作品タイトル不明
逃げ出さないのは-7
「どうしたの隊長?」
「いや、來栖からの連絡が途絶えてな、何かあったのかもしれんが……まあ奴なら問題ないだろう。テストを開始する」
薄暗い円形状の広大な空間の中、手枷を外そうともがき叫ぶタカコたちの前で、油機とバルムンクが通信機に視線を向けて言葉を交わす。
ただ一人、自由の身であったメノウも、下手に油機とバルムンクには手を出さず、動かずただ佇むだけのモンスターたちに視線を向け続ける。
仮にここで、バルムンクたちに戦いを挑んだとしても、勝てないことはメノウにはわかっていたからだ。それならば、残る体力の全てを目の前のモンスターへとぶつけるべき、メノウはそう判断していた。
「ちょっとちょっと……何のテストか知らないけど、メノウ一人で戦わせることに意味なんてあるわけ⁉」
あまりにも説明不足のまま縛りつけられている現状に痺れを切らし、パルナがバルムンクに向けて叫びかける。
「これはメノウの強さを図るためのテストだ。故に……メノウ一人で戦ってもらう」
「なんであたしたちを縛るのよ⁉」
「お前たちは人質だ。迫りくるモンスターをメノウが倒しきれなかった場合、お前たちはモンスターの餌食となる。そうでもしないと……メノウは戦わないだろうからな」
「別に人質がいなくても戦うでしょ……」
「どうかな? 仮に人質がいない場合、メノウは戦わず、モンスターを前に逃げ続ける選択を取るだろう。力を消耗しないようにな……それじゃあ駄目だ。メノウには戦ってもらいたいんだ」
どういうことなのかわからず、一同は困惑した表情を見せる。
その中でただ一人、言葉の意味を理解したアリスだけが焦燥し、「……メノウ」と不安そうに言葉を漏らした。
「このテストは……どうなったら終わりなの⁉」
メノウの身を案じてたまらず、アリスはバルムンクにそう問いかける。すると――、
「無論、力尽きるまでだ」
無慈悲にも、無表情のままに言葉を告げ。バルムンクは手元に持っていた通信機のボタンの一つを押し込む。直後、大人しく制止していたモンスターの群れは突然奇声をあげ、狂ったかのように暴れ始めた。
数秒の間モンスターたちはもがき苦しむと、突然大人しくなり、まるで何かに操られているかのように一斉にアリスたちが縛られている壁際へと向けて走り出した。
「させん!」
だが、その進行を、メノウが爆破魔法を放つことで止め、注意を自分へと惹きつける。
「駄目だよ……駄目だよメノウ! 戦っちゃダメ!」
つけられた手枷を振りほどこうと暴れながら、アリスは必死にメノウへと声を掛け続ける。だがメノウは反応せず、両手に魔力を籠め、次にモンスターが移る行動へと備える。
「駄目だよ……駄目だよメノウ。駄目だって……駄目だよ……駄目って言ってるだろ!」
「ちょ、ちょっとアリス、あんたどうしたのよ?」
あまりにも異常なほどに、メノウが戦うことを嫌がり続けるアリスの姿に、一同は困惑する。かつてない程に気迫迫るアリスの叫び声に気圧されながら、隣で縛りつけられていたパルナが心配そうに声をかけた。
だが、アリスにはパルナの声が聞こえていないのか、アリスはひたすらに叫び続ける。
「聞けよメノウ! ボクの……ボクの言葉が聞こえないのか⁉ それ以上戦っちゃ駄目って言ってるんだよ! 聞けよメノウ……聞けったら!」
「だま……れぇぇぇぇええ!」
メノウの怒号が広い空間いっぱいに響き渡り、アリスは思わず目をパチクリとさせて押し黙る。メノウは叫んだあとも戦うことを止めず、次々に魔力を両手に装填しては、爆破魔法と変化させてモンスターへと注ぎ続ける。
そしてそのまま、数分に渡って間髪入れずに連続で爆破魔法をモンスターへと放ち続け、メノウは最初に呼び出された全てのモンスターを倒しきった。
「アリス様……あなたの覚悟はその程度だったのですか?」
全てのモンスターがいなくなると同時に、メノウは肩で息をしながらアリスにそう語り掛ける。
同時に、アリスはここに来る前のことを思い出した。
「私を……信じてください」
「でも……でも……!」
不安な表情で瞳に涙を浮かべるアリスを背に、メノウはそれ以上何も言わずに新たに出現したモンスターへと向き合う。そして再び、己が魔力を惜しみなく振るい、モンスターへと注ぎ始めた。
その繰り返しが、何度も続いた。
メノウは徐々に疲弊し、体内の魔力だけではなく、その身体すらも傷つけ、全身から血を垂らしながら、それでもモンスターに対峙し続けた。
「……わからんな」
その様を、黙って見届けていたバルムンクも、一歩も引かないその姿勢を前に、思わず言葉を漏らす。
「メノウ、貴様は……魔族のはずだ。それもただのデータだけの存在。どうしてそうまでして仲間に想い入れる?」
バルムンクの問いかけに、メノウは答えなかった。答えずに、迫りくるモンスターたちに対処し続けた。
「何故逃げ出さない?」
だが再びモンスターを殲滅し、次のモンスターが沸き上がるのを待つ間の時間、再度バルムンクが問いかけると、メノウはピクリと反応を示してバルムンクを睨みつける。
「仲間を見捨てて逃げ続ければ、お前は助かるかもしれないんだぞ?」
その瞬間、メノウは一笑し、再び湧きあがったモンスターへと向き合った。
「馬鹿を言うな……そんな選択はありえない」
そして再び、手元に魔力を籠め始める。既にメノウの体内に残る魔力は尽きかけていた。だがそれでも、メノウは臆さず、そして引かずにモンスターの群れに向かって歩き続ける。
「教えてやる。私が逃げ出さないのは諦めているからじゃない」
モンスターへと向かい歩き、背をバルムンクに向けながら、メノウは言葉を続ける。
「諦めていないからだ」
そして、残りわずかとなった魔力にも関わらず、メノウは爆破魔法を惜しみなく放つ。
「諦めないことの強さを私はある村人から教わった。だから私は逃げ出さない……必ず……現状を覆して見せる!」
それが、無駄なあがきであることは、その場にいた全員の眼から見ても明らかだった。
無限に湧き続ける敵を前に、戦えるのはメノウただ一人、覆そうにも覆るわけがない。
それを理解していた壁に張り付けられた仲間たちは、傷つきながらも戦う意志を無くさないメノウを見ていられず、思わず視線を逸らす。
既に、メノウの足元はふらついていた。さっき吐いた言葉が、ただの強がりにしか聞こえないほどに、メノウは弱っていた。
それでもメノウは、両手に魔力を籠めて前へと進み続ける。
自分の命と引き換えに、仲間を守ると言わんばかりに大きな背をアリスたちに向けて。
「メノウ! やめてよ! それ以上力を使えば……メノウが消えちゃう……消えちゃうよ!」
その瞬間、耐えられなくなったアリスは、皆の前では黙っておくと決めていた真実を、感情がままに叫び散らす。
あまりにも突然で、不可解なアリスの言葉を前に一同は一瞬呆け、そしてすぐに気付く。
最悪、メノウが倒れても自分たちが犠牲になればいい、さすがに倒れてしまえば殺すまではしないだろうと、如何に甘い考えを抱いていたのかを思い知った。