作品タイトル不明
掴みかけた安息-3
來栖にとって、この世界は退屈で溢れていた。
自分が研究しなくても、先人たちが残したテクノロジーの遺産を応用すれば、想像のつく研究成果は誰もが生み出すことができたからだ。
分野を絞って研究を続けていれば、その分野にとってより優れた研究成果が生まれるのは当然で、研究するのが來栖である必要がない。
言ってしまえば、セイジの作っている仮想空間のシステムも、ライアンが作っているクローン技術も、既に基盤となる研究成果が既にあって、それを応用して更に掘り進めているだけにしかすぎなかった。
とはいえ、ライアンが作っている研究成果も、セイジが作っている研究成果も、今まで誰も作ったことがなく、世に発表すれば多大な注目を浴びることになる。何より、作り上げることが最も大事なことではあった。そして、どれだけ短い期間で完成させ、研究成果として発表するかが研究者としての質を、他に知らしめる方法でもあった。
だが、來栖はそんなのに興味がなかった。
想像できてしまう研究成果に、何の価値も見いだせなかったから。
絶対無理。誰もがそう切り捨ててしまったことを解き明かす。それにこそ価値がある。
仮想的に作られた3Ⅾ空間が初めて作られた時、この世界に視界だけでもとゴーグル型のモニターが後に作られた。すると今度は視界だけではなく、身体の動きそのものも3D空間とリンクさせようとVRというシステムが作り出され、そして、身体をリンクさせるのではなく、意識を3D空間内にリンクさせるDIVEシステムが作り出された。
そこから人はまた想像する。3D空間での体験を実際の肉体に反映させるシステムがあればと、これを医療用に応用できないかと。セイジが今作っているシステムのように。
想像から想像が生まれ、鎖のように一つ一つが繋がって技術は生み出されていく。何事にも最初があって、受け継がれて文明は進化を遂げるのだ。
そして來栖は、その最初にしか興味がなかった。
しかし、その最初を生み出そうと行動もしなかった。興味のあるそのほとんどが既に生み出されていたからだ。
興味のあった高性能な巨大ロボットも、超人化の仕組みも、生物の転送技術も、人間の体内に眠る魔力の秘密も、自分ではない他の誰かが研究成果として発表されてしまった。
ジャンルを問わなければ、最初を生み出すこともできるだろうに、興味がなければ行動に起こさない。
結局、ただ、高みに憧れるだけで行動に起こさない子供と同じで、高みを望まなければそれなりの成果をあげられる優秀さを持っていながら、偏屈な考え方のせいで才能を潰している天才。「やればできる子なのにやらない」の、まさに代表的な存在だった。
故に、來栖は未だに本気で研究にとりかかったことがない。全てが暇潰し。
「こんな退屈な日々が続くのであれば、いっそのことコールドスリープで眠ってしまって、数千年後の世界でも見に行った方が楽しめそうだ」などと考え始めた日のことだ。
『お、お、お、お前! 今何をやったのだ⁉ も、もう一回やって! いや、取り込ませろ!』
來栖は、リーシアと出会った。
出会いは本当にただの偶然だった。來栖のとある休日、気分転換もかねて暇潰しに街へと出た時のことだ。大好物のソフトクリームをペロペロと舐めながら街の歩道橋を歩いていた時、ふと、騒がしいのが気になり下の道路を覗いてみると、人間とは思えない青白い肌をした筋肉の塊が、軽車を片手に持ちながら暴れまわっていたのだ。
意識を保ててないのか叫ぶだけで暴れまわる姿を見て、それが、超人化に関して研究している施設から何らかの理由で外へと飛び出してしまった失敗作であるのは、來栖には一目瞭然だった。
丁度、筋肉を肥大化させることで肉体的な限界を研究している施設を、來栖は知っていたからだ。知っていたが故に、「こんなところにまで出てきちゃって……あーあ」と逃げ回るわけでもなく、楽観的だった。
というより楽しんでいた。自分のミスではなく他人のミス、自分には何も影響しないと、どれだけの被害が出ようが、他人の失敗によって外へと出てきた制御の効かない超人が、どんなことをしでかしてくれるのかと、一つのエンターテイメントとして楽しんでいた。
そう、來栖は今も昔も変わらず糞野郎だった。
歩道橋の上で、ペロペロとソフトクリームを舐めながら、暴れ狂う超人と、取り押さえに駆け付けたヒーローたちが戦う様を、一つのショーとして見ていたのだ。
『そこのお前! 何をやっている⁉ 早く逃げんか!』
そのヒーローたちの中にリーシアは混じっていた。
誰よりも正義感の強かったリーシアは、暴れる超人を押させるよりも先に、歩道橋の上で呑気にペロペロとソフトクリームを舐める來栖を助けようとしていた。
だが、來栖は目の前に現れたヒーローを見て、にやついた笑みを浮かべる。
『こんな危険な場所で、余裕の表情でソフトクリームを舐めている……この意味がわかるかい? 下で暴れている超人も……ここに僕がいるのに狙ってこない』
『な、なんだと……まさかお前⁉』
來栖は、ただの一般人であれば、生死に関わるだろう状況で、退屈しのぎに目の前のヒーローをからかってやろうと考えた。無論それは、一般人が既に避難を終えていたため、目の前のヒーローがいなくても、他のヒーローたちが何とかしてくれるだろうと確信しての行動だった。
ついでに、少し前に暇潰しに作った研究成果を、目の前のヒーロー相手に試してやろうという出来心でもある。
そう、來栖は目の前のヒーローに、歩道橋の下で暴れている超人を操っているのは自分であるかのように見せかけ、悪役を演じようとしていたのだ。
『助かることを諦めているのだな⁉』
『はい?』
しかしその考えは、リーシアによってへし折られた。
『諦めるでない! 我がきた! 我がきたからにはもう安心するがよい! 我がついてる! 我が……我がぁぁぁぁ……絶対守る!』
『もう一度言うからよく聞いておきなよ? どうしてこんな危険な場所に、僕一人でいると思う? どうしてこんな余裕の顔で……ソフトクリームを舐めていると思う?』
『……あれであろう? 最後に美味しいものを食べようって考えじゃろ? 「僕はもう死ぬ……そうだ、死を覚悟したうえで余裕の表情でソフトクリームをめいっぱい楽しもう……ペロペロ」って感じであろう?』
『普通、そういう考え方をする人間って、ソフトクリームを食べることよりもなんとか逃げることを優先すると思うんだけど?』
『なるほどつまりお主……逃げるよりもソフトクリーム優先したのか? お主さては貧乏なのだな? 逃げるとソフトクリームを捨てることになるから、もったいなくて捨てられなかったのだな⁉ 安心しろ! 我はたくさんお金を持っている! あとでソフトクリームくらい驕ってやるから……さぁ! 我の背中に乗るのじゃ! 離脱する!』
『ん? ん?』
リーシアに何を言っても、どう悪者に見えるように誘導しても、助けを求める一般人としてしか來栖を扱おうとはせず、あまりにも頓珍漢なこの受け答えが初めてのパターンだったのか、來栖は生まれて初めて困惑し、呆けたアホ面を浮かべてしまった。
そう、リーシアはビックリするくらいアホだった。