作品タイトル不明
第98話:昔語り
大規模ダンジョンという危険地帯にもかかわらず、平然と切り株に腰を下ろすランドウ先生。そんな先生に倣い、俺も近くの倒木に腰を下ろす。
周囲は木々が生えているもののそれなりに見通しがよく、モンスターが接近してくればすぐに気付けるだろう。
「ミナト、今からする話は俺の 失(・) 敗(・) 談(・) だ。お前が同じ轍を踏まないように話しておく」
「……はい」
わざわざ失敗談を話すと宣言するランドウ先生に対し、背筋を伸ばして頷く。自分自身の失敗を他人に語るのがどれだけ難しいことか多少は理解できるため、一言一句聞き漏らさない気持ちで傾聴する。
「そうだな……どこから話すか。お前には話したことがなかったが、俺は元々キッカの国であの嬢ちゃんと似たような立場にあった」
女中(メイド) じゃねえぞ? と冗談っぽく告げるランドウ先生。そんなランドウ先生の様子が珍しくて、俺も小さく笑う。
「お前の先祖、サンジョウ家の人間らしいな。俺はサンジョウ家ともつながりがあるイチジョウっていう家に仕える一家の生まれだ。家は武士……こっちでいう騎士の家系でな。ガキの頃から刀を振り回してたのをよく覚えているよ」
「……思わぬつながりですね」
「ああ。それで、だ。自分で言うのもなんだが、俺はガキの頃からそれなりに腕が立ってな。その辺の大人には負けねえし、イチジョウに仕える武士の中でも強い方だった。その腕を買われてイチジョウの姫君の一人……オウカ姫の護衛として近くに侍ることになったんだ」
そう語るランドウ先生はかつてを思い出すように、遠くを見るように目を細める。
「性別は逆だが、立場でいえばオウカ姫がお前、俺があの嬢ちゃんだな。まあ、あの嬢ちゃんみたいに姫の世話を焼くまではしなかったが」
「料理をしたり掃除をしたりするランドウ先生は……ええ、想像ができませんね」
「あくまで護衛だったからな。だが、オウカ姫はまあ、なんというか……お転婆でな。腕が立つ護衛がいるんだからと屋敷を抜け出しては街中に繰り出したり、俺が剣を振るところを楽しそうに眺めたり、自分で剣を振り出したり……ああ、本当にお転婆だった」
ランドウ先生の口元が、僅かに笑みの形に変わる。それはきっと、オウカ姫との思い出が楽しいものだったからだろう。
「あの頃は自分なりに戦い方を編み出している最中でな。オウカ姫の前で『一の払い』や『二の太刀』を何度も見せたことがある。それ以上の技はまだ形になっていなかったがな」
「……そう、なんですね」
ということは、やっぱりリンネが使った技は そ(・) の(・) 時(・) に見て学んだ……のか? いや、話に聞くオウカ姫の性格的に、見るだけじゃなく自分にも教えてほしいと願い出ていそうだ。
「そうやって仕えて三年ほど経って……今のお前ぐらいの歳の時だ。 桜見(さくらみ) ……あー、キッカでやる花見なんだが、それをしたいってオウカが言い出してな。ちょっとした旅行がてら山に桜って花を見に行くことになったんだ」
そう言って、ランドウ先生の声色に厳しさが宿り出す。
「そして、だ。向かった先がダンジョン化してな。しかもキッカじゃこっちの大陸みたいにオレア教の活動が盛んってわけでもないからか、中規模のダンジョンがいきなり生まれて取り込まれた」
それは、『花コン』でも語られた話だった。そのため俺は先の展開を知っていたが、それでも真剣な顔で頷いて続きを促す。
たとえ結末を知っていようとも、張本人の口から語られる言葉の数々に宿った感情は、『花コン』では知り得ないものなのだから。
「護衛は俺以外にもいた……が、ダンジョンを抜け出すよりも先にどんどん数を減らしてな。結局、最後に残ったのは俺とオウカの二人だけになった」
今のランドウ先生を見れば、中規模ダンジョンぐらいで危機に陥るというのは想像できない。だが、俺と似たような年齢の時となれば話は別だ。それも護衛対象であるオウカ姫を連れてとなると、その難易度はどれほどになるか。
「細かい部分は省くが、俺はあいつを……オウカを守り切ることができなかった。突然の出来事で、多勢に無勢だとしても、その事実は変わらねえ」
そう淡々と語るランドウ先生だが、声に込められた感情は重く、深く。
「――俺は、守り抜くと誓った 女(オウカ) を守り切れなかった」
