軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五章 疑心暗鬼の夜

『私は……いつまでこんなことをしなければならないのだ⁉』

魔王の勅命により、アリスと暮らし始めてから半年が経過した頃のこと、メノウは荒れていた。

アリスが魔王と離れて暮らしていた山奥の村は、木々に囲まれて少し離れれば見失うってしまうような村で、村までの道中も険しく、人間はおろか、モンスターすらも滅多に姿を見せない。

山奥にあるため食料の確保も難しく、置いてある設備も乏しく、毎日の生活が生きるための食料の確保や炊事を行うだけで終わってしまうような場所だった。

下山して人間と戦うことも許されず、毎日のように薪を割り、アリスのために周辺の森林に潜って食料を探す。そんな、自分が思い描いていた道とは大きく逸れた日々にメノウは苛立ちを感じ始めていた。

『くそっ……私はこんなところでくすぶっている場合ではないのに』

毎日文句を垂れながらも手斧を振り下ろし、生活に使うための薪をメノウは作り上げる。

この生活にも抜け出そうにも、そもそもこの生活を命じたのは魔王であり、メノウが権力を手にして成り上がるにも、その魔王の力を借りなければならない。

『今こうしている間にも、人間は魔族を虐げている……身の程を知らずに! もう半年だ! 半年も私は人間を殺せていない! 本当なら今頃内臓をえぐりだし、それを……』

薪を割りながらも、その場合を想像してメノウは自然に醜悪な笑みを浮かべた。

メノウが本当に欲しかったのは権力ではなく、下等な生物にも関わらず、立場を弁えずのさばっている人間が絶望し、苦しんでいる様を当然のように見ることが可能な環境。

仮に今、魔王が人間と戦うのを止めている以上、命に背いて不用意に人間に手を出せば罰せられる可能性がある。人間に手を出してよいのは、己が身に危険が迫った時のみという枷を外すのがメノウの当面の目的だった。

『……怖い顔してる』

裏庭で薪を割っていたメノウに、木の影に隠れていたアリスがひょっこりと顔を出す。

『これはこれは……アリス様。本日もご機嫌麗しゅう』

『言いたくないなら言わなくていいよ……目でわかるもん』

するとメノウは、不快な存在を見たかのような表情で小さく舌打ちをした。

仮に、魔王の命令がこの村で1年間大人しく暮らすだけというのであれば、メノウは愚痴をこぼすことなく、その日が訪れるのを心待ちにして耐えることができただろう。だがこうして思わず愚痴をこぼし、毎日が耐えがたいと感じているのは、アリスが原因だった。

『まだ子供とはいえ、あなた様も魔王様のご息女。必ずや魔王軍の要となる力を得られるはずです。そろそろ……力を扱うための訓練を行われたらどうですか?』

『いい……ボク、誰も傷つけたくない』

『そうであっても、ご自身を守るだけの力は身に着けておくべきでしょう? まさか魔法に頼らずご自身の身体能力だけでなんとかするおつもりで?』

『もし……魔法を扱えるようになったら、ボクはきっと万が一の時に魔法を使ってなんとかしようとする。そうなったらボクは助かるけど相手はきっと……それなら、ボクが死ぬよ』

『意味が……わかりませんねぇ』

自分とはかけ離れ、且つ相反した考えを持ったアリスに対し、メノウは思わず苛立ち、ギリッと歯を噛みしめる。

『それはつまり、あなたを殺そうとしたような相手を傷つけたくないということですか?』

『モンスターはボクたちを襲ってこないし、そんな状況になることがあるとすれば相手は人間……だよね? なら、その時はボクが失敗したってことだし……逃げるための手段を用意したくない。それだけの覚悟が大事だと思うから』

そして、メノウには言っていることもまるで理解できなかった。

仮に、将来メノウに匹敵する力を持ち、人間を虐げ弄ぶ世界を作り出すための力になる逸材であれば、メノウも文句をこぼさずアリスの世話をしただろう。

だが、アリスの考え方はメノウの考えとは真逆だった。人間を虐げるどころか重んじ、弄ぶどころか傷つけたくないとまで口にする始末。

『やはり意味がわかりませんね。生きている存在を傷つけるのが怖いのですか? 覚悟などと言ってますが……それは臆病なだけでは?』

『傷つけるのが怖いんじゃないよ。傷つけられるのが怖いんだ』

『……やはり意味がわかりません』

『メノウには多分、言ってもわからないよ』

力をまったく持たないアリスが、まるで、自分の考えが間違っており、話しても無駄と上からの目線で語る姿が、メノウには耐えがたかった。

価値観はそれぞれにある。アリスとメノウの考え方が違うのは致し方がないことで、価値観を押しつけたところで理解しないだろうことをアリスは理解していた。だがメノウは、己の価値観が全てであり、それを理解しない者は愚かで間違っている存在だと決めつけていた。

そうするのがてっとり早いから。今の自分でなくなることを恐れて。なにより、自分の考えが絶対であると信じているから。だからそういう存在を見つけては敵対視し、力を持って他者の考えを覆し、自分が絶対であり続けてきた。

自分を否定する存在が傍に居続けるのが耐えられなかったから。

『それで、何か用なのですか?』

『……何か手伝えることはない?』

なのに、アリスは傍に居続けた。

立場上、力という手段で訴えることは出来なかったが、それでも極力近寄らないように、自分から遠ざかるようにと酷な態度をとってきたはずなのに、それでもアリスは逃げ出さず、言葉を交わし、寄り添おうとしてきた。

メノウには、それが耐えがたく、そして屈辱だった。