作品タイトル不明
疑心暗鬼の夜-12
「クルルさん……どこにもいないね」
アリスが心配そうに顔を暗くしながらつぶやく。
慎重に行動しなければならないこの状況下で、クルルが意味もなく違う場所へと移動するとは思えず、最早何かあったと考える以外になかった。
「私が寝てる隣で……不甲斐ないです。私……クルルさんが攫われたかもしれない時に呑気に寝てました」
「あんたのせいじゃないわよ。喰人族みたいに音や気配を出さないスキルを持った奴がクルルを連れて行ったかもしれないでしょ?」
近くにいたにも関わらず、何も出来なかったことを悔やんでいるのか、ティナは下唇を噛む。
そんなティナをパルナが窘めるが、パルナも気持ちはティナと同じだった。
「クーちゃん……大丈夫かしら」
クルルは既に始末されたか、ただ捕まっただけなのかはわからなかったが、これ以上の大掛かりな捜索は自分たちの身にも危険が及ぶと中断し、一同は無事を祈る。
「ごめんね……あたしたちが目を離したばっかりに」
まさか朝から奇襲をかけてくるとは思わなかったのか、油機が気まずそうに肩を落とす。
「すまん……やっぱりテントを離れていなければ」
肩を落として落ち込むメリーの肩にポンッと手を置き、メノウは左右に首を振ってそれ以上言わなくて良いと、フォローをかける。
「……私が近くにいながらごめんなさい。まさかこんなに早く行動してくるなんて思ってなくて……油断していたわ」
「いや……私もだ」
実際、タカコと同じくメノウにとっても相手の行動は予想外の速さだった。行動するのであれば、昨日の夜、まだ警戒されていないと油断している時にやるべきだとメノウが考えていたからだ。昨日に奇襲をかけて来なかったということは、まだこちらを泳がせておくつもりだと考えていた矢先の奇襲。
「これが狙いだったのかと錯覚するほどに……行動の意図が読めん」
何より、最初にクルルを狙ったのかがメノウには理解できなかった。
仮に順に排除していくのが目的であるなら、後々厄介になる可能性を考慮して強い者からか、てっとり早く弱い者を順に狙っていくのが通りだった。
だがクルルは、賢者といえ強さはタカコとレックスよりも劣る。何より、テントが近いとはいえど、すぐ近くにタカコが孤立した状態で眠っていたにも関わらず、あえてティナと同室にいるはずのクルルを狙ったのか、その意図がわからずにいた。
「全員! ただちに中央広場に集結しろ!」
その時、怒りの混じった叫び声が周囲に響き渡る。
近くで談笑していたレジスタンスの隊員を含め、その怒号を耳にすると共に表情を引き締め、中央広場へと次々に向かっていく。まだクルルにいなくなったことによる不安を拭いきれていなかったメノウたちも、そのあとに続いて広場へと向かった。
「朝食中、または朝食を終えて探索の準備を行っていた者も急に呼び出してすまない」
広場には、険しい表情で腕を組んだバルムンクが立っていた。レジスタンスの隊員たちも、まだ何があったのか知らされていないのか、困惑した表情でバルムンクの言葉を待っている。
「昨日から今日にかけて、食糧庫を荒らした者がいる。先程、妙によそよそしい態度をしていた朝食当番の者を問い詰めて知った情報だ」
神妙な面もちで放たれた言葉を聞いて、集まったレジスタンスの隊員たちはざわつき始める。
「朝食当番の者は混乱を招かないように黙ってようとしていたみたいだが……事態は考えているよりも重い。今までこんな事態は一度もなかった……食糧庫を荒らすことは、統制を大きく乱してしまうことになると全員が理解していたからだ」
そこまで聞いて、メノウは深刻な表情で額に汗を浮かばせながら「……まさか」とつぶやいた。妙な焦りようにアリスが不安げに顔を覗き込み、「……メノウ?」と声を掛けるが反応がなく、メノウはバルムンクが続ける言葉に耳を傾け続ける。
「俺もさっき確認してきたが……食糧庫の錠前は壊されていた。道具を使われたような形跡もなく、無理やり力まかせに壊したかのような状態だった。……となれば、そんなことが出来るのはアースクリア出身の人間以外にありえない」