その言葉にどれほどの怒りが込められているか、わからないほどで。
自分の右手を拳の形に変え、白くなるほどに強く握るランドウ先生を見て、俺は何も言えないし言わない。今、何かを語る言葉を持たない。
「その後はダンジョンの中で不覚にも意識を失って、運良く死なずに目が覚めたらオウカの遺体が消えていた。オウカが発現していた短刀の『召喚器』も消えていてな」
ダンジョンの中で死亡するとゾンビ化したり死霊系モンスターになったりするが、それも絶対ではない。遺体が消えていたってことはモンスター化したか『魔王の影』になったか、あるいはそれ以外の何かが起きたんだろうけど……。
「あとはまあ、なんだ……そのダンジョンで三年……いや、四年だったか? モンスター相手に剣を振り続けて、オウカの遺体と遺品を探し続けて……広がり続けるダンジョンを隅から隅まで何度も探したが何も見つからなくてな」
ダンジョンは潰したが区切りをつけられねえんだ、とランドウ先生は言う。
「キッカの国は国土がそこまで広くないからか、ダンジョンの数も少なくてな……他のダンジョンも巡ってみたが何も見つからなかった。それでももしかしたら、と思ってこっちの大陸に渡ってきたんだ」
「……お爺様が仰っていました。そこで行き倒れたランドウ先生を見つけて介抱した、と」
「ああ、ジョージ殿には世話になった。あの時は中規模ダンジョンに潜って、火竜のボスモンスターと取り巻きの火竜三匹をまとめて相手にしていてな……さすがに死ぬかと思ったぞ」
むしろなんで生きているんですか、なんて言葉は飲み込む。今より未熟な頃とはいえ、ランドウ先生だからな、と自分を納得させる。
「だから、お前が『一の払い』と『二の太刀』を使う『魔王の影』と遭遇したって聞いた時は驚いたぞ。ただ、自分の目で見てないからそのリンネとやらがオウカかどうかはわからないがな」
そうして話を締めくくるランドウ先生……っと?
「あれ? 先生とオウカ殿の間に何が起きたかはわかりましたが、ナズナについてはどういう……?」
ナズナがランドウ先生と似たような立場に在ることはわかったものの、あんなに意味深に見ていた意味まではわからなかった。そのため尋ねると、ランドウ先生は腰の刀……己の『召喚器』の柄を軽く叩く。
「俺はな、あの嬢ちゃんと同じように主君を守る盾であり、敵を倒す刀になると誓った。その誓いは果たせなかったわけだが、誓い自体をなかったことにはしねえ……が、守ると誓ったのに、俺が発現した『召喚器』はこの刀だった」
ランドウ先生の『召喚器』――その名を『万夫伏刀(ばんぷふとう』という。
中級の『召喚器』ながら特殊な能力は何もなく、本来なら下級に分類されるべき代物だ。だが、その特徴はランドウ先生の全力に耐え得る頑丈さと優れた切れ味である。
ラ(・) ン(・) ド(・) ウ(・) 先(・) 生(・) の(・) 全(・) 力(・) に耐え得る刀っていうだけで、そのすごさが俺にはわかる。いくらランドウ先生とはいえ、その力に耐え得る武器がなければ全力は出せないのだ。
「その点、あの嬢ちゃんは盾の『召喚器』を発現した。お前を守りたいっていう気持ちも嘘じゃないんだろう。俺もその気持ちに嘘はなかったつもりだが、敵を倒すことがオウカを守ることにつながると考えたわけだ」
似たような立場ながら、発現したものが武器と防具で異なる。そしてランドウ先生とナズナでは性別が違えど、当時のランドウ先生と同年齢ぐらいのナズナが主君に対し、剣となり盾となると言い出したんだ。ランドウ先生としては無視できなかったのだろう。
ただ、俺と違って弟子ってわけでもないし、アドバイスを送る程度に留めたのがランドウ先生らしいというかなんというか。
「でもな、ミナト。あの嬢ちゃんの決意に水を差すつもりはねえが、あの嬢ちゃんが 在(・) り(・) 方(・) を決める一因となったのはお前だ。昨日の『俊足の指輪』を渡したんだろ?」
「……はい」
別に咎めているわけではなく、ただ事実の確認をしているだけなのだろう。それでも昨晩のことを思い出すと、歯切れ良く答えることはできなかった。
「俺はお前の剣の師だが、私生活に関してどうこう言うつもりはねえ。暴飲暴食をしたり酒色に溺れたりして剣を振るうのに不都合が出るっていうのなら殴ってでも矯正するが、お前とあの嬢ちゃんの関係性に関して口を挟むつもりはねえんだ。それはわかるな?」
