作品タイトル不明
LV999の村人-7
『もちろん、俺はちゃんと聞いたぜ? 身体の激痛は想像を絶するってな。調整を行わないまま外に出たとしても……身体は数日も持たないとも伝えた。そしたらこいつら、ニニアンを筆頭になんて言いだしたと思う?』
それを耳にした時のことを思いだし、ライアンは思わず噴き出して笑ってしまう。
まさか、アースクリアに住む多くが、同じ馬鹿なことを言いだすとは思わなかったからだ。
『お前らが数日間、その人数で戦い続けていた苦労を考えれば丁度いいペナルティだってよ』
それを聞いて、エデンの前線で戦っていた者たちは思わず笑みを浮かべる。笑みを浮かべて嗚咽にならない涙を頬へと垂らした。面白かったからではなく、単純に嬉しかったからだ。
この世界のため、身体の激痛を堪え、共に戦うことを決意して駆け付けてくれたことに。
『セイジ! エデンにいる……グリドニア王国の連中も外に出たがっているはずだ! 今すぐ確認しに行け! こっちも……まだまだ来るぞ! アースでこの宇宙船が戻って来るのを待っている奴らがあと一千万人はな!』
その瞬間、セイジは震えが止まらなくなった。この土壇場に来て差し込んだ大いなる希望を、奇跡と呼ばずになんと呼べばいいのかわからなかった。それくらいに、凄いことだったからだ。
それは、全ての人類が、世界を守るという一つの目的のために、想いを一つにした瞬間。
「命を散らしてでも、自分たちの居場所を守りたい」と、全員が願ったからこそ起きた奇跡。
それを感じた瞬間、セイジはエデン内部にある、アースクリアを管理している部屋へと向かって全力で駆けた。この奇跡を、悲しい結末で終わらせてはならないと。
「ロイドさん……!」
「どうやら…………まだ、終わってはいないみたいです」
フローネとロイドは頷き合うと、エデンへと戻っていく。
あるはずのなかった時間が生み出され、僅かながら未来が切り開かれたとはいえ、それでもデミスが生きている以上、状況は絶望的なことには変わりはない。
「奇跡は……起こります。何度でも」
それでもロイドは、今こうして奇跡が起きたように、再び奇跡が起きることを信じた。
その奇跡を起こすためにも、奇跡が起こるかもしれない、僅か数秒の未来を作り出すために、今は身体を休めることを優先した。
「鏡さん……皆、皆来てくれたよ! あの時と同じように、皆、皆が!」
かつて見た光景に似た状況に、アリスは感極まって笑顔を浮かべる。
それも今度はアリスが呼びかけたわけではなく、各々が自分の意志でここへとやってきた。
「信じてる……ボク、鏡さんのこと信じているから! だから!」
これから先、人類がどうなってしまうかは、たった一人の男に委ねられた。
全ての結末は、鏡とデミス、どちらが勝利するかで決まる。
これまでの全ての奇跡が、鏡が繋げたこの絆が、どうか無駄に終わらぬように願いながら、アリスは、この戦いの行く末が希望に照らされていることを祈った。
「行こう……メノウ! ボクたちも……奇跡が起きるまでの時間を稼ぎに!」
メノウは頷くとアリスと共に再び前線を維持するために戦いを始める。
ハッピーエンドは決してありえないはずの、理不尽だらけのこの物語を終わらせるために。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『憐れだな』
強化された人間がいくら人数を集めたところで、真の姿を現したデミスの敵ではなかった。
とはいえ、人間の知性をつけた今、この圧倒的に不利な状況で、ここまで戦い抜いた人類には敬意を示さずにはいられない。たとえこのあと、己が一部と成り果てるだけの餌だとしても。
『もうじき……終わる』
鏡によって負わされた傷も癒え、失った体力もほとんどが戻り、大きく消費した魔力もある程度回復し始めた。リーシアの前例があるため、万が一にも手傷を負わされる事態にならないように、デミスは万全の状態で最後の瞬間を迎えるつもりだった。
完全に終わったと思った人類に、ただの延命としか言い様のない増援が入ってから、既に半日が過ぎている。
脅威だった存在は息絶え、デミスを脅かす者は最早、人類には存在しない。
『できることであれば、生き残った人類に、息絶えた者の身体を取り込む瞬間を見せつけ、更なる絶望を与えたうえで食したかったが……』
想像以上に鏡はしぶとく、強力な一撃をもって葬るしかなかった。とはいえ、鏡の身体を取り込むのをデミスが諦めたわけではない。鏡を吹き飛ばした方向はわかっているため、あとで月面に積もった隕石を掘り起こし、食すつもりでいる。
『だがその前に……』
誰にも邪魔されず、最高の食事ができるよう、ゆっくりとデミスはエデンへと向けて動き始めた。言い様のない高揚がデミスの胸の内に広がる。
偽りの希望を与え、心が絶望に染まったところで命を喰らい尽くす。まるで、命を弄んでいるかのようなこの瞬間が、デミスにはたまらなかったのだ。
「く……くるな、くるなぁぁぁぁぁああああ!」
『ふは…………ふははははははは!』
もっと速く動く事はできた。
だが、デミスはゆっくりと、じわじわと恐怖心を煽るようにエデンへと近付いていく。
自分が動き出したことで、目の色を恐怖へと落とした人類が、たまらなく愛おしく感じられたからだ。
