軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変化し続ける存在-7

その後も、鏡は次々に真下の肉の壁へと拳を殴りつけ、これまでの死闘が嘘だったかのようにデミスの核へと近付いていく。現在地と、リーシアに來栖が送った指輪の反応との距離はこれまで通ってきた道のりの約三分の二にまで迫った。

そして、次に鏡が拳を真下の肉の壁へと殴りつけた瞬間、転機は訪れる。

「…………なんだ?」

これまで殴ってきた感触とは違う、言い様のない軽さを鏡は感じ取った。これまで通り、穴は開通したが、穴の奥からこれまでとは違う妙な気配が放たれており、鏡は來栖に視線を向ける。

同じく來栖も感じ取ったのか、鏡に頷き返した。

「……行こう」

注意は必要だったが、ここで立ち止まるわけにもいかず、鏡と來栖は穴の中へと跳び込み、一同もその後に続く。

「ちょ……何よこれ!」

パルナは被っていた帽子を手に取って困惑した顔を浮かべる。

飛び込んだ瞬間、これまで重力によって負荷が掛かっていた身体の重みがなくなり、パルナの被っていた帽子が自然に浮いて外れたからだ。

フローネも、慌ててベレー帽が外れないように手で頭を押さえた。

穴を通り抜けて出た先も、これまでとは違い、メノウが手元に炎を灯らせて照らしても先が見えないほどに広く、鏡たちの姿以外に何も見えない大きな空間だった。

「位置的にリーシアのいる場所はまだ遠くのはずですが、なんだ……ここは?」

來栖が持つリーシアの反応を拾う機械が示した自分たちの位置を再度確認するが、やはりまだ三分の二の地点から大きく動いてはおらず、來栖は表情を強張らせる。

「一度……戻りますか?」

「いや……もう無理ですね」

ロイドの提案を受けて鏡が空けた穴の方角を見ると、既に穴は再生して塞がっていた。

鏡がすかさずもう一度空けるかどうかを尋ねるが、來栖は思考を巡らせる「いや、待ってください」と首を振る。どちらにしてもリーシアの反応はこの空間の先にあり、ここを通る以外に道はないからだ。

「この浮遊感……もしかして、宇宙か?」

担いだルナが離れてしまわないようにしっかりと掴みながらバルムンクが問いかける。

「いえ、それなら太陽の光に照らされて何かが見えるはず……ここはいったい?」

とにかく、調べて見ないことにはわからないと、來栖は入り込んだ穴があった場所を這うように、ジェットパックを利用して肉の壁を進み始めた。

幸い、敵と遭遇することはなく、一同は久しぶりの無重力に身を委ねて体力を取り戻しながら進み続ける。

「…………入り口がない」

そして來栖は気付く、どこまで進んでも、この空間への入り口が存在しないことに。

さらに、外壁となっている肉の壁が僅かではあったが真っ直ぐではなく、湾曲していることに気付いた。つまりこの空間が、球体状である可能性が高いと推測する。

「まさか…………デミスの体内の三分の一は空洞だった?」

そこからは紐解くように、來栖はあらゆることに確信が持てた。かつて、リーシアが核へと辿りついたのは、鏡と同じように誘導されたからなのではないかと。

「ということは……………ここが?」

「どういうことだ?」

何かに気付いた來栖に、鏡が問いかける。

「仮に推測通りであるとするならば、今、自分たちのいるこの無重力の空間こそがデミスの体内の終着点。本来、この空間はダークドラゴンの住まうダンジョンと同じく、普通では辿り着けない場所なのだと思います」

招かれざる者は永遠に通路を走り続け、最終的にデミスの栄養となって吸収される。

招かれた者は敵に襲われることはなく、呼び声に誘導されてここへと訪れられる。

そう、かつてのリーシアと、ここにいる鏡のように。

「直下掘りか……馬鹿で稚拙な発想ですが、まさかその発想が正解だったなんて」

いくら走っても少し近付くだけで、いつまで経っても到着する気配がなかったのは、それが原因だった。辿り着けるわけがなかったのだ。

これまで自分たちが走ってきた道は、恐らくはデミスの核を守るための殻。あえて体内へと突入できる道を作って希望を持たせ、侵入した敵を腸のように長い道を走らせて吸収するのだ。

多くの冒険者たちが犠牲になったように。

「元々……過去の戦いに勝算などなかったのか……?」

あまりにも無慈悲な事実に、來栖は顔を俯かせる。

もしも、それが事実であるとするならば、今のように再生する肉の壁を強引に突破する力を持たない過去の超人たちは、突入したところでデミスの核を破壊するチャンスなどない。

どうあがいても、永遠に続く迷路を走らされ、殺される以外になかった。

「千年前、命を賭して戦った者たちの苦労は…………なんだったんだ?」

「……來栖」

かける言葉が見つからず、一同は暗い顔を浮かべる。

しかし、來栖はすぐに自力で気を取り直し、覚悟を決めた強い眼差しで、リーシアからの反応がある方角を見つめた。

過去がどうであれ、真実がどうであれ、過去の超人たちは今へと希望を繋げ、そして自分たちはこうしてここに辿り着いたからだ。

無論、疑問は残る。何故、リーシアだけがここへと辿り着くことを許されたのかなど。

そしてその答えは、もう目と鼻の先にまできている。

「行こう……リーシアが待っている」

それを確かめるために、來栖はスキルで足場を作って蹴りつけ、デミスの中心部へと向かう。

同じように足場を用意された一同も、來栖のあとを追った。

無重力かつ敵のいない空間であるとはいえ、すぐに到着する気配はなく、まだこれまで進んできた距離の三分の一はあるため、たどり着くまでに長い時間が掛かることが予測される。

