作品タイトル不明
第81話:求めるもの
『王国北部ダンジョン異常成長事件』および『魔王の影』を名乗るリンネとの戦い、そしてそれらの功績を称えての勲章の授与式と、軍役目的で領地を出発した時には想像もしていなかった諸々が片付き、ようやく一段落することができた。
勲章の授与式を終えた日の夜。別邸では勲章の授与を祝ってパーティが開かれ、関わりのある貴族達を招いてのどんちゃん騒ぎ……と呼ぶにはお行儀が良かったが、『王国北部ダンジョン異常成長事件』で苦労を掛けた騎士達も呼んでのパーティとなった。
兵士達は第三層の兵舎でウィリアム監視の下で宴会である。こちらと違ってパーティと呼べるようなものではなく、飲めや歌えやの宴会になっているだろう。
勲章の授与と絡んで王城でパーティが開かれそうだったが、授与式は王都の民達を喜ばせて正の感情を生み出すためのものである。勲章の授与自体はめでたいが、パーティを開いてどうこうっていうのはさすがに見送られた。
そのためうちの別邸で開かれたパーティを終え、自室に引っ込んだ俺は一日中浮かべていた笑顔の仮面をようやく脱ぎ去ることができた。ずっと笑顔を浮かべていたため顔面が元に戻るか不安だったが、顔を揉んでなんとか普段通りの表情に戻ることができた。
「ああ……疲れた……」
しみじみと、心からの疲労を込めて呟く。ベッドに腰を掛けて両肩を落とし、背中を丸めて深々と息を吐きながらの呟きだった。肉体的にはそこまででもないが、精神的にはすさまじく疲労と負荷があったのだ。
それでもなんとか乗り切れた、と自分を鼓舞して俺は本の『召喚器』を発現する。今日の勲章の授与式で何かしらのページが増えていないか確認するためだ。
勲章の授与式だけに限らず、リンネと戦った際にもページが増えていたりする。ただしそれはアレクとカリンの二人だけ……つまりあの場にいた『花コン』のメインキャラだけで、他の面子に関してはページが増えることがなかった。
おそらくは『魔王の影』ではなく王都を狙う危険人物を撃退した、と若干事実と異なる話になったからだろう。『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時と比べれば『花コン』のメインキャラに与える影響がそこまで大きくなかったのかもしれない。
アレクとカリンに関しては俺と一緒に直接リンネと戦ったから影響があった、と見るべきか。それを証明するように三十四ページ目に俺に対して援護の魔法を使うアレクの姿が、そして三十五ページ目には俺に庇われるカリンの姿が描かれていた。
そしてそれ以降のページに関してだが――。
「……増えた、か」
ページを確認して小声で呟く。しかしながら内容を確認して思わず眉を寄せてしまった。
三十六ページ目から三十八ページ目に描かれていたのが、馬に乗った状態で民衆に向かって手を振る俺の絵だったのだ。
(これまで会っていない三人……パレードというか、勲章の授与が引き金になった? あるいはタイミングが違うだけでリンネを、いや、『魔王の影』を撃退したことで何か影響を与えた?)
推測することしかできないが、パレードの時の俺が描かれているということは影響を与えたとしてもその辺りが原因だろう。
(もしかするとパレードの場にいた可能性も……でも人が多すぎてわからないって。こっちが認識していないから誰かわからないのか? あるいはある程度近付かないと相手が誰かわからないのか……)
これまでと違い、パレードで直接俺を見た可能性もある。しかし相手側の顔が描かれていないため、ページが更新されるには何かしらの条件があるのだろう。まあ、モリオンの時のことを考えると、直接顔を合わせるのが引き金だと思っているが。
(これまで会っていない『花コン』のメインキャラで、王都にいる可能性がある人物……でも俺が勲章を授与されたことやパレードの主役になったことが何かしらの影響を与えた結果、こうしてパレードの時の絵が表示されている可能性もあるわけで……)
ううむ……可能性を考えるといくらでも候補が出てきてしまう。そのため考えるのも無駄だな、と判断して俺は次のページをめくった。
今回更新された最後のページ……三十九ページ目には控えめに手を振った状態で硬直した様子のスグリが描かれていた。どうやらパレードの時に目が合ったのは間違いじゃなかったらしい。
(今回の更新分で三十九ページまで増えた、か……うーん……助かるは助かるけど、この『召喚器』は相変わらず謎すぎるな……)
ページが増えたことで身体能力が強化されるのは大歓迎だ。『瞬伐悠剣』を使えば一気に強化できるが反動もデカいため、ここぞという時以外は使わない方が良いだろうし。
だが、『瞬伐悠剣』と違ってページが増える条件がわかりにくいし、身体能力を強化してくれるといっても他に能力がないかどうかも不明だし、『掌握』の段階に至れていないからか名前も不明だ。
そもそも『瞬伐悠剣』ほど つ(・) な(・) が(・) っ(・) て(・) い(・) る(・) 感(・) 覚(・) がないため、本当に俺の『召喚器』なのかと疑問すら抱く。
(でもオリヴィアさんは俺の『召喚器』だって言ってたし、召喚しようと思えば召喚できる……つまり力を引き出せていないだけなんだろうけど、なんというかこう、取っ掛かりが全然ないんだよな)
なんで俺、元々は他人の『召喚器』である『瞬伐悠剣』はある程度使いこなせるようになったのに、自分の『召喚器』はさっぱりなんだろう。普通逆じゃない?
