作品タイトル不明
逃げ出さないのは-5
『そのスキルを使いこなせる身体というのは中々いなくてね、僕の方で用意するのにも苦労するから……死んでもらうには惜しい者には、戦いの途中で力尽きる前に協力要請をするんだけどね。でも中々……仲間に引き入れられなくて困ってるんだよ』
「……そんな話、俺は聞いてねえけど?」
『残念ながら……君に話したところで無駄なのはわかっているからね。君の村人ながらレベル999にまで上り詰めた身体は興味あるが……スキルだけでも、充分魅力的なのが揃っている』
その時、鏡は怪訝な表情を浮かべた。たとえ仲間に引き入れられたとしても断っていたのは事実だが、來栖の口ぶりには、別の意図が含まれているような気がしたからだ。
『君たちには感謝しているよ。君たちのおかげでまた一つ……僕の目的を達成するのに大きい進展があるわけだからね』
「あいにくだが……俺はお前の野望の生贄になるつもりはねえよ。お前の野望が何かは知らないけどな……どうせろくなもんじゃないんだろうけど」
皮肉るつもりで鏡は鼻で笑いながら言葉を返す。すると、予想外にもその言葉が癪に障ったのか、來栖は先程から浮かべていた陽気な笑みではなく、深刻そうな苦しみ潰れそうな表情を浮かべる。
『何も知らないというのは幸せだね。僕に……責める権利はないけど』
モニター越しからでもわかるほどに、どこか哀愁の漂うその姿を見て、鏡は困惑する。その姿は鏡もよく知る、悲しみと絶望を背負った者が見せる表情だったからだ。
まるで、何かに追われているかのような、救いを求めてあがいているかのような、それでも一人でなんとかしなければならず、ピエロを演じているかのような、形容しがたい表情を來栖は浮かべていた。
あまりにも不意に見せてきたその表情に、鏡は暫くそれ以上何も言わず、黙って見届ける。
すると――、
『……なんだ⁉』
突如、來栖の顔色が変わり、焦った表情を浮かべて何かを調べているのか両腕を素早く動かし始める。
『どういうことだ……馬鹿な⁉ そんなこと、あり得るはずがない』
鏡たちからは確認できない予想外な出来事が來栖が見ているモニターには映っているのか、來栖は何度も「馬鹿な……馬鹿な!」と連呼し、ドンッと両腕をテーブルへと叩きつける。
『どういう……いや、待て、何でお前たちはそんなに平然とした顔をしている?』
取り乱す來栖とは裏腹に、鏡たちはまるで予定調和とでも言いたげな表情で、慌てふためく來栖を傍観していた。
「俺が捕まってから、どれくらいの時間が経ってるんだ?」
すると、ふいに鏡が謎の質問を来るに投げかける。
『何故今そんなことを……君を捕えてからそろそろ丸一日が経過する頃だが……それがどうかしたか?』
「俺が、何の前準備もせずに捕まると思ってたか? 俺が、この事態を想定していないとでも?」
『……まさか』
「食糧庫を荒らした件を、ただのかく乱と判断して逆に利用したのは失敗だったな? 食料庫を荒らしたのは……俺だ」
不敵な笑みを浮かべる鏡を見て、來栖は思わず戦慄する。その直後、ドガッと大きな音を起てて鏡たちのいた部屋の扉が、撃ち抜かれるかのように吹き飛んだ。
「ココに居たカ……鏡」
「よう、早かったな……ウルガ」
「約束通リ……予定ノ時間にお前ハ来ナカッタ。ソシテ約束通り、合図ヲ元に来たゾ?」
「タイミングばっちしだよ。メノウはちゃんと……信号弾を空に撃ってくれたみたいだな。やっぱりあいつを信じて正解だった。あいつなら自力で敵の正体に気付けるって信じてたからな」
姿を消した敵が近くにいる可能性を案じ、信号弾を渡した意図を伝えられなかった鏡だが、予定していた通りウルガが助けに来てくれたことで安堵する。
