作品タイトル不明
第十四章 覚えていますか?
『魔王様、人間は滅ぼすべきです! 命令を一言下すだけで、私がすぐにでも人間共の首を御前にお並べ致してみせましょう! たとえ滅ぼさなかったとしても、家畜として扱い、奴等から尊厳と自由を根こそぎ奪い尽くすべきです……!』
己が巨大な力に溺れ、弱者である人間をゴミとしか認識していない。そんな今年で19歳になる一人の魔族の青年がいた。
『力の差を思い知らせてやりましょう。まずは見せしめに人間の腹を割き、贓物をぶちまけた不様な姿をさらしあげましょう! 我々魔族にたてつけばどうなるか恐怖を植え付けるのです!』
女性と見間違えるほどに艶やかな銀色の長髪と、美しいとも呼べる整った顔立ちとは裏腹に、それは醜悪な笑みを浮かべていた。まるで、そうやって人間をいためつけるのが楽しみとでも言うかのように。
『……メノウよ。何故お前はそうするべきだと考えた?』
『簡単な理由ですよ。我々より劣っている存在がこの世を統べ、魔族を虐げているというこの現状が我慢ならない。我々は人間より優れている……なのに、奴等人間は我等魔族の命を弄んでいる……! 逆だ! 優れている方が下等な存在の命を弄ぶべき! つまり! 我等にいつ殺されるかもわからない日々に恐怖を抱き、怯えながら過ごすのが人間の本来あるべき姿!』
『本当に……そう思ってるのか?』
『ええ……思っていますとも。弱肉強食の世界……それは人間が訴える世界の在り方です。だから私はその理論にのっとって本来あるべき姿に戻そうと言っているだけですよ』
『違うな。人間の中には魔族よりも秀でている者がいる。それも一人、二人ではない。逆を返せば人間に遥かに劣る魔族もいるということ……メノウ、はっきりと言え。お前は人間を弄びたいだけなのだろう?』
自分を見抜いたかのような魔王の問いに、メノウはより醜悪な笑みを浮かべる。
それは、今のメノウからは考えられないほどに無慈悲で、残酷で、溢れ出る力に溺れた、業を体現したかのような存在だった。
当時、成人したての魔族のレベル平均が100と言われている中、メノウは19歳の段階でレベル150に及ぶ実力者だった。魔族のレベルは人間と違い、身体の成長と共に上昇する。だが、それは大きくレベルが上昇するのが身体の成長の時期というだけで、その後も徐々にだが上がり続ける。
しかし、レベルのあがり方には個人差がある。老人になってもレベル100に満たない者もいれば、老人に至るまでの過程で大きく成長し、レベル300に上り詰めた者もいる。
そのレベルのあがり方には無論、アリスのような血統による潜在能力の高さも関係するが、それと同等に影響力を持った成長の糧が魔族には存在する。
『お前は、野心の塊だな。昔の私を見ているようだ』
それは、力を欲する意欲。そして、野心。憎悪や怒りで心を満たし、一つの目的のために純粋に力を求めることで、魔族は成長する。その仕組みにしたのも恐らく、その力が人間と戦うためにあるものだと、魔族に自覚させるためだったのだろうとメノウは考えているが、当時のメノウにとっては、それは都合の良い仕組みだった。
『野心は私を強くします。私があなた様にお仕えできるのも、この野心のおかげですから』
魔王の血統を持つ魔族に代々仕えてきたエイブラシャー家当主が亡くなり、世継ぎとして新たに魔王に仕えることになったのは、当時、エイブラシャー家の中でも最も大きな実力を持っていたメノウだった。
『逆にお聞き致したいのですが、魔王様は野心がお嫌いですか? あなたからは欠片ほどの野心を感じない。今の生活で良いと思っているとさえ感じる』
『野心よりも……大切なものがあるのでな。理想の世界の実現よりも大切なものさ』
『理解できませんね、力があるのにも関わらず、それを使おうとしない……魔王様には力をもった者の責任を感じないのでしょうか? あなたには……私には、力を得た責任がある。魔族の皆は、あなたが動くのを心からお待ちしているのですよ?』
『確かに、人間がいない世界になれば我等は苦しみから解放されるだろう』
『ならば何を躊躇っていらっしゃるのですか?』
かつてのメノウは、自信に溢れていた。自分を魔族の中でも特に優れた存在だと思っていた。本来先代の世継ぎをするはずだった父を超え、魔王の側近候補だった者たちをなぎ倒し、メノウは未だ敗北を知らない身だった。
『躊躇ってなどいない。私は人間と争う気は微塵もない。その理由は……自分で考えるがいい』
そして、この頃はまだ魔王にも反抗的だった。人間と戦う気のない魔族を統べる王の姿を目にして、深い溜息を魔王の目の前でついたのを、メノウはいまだに覚えている。
『魔王様……私は祖父の意志を継いであなたに仕えるつもりでいましたが、あなたの姿を見て気が変わりました。あなたにその意志がないのであれば、私が人間共を滅ぼしてみせましょう』
己より強い力を持つ者と戦ったことのないメノウは、この時驕っていたのだ。人間など取るに足らない存在であると。そんなメノウに魔王は当時同じく側近として仕えていたエステラーに命令を下し、敗北を教えた。
『っぐ……さすが魔王様と魔王様に仕える側近、実力が違う。ですがなんです? 私に力の差を見せつけて何がしたいのです? 私の勝手な行動が鼻についたのですか?』
『エステラーの能力に匹敵する人間も、また存在する』
そうなのだろうと考えていたメノウは、その一言で充分理解した。だが、納得はしなかった。
『認めがたいですが、確かにエステラー様の力に近しい者はいるかもしれません。ですが、そんな力を持った者は少数……我々魔族が結束し、戦いを挑めば必ずや勝てます』
『勝ち負けなどではない。どうやら、お前が私に仕えるには、まだ色々と足りないようだな』
その時に魔王が自分へと向けた哀れみの視線は今となっても記憶に残り続けている。そして、救いの手を差し伸べるかのようにパンパンッと手を叩き、女神を呼び出したことも。
『……何ですか? このちっこい娘は?』
『私の娘だ。今日は久しぶりにこちらに戻ってきていてな。普段はここから離れた山奥の陰に潜むようにして魔族の村で暮らしている』
『ま、魔王様のご息女⁉』
それが、メノウとアリスの初めての出会いだった。
『お前が私に仕えるのはまだ早い。我が娘……アリス共に村へと戻り、そこで一年間アリスに仕え続けよ。それが私に仕えるための条件……そして、人間を滅ぼさないと考えている私へ意義だてをする挑戦権を得る方法だ。無論……勝手な真似をすれば私が手を下す。いいな?』