(待てよ? 『召喚器』はその人の魂の具現っていうなら、このわかりにくさも俺のことを表しているってことか? 自分自身のことは案外わからないっていうし、このわかりにくさも……いや、それをいったら俺だけに限らず人間みんなそうだよな……)
何度考えても自分の『召喚器』が意味不明過ぎて辛い。そのため今日も諦めて本を閉じる――前に、『召喚器』の扱いは別として気になることが思い浮かんだ。
(そういえば、この本に表示されてる面子って偏りがあるよな。一番ページ数が多いのは……えっと、スグリで六ページか。次がランドウ先生とカリンの四ページ、ナズナとモリオンとアレクの三ページ……うーん?)
付き合いの長さで言えばコハクやモモカ、続いてナズナがぶっちぎりのはずだ。それだというのに知り合ってからの時間的な長さでは短いはずのスグリが六ページと群を抜いている。
付き合いの長さ的にランドウ先生とナズナのページ数が多いのはまだ理解できるが、カリンやモリオン、アレクも知り合ってからの長さはそれほどでもないのだ。
仮に俺の推測が正しいとして、『花コン』のメインキャラに何かしらの影響を与えた場合にページが記載されているとすれば、だ。
(……俺、スグリにどんな影響を与えてるんだ? スグリの様子から判断すると……あー……うーん……)
『花コン』でのスグリの性格を思い出す。カリンを見れば『花コン』と現実では差異がある可能性も考慮すべきだが、スグリは『花コン』で知る性格と大差なかった。
つまり、『花コン』の主人公みたいに執着されている可能性があるわけで。
(でも、執着っていっても色々なパターンがあるよな。さすがに本人に聞くわけにもいかないし、学園に入った後ならともかく今の状況だと立場上気軽に会えるわけでもないし……)
『花コン』の主人公はアイリスに召喚こそされたものの、俺みたいに確固たる地位があるわけではなかった。そのためスグリも恋愛感情やら得られる錬金術の閃きやら人間関係の飢えやらでどっぷりと執着することがあるが、俺とは 立(・) 場(・) の(・) 違(・) い(・) があるためそれも難しいだろう。
(つまりセーフ……セーフだったらこんなにページ数が増えねえよ!)
心の中だけだが、思わず一人でボケて一人でツッコミを入れてしまった。ただでさえ今回の勲章の授与で色々と思うところがあるっていうのに、思考のリソースを削るような問題は起きないでほしい。
俺がそうやって思考をぶん回していると、部屋の扉がノックされる。一体誰かと思って返事をすると、声をかけてきたのはレオンさんだった。
「ミナト、少しいいか?」
「ええ。少しといわずいくらでもどうぞ」
既に時刻は夜更けと呼ぶべき時間に差し掛かっているが、俺と同様に疲れているはずのレオンさんがわざわざ顔を出したんだ。尊敬する父親の来訪でもあるため内心少しばかりウキウキしながら椅子を勧める。
「あー……その、なんだ。何か相談したいことや困ったことがあるんじゃないか、と思ってな」
「……相談したいこと、ですか?」
だが、椅子に座ったレオンさんから思わぬことを言われて首を傾げてしまった。俺の『召喚器』のこととか相談したいけど、オリヴィアにもわからないことはさすがに返答できないだろう。
「今日一日、ずっと作り笑いを浮かべていただろう? 無理をしたんじゃないか、と思ってな」
「父さん……」
一体何事かと思ったが、どうやら俺の心配をして訪ねてきたらしい。たしかに一日中作り笑いを浮かべていたし、親としては心配にもなるのか。
「それに、お前は何かあると隠したがるところがあるからな……甘えにくいのはわかるが、話せることなら話してほしいんだ」
「いえ、隠そうとか思ったわけじゃなく、単に今日のところは疲れたから明日でいいかな、なんて思いまして」
俺はレオンさんの心配に苦笑を返す。
相談しようと思ったことはたしかにあった。それは国王陛下に勲章を授与された時に思ったことで、 今(・) 後(・) に関わる重要なことでもあった。
「んー……でも、せっかくですし相談させてください」
「あ、ああ! 何でも言ってみなさい!」
胸を張って大きく頷くレオンさん。そんなレオンさんに対し、俺は真剣な表情を浮かべて尋ねる。
「俺、このままだと巨大化した名声に押し潰されて死にそうですが、どうしたらいいと思いますか?」
「…………」
レオンさんは無言だった。無言で表情を硬直させ、数秒経ってから口を開く。
「それは……お前が持つ未来予知の知識をもとにした質問か?」
つまり、このままいけば死ぬと? なんて尋ねてくるレオンさんに俺は首を横に振る。
