軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変化し続ける存在-11

「油断しないでください……これくらいでやられるような敵じゃないはずです」

大きな傷をつけたとはいえ、これで終わったとは思えず、ロイドは気を引き締めるよう促す。

『……無傷でその肉体を得るのは難しいようだ』

直後、ロイドの言葉通り、余裕ある声を脳内に送り込んできたデミスに反応して、その場にいた全員が顔を強張らせた。

『質は落ちるが……殺した上でゆっくりと同化することにしよう。今や小娘の力のおかげで……死んでいたとしても大きな問題はない』

「なんでしょう……?」

その瞬間、デビッドは違和感を抱く。どこか、雰囲気が変化した気がしたからだ。

「いえ、気のせいじゃない……揺れているわ!」

タカコも同じく気が付いたのか、慌てて周囲を見渡し、デミスから放たれた光によって照らされたデミスの鎧に目を向ける。すると、肉の壁が今にも崩壊せん勢いで激しく揺れている光景が目に入った。

「このままだと崩れるぞ! 無重力とはいえ……どうなるかわかったもんじゃない!」

中身の三分の一が空洞とはいえ、崩れれば想像を絶する質量のデミスの肉片に辺りが埋め尽くされるだろうことは容易に想像できた。そして、デミスの鎧には重力が存在した。もしもそれが悪く作用した場合を想定してバルムンクは額に汗を浮かべる。

最悪、圧し潰されてもおかしくはないからだ。

「何をするつもりだ……!」

『このままだと何も事態が進まない。故に、我は元に戻すことにした。大きなエネルギーを必要とするが……惜しくはない。それだけの価値がお前にはある』

「元に…………戻す?」

はったりを口にしているとは思えず、鏡は表情を歪めた。

直後、デミスの鎧だけではなく、デミスの核までもが激しく揺れ、ひび割れたような亀裂が走る。そして、その亀裂から今にも爆発してしまいそうな眩い光が放たれた。

一同がこれまで眼と称していた部分よりも、圧倒的に強い光で。

「パルナ殿! 防御魔法は使えるか⁉」

「使えるけど……めちゃくちゃしょぼいわよ⁉」

「構わん! 少しの強度でもいいから備えるのだ! 私の魔力を使って今すぐ発動してくれ! 鏡殿が発動している防御魔法に被せるのだ!」

このままでは恐らく、爆発か、肉の壁による圧死か、とにかく何らかの衝撃に巻き込まれて死ぬ可能性があった。そんな嫌な予感がしたのだ。

そんなメノウの予感に同意してパルナは頷くと、メノウに手を触れて鏡が展開した防御魔法の内側に重ねる形で防御魔法を展開させる。

「僕も僅かながらですが……闘気で皆さんの身を守れるかやってみます!」

「私も……最後の力で防御魔法を!」

しかし、それでもまだ足りないと判断したのか、ロイドが闘気で作られた大きな盾を防御魔法の外側に展開し、フローネもパルナに協力する形で防御魔法を展開する。

「すみませ……ん、私が不甲斐ない…………ばかりに」

「いいからあんたはメノウの背中に顔をくっつけて衝撃に備えてなさい」

そんな一同を、申し訳なさそうにクルルが見守った。

「全員俺の近くに来い! 万が一は俺が受け止める! 全員は守り切れんかもしれんが」

最後に、バルムンクが身体を広げて何が来てもいいように備えた。

とはいえ、スキルで受け流せるのは一方向からの衝撃のみ、また、爆発によって生じる炎熱には耐えられない。仮に肉片が押し寄せて圧迫するようなことになれば、たとえバルムンクでも圧死する。

