作品タイトル不明
変化し続ける存在-8
目の前にいるリーシアが本物ではないことは、すぐに気付いていた。
來栖が渡した指輪の反応は、まだこの先の奥にある。なのに、今目の前にいるリーシアは、來栖の渡した指輪を身につけていたからだ。
それだけじゃない、身体を入れ替え続けてきた來栖とは違い、リーシアはずっとこの空間で、デミスと同化を果たすことで生き永らえてきた。そんなリーシアが、デミスの身体から離れ、昔のままの姿で現れるはずがないのだ。
その姿は、千年前、リーシアと別れを果たした時に失われているから。
「千年という時間を舐めるなよデミス……お前にとっては一瞬でも、人間にとっては……!」
何より、こんな音もなく、暗闇だけが広がる世界に千年もいて、精神がまともなまま残っているはずがなく、目の前にいるリーシアはあまりにも不自然すぎた。
あまりにも、綺麗すぎたのだ。それは、來栖にとって、もう、思い出の存在でしかないから。
「お前は……誰だ⁉」
來栖が斬りつけたリーシアの身体には、一切の血が噴き出していなかった。
その時点でもう偽物であることがばれたと考えたのだろう。リーシアと思われた存在は、來栖が問いかけると、今度は人間味の感じられない無機質な表情を浮かべ、來栖を見据える。
『見抜くとは、思わなかった』
その瞬間、さっきまでの癒されるほどに澄んだリーシアの声が消え去り、身の毛のよだつ低く恐ろしい声が直接脳内へと響き渡った。
『やはり人間は素晴らしい。無限の可能性を秘めている……』
すると、リーシアだった存在は目を真っ黒に染め上げて、ケタケタと笑い始めた。
暫くしてピタッと動きを止めると、一度こちらに不気味な笑顔を向けて消滅してしまう。
「……なんだ⁉」
直後、深海のように青く、不気味な光で照らされ鏡が眩しそうに目元を覆う。
そして一同は言葉を失った。デミスの体内の中心部で勝色の光を放ちながら、心臓のような鼓動を繰り返す核と思われる球体状の巨大な物質がいきなり姿を現したからだ。
『お前たちは我に、様々な力を与えてくれた』
再び響いた声に、一同は動揺して身構える。
すると、一同の周囲に、かつての戦いでデミスに吸収されたであろう超人たちの姿が現れる。
そして、先程現れたリーシアと同じく目が真っ黒に染まったそれらは、こちらに危害を加えることなくケタケタと笑うと、一人ずつ言葉を吐いていった。
『知性』
『超能力』
『魔法』
言葉を放つたびに一人ずつ姿が消えていく。最後の一人が言葉を言い終えると、來栖の目の前に再びリーシアの姿をした化け物が現れ、言葉を放つ――『最高の下僕』と。
怒りで狂いそうになったが、來栖は手を握りしめることで堪えた。
始める前に、知性を得たデミスに聞かなければならないことが山ほどあったからだ。
『お前たちの存在は、我を更なる高みへと昇らせた。礼を言わせてもらおう』
「これから殺されるってのに、随分と余裕なんだな?」
いつまで経っても優位に立っているつもりでいるデミスに痺れを切らし、鏡が鼻で軽く笑う。
『殺される? 我が? ふふ……ははは、ふははははは!』
頭の中が乱されそうな不気味な笑い声に、來栖と鏡とロイドとレックスを除く一同は、あまりの声量に耐えきれず、頭を抱えてもがき苦しんだ。
『確かに……想定外の事態ではあった。ここに招いたのは、一人のつもりだったからな』
「お前が……デミスなのか?」
『デミス、それはお前たち人間がつけた名でしかない。我に名はない、故に、我を呼称する手段は一つしか存在しない』
「……一つ?」
『神』
あまりにも突拍子の無さすぎるその表現に、一同は顔を強張らせる。
『一つ……面白い昔話をしてやろう』
「面白い……昔話?」
『……言葉とは良いものだな、意思の疎通を音の情報だけで伝えられるとは、なんとも言い難い良さがある。一つにならなくても、わかり合えるのだから』
だからといって、わかり合うつもりがないのは瞬時にわかった。
おぞましいほどの殺気が、この空間全体を包み込むように一同に襲いかかっていたからだ。
強靭な肉体を持つバルムンクとタカコでさえ耐えきれず、鳥肌をたてている。
『昔、この果て無き宇宙のとある場所で、一つの小さな生命体が生まれた』
それが、デミスであることは言うまでもなく理解できた。気になるのは、その生命体がなんなのか? それを確認するために、一同は再び耳を傾ける。
『その生命体は、喰うことしか考えていなかった。本能のままに喰らい尽くして自分の身体の一部へと昇華していく。そして喰えば喰うほどに強くなったため、その生命体は果て無き宇宙空間を彷徨い続け、星々に存在した生命を片端から喰らい尽くしたのだ』
それは、アースに起きた悲劇と、とてもよく似た話だった。
『そして、ただ食べるだけでは強くなれなくなった生命体は悟り、選び始める。……自分の力を更に高める上質な餌を』