アースクリア出身の者と聞いて、一同は不穏な表情を浮かべてうろたえ始める。
アース出身の者に比べれば、身体的にも圧倒的な差のあるアースクリア出身の者が和を乱し始めたとなれば、止めるのにも命がけになるため、内心穏やかではいられない。
英雄としてこの世界を救いに来た存在が、唯一残された安寧の場所までも危険に晒しているという状況が、アース出身の者はもちろん、アースクリア出身の者も信用を疑われるということで、不安を胸に抱かせた。
「そして……鍵を使わなかったことから、鍵の場所を知らない者である可能性が高い」
その瞬間、周囲にいたレジスタンスのメンバーのほとんどが、メノウやアリスたちへと視線を向けた。
「え、ちょっと……」
明らかに威圧的な態度で怪しんだ視線を向けるレジスタンスの隊員たちを前に、ティナは思わずたじろいで一歩下がる。その隣でメノウは、「そういうことか……」と、やられたと言わんばかりの険しい表情を浮かべていた。
「メノウ……どういうこと?」
メノウの声に反応して、アリスが囁くような声量で視線を変えずに問いかける。
「やはりというべきですが……恐らく敵はレジスタンスの隊員の中にも数人潜んでいる可能性があります。ですが、敵が私たちに干渉、もしくは監視をしようと思えば気配や殺気で潜り込んでいるのを気取られる可能性がある……ピッタ殿もいますしね。ですが……レジスタンスの隊員全てが、最初から我々を疑うような眼で見てくるとなればその判別は難しくなります。……相手の目的は、食糧庫を荒らし、何も知らないレジスタンスの隊員たちの敵意を我々に向けさせてカモフラージュを作ることだったと考えるべきでしょう」
「そんな……私たち、盗んでませんよ!」
焦燥して声を荒げるティナに対し、メノウは諦めたかのように「我々がそう言っても、信じてはくれんだろうな」と瞼を閉じて溜息を吐く。
レジスタンスの隊員たちが一斉にこちらを向いたのが、その証拠となった。今までこんな事態は一度も起きたことはなかったのに、鍵の在りかを知らないアースクリア出身の者が盗んだとなれば、一番疑わしきは間違いなくタカコたちだった。
更に、それだけではなく――、
「一人……足りないみたいだが、どこに行ったんだ?」
メンバーは一人足りていないメノウたちに対し、疑心の眼がバルムンクより注がれる。
「待ってくれおじき! こいつらは……」
犯人は別に存在し、昨日の件も含めた話をしようとメリーがフォローするが、メノウが方腕をメリーの目線にまで広げて首を左右に振り、制止させる。
今、自分たちの置かれた状況を説明し、食糧庫を荒らしたことについての納得を得るのはリスクが大きすぎたからだ。
仮に、レジスタンスの連中に自分たちの置かれた状況を説明すれば、半信半疑ながらも本当の敵を探すために動いてくれる可能性はあった。だがそれは、レジスタンスに潜んでいる本当の敵にすらも味方の振りをさせるチャンスを与えることにも繋がる。
そうなれば、味方を演じられた末に裏切られる可能性も出てくる。懐に入られれば疑ってかかるのも難しくなるため、この状況に置かれてしまったのであれば、むしろ全員敵と考えて行動した方がマシな状況とメノウは判断した。
「クルル殿は……今朝からいないが、食糧庫を荒らしたのは我々ではない」
疑心の眼を向けるレジスタンスの隊員たちを前に、メノウはきっぱりとそう告げる。
だが、その疑心の眼は、レジスタンスの隊員たちからだけではなく、バルムンクからもとれることはなかった。
「今朝の話だが……何故、男性陣用のテントにパルナとアリスがいた? パルナ……確か、お前は事情と言っていたな?」
メノウの返しに、バルムンクは更に食って掛かる。
バルムンクも、食糧庫を荒らしたのはメノウたちだと考えていた。むしろ、怪しいと思える要素が多すぎて、メノウたち以外に考えようがなかったからだ。