軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

45:伯爵夫人は魔法で脅す

私は、書類にサインしようとペンを取るシャールを片手でそっと止めた。

「ラム?」

いぶかしげな表情を浮かべる彼に目線で大丈夫だと合図し、使者と向き合う。

「今回の件はメルキュール家が受ける犠牲も大きいです。こちらとしても、今までのように何もなしでというわけにはまいりません」

「金の上乗せですかな? まったく、男爵家出身の女はがめつい」

魔力を持っているからか、使者は伯爵夫人である私にも辛辣な対応を取った。

たしかにうちの実家、イボワール男爵家はがめつかったけれど。

「お金じゃありません。今後の仕事のためにも、大聖堂に眠る本を読んでみたいの。あるでしょ? 門外不出の本の類いが」

「……へっ? ……本?」

「そうです!」

私は堂々と頷いてみせる。

ぽかんと口を開けた使者は、やがて我に返り反論し始めた。

「ふ、ふざけるな。あったとして、どうしてお前のような部外者に見せねばならん!」

使者の言うことはもっともだ。

でも私は読みたいので、彼の文句など知ったこっちゃない。

「あなたはきっと許可をもぎ取ってくれるわ。信じていますよ。何か困ったことがあれば、ぜひ相談に来てくださいね」

にんまりと口角を上げ、優しく使者に話しかける。

使者は気づいていないが、私は彼に魔法を仕込んだ。

毎日少しずつ、だが確実に体臭がきつくなる地味に嫌な魔法を!

しかも、この魔法はじわじわと周囲に感染する。目には目を、ゾンビにはゾンビを!

(大聖堂という名の巣に魔法を持ち帰り、メルキュール家を破滅に追いやる者たちを微妙な感じに苦しめるといいわ! そして、大聖堂の本を閲覧できる正式な許可を取ってきてちょうだい)

不法侵入も可能だが、正式な許可に勝るものはない。

モーター教については、まだまだ情報不足なので、一応用心しておこうと思った。

そのあと、シャールが書類にサインし、使者は相変わらずな態度で帰っていった。

「ラム、使者に何かしたな?」

シャールがなんとも言えない顔で私を見る。割と鋭い。

「使者さんへのお願いが通りやすくしただけだから、心配いらないわ」

「心配はしていない。やけに楽しげだったから気になっただけだ。ラム、モーター教には気をつけた方がいい。聖騎士団はともかく聖人は得体が知れない」

「シャール、聖人に会ったことがあるの?」

「子供の頃に一度だけ。フードを目深に被って不気味だった」

「割と昔なのね」

頻繁に聖人がテット王国を訪れるわけではないらしい。

モーター教を信仰する国はたくさんあるが、聖人は十人しかいないからだろう。

どちらかというと、うちの国は小さくて影響力もないのでスルーされていそうだ。

「あ、そうだ。ウラガン山脈の魔獣なら私が退治しておいたから大丈夫よ。そのうち、大聖堂側から連絡が来るんじゃないかしら」

「…………は?」

シャールは訳がわからないといった感じで瞬きする。

「だから、遠隔の光魔法でゾンビリーパーを……」

言いかけて、私は自分の体がぐらついていることに気がついた。足に力が入らず、重心が傾いていく。

「ラム……!」

焦るシャールの声が聞こえ、体が彼に抱き留められた。

「ちょっと無理をしすぎたみたい。遠隔魔法は便利だけれど魔力消費量が半端ないのよね。前世ならともかく、今世の私は引きこもりの虚弱体質だから、魔法に体が追いつかなくて」

「…………」

鍛えているが、魔力で強化しないとまだまだひ弱な体だ。せめて、普通の人くらい丈夫になりたい。

「フエ、すぐにウラガン山脈の魔獣について確認を。私はラムを看病する」

「はいはい、お任せください。ついでに奥様が使者に何をしたのかも調べておきます。シャール様、他人の看病なんてできるんですか?」

「他人じゃない。妻だ」

シャールはキリッとした表情で答える。

(……ちょっと不安かも)

まだまだ外は明るいけれど、私は問答無用でシャールに部屋まで運ばれてしまったのだった。