軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

敗者への現実-9

「…………話せ。こんなことをしなきゃいけなかった理由を! 今すぐ!」

鏡は、怒りを必死に抑えてようやく絞り出せた言葉を必死に来栖へとぶつける。

「……ん? 話さないよ?」

だが来栖は、怒りを助長するように、首を傾げて鼻でフッと笑った。

「ふざけるな……次はお前が約束を守る番だろ⁉」

「いやいや、僕は最初にこう言ったよね? 僕を追い詰めることが出来たら話してあげるって、まだ君は全然僕を追い詰めてなんかいないよ? 実際、僕は五体満足にこうして立ってる」

とぼけた顔で来栖はハッキリとそう告げる。まるで、そうやって自分を憎み、殺させるのが目的かのような口ぶりに違和感を抱きながらも、鏡はその瞬間、自分の中で糸が切れたような音を確かに聞き取った。

「なら……もういい」

怒りを抑えていた理性が吹き飛び、鏡はゆらりと拳を引いて来栖へと打ちつけるための体勢を取り始める。

「駄目だよ! 鏡さん!」

その瞬間、鏡の中で吹き飛んだ理性の糸を繋ぎ止めるように、アリスが来栖と鏡の間に割って入り、手を下そうとする鏡を抱きとめて止めた。

「駄目だよ……それじゃあ駄目なんだ! 殺した後で仮に真実を知っても、ボクたちは絶対に前に進めない! ここでこの人を殺しちゃ駄目だよ!」

「どけアリス……俺はもう無理だ。我慢の限界なんだ。今ここでこいつをやらないと……」

「鏡さんがボクに……パルナさんや皆に教えてくれたんだよ? 復讐に飲まれちゃだめだって!負の連鎖を止めないと、誰も幸せになんかなれないって!」

アリスの言葉に、鏡は再び思いとどまり、身体を硬直させる。

そう、いつだってそのくだらなさを教えてきたのは鏡だった。憎しみに飲まれて相手を殺したところで、何も意味なんてなくて、何の改善にもなってなくて、負の連鎖が起き続けるだけと。

「鏡さんはいつだって……正しくあり続けて欲しい。どんなひどい境遇に遭遇しても、いくらボロボロになっても諦めずに前へと進み続ける……そんな鏡さんが、ボクは好きだから」

身体の硬直が徐々に解け、アリスの抱擁と言葉によって少しずつ理性を取り戻していく。同時に気付き始める。ここで、怒りに任せて来栖を殺すことは、自分が最も嫌っている諦めることと同義ではないのか? と。

「ボクだって悔しいよ。見たくなかった……メノウが殺される瞬間なんて二度と。でも、もし仮にそれに理由があるなら、まずボクたちはそれを知る必要があるはずだ! それを知らずに鏡さんがずっと否定してきた負の連鎖を生み出すなんて……そんなの、ボクが認めない!」

「……アリス」

「間違えないで欲しい……ボクたちの目的を! 忘れないでほしい……ボクたちが目指したものを! 確かにこの人は間違えていることがたくさんあるのかもしれない! でも……ここで憎しみに負けて手を下すのは、今までのボクたちを否定することになる!」

