軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 行ってらっしゃい。

快適な『ぐーたら生活』に必要なものとは。

まず必要なのは、健康な身体だ。どこかに痛みがあっては気分よく『ぐーたら』できないことは、今もって体験中。いきなり、せっかくの『ぐーたら』が頓挫するとは……。しょんぼり。

「おそらく、急に重たいものを食べ過ぎたんでしょう。一日絶食してから、消化の良いものを少量から食べ始めてください。いいですね?」

私とコレットさん、セバスさんに言いつけて、お医者さんは帰っていった。

どうやら、今までがあまりに質素な生活をしすぎて、おいしいサンドイッチにお腹がついていけなかっただけらしい。朝一でもらった紅茶も、私のお腹には刺激が強かったんだとか。

ちなみに、教会の聖女も病気の治療はできるんだけど、寄付金がとても高い。だから、たとえ貴族であっても、ひとまず普通のお医者さんに診てもらうのが常。聖女じゃ治すことはできても、どこが具合悪いとか、何が原因だとかまでわかる人は少ないからね。

自分で治せたらいいんだけど……決まりで、自身に奇跡を使ってはならないってあるからな。仕方ないね――と、そんなことより。

「ごめんなさいいいいい。美味しいもの、たくさん食べさせないとって思ってえええええ。ごめんなさああああああああいっ!」

私が寝ているベッドに伏せって、コレットさんが号泣している。

このベッド、雲みたいにふかふかなの。さっきのパンとどっちがふかふかかな。あたたかくて、ふかふかなベッドで眠れるだけで、すごくしあわせ。

それに快適『ぐーたら生活』の第二に必要なものとして、家を管理してくれる人らと円滑な交流も必須だと思うのだ。ギスギスした環境で『ぐーたら』過ごせといわれても、しっくりこない。

だから、泣かないでほしいんだけど……どうしたらいいんだろう?

何も気の利いた言葉が出てこないから、私は指先で印を描いてみた。

私の指の動きに沿ってキラキラ光るのが、マナだ。マナは決まった配置に並べてあげると、決まった動きをしてくれる。その配置のパターンやアレンジが数えきれないほどあるから、とにかく聖女や聖人は勉強に勉強を重ねるんだけど……私が今描いたのは、すごく簡単なもの。キラキラしたマナが大気中で弾むことによって、シャラシャラした音を奏でるの。

キラキラ。シャラシャラ。これは子供をあやす時によく使われる式だ。あと規模を大きくすれば、式典などの演出に使われることもある。

それを、コレットさんのまわりで躍らせれば。

彼女は目じりの涙を拭いながら、くすくすと笑いだしてくれた。

「これ、奥様の奇跡ですかぁ?」

私がこくりと頷くと、コレットさんはほころんだ顔でキラキラを指先で突っつきだす。

「ふふっ。こんなきれいなマナ、初めて見ました」

「大げさ……」

途端、私は大きなあくびをしてしまう。あぁ、奇跡を使ったからかな。すごく、眠いや……。昔はこんなの目じゃないくらいの式を、一日数えきれないくらい使ってたんだけどなぁ。

まぁ、使えなくなったから、こうして売られたわけだけど。

瞼の重みに耐えられなくて、目を閉じると。

頭に加えられた優しいぬくもりが、規則的に動かされる。

「おやすみなさい、奥様」

今も、お腹はシクシク泣いているけれど。

それでも、こんなあたたかいなら――頓挫したかと思ったけど、こんな『ぐーたら生活』も幸せだ。

「――あれから変わりないのか?」

「はい、夜もずっと眠っておられました。もうすぐお時間ですが……どうしましょう? このまま寝かせておいていいですか?」

「当然だ。ただ万が一があるから、昼過ぎまで起きなかったらもう一度医師……いや、教会に連絡して聖女を派遣してもらって――」

教会……? やっぱり私じゃ不出来だから、また教会に返品されるの?

また、一日二十二時間労働生活?

ちょっとでも失敗したら、鞭で叩かれるの?

「やだ……」

思わず、そう呟いてしまった時。

私は旦那様と目が合った。おいしそうな桃色の髪と、宝石のようにキラキラした碧眼。きれいだな。てか……あれ。私、今なに言った?

「ノイシャ、目覚めたのか?」

「えっ? あ、あの……」

ノイシャ……て、私のことだよね?

いきなり名前を呼ばれて思わずまごついていると、旦那様がハッと目を見開く。

「いや、ノイシャ殿。いきなり呼び捨てにしてすまなかった。それとも、俺に名前で呼ばれること自体が不快だろうか? 希望の呼ばれ方はあるか? できれば、見送り時は『ノイシャ』と呼ばせてもらえると、なかなか『それっぽい』と思うのだが……」

「あ、大丈夫です。グズでもノロマでも、オバケでも白髪人形でも。慣れてます」

私は慌てて「ご自由にどうぞ」と言ったつもりなのに、なぜか旦那様は頭を抱えてしまう。

「……セバスから報告は受けていたが、なかなか重症だな」

「そうなんです。もう、わたしが幸せにしてあげなきゃ~感が半端ないんです」

コレットさん、どうしてそんなに固くこぶしを握っているんですか?

