軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

25:伯爵夫人は隠し扉を発見する

メルキュール伯爵家の食堂にて、ラムはシャールと向かい合っていた。

前菜のポテトサラダは気に入ったが、沈黙が気まずい。

「あら、今日の人参スープ、とてもおいしいわ」

「食うか?」

「ありがとう……じゃなくて、話したいことがあるのでしょう?」

スープはしっかりゲットし、私は彼からの話を待つ。

(内容は、わかっているわ)

シャールは自分を落ち着かせるように長いため息を吐き、赤い瞳を私に向けた。

「何から聞けばいいのか正直戸惑っている。謎の落書きに、傷を消す魔法。私ですら知らないそれらを扱うお前は何者なんだ。以前、実家にあった本を読んだと聞いたが、そんな書籍は見たことも聞いたこともない。魔法教育を一切受けていない男爵令嬢にできることではない」

「ええと……」

「私も文献は集めている方だが。そのような記述が載ったものは見たことがない。メルキュール伯爵の、この私がだ。いい加減、本当のところを知りたいのだが?」

シャールはラムの言い訳を全面的に信じていない。

かといって、正直に伝えたところで、無理があると思う。

自分でも、何故生まれ変わったのかわからないのだから。

しかし、シャールに事実を知られても、困ることはないと気づいた。

多少変な目で見られるだろうが、よく考えると……どうでもいい事柄だ。

(利用されたり、迫害されたりするなら、子供たちを連れて家出すればいいだけだし)

言うだけ言ってみようかと、私はシャールの目を見返す。

「ごめんなさい、あなたの考えるとおり、実家の文献云々は嘘。私、五百年前の記憶があるの。その時代の私は魔法使いだった」

「は? どういう……」

シャールは、いぶかしげに眉を顰めた。

(不機嫌に見える態度を目にするたび、以前のラムは震えていたっけ)

今ではこれが彼の素の姿だとわかる。

「急に私の人格が変わった時期があったでしょ? それは前世の記憶が蘇ったからで、以前の私は本当にただの病弱な男爵令嬢だった。信じてはもらえないだろうけれど」

「転生など聞いたことがないな」

当たり前だが、シャールはとりつく島もない。

「私も、こんな事例は初めてよ。前世でも転生なんてものはなかったし、どうしてこうなったかの理由はわからないの」

「奇妙だな。そんな便利な術があれば、メルキュール家の魔法使いは不死身になれるだろうに」

「物騒なこと言わないの」

魔獣と戦い玉砕しては蘇り……を繰り返されるなんて、迷惑以外の何物でもない。

しかも、生まれてくるときには場所を選べないし、記憶さえ持たないのだ。

何かの拍子に蘇ったとしても、メルキュール伯爵家に戻る人間はいないだろう。ろくでもない家なので。

「私からもあなたに質問があるの。私は現在の魔法事情を知らないから」

「現在で二十年も生きているのなら、ある程度はわかるのではないか?」

「普通ならね。でも、ラムは重度の引きこもりだった。体が弱い上に親しい人間もゼロ、知識欲もなかったの。だから、何も知らないのよ……魔法事情どころか、現在の世間の常識も」

「難儀なことだ」

信じているのかいないのか、シャールは行儀悪く腕を両側に投げ出して答えた。

「今の魔法事情が知りたいなら、私の部屋に案内する。先ほども言ったとおり、大量の文献がある」

「いいの……?」

「構わない、お前の話を信じるわけではないが、一応私の妻だからな。その代わり、落書きと治癒魔法について教えろ。見よう見まねで実践するにはリスクが高い」

「いいわよ。学舎の子供にも教えようと思っていたし」

運ばれてきた料理を平らげ、デザートも完食したあと、私はシャールと共に彼の書斎へ向かう。書斎はシャールの領域なので、未だ足を踏み入れたことはなかった。

天井が高く広い書斎の壁際には、一面にびっしり本が並んでいる。

「歴代のメルキュール伯爵が集めた蔵書だ。伯爵になってからは、私も様々なことをここで学んだ」

「五百年前の書物はある?」

「あるにはあるが、魔法に関する古い文献は残っていない」

「それじゃあ、片っ端から見せてもらうわね」

年代物の本を目で探ると、いかにも古めかしい背表紙があった。

しかし、棚の高い場所に入れられている。

手を伸ばすとギリギリ届く高さだ。

(微妙に引き出せないわね)

魔法を使おうと考え直すと、ふっと背後に影が差した。

「この本か?」

後ろから、シャールが手を伸ばし、私が取ろうとしている本を引き出す。彼の手が指先に触れた。

「あ、ありがとう」

本を手にするシャールに礼を言い、私はパラパラとページをめくってを確認する。

二百年前に記述された、魔法の種類に関する本みたいだ。

「ふむふむ、二百年前から、既に今の状況だった……と。治癒も転移もないのね……あら」

もたれようと手をついたら、本棚の一部がカチリと音を立て、ゴゴゴという地鳴りと共に動き始める。

「なっ、ラム、棚の仕掛けを触ったのか」

「わからない。本棚から音がしたわ」

珍しく焦るシャール。こんな彼を見るのは初めてだ。

その間にも部屋は動き続け、棚と棚の隙間に通路が現れた。

「あら、隠し通路。奥にも部屋があるわね」

「や、止めろ……」

シャールが何やら焦っているが、隠されていた部屋の中が気になるので無視する。

奥に佇む小さな扉を開けて中に入ると……

そこには驚きの空間が広がっていた。