その言葉を聞いて、鏡は背後を振り返って仲間たちの顔と表情を見た。アリスの言葉に賛同するように真っ直ぐと向けられた眼差しを前に、徐々に鏡は冷静さを取り戻していく。

「否定しないでほしい。ボクを、メノウを! そして……鏡さんについてきた皆の気持ちを!」

理性を取り戻した鏡の瞳に明るさが戻りかける。それと同時に――、

「ちょっと邪魔だな……君は。僕が求める理想の彼を誕生させるのに……君はいらない」

鏡の瞳は、絶望に染まった。

「あ……ぁぐぁ? あれ……?」

アリスの口元から、メノウの時と同じように大量の血が噴き出し、鏡の胸元へとぶちまけられる。

何が起きたのか、その場にいた全員はすぐに理解できなかった。目の前に立っていた鏡でさえも、その出来事を認識するのに数秒の時間を要した。

鏡の視界に映ったのは、背後から貫かれたのかアリスの腹部からナイフの切っ先が顔を出し、そこからぽたぽたと血が垂れ落ちている光景だった。

「あ、あぁ……アリスちゃん!」

直後、タカコの叫び声がその空間内に響き渡る。

未だ。状況を認識できていないのか、鏡は固まったまま、力なく倒れこみ、身を預けてくるアリスを見つめ続けていた。

「……アリス?」

無表情のまま、つぶやくような声量で鏡は声をかける。だが、アリスからの返事はなく、出血が酷いせいか、アリスは徐々に顔を青くしていった。

「おや、大変だぁ……君たちの中でまともに回復魔法を使える人間はいないんじゃないかな? まあいたとしても……傷が深すぎてもう手遅れだろうけどねぇ。仮に彼女が魔族じゃなくて普通の人間だったら助かったかもしれなかったけど、ほら、みるみるウチに体内の魔力が外へと漏れ出てってるよ?」

来栖の言葉通り、出血と共に体内の魔力を外へと垂れ流れているのか、血の中から身体を構成している魔力と思われる光が放出されていく。

「く、来栖ぁぁぁぁあああああああああああ!」

その瞬間、鏡から空気を震動させるほどの咆哮が響き渡る。

「お前……を、殺す‼」

そして鏡は怒りと憎しみと殺意に完全に飲まれ、悪魔も臆すような形相へと変貌する。直後、闘気をそのままぶつけたような鋭い眼光を来栖へ浴びせると、本能のままに拳を来栖の頭部へと向けて放った。

「…………だから言っただろ? 君は……僕を全然追い詰められていないってさ。甘いんだよ……だから仲間を死なせるはめになるんだ。一人だけじゃなく、二人も」

しかし、その拳が来栖に届くことはなかった。

「っぐ……⁉」

鏡の身体が、蝕まれたように黒い鎖に巻き付けられ、身動きが取れなくなったからだ。

制限を解除した鏡の身体を抑えつけるだけの鎖を眼にして、レックスとタカコは眼を疑う。だがすぐにそれが何なのかを理解した。

「殺生はいけないよ? 殺生は……ね? アリスちゃんと……フローネちゃんの想いを無駄にしちゃ駄目だよ鏡くん?」

「フロー……ネ?」

「そう。気付かなかったかい? 実はね、彼女は本当に僕のことをよく思っていなかったみたいでね。『命を無駄に散らさせることは許さない』って案内する以外は全然協力してくれなかったんだ。でも、僕と君たちが対面した時、僕は殺される可能性が高いだろ? ……だから、無駄に命を散らすことを嫌っているフローネちゃんに頼んだんだよ。僕が殺されそうになったら、それを止める呪術をかけといてくれってね?」

「全部……お前の思い通りってわけかよ」

ほんの数時間前、自分に協力しようとしてくれていたフローネを脳裏によぎらせて、鏡は悔しそうに歯を噛みしめた。銀色のラストスタンドの中に誰かがいたのは事実だったのだろう、でもそれは、鏡たちを騙すためのものではなく、フローネを監視するためだったということに今更ながら気付く。

フローネ自身も、平和的な解決を望んでいたのだろう。だがそれを説明したとしても、『事情を知るもの』として、いくら話しても自分たちの理解を得られないと早々に諦めをつけていたのだということも。

そして、そうやって自分たちがフローネを近付けさせないことさえも、恐らく来栖の読み通りだったことに、かつてない屈辱を鏡は味わった。

「でもな……こんなので……俺を、止められると思うなぁぁぁぁ!」

発動条件が存在する代わりに、通常の魔法よりも数倍の精度と威力を誇る呪術。本来であれば、身動きも取れないはずの束縛にも関わらず、鏡は力任せに再び動き出し、来栖へと拳を振るった。

「思ってないよ?」

それでも、その拳が来栖に届くことはなかった。

拳が来栖を撃ち抜こうとしたその瞬間、突如転送による青白い光のサークルが足元に出現し、そこから現れた赤髪の男性が鏡の放った一撃を止めたからだ。

「紹介するよ……彼はロイド君。レベル450の紛れもなく史上最強の……勇者の役割を持った男だ」