だけどそう聞くよりも先に、旦那様が私に向かって「まぁいい」と話しかけてくる。

「とりあえず息災で何よりだ。今日はこのままゆっくり休んでいてくれ」

「休み……?」

「ぐーたら寝ていてくれ、の方が喜んでくれるんだったか?」

小さく笑った旦那様からの、ぐーたらの提唱。それに「やっほい!」と手を上げると、旦那様は「お休み」と部屋から出ていこうとする。コレットさんも「じゃあ旦那様のお見送りだけ行ってきますね~」と踵を返して――私は気づいた。

朝だ。窓から差し込む日差しがまぶしい。朝は働く時間。旦那様と『いちゃいちゃ夫婦』をするのが、私の新しい仕事だ。

「ま、待ってください!」

私は慌ててベッドから下りて、旦那様の腕を掴んだ。いきなり動いたせいか、立ち眩みがする。それでも、やることやらないと。罪悪感で、余計にお腹が痛くなりそうだ。

「今から登城なさるんですよね? 私、ちゃんと奥さんやります」

「だけど、腹の痛みは?」

「大丈夫です、治りました!」

「それでも、ただでさえ虚弱なんだ。無理は――」

「後生ですから働かせてください! お仕事サボってぐーたらなんて……それこそ鞭打ちじゃすみません。神様から天罰が下ってしまいます‼」

天罰は、とっても恐ろしいもの。人間がどう抗っても、乗り越えることができない――それこそ私が孤児なのも、前世の業を払うため。だから、どんなに苦しくても、私は働き続けなきゃいけなくて。そうじゃないと、また来世でも不運な生まれになるって……そう司祭長様はおっしゃっていた。だから――

私が目をつむって必死に縋っていると、上からため息が聞こえた。

「そこまできみが言うなら……ただ、またラーナがうるさいと思うぞ?」

「問題ありません。仕事ですから」

というか、ラーナさんの賑やかさは苦手ですらありません。びっくりしたけど、歓迎してくれているのが、すぐにわかったから。

私がまっすぐ旦那様を見上げていると、彼は真面目な顔で頷いてくれた。

「それなら――行くぞ」

コレットさんが私の肩にガウンを掛けてくれる。ふわふわ。あたたかい。

私の寝室から、ロビーまでのわずかな時間。私は昨日の成果を確認する。

――さぁ、仕事を始めよう。

「昨日の私の態度はいかがでしたか? お二人に疑われたりなどしなかったでしょうか?」

「……あぁ、何も問題ない。今日もあの調子で頼みたいが、きみの方こそ俺に髪を触れられて、嫌じゃなかっただろうか?」

「どうして私が嫌がる必要が? むしろ旦那様こそ、この白い髪が気持ち悪くないのですか?」

「気持ち悪い?」

玄関の扉の前で、セバスさんが開けてくれるのを待つ。昨日の通りなら、そのわずかな時間に、旦那様が私の腰に手を回すはず――それなのに、旦那様は私を見下ろして、怪訝そうな顔をしていた。

「きみの脱色してしまった白い髪色は、きみが今まで懸命に働いてきた証拠だろう? それをどうして気持ち悪がる必要がある。まるで意味がわからないな」

「私の……?」

「ちょっと、今日はずいぶんと――」

扉が開くのと同時に、ラーナ様とバルサ様がすぐそこに待っていた。ラーナ様は昨日と同じような男装だけど、シャツの色が違うみたい。おしゃれだなぁ。やっぱり眩しい。

そんなラーナ様は、私たちを見てにやりと笑う。

「あら。同棲三日目で、もう喧嘩?」

その疑問符に、旦那様が即座に肩をすくめた。

「んなわけあるか。彼女の体調が優れないから、無理をしないよう言いつけていただけだ」

「まあ! ノイシャさん具合悪いの⁉」

だったら寝てないとダメじゃない、と、私はラーナさんの手で扉の奥に押し戻されてしまう。あぁ、門のところまでお見送りにいかないとダメなのに……‼

「セバスさん。コレットちゃん。大きな坊ちゃんは私たちが面倒みるから!」

「畏まりました」

苦笑するセバスさんが「ではお言葉に甘えまして」と扉を締めようとしてしまう。

えーと。えーと……せめて!

外は、今日はやっぱり眩しい。目がくらむほど。

だけど扉が閉まる前に、私はなんとか言葉を絞り出した。

「あの……行ってらっしゃいませ!」

すると、門に向かおうとしていた旦那様が驚いた様子で振り返る。

そして「行ってきます」と、小さな笑みを返してくれた。