作品タイトル不明
それは、その一瞬でしかなくて-7
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「どうしましたか?」
ふいに立ち止まって背後を振り返った來栖を、ロイドが心配して声をかける。
「いや……なにか聞こえた気がしてね、勘違いみたいだ」
「それならいいのですが……すみません、ここは少し急かさせていただきます。幸い、外にいる皆さんが頑張ってくれているおかげか敵は最初に追ってきた分だけで、新たに追いかけてくる気配ないみたいですから、今のうちに距離を稼いでおきたいんです」
しかしすぐに気のせいだと切り捨てると、來栖は再び走り始めた。
デミスの体内へと突入してから早十数分、一同はラストスタンド10体が同時に通れるくらいの円形の洞穴であるデミスの体内を駆け進んでいた。
同行している魔法使いたちとラストスタンドが光で照らさなければ何も見えないほどにデミスの体内は暗く、足元や壁はピンク色の肉で覆われており、走る度にネバネバとしたデミスの体液が飛び散った。
不思議だったのは、デミスの体内に入ると足元に吸い付くように重力場が発生したことだ。
それまで無重力だった身体は重みを取り戻し、一同は走って移動せざるを得ない状況となる。
星サイズの化け物とはいえ、まさかアースと同じように重力場が発生しているとは思わず、一同は想定外のことに苦い顔を浮かべつつも、ここまでの道を繋げてくれた者たちのために文句をこぼすことなく走りだしたのだった。
「なんていうか……気持ち悪い場所ね、ウネウネしてるし……おぇ、きっも。なんでクーちゃんはそんなに涼しそうな顔ができるのよ。お姫様がこんな環境に慣れてていいの?」
「生物の体内と聞いていたので、心の準備はしていました……が、実は我慢しています。正直、今日の朝ご飯を抜いていて正解でした」
空間管理装置のおかげで悪臭が漂うことはなかったが、それでも薄暗く、ネバネバとした粘液と、虫のようにグネグネと動く小さな触手が匂いを想像させ、パルナは口元に手を当てる。
「よければハンカチをどうぞ、少し紛れるかもしれません」
そんなパルナにデビッドが懐から取り出したハンカチを取り出す。パルナはそれを手に取ったあと、使うかどうか一瞬躊躇うが――
「あぁ、デビッドさんの……香りがする」
隣を走っていた筋肉の塊に奪われてしまった。
ハンカチを口元に当てていると呼吸の妨げになる。いざという時に呼吸が整っていないと問題のため、元々「いらない」と言うつもりではあったが、こんなことになるのであれば使っておけばよかったとパルナは後悔した。
何故なら、あまりのショックでデビッドが早速デミスの体内という最難関のダンジョンをリタイアしかけているからだ。
「もっと気持ち悪いものを見てしまった気がする」
「あらレックスちゃん? どれのことかしら?」
「う~ん、ドレダロウ」
レックスだけではなく、それを目撃してしまった者たちの士気は駄々下がりしていた。
そんな一同を見て、並走していたフローネが思わず噴き出して笑ってしまう。こんな場所にも関わらず、いつも通りの会話を繰り広げる一同を素直に尊敬したからだ。
「随分と余裕ですね……さすがといいますかなんというか」
「そういうあんたこそ、結構平気そうだけど? 笑ってるし……気持ち悪くならないの?」
「私はそんなに気になりませんでしたね、そんなに気持ち悪いですか? ちょっと変わった洞窟くらいにしか思いませんでしたが」
ガーディアンでは、スキルよりも単純な身体能力の高さを重要視するため、強くなるために戦闘回数がノアのアースクリア出身者よりも多い、そのため、多くの生物をその手で葬り、それなりにグロテスクな光景に耐性がある。
とはいえフローネはさらに特別で、グロテスクな光景もグロテスクとは思えない天性の才能があった。
「さすが……操り師」と、倒した変異体を道具のように躊躇わず操作していただけあると、パルナは引きつった顔を浮かべて称賛する。
「心強い連中だな……もっと臆するかと思っていたが、やはりあの男の仲間ということか」
同じく、自分たちにはない心の強さを感じ取ったのか、感慨深くバルムンクが笑う。
「前衛は俺に任せろ、奇襲を受けても大抵の攻撃はスキルで受け流せる」
後方から追いかけてこない以上、敵が攻めてくるとしたら前方からだった。それを想定して、最も危険な最前列をバルムンクは買って出る。
「その役目、僕も担いましょう。無駄に数は減らしたくはありません。ラストスタンドの部隊と、その他の魔法使い、僧侶、戦士の指示は任せましたよフローネ」
異論はなかったのか、ロイドの提案にフローネは頷いた。
「來栖さんのスキルにも頼らせていただきますよ…………來栖さん?」
続いてロイドは來栖に問いかける。しかし、來栖は走ってはいたがどこか上の空で、瞳から生気を失わせてぶつぶつと言葉を繰り返していた。「ここが……デミスの体内、リーシアも……ここに…………こんな暗くて、不気味で、狭くて……光すら見えない中で、彼女は……」と、過去の自分の無力さを呪い、憎悪をデミスへとぶつけるように。
「すまない……今は感傷に浸っている場合じゃなかったね」
自分の中で一旦整理がついたのか、來栖は再び走り始める。
かつてリーシアは、今よりも遥かに弱い戦力で、この薄暗く危険が常に付きまとい、一体どこに行けば核が存在するかもわからず終わりの見えないデミスの体内で希望の光を見つけ出した。
だがそれは、希望の光が絶えないように火をくべただけで、手に入れたわけではない。
だから今度こそその希望を掴み取るためにと、來栖はリーシアに渡した指輪から未だ発信され続けている反応の下へと走った。
「行こうか、全てを取り返しに」
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