロン3』の結界も破ったのかもな」
結界は、基本的に『 自由魔力素(エーテル) の網』だ。
仁は、その 自由魔力素(エーテル) を取り込んだのではないかと推測したのである。
「ねえジン、この暴食バッタは、どうやって 自由魔力素(エーテル) を体内に保持しているんだろうねえ?」
一方、ふと思いついた疑問を口にするサキ。
「え?」
「え?」
仁とエルザが揃って声を上げ、サキの顔を見た。
「ど、どうしたんだい、2人とも?」
「うっかりしていた。サキの指摘で気が付いたよ。ありがとう!」
「え? え?」
サキは魔導士ではないのでわからなかったのかもしれないが、通常生物は、 自由魔力素(エーテル) を取り込んでもそのままでは利用できないので、体内で 魔力素(マナ) に変換する。
それをせずに溜め込んでいる暴食バッタは、あきらかに異常なのだ。
そう説明すると、サキは納得したように頷き、グースはさらに考え込んだ。
「どうした、グース?」
「……溜め込む……エーテ……異常……生態……」
ぶつぶつ呟きながら考え込むグース。
このアルスに棲息する生物には詳しくないので、仁にも有益な助言はできそうもなく、黙ってグースを見守った。
たっぷり10分ほども考え込んでいたグースは、ゆっくりと顔を上げると、訥々と語り出した。
「……これは、あくまでも仮説として聞いてくれ。……そもそも暴食バッタそのものが異常な生物なんだ」
仁、エルザ、サキは耳を傾けた。
「 自由魔力素(エーテル) が生物にどんな影響を与えるか。俺は、短期間だが『 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) 』の革を調べさせてもらったことがある」
グースは次の言葉を考えるようにそこで一息ついた。
「…… 古代(エンシェント) 竜(ドラゴン) の革にも、 自由魔力素(エーテル) は含まれていた」
「ああ、強化するためにだ……な……」
相槌を打ちつつ、仁も思い当たる。
「やっぱり仁も気づいたか。そう、俺の仮説というのは、その 自由魔力素(エーテル) こそが暴食バッタの強さの秘密じゃないかということなんだ」
「くふ、ありそうな話だね」
サキもその説に賛成の意を示した。
「ふむ、ゆっくり 自由魔力素(エーテル) を溜め込んで、それによって身体が強化される、というわけか」
「一定量溜め込んだものが暴食バッタになるのかも」
グースが推論を述べた。
「……なら、その溜め込んだ 自由魔力素(エーテル) を奪えば……」
エルザが言う。
「暴食バッタはただのバッタになる?」
その言葉にグースは頷いた。
「おそらく。とはいえ数が多いから、作物を食い荒らす恐れがあることに代わりはない。とはいえ、退治の難易度は大きく下がるだろうけどな」
「それじゃあ、まずは確認だ」
捕らえてきた暴食バッタが内包している 自由魔力素(エーテル) は奪えるのか否か。
礼子が暴食バッタを手にしながら、 自由魔力素(エーテル) 消費の大きい魔法を使う。
その結果、暴食バッタの 自由魔力素(エーテル) が大きく減ったならば……。
「研究所の外でやろう」
消費量の大きい魔法と言えば重力魔法が真っ先に思い浮かぶ。だがそれを室内で使うのはちょっとまずい。
仁たちは研究所の外に出た。
「では、使います」
礼子は暴食バッタを入れた容器を持ち、重力魔法を使い、浮き上がった。そのまま50メートル程上昇し、また戻って来て着地。
「よし、調べてみよう。『 分析(アナライズ) 』……おっ、やっぱり 自由魔力素(エーテル) が減っている」
「ということは、暴食バッタが蓄えている 自由魔力素(エーテル) は、他者が使うこともできるということ?」
「そうなるな。単に 自由魔力素(エーテル) 濃度が高い、というだけだ」
「仁、そうすると暴食バッタは天然の 魔素貯蔵庫(エーテルタンク) 、というわけか」
グースの表現はなかなか適切であった。
「そうなるな。これで、他の対策も立てられる」
「ジン兄、それは?」
エルザからの質問に、仁は少しだけ顔を 顰(しか) めて答える。
「例えば……『 魔素暴走(エーテル・スタンピード) 』だ」