作品タイトル不明
覚えていますか?-12
「うぁー疲れた。もう風呂とかどうでもいいから寝たい」
テントの中に戻るやいなや、鏡はテント内に持ち込んでいた毛布の上へと飛び込んだ。
「お父……起きるです。お風呂いかないと汚いです」
そんな鏡を起こそうとピッタが駆け寄るが、スキル『制限解除』の反動によるダメージが抜けておらず、鏡は毛布に顔を埋めながら嫌そうに低い唸り声をあげた。
「ピッタだって毎日水浴びしに行ってたわけじゃないだろ?」
「でもお風呂……入ってみたいです」
「…………ちょっと休憩してからな。すぐに行けば追い付かれるし」
浴場に行く確約をしていなかったが、期待感のこもった大きな瞳でジッと見つめてくるピッタを前に、今更「行かない」とは言えず、鏡は溜息を吐きながら観念する。
「某も楽しみでござるよ。風呂という知識はあれども、いつもピッタ殿と水浴びで済ましていたため入ったことはなかったでござるからな」
「お前いないと思ったら……」
溜息を吐くや否や、ピョンッと軽い身のこなしで朧丸が鏡の頭の上へと乗っかり、姿を現す。片腕には朧丸用に鏡が作った小さなタオルと桶が抱えられており、ピッタ以上に浴場へ行くという固い意志が見受けられた。
「どうせ後で合流するのでござろう? ならば、テント前で無用な会話をするだけ無駄なこと」
「いつも思うけどお前って結構ストイックだよな」
「そうでござるか? 変に悩むよりも、思ったがままに行動するのは自然なことかと某は考えまする。一度やると決めたことを曲げる意味もよくわからないでござるからな」
逆に鏡にとってそれは、朧丸の不安な要素でもあった。
朧丸はそうと決めたら深く悩むことなく目的を遂行しようとする。よく言えば迷わない、割り切っているともとれるが、悪く言えば慈悲がないともいえる。
まるで雇われの暗殺者かのように、一度自分の意志で決めたことは淡々と遂行し、その意志を曲げることはよほど根本的な何かがひっくり返らない限り滅多にない。
だが本人にはその自覚がなく、自然にそういう思考になるように作られたかのような印象を鏡は受けていた。
遥か昔、日本に存在していたという暗殺者の服装を身に着けていたことから、朧丸は本来、与えた命令を淡々と遂行させるために作り出されたのではないかと考えるが、妄想の域を未だ出ていない。
「まあそうかもしれないけどさ、いつも言ってるがいなくなる時は声かけてくれよ、急にいなくなったら不安になるだろう?」
「ぬぅ……それはすまんでござる」
更に不安なことに、朧丸は『やる』と決めると今回のように周りに合わせることなく勝手に行動することがある。
今は鏡が傍を離れないように注意しているためその『命令』を優先してか、傍から大きく離れることはないが、その注意すら意味を成さない意志決定が行われた時、一人で無茶な行動をしないか、鏡は不安に感じていた。
「ま、いいさ。ほらピッタも準備しとけ。身体を拭くためのタオルとかな」
「うん……お父の分も用意する」
不安は感じつつも、今はそこまで気にすることではないと割り切り、鏡は「ふぅー」と軽く溜め息を吐いてピッタに微笑を向ける。
仮にそうだったとしても、自分が全力でそれを止めればいい。そう頭の中で考え直しながら、準備と聞いてせわしなくパタパタとテント内に置いてある道具箱の中を漁るピッタを見届けた。
「……お父」
その途中、道具箱の中の奥側にしまってあったタオルを強引に取り出そうと、手をゴソゴソと動かしていたピッタの手がピタリと止まる。
「ん? ……どうした?」
一瞬、トイレにでも行きたくなったのかと鏡は考えたが、動きを止めたピッタが見せた不穏な表情からそうではないと判断し、表情を歪ませた。
「音が……聞こえたです」
「音? 何の音だ? タカコちゃんたちの足音とかじゃないだろうな? いやそれとも……このテントの外に誰か近付いているのか?」
このタイミングでのその可能性を全く考慮していなかった鏡は、少し慌てた様子で素早くテントの出入り口に向かって身構える。
「違うです……足音じゃないです。誰もこのテントに近付いてないです…………でも、何かが爆発したような音が確かに聞こえたです」
「……爆発?」
爆発音ともなれば、距離が離れていてもわかるくらいには大きな音が鳴り響く。だがこの数秒の間にそんな音が鳴った気配はなく、鏡は思わず朧丸に視線を向ける。
しかし朧丸にも聞こえなかったのか、「某にも聞こえなかったでござる」と首を左右に振った。
「いや……もしかするとタカコちゃんたちに何かあったのかもしれない。仮に今、爆発音がしたとするならそう考えるしかないし……っつ、まずいな、相手を甘くを見すぎていたかもしれない。手遅れになる前に助けに向かうぞ!」
「承知!」
「それも……違うです」
鏡と朧丸はテントの出入り口に視線を向け、すぐさま助けに向かおうと勢いよく立ち上がるが、それを止めるように、ピッタが不穏な表情を崩さないまま囁くようにつぶやいた。
「違う?」
何がどう違うのかの真意を聞こうと、鏡は視線をテントの出入り口からピッタへと戻した。その瞬間、説明を受けるまでもなく、どういうことなのかを理解する。
ピッタの視線がノアの施設内の方向ではなく、ノアの施設外、アースの大地へと続く鏡が掘って作った隠し通路へと向けられていたからだ。
「外……? ノアの施設内じゃなくて?」
「……です」