対する來栖は、信じられない存在を前に目を見開いて絶句していた。扉を破って鏡を救出しに来たのは、まごうことなく、獣牙族だったからだ。それも、鏡と顔見知りと思われる獣牙族。
來栖は十数秒前から既に、自分たちがいるセントラルタワー内に、次々と獣牙族が侵入していたことはわかっていた。突然驚いた表情を見せたのもそのせいだった。
だが、その獣牙族が鏡と知り合いで、仲睦まじい様子で話をしているのは予想外すぎる出来事だった。つまり、今セントラルタワーに侵入している獣牙族たちは、鏡が呼び寄せたということに繋がったから。
現在、ノアの施設内は無数の獣牙族の群れが侵入し、阿鼻叫喚の地獄絵図となっている。レジスタンスの隊員たちが応戦し、住民たちは逃げ惑い、平和だったノアの施設内が戦場と化していた。
『貴様……なんてことを……! ここには、戦えない者も多くいるんだぞ⁉』
「何がどう映ってるのかは知らないがよく見た方がいいぜ? 約束通りなら……獣牙族はかく乱だけで、攻撃はしてきてないはずだ。少なくとも敵意のない街の住人にはな」
鏡にそう言われ、來栖は鏡たちが映るモニターとは別のモニターを覗き込む。言葉通りだったのか、來栖は驚きで口を開きっぱなしになるも、どこか安堵した様子で溜息を吐いた。
『どういうことだ……いや、何故だ⁉ 何故こんなことを⁉』
「こうでもしないと裏なんて突けないからな。まさか俺が……獣牙族を引き連れて襲撃してくるなんて夢にも思わなかっただろ?」
『大胆すぎる……! 万が一アースの民が襲われでもしていたらどうするつもりだったんだ⁉』
「そうならないように、食糧庫を荒らして取り決めを交わしたんだよ」
『まさか……そういうことか……⁉ 盗んだ食糧をどこに運んだのかは気になっていたが……外に運んでいたのか?』
言葉通りなのか、鏡は不敵な笑みを浮かべる。
四日前、まだ全員が揃っていた日。鏡はメノウたちと別れたあと、眠たがるピッタの手を引いて真っ先に食糧庫へと向かった。
鍵の在りかを知らなかった鏡は、錠前を力任せに破壊し、中へと侵入して大量の食糧を盗み隠すのではなく、外へと運び出した。油機によって破壊された隠し通路を、『制限解除』の影響でまだダメージの残る身体で一日かけて再度掘り返し、ギリギリ食糧と自分が通れるくらいのサイズの穴をあけると、そのまま休むことなく鏡は小型のメシアと戦った市街地へと向かった。
そこにいるはずの、自分たちを殺すことなく見逃した獣牙族、ウルガに会うためだ。
大荷物を持って再び現れた村人を前に、多くの獣牙族は殺意を剝き出しにしたが、小型のメシアによる脅威から救ってくれた恩をウルガは忘れておらず、「話だけでも聞こう」と、鏡を招き入れる。それが鏡の考えた策の全ての始まりとなった。
『ナ……ナンだコレは?』
目の前に広げられた自分たちの食欲を刺激するかぐわしい匂いを放つ物体を前に、ウルガは思わずジュルリと涎を垂らし、息を呑む。
『これは……人間にとっての普通の食事だよ。お前らは初めて見るだろうがな』
『……コレが、食事?』
輝きを放っているかのような錯覚すら覚える初めて目にする物体を前に、市街地の中で鏡とピッタを警戒して引き籠っていた獣牙族たちもこぞって顔を出し、だばだばと涎を垂らした。
鏡は、持ち出した食料を使って、料理を獣牙族へと振る舞ったのだ。
『お前らってどうせ、他の生き物の肉とかそういうのしか食ってないんだろ? 調味料とかさ』
『調味料……ナンだそれは?』
獣牙族の食生活とは、アースクリア内に存在する野生の動物が得られる食事よりも貧しかった。というのも、他の民族がのさばる劣悪な環境にも関わらず、獣牙族は一つの群れに対する人口数が多く、充分と呼べるほどに食料が行き渡らない。
よって、足腰が弱くなり、役に立たなくなった老人から臨時の際には切り捨てられる。ピッタのような生産性のない者も、見捨てられる。鏡はそれを知っていた。