その愛おしく感じた存在を、この手にかけるのだ。
『これ以上の……悦楽はない』
そしてデミスはゆっくり、ゆっくりとエデンに近付いていく。
『やらせない……! あたしたちが相手だ!』
その途中、デミスでも完全に捉えきるのは困難な速度でラストリボルトが接近する。
まだなんとかなると信じているのだろう。そんな気概を感じる強い意志で、油機とメリーは立ち向かってきた。
デミスには、その勇気すらありがたく感じた。
恐怖を際立たせるための最高の調味料として。
「近寄らせてはなりません! 姉様!」
「うむ、皆の者! クルルにタイミングを合わせるのだ!」
近付けば近付くほどに、攻撃は激化した。
「少し回復した程度で通用するかはわかりませんが……僕の力もお使いください!」
「パルナさん! 私が操っている死体の魔力を!」
「任せて……頂戴、ここがふんばりどころ……………よね!」
ここまで来たのであればきっと勝てると考えているだろう相手を前に、デミスは喜びに満ち溢れる。確かに、これまで戦ってきたどんな生物よりも、目の前の人類は強かった。
だが、何一つとして、デミスの脅威となる攻撃には至らない。
どれだけ攻撃を重ねようが、力を結集した一撃を放とうが、デミスにとっては豆鉄砲しかなく、効いている素振りすらも見せずに、ゆっくり、ゆっくりと近付いていく。
そして、一人ずつ戦意を喪失させ、無防備になったところでじっくりと味わうのだ。
『ふふ……ふははははは! ふはははははは…………………は?』
その時、デミスは言いようのない悪寒に襲われた。
『……なんだ?』
無数に及ぶ変異体とモンスターと交戦し続ける人間、魔族、獣牙族、そしてラストスタンド。
魔力銃器から撃ち放たれる魔力弾や、魔法、技、スキルの発動によって使用者の生命力と魔力が眩い輝きを放ち、戦場のあちらこちらで様々な光の色となって煌めいている。
その中に一色、類のない色を放つ輝きがあった。
それは、見る者を落ち着かせる不思議な青色の光。人間の全身を包み込む神秘のオーラ。
それが、ゆっくり、ゆっくりとこちらへと向かって近付いてくるのだ。
自分と、同じように。
『……な』
いるはずのない存在の姿を視界に入れた時、デミスは狼狽えて動きを止めた。
『何故…………生きている?』
眼の焦点すら合っていない血まみれの男が、不気味に余裕のある笑みを浮かべて近付いてくる。デミスが恐怖心を植えつけるために、わざとゆっくりエデンへと近付いたように、
「鏡さん……⁉」
デミスの狼狽に気付いたのか、エデンにいた者たちも次々にその存在に気付く。そして、デミスの狙いとは裏腹に、一人一人、瞳に希望による活力を漲らせ始めた。
そしてデミスは思った。「この存在はなんなのだ?」と。
迂闊にもデミスは、人類が希望を抱いても仕方がないと思えてしまったのだ。
思えてしまうほどに、再びこうして目の前に現れたのは、ありえないはずの出来事だった。
血まみれになり、再生するとはいえ動かすのも苦痛な身体で、笑っている。
周囲にいる己が分身をゴミのように蹴散らしながら、こちらへと近付いてくる。
「アリス……こいつを頼む」
鏡は、デミスへと向かう途中、胸元に抱き寄せるように手の平で守っていた存在を、アリスの手の平へと優しく置いた。
「朧丸……⁉」
「こいつ……ずっとフードの中に隠れてやがったんだ。また、助けられたよ」
身動きを封じられた状態で、デミスの放たれた大技『星喰い』を受ける瞬間のこと、突如鏡の耳元で声が聞こえた。「跳べ……ご主人!」と。
宇宙船に置いていった瀕死状態の朧丸が、置いては行かせないと鏡の服の中に隠れていたのだ。
「某を…………置いて行くなんて、許さぬ。某も……死ぬ覚悟くらいできているのでござるよ」
「朧丸……」
目が既に見えていないのか、焦点のあってない眼差しで強がりを言う朧丸を、アリスは優しく胸元に抱き寄せた。
「こいつがいなきゃ……危なかった」
既に『星喰い』は放たれ、横に跳んだとしても完全な回避は不可能な状態だった。
だから鏡はとっさに、後方へと跳んだ。
朧丸もそのつもりだったのか、スキルによる足場は『星喰い』が放たれた方角に生成されており、鏡は纏わりついていた敵を吹き飛ばして、デミスの放った星喰いと共に遥か後方へと跳んで逃げたのだ。
そして、同じ方向に全力で跳ぶことで、『星喰い』によるダメージを最小限に抑えた。
とはいえ、月面へと衝突し、その上から小隕石が次々に衝突してきたため、最小限とはいえど死にかけた。
だが、生きた。
生きてさえいれば、鏡にとって死にかけたことなんて些細なことだった。
「あいつが…………繋げてくれたんだ」
最後に見せた奇怪な行動。首筋からポーションを垂れ流すという行為。
來栖は気付いていたのだ、朧丸が鏡の服の中に隠れていたことに。そして、來栖は託したのだ。自分が最後に生み出した朧丸という存在に、その後の全てを。
そのポーションがなければ、朧丸も未だ意識を失っていただろう。故に、來栖は繋げたのだ、未来を。
今というこの瞬間を、アースクリアに住まう全ての冒険者たちが繋げたように。
「終わらせるぞ、アリス」
「……うん!」
信じてやまない安心しきった明るい笑みをアリスは浮かべると、鏡はデミスへと向かって飛び出した。
目にも止まらぬ速度で、一直線に、青い閃光を放ちながら。