気休めにしかならなかったが、それでもとバルムンクは命をかけて皆を守ろうとした。

「……鏡君」

一同が発生するだろう衝撃に備える中、静かに鏡の肩を掴んで來栖が声をかける。

その時に見せた來栖の顔はどこか穏やかで、それが何を意味するのかすぐに察した鏡は、苦い顔を浮かべた。

「僕をデミスの核へ、リーシアのいるあの場所へと今すぐ投げてもらえないかい?」

「何……言ってるんだ?」

気が狂ったかのような発言に、鏡は聞き間違いでないかを確かめる。すると來栖は、もう一度同じ言葉を吐いて、今度は鏡の顔をしっかりと見つめた。

「今がどんな状況かわかってないのか? ……死ぬぞ!」

「だからどうしたんだい?」

命を繋ぎ止めようとする鏡が不思議でならなかったのか、來栖は真面目な顔でそう返した。

「僕は別に、生きるとか死ぬとかにこだわっていない。そんなのどうだっていいんだ」

「……來栖」

「君はさっき、僕たちが人類を救える希望にすがってここに来たわけじゃないって言ったね? その通りとだと思ったよ……僕は、リーシアを救うためにここに来たんだから」

揺れと共に放出される光が激しくなる中、二人は黙って見つめ合う。最早、多くの言葉はいらなかった。瞳の奥に灯った覚悟を確認し合うだけで。

「恐らく……これが最後のチャンスになる。これを逃せば次はない……だから」

來栖の願いに、鏡は一度顔を俯かせる。

言いたいことは山ほどあった。

これだけ多くの人間を振り回しておいて、自分だけ一人でさっさと死ぬつもりなのかとか、まだ來栖に謝罪も何も受けていないとか、助かったあとのこの世界はどうすればいいのだとか―――――様々な感情が入り乱れた。