果て無き宇宙を旅し続け、デミスは立ち寄った星々にいる生命体を喰らいながら大きくなる。そして、また旅をするのだ。命を搾取し続けるだけの理不尽で無慈悲な旅を。
『止める者はいなかった。止められる者もいなかった』
千年以上も前に襲われた他の星々の生命体たちも、ただ黙って貪られるわけにはいかず、果敢にデミスへと挑んだ。千年前、全ての超人たちが力を合わせたように、命懸けで。
だが、誰一人としてその力が及ぶことはなかったのだ。
『この世界の全てはまるで、我のために存在するかのようだった』
この世界全てに存在する命が、デミスにとっての食料でしかない。生まれた時から用意されていた、いや、デミスのために用意されたと言っても過言ではない圧倒的な力の差にいつしか、デミスはある一つの答えを自分の中で定義したのだ。
『いや……この世界は、我のために存在する。我のために作られた世界。故に、我が神なのだ』
あまりにも理不尽で、自分勝手な暴論に、一同は言葉を失った。
「ふざけんな、奪い続けるだけの神が居てたまるかよ」
そんな中、鏡だけはこれまで味わってきた理不尽の数々を思い浮かべて怒りを顔に浮かべる。
『ならば……我以外の神をここに連れてくるといい。もしも、我以外に神が存在するというのであれば、我という存在は何故、放置されている? 答えは簡単だ』
「そもそも神なんて……いない。いるわけがない」
『ほぉ?』
予想外な言葉だったのか、デミスは感心を示したような声で反応する。
きっと、今日に至るまで人類の多くが神に願い続けただろう。救いを、奇跡を。だが、神は救ってなんてくれない。都合の良い奇跡など起こしてはくれない。
鏡はそれを、誰よりも深く理解していた。だからこそ、こんな理不尽で、生き方を決定づける役割が生まれた時から勝手に与えられて、奪われるだけの世界が未だに続いているのだと。
「いたとしても、神は俺たちに干渉なんてしない。俺たちのことを助けてくれなんかしない!」
『そうだ。我が神でないならば、神などいない。故に……我が神なのだ。もっとも……お前たち人間が考えているような、救いを与える神ではないがな』
人類、いや、全ての生命にとっての敵が放った言葉に、鏡はかつて抱いた決意を思い返す。
レベル999の境地に至った時に決めた、理不尽な世界を許せなかったが故に決めた目標。
その目標を達成させるために、鏡は闘気を漲らせ、前に出ようとするが、來栖が右腕を広げて待つように促した。
「……聞きたいことがある」
『……なんだ?』
「何故……リーシアをこの空間へと導いた?」
來栖の強い口調での問いかけに、デミスは十数秒間何も答えず、沈黙し続ける。精神が乱れそうな暗闇の中、音の発されることのない空間での待機は、一同にとって何分にも感じられた。
『我は……探していたのだ』
「探して……いた?」
『我と同じ……神になりえる力を持った存在を』
意味がわからず、來栖は眉間に皺を寄せる。
『我はこう思った。仮に神がいないのであれば、我が生まれたように、我と同じ存在がいてもおかしくないのではないかと』
それは、來栖も気になっていたことだった。デミスはどこで生まれ、どこからやってきた存在なのか? たとえデミスを倒したところで同じ生命体が存在しては、意味がないからだ。
「それが……リーシアだったということですか」
『肯定だ。かつて出会ったことのない我に馴染む最高の美食……人間。その人間たちの中に存在したのだ。我と同じく、他者を取り込み、際限なく強くなれる可能性を持った存在を』
そして、その答えは既に出ていた。デミスもまたリーシアと同じ、いや、人類の歴史の中で超人が生まれたのと同じく、アースに、あらゆる生命が存在していたのと同じく、偶然生まれただけの生物。生まれてはならなかった生命。
なのに、生まれてしまった。秩序を守る神など、この世に存在しないから。
「デミス……お前は、リーシアを最初からどうするつもりだった? ここへと導いて、何を知りたかったというんだ⁉」
『知りたいことなど何もない』
「……な、に?」
『我と同じ存在を探していたのは、我と同じ力を持つその存在が、我以上の力を持ってしまう前に、始末したいと考えていたからだ』
「始末するならわざわざここに呼び寄せる必要などなかったはずだ! なんのために…………ここ……へ……………………?」
言いながら、來栖は気付いてしまう。
それは千年前、兵器ではなく超人たちが大いに活躍し、アースクリア出身の冒険者たちを作ることになった理由でもある。それは、デミスが遺伝子の相性によって取り込む速度が相手によって異なり、超人たちはもちろんのこと、アースクリア出身の冒険者の身体を奪うには時間がかかるという事実。
「リーシアの力を奪うために……呼び寄せたというのか?」
『ふふ…………ふはは、ふははははははははは!』
耳を突くデミスの笑い声が脳内に直接響き渡る。高揚を感じさせるその笑い声はまるで、それをずっと聞いてほしかったかのようだった。