「真っ暗で……何も見えませんね」

はぐれてしまえば合流は難しく、フローネが少し不安になってロイドのマントの裾を掴む。

まるで、深淵の中を彷徨っているかのような不気味な空間に一同にも緊張が走った。

「はぐれないように気をつけて。はぐれたら……恐らくは二度と合流できないよ。まあ……はぐれそうになったら僕がスキルでなんとか遠くに行かないように壁を作って調整するけど」

先導する來栖が、背後をついてくる一同に注意を促す。

「おい、なんか見えないか?」

するとそこで、背後を振り返っていた來栖にわかるよう、鏡がそう言って前方を指差す。

すぐさま振り返って確認すると、鏡の言う通り、進行先に薄っすらと光を放ってこちらジッと見ている何かが浮遊していた。

それを凝視して、來栖は突然狼狽し始める。

「嘘だ……いや、まさか。ありえない……!」

來栖は何度も目元を擦って浮遊する存在を確認しなおした。

その存在がそこにいるはずがなかったから。そこにいてはおかしかったから。

しかし、近付けば近付くほど、その存在が幻ではないことを証明していく。

そこにいたのは、メノウの放つ炎の光を綺麗に反射する長く艶めいた茶髪で、女神を沸騰とさせる薄い水色の羽衣を身に纏った女性、リーシアだった。

來栖がその存在を見間違えるはずがなく、來栖は明らかに顔に動揺が表れる。

「リーシア……なのか?」

浮遊し、不思議な青白い光を放つリーシアのすぐ傍にまで近付くと、來栖は恐る恐るリーシアに向かって問いかけた。同行していた一同も、警戒しつつそのやり取りを見届ける。

「まさか……こんなところにまで来てしまうとは。久しぶりだな……來栖」

すると、リーシアは嬉しそうに笑みを浮かべて両手を広げた。

声も、姿も、リーシアそのものだった。來栖の記憶にある、リーシアの最後の姿そのもの。

「リーシア……なのか?」

「それ以外に……我が何に見えると言うのだ?」

息遣いも、吸い込まれそうになる藍色の瞳も全て、かつて自分が愛した女性と同じだった。

千年ぶりの再会に、來栖は身体を震わせて目を見開いた。まるで、迷子になっていた子供が、母親を見つけたかのように喜びに満ちた顔で。

「もう千年になるのか? 途中から数えなくなったからわからないが……会いたかったぞ」

「……僕も……さ、リーシア」

突如現れたリーシアの存在に、背後で控えていた一同も息を飲んで声をかけようとするが、それを來栖が一瞥することで止めた。

色々と聞きたいことがある気持ちは理解できたが「今は、自分に話させてほしい」という意味の込められた眼差しに、一同も素直に引き下がる。

「どうしてこんなところに?」

「わからん……ずっとここにいた。ここに……閉じ込められ続けていた。出ることもできず、ただひたすらに……來栖がいつか我を助けに来てくれることを信じて……待ち続けたのだ」

「……リーシア」

千年、その長い時間をこの暗闇の中で耐え過ごしてきた。

その果てしない絶望の日々を想像して、來栖は顔を歪めた。まるで、感情のままに泣きじゃくる子供みたいに、悲痛な顔を浮かべたのだ。

たった独りぼっちで、この深淵の中を過ごし続けてきた。それはあんまりだった。あんまりで、悲しくて、そして―――――立派過ぎて、声にならない悲痛の叫び声を來栖はあげた。

君は、よく頑張ったと。君は、まさしく英雄だったと。心の中で何度も叫び続けた。

「もう、頑張らなくていい。もうすぐ、終わらせられる」

そう感じたからこそ、來栖は思わずにはいられなかった。

「千年も待たせてしまって……すまない」と。

「……リーシア」

「ああ……我だ、來栖」

「…………リーシア、リーシア!」

來栖は飛び込んだ、リーシアの下へと。

昔と変わらず優しく、温かい笑みを浮かべるリーシアの下へと。

ゆっくりだったが、二人の距離が詰められていく。

リーシアは瞳を潤ませ、千年も待った男が自分の胸の中に飛び込んでくるのを、両手を広げて待ち続けた。

そして、二人の距離が目と鼻の先にまで近付いた瞬間――

「リーシアを…………愚弄するなぁぁぁあああああああああああ!」

來栖は、怒りに満ち溢れた表情で、瞳から涙を流しながら、持ち込んでいたナイフを懐から取り出し、リーシアを肩から股の位置にかけて、綺麗に斬りつけた。

あまりにも唐突な行動に、リーシアだけではなく、背後で見守っていた一同も目を見開いて何事かと驚き戸惑う。

「何故……だ? 來……栖?」

「お前はリーシアじゃない。見抜けないとでも思ったのか? リーシアは……リーシアはな!」

斬りつけたあと、來栖はすぐさまリーシアから離れて距離をとる。そして、怒りで狂ってしまいそうなのか、身体を震わせて―――――

「そんな綺麗な姿で……今も残っているわけがない……残っているわけがないんだ⁉」

そう叫び散らした。