「……ありがとう」

そして來栖は、ゆっくりと瞼を閉じてそう漏らした。

鏡が來栖の腕を右手で掴み、胸倉を左手で持ち上げ、投げる体制に入ったからだ。

「最後にこれを……」

すると來栖は、懐に隠し持っていた小瓶の蓋を開け、鏡の首筋から注ぐように流し込む。

「……なんだこれ?」

「ただのポーションさ。僕たちはもう効果が出ないほど飲んだからね……残っていたんだよ」

「どうして俺に……? ていうかなんで首筋から?」

「理由を説明している暇はないよ。後で必ずわかる……だから」

來栖の懇願する瞳を前に、鏡も深く理由は聞かずに頷く。

「……じゃあな」

「……ええ」

それ以降、鏡は來栖に顔を見合わせなかった。

投げられる間際、來栖は残すことになる一同に顔を見合わせて頷き合う。「後は任せた」「任された」と確認し合うように。

「來栖さん、これを! 僕にはまだ闘気剣がありますので」

すると、ロイドからの手向けか、ロイドが使っていた片手剣が來栖へと投げ渡される。

そして、武器の譲渡が何を意味するのかアイコンタクトで確認し合った直後、來栖は鏡に勢いよく投げつけられ、リーシアのいるデミスの核へと一直線に向かって行った。

既に崩壊が始まっているからか、デミスによる触手の妨害はなく、來栖はリーシアが取り込まれているデミスの核のすぐ傍へと辿り着く。

着地の衝撃で足を少しくじいたが、そんなことは意にも留めない気迫めいた顔つきで、力なくデミスの核からぶら下がるリーシアの下へと來栖は駆け寄った。

「……千年ぶりだね」

來栖は剣を片手にリーシアを見つめる。

浸食されてはいるが昔と変わらず美しく、來栖はかつて愛した女性の頬を優しく撫でた。

「迎えに来たよ……さあ、行こう」

ロイドから譲り受けた剣を突き立て、來栖は改造した肉体の精一杯の力を振り絞り、リーシアの周囲を囲んでいたデミスの肉を切り落としていく。

そして、切除が終わると、來栖はかつて愛した女性の指輪がつけられた方の手を握りしめ、デミスの核から引き抜いた。

「随分と遅くなったけど……約束は守ったよ、リーシア」

そして、デミスの核の上、今にも爆発しそうな眩い光が放たれる中、來栖はリーシアの手を握りしめながら、横たわるリーシアの肩を起こして抱きしめる。

同じ指輪をつけた二人の最後の時間を邪魔するものはいなかった。

デミスの鎧が崩壊するほんの十数秒の時間だったが、來栖にはそれが、これまで生きてきた千年よりも長く、濃密な時間に感じられた。

心残りがあるとするならば、最後にその愛しい声が聞けなかったことだろう。

「…………來…………栖?」

だが、奇跡は起きた。

デミスの浸食を受けて血管が浮き出るように青い線が浮かび、どう考えても生きているはずがないのに、リーシアはゆっくりと瞼を開き、掠れ乾いた声で來栖の名を呼んだ。

しかしそれは、奇跡でもなんでもなかった。

ただ、リーシアの意識が消え去ってしまう前に間に合っただけで、デミスの下へとすぐさま向かう決断を下した來栖がもたらした必然。

「リーシア……まだ生きて……⁉」

慌てて來栖は目を見開き、なんとか救助しようと鏡たちがいる方へと向き直す。

しかし、リーシアはそんな來栖の手を弱々しくもしっかりと握りしめると、顔を左右に振った。

瞬時に來栖は、リーシアがもう助からないことを悟る。

デミスによって、ここにいるリーシアはもう、残りカスでしかなかったから。

今こうして声を出せたのも、その残りカスから意識がなくなるギリギリに間に合っただけにすぎない。

完全にリーシアという命の灯が消えてしまう前に、來栖たちが間に合っただけ、それだけでしかなく命の灯が消えてしまうことに変わりはないのだ。

「來……栖、我……は、やって……………やったぞ?」

どうしても伝えたかった言葉を、リーシアは千年の時かけてようやく來栖へと伝える。

いつ息絶えてもおかしくない苦しみに襲われているにも関わらず、リーシアは昔と変わらない、太陽のようなはにかんだ笑顔を浮かべていた。

千年越しに見られたその笑顔に耐えきれず、來栖は頬に涙を伝わせる。

「えぇ……立派だった。凄かったさ……! 君は僕の……最高のパートナーだ……!」

そして、涙で崩れた不細工な笑顔を返して、リーシアを抱きしめた。

その直後、リーシアは最後に残った力を振り絞り、來栖の身体を突き放す。

「リー……シア?」

何が起きたのかわからず、來栖は困惑する。だが、リーシアは満面の笑顔を浮かべたまま――

「でも…………お前はまだ…………やりきってない…………だろ?」

そう訴えかけた。

無重力によって突き放された身体がリーシアから離れ、少しずつ二人の距離が開いていく。

「だから………………生きろ、來栖」

最後に真っ直ぐと見つめてきたリーシアの力強い眼差しを前に、來栖は一瞬言葉を失う。

だがすぐに、リーシアの頬を伝った涙を見て、來栖は身体がリーシアから離れてしまう前に、リーシアに手を伸ばしてその手を掴み取った。

「……やりきったさ。……僕はそう言い切れる」

脳裏に、全てを託しても良いと思えた男の姿を映し、來栖は自信たっぷりの笑みを浮かべた。

「だから、もう君を……一人にはさせない」

そして再び、來栖はリーシアを抱きしめる。

すると、二人が立っていたデミスの核から、二人を包み込む強烈な光が漏れ始めた。

「…………馬鹿者……が」

その光に包まれながら、リーシアは存在を確かめるように來栖の身体を抱きしめる。

光のせいでお互いの姿は見えなくなったが、それでもお互いがそこにいるという暖かな感覚だけは伝わり続けた。命の灯が尽きるその瞬間まで。

「後は頼みましたよ。…………鏡君」

そして二人の英雄は、肉体が消滅する最後の最後まで穏やかな気持ちのまま――――生涯を終えた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

何が起きたのかは、外にいた者たちの誰にもわからなかった。

ハッキリとしているのは、これまで戦ってきた巨大な敵が大きな爆発を起こすと共に消え去り、巨大な身体を崩壊させて飛び散ったことだろう。

想像を絶するエネルギーの崩壊だったのか、今でも所々でエネルギーの余韻が残り、バチバチと電撃に似た光を放ち続けている。

普通であれば、体内へと侵入した鏡たちがやってくれたのだと思うところだろう。

だが、誰も思わなかった。

それどころか多くが顔を絶望色に染め上げ、言葉を失い身動きがとれないでいる。

その理由は明白だった。まず崩壊したデミスの鎧。砕け散ったと思ったその肉片の一つ一つが蠢き動き出し、変異体やモンスターと変化したからだ。

今まで戦ってきた数の比ではなく、まさしく星サイズの質量同等の数の敵と戦わなければならない状況となってしまう。だがそんなのはまだマシな方だった。

一同が耐えられなかったのは、デミスの鎧の中から出現した、ラストスタンドの十倍のサイズはあるだろう巨大な存在。

一目見るだけで身の毛がよだち、しっかりと意識を保ってなければ、ただの殺気で失神してしまうほどの存在感。それが突如現れたからだ。

それは、変異体と同じく人に近しい姿をしていた。

顔はなく、光沢のあるのっぺりとした物質に覆われており、背中には巨大な白い翼を生えていた。

また、体内に宿す力が溢れ出て具現化したのか、背中には光背のようなものがくっついている。

全体的に、人類が崇めるべき神に似た姿をしていたが、変異体と同じくかくばった身体のせいで、それを人類の味方だと認識するものはおらず、戦慄する。

そして、そんな異形の生命体が言うのだ。

『…………フィナーレだ』

明らかな殺意を放つ存在が呟いた一言に、誰もが死を予感する。

その時人類は思い知ったのだ。自分たちという存在が、どれだけちっぽけで、矮小で、無力な存在なのかを。デミスにとって自分たちは、虫けら以下の存在でしかなかったのだと。

そして人類は、人類に襲いかかった本当の絶望がまだ、幕を開けていなかったことを悟った。