「はい」
今度はしっかりと頷く。ランドウ先生はその辺りドライというか、良くも悪くも放任主義だ。
「 そ(・) の(・) 上(・) で(・) 敢(・) え(・) て(・) 言(・) う(・) が(・) 、あの嬢ちゃんが死ぬようなことがあってもお前は生き延びろ。間違っても逆は駄目だ。お前が死んであの嬢ちゃんが生き残るようなことがあってみろ。俺みたいに……いや、俺よりも酷いことになるぞ」
「…………」
その言葉に、素直に頷くことはできなかった。言っていることはわかるし、主君である俺が従者であるナズナより先に死ぬのはおかしいって言われるのもわかる。
しかし何かが起きたとしてナズナが死に、俺だけが生き残る状況というのが明確に想像できない。いやまあ、『魔王』が発生したら嫌でもそんな状況が起こり得るんだろうけどさ。
ただ、ランドウ先生の言葉は重かった。今もなお、想い人にして主君であるオウカ姫を失っても生き続けているランドウ先生の言葉は、ただただ重かった。
「……肝に、銘じます」
「そうしろ。まあ、こうして鍛えている手応えからいうと、お前が死んであの嬢ちゃんが生き残る状況っていうのはよっぽど格上の相手と遭遇しないと起こらねえよ。師匠として保証してやる」
俺を安心させるためか、そう言ってランドウ先生が僅かに笑う。俺の成長を褒めるようなその言葉は、普段なら喜ぶところなんだが。
「先生……俺、軍役のつもりがダンジョンの異常成長に巻き込まれたり、王都で『魔王の影』に襲われたりしたんですが……」
自分の運の悪さというか、厄介事を引き寄せる体質というか……『花コン』のミナトにはなかったはずのイベントに遭遇しまくっている現状、何が起きても不思議ではない。
もちろん、今は稼いでしまった風評に押し潰されないため、そしてそれらの厄介事が押し寄せてきてもどうにかできるようになるため、鍛えているわけだが……。
「良かったな。腕を磨くには自分から危険な場所に飛び込むか、向こうからやってくるのを待つしかねえ。お前は更に強くなるための土壌が整ってるってわけだ」
「嬉しくないですよ!? 昨晩だってリンネにまた何か干渉されたのかって焦ったんですからね!?」
ランドウ先生も昔話を終えたからか、軽口が出てきたため俺は反発がてら昨晩のことを口にした。するとランドウ先生の表情がすぐさま引き締まる。
「……以前言ってたな。違和感を覚える……だったか?」
「あとは認識が曖昧になると言いますか……普段ならやらないようなことをやったり、考えてしまったりするんです。昨晩は途中で気付けましたけど……ほら、その、いくら俺と先生が使わないからって、俺からナズナに指輪を渡すのってまずいでしょう?」
「お前、婚約者候補とやらがいたな。異性関係に奔放な奴なら珍しくはないだろうが……一応聞いておくが、お前も そ(・) の(・) ク(・) チ(・) か?」
「いやぁ……お腹が痛くなるというか、胃が破裂しそうになるタイプですかね」
ただでさえプレッシャーがかかる立場と環境なのに、好き好んで自分から地雷を踏みに行く趣味はないですよ、ええ。
「……仮にお前がそのリンネとやらに干渉を受けたとして、俺が気付ける範囲にそれらしい気配はなかったんだがな」
「ですよね。俺も先生の警戒を突破できるとは思えなかったので、何かしらの特殊な手段を持っているのか……気付かないだけで、俺に複数の女性に粉をかける願望があったのか、なんて」
ただ、それでも何か意味があるのかもしれない、と『俊足の指輪』を渡したらナズナが盾の『召喚器』を発現したのである。これを偶然と片付けて良いものか。
「アイツが『俊足の指輪』を渡させて、嬢ちゃんが『召喚器』を発現するよう促したかもしれない、か……そうする意図が見えねえな」
「……はい。俺もそう思います」
ランドウ先生と一緒に頭を悩ませるが、これといった答えは出てこない。
結局、何かあればランドウ先生にすぐ報告する。ランドウ先生も今まで以上に警戒を強める、という形に落ち着いた。
余談だが、モンスター相手の実戦を終えて駐屯地に戻り、本の『召喚器』を発現して確認してみると、ランドウ先生が昔の話をしてくれた時の光景がしっかりと記録されていたのだった。