『前会った時に俺は言ったよな? 幸せを掴むために、手を取り合う必要があるって。もしお前たちが協力してくれて、この世界を取り戻すことが出来れば……お前たちも食事に困ることはなくなる』
『どうイウ……ことだ?』
『この食べ物は、人間が作ったんだ。お前ら……農作物とか知らないだろ?』
獣牙族は危険を察知すれば点々と移動し、一箇所に留まることは少ない。そのため、移動先で得たものを食し、自分たちで育て作り上げるということをしない。
『文化の交流……それが、俺たち人間と、お前たちが手を取り合うための第一歩だと思ってる。お互いを知るんだ。相手はどんな生活を送ってるのかを知り、そして、こうやって交流を図ることも出来るんだって、歩み寄るんだよ』
『食料に……困ラナイ?』
『食料だけじゃない、何かに怯えて過ごす必要だってなくなる。移動しなくても守るための生活ってのはあるんだ。俺たちはそれを知ってる。俺ならそれをお前らに教えられる』
ウルガは鏡の言葉を黙って聞き続け、そして最後に、目の前に用意されたふかしたジャガ芋に甘辛い餡をかけただけの鏡が作った食事を口へと運んだ。
ウルガはそれを、何か思い返すかのようにゆっくりと咀嚼し、ゆっくりと喉に通した。
そして、突然思い立ったかのようにその料理が置かれた皿を持ち上げると、周囲に集まっていた獣牙族の大人に混じって、涎を垂らして見つめていたピッタとそう変わらない年頃の少女の目の前へと運ぶ。
少女は毒が盛られているのではないかと少し警戒したが、先にウルガが食べていたことからすぐに警戒を解き、恐る恐るウルガからその食事を受け取った。そして、手元に置かれたかぐわしい匂いを放つ食事を前にして、少女は数秒もしない間に勢いよくかぶりつき、無我夢中に食べ始めた。
『……泣クナ』
少女の頭をポンッと叩きながら、ウルガはそう声をかける。
少女は終始、食べながら瞳に涙を溜めていた。その理由は単純で、食事をしたのが久しぶりだったからだ。獣牙族は食事をする順番が決まっている。まだ小さいにも関わらず、充分に食糧を調達できなければ食べる順番が回ってこない限り、数日間何も食べないで過ごすのは普通のことだった。
故に、獣牙族は他者を襲う。どこからか見つけてきた食糧を運ぶ人間を襲い、自分たちのものにする。全ては生きるため、そして、外敵から身を守るための力を蓄えるため。
『俺ニモ……娘ガいた。ダガ……拠点を変エルタメに移動しているトコロを狙われ、傷ついた』
ウルガはそう言いながらも、表情を変えなかった。最後まで言われずとも鏡には、それがどういうことなのかは理解できたが、それでもウルガは獣牙族をまとめる者として表情を変えずに、気丈に振る舞い続けた。
『俺は……娘ヲ見捨てた。皆をマトメル者とシテ、特別扱イ出来なかったカラだ。足手纏いは切り捨テル。ジャないと……生キテ行けないから』
『今の世界の現状だと、その悲しみはこれからもずっと続く。この世界である……限りはな』
鏡の言葉から、鏡が何を伝えんとしているのかがわかり、ウルガはスッと瞼を閉じる。
『……何をスレバいイ? 何か考えがアルノだろ?』
食料は、全員を補えるだけの量はなかった。それでも獣牙族にたちにとっては貴重な食糧であり、それを大量とも呼べる量を支給してくれた鏡に恩義を感じた。
だがそれは一時的な凌ぎでしかなく、現状が変わらないのであれば今後もまた飢えた状態に陥ってしまうことを獣牙族たちは理解していた。
この負のサイクルから抜け出すためには、この世界の状況を裏で管理している敵を倒さなければならない。その敵を倒す協力を鏡は要請し、ウルガはそれを受けた。
全ては食糧に悩まされることなく、移住もすることなく安全を確保し続けられる術を知り、地獄のような生活から抜け出すために。