「いえ、そもそも俺が持つ知識と現状を比べるとかなり乖離していまして。自分なりに現状を振り返った結果、置かれている立場が危険すぎるな、と」
「そういう質問か……何かあってお前が死ぬ未来が確定したのかと思ったぞ」
レオンさんはほっと安堵した様子で呟くが、すぐさま真剣な表情を浮かべた。
「だが、そう思うだけの理由があるんだな?」
「ええ。『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時点でそうでしたが、『魔王の影』を撃退したことまで加わると俺の実力と功績が釣り合っていません。 功(・) 績(・) を(・) 基(・) 準(・) に(・) 難題を吹っ掛けられたら危険だと思いまして」
『王国北部ダンジョン異常成長事件』において、俺の指揮下の騎士や兵士が死者数ゼロで切り抜けられたのは幸運が味方をしたからで、ボスモンスターのデュラハンを倒せたのは死霊系モンスターに回復用のポーションが効くという、『花コン』でのシステムを知っていたからだ。
『魔王の影』であるリンネを撃退できたのも、リンネに俺を殺す気がなかったように思えたことと『瞬伐悠剣』が応えてくれたからだ。
俺の実力が全くのゼロとは言わないが、それらの功績を基準にされた場合俺の手に余る事態に陥りかねない。それだというのに何も対策をしないのは遠回りな自殺と同義だ。
「そうは言うが、集まった名声に劣るとしてもお前に相応の実力があるのはたしかだ。ランドウの流派の技を使う『魔王の影』と戦い、『召喚器』も『掌握』に至って……なんで自分のものじゃなくてランドウから贈られた剣の方が先に『掌握』できたのかはわからんが、全くの無力というわけではない。 そ(・) れ(・) で(・) も(・) か?」
「 そ(・) れ(・) で(・) も(・) です、父さん」
そう言って、俺は昼間に行われた勲章の授与式のことを思い出す。正確には俺を見るべく王城に集まった、王都の人々の姿をしっかりと思い出す。
「貴族の義務として受けましたが……正直なところ、俺はあれだけの人々に注目されながら勲章を授与されるような人間じゃないんです。すごい圧力でしたよ。足だけでなく全身が震えて、あの場で倒れなかった自分を褒めてやりたいぐらいだ」
つまり、あの場に見合うような存在ではなかったということだ。しかしながら世間はそう見做さない、東部の英雄として俺を認識するわけで。
俺はベッドに腰を掛けたまま、右手を拳の形に変えて左手に打ち付ける。十二歳の子どもにしては分厚くて頑丈な、それでいて子どもらしい大きさの手だ。
「将来、『魔王』が発生したとして……俺が稼いでしまった名声は俺を逃がさないでしょう。たとえ虚名の英雄だとしても、逃げ出すことも負けることも許されない……そうなったら 次(・) はないでしょうね」
『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時のような死者数ゼロ、なんてことは到底不可能だろう。死者数ゼロに近づけようにも、条件が異なればあっさりと化けの皮が剝がれる気しかしない。
いや、それ以前に王立学園に通い出せば周囲からも注目され、もっと早い段階で俺の凡才ぶりが露呈するだろう。注目され、期待もされる分、落胆も大きくなりそうだ。
それらをひっくるめ、過剰な名声に殺されると判断した。
レオンさんは俺の話を黙って聞いてくれたが、最後には納得したように頷く。
「なるほどな。親の欲目か、お前ならなんだかんだで上手く乗り切ると俺は思っているが……その心配も理解できる。それで? そこまでわかっているんだ。対策はどうするつもりだ?」
心配そうに尋ねてくるレオンさんに、俺は確認を兼ねて一つ尋ねる。
「その前に父さん、以前のお話ですが、俺が家督を継ぐにあたって必要となる教育は全て終わったと聞きました。それは今でも変わりませんね?」
「もちろんだ。そう判断したからこそ軍役を任せたんだしな」
これほどの成果を上げるのは本当に予想もしていなかったが、と続けるレオンさんに、俺も同意するように頷く。いやもう、本当に予想外でしたよ。
「つまり、領地に帰っても学ぶべきことが残っていないわけですね?」
「学んだことを復習するぐらいはしてほしいが……まあ、そうだな。王都で誰かに師事して学んでくるか?」
「いえ、領地には帰るつもりです」
レオンさんの提案もアリといえばアリだ。だが、俺にとっての最適解は王都にはない。
「……言いたいことが読めたが、一応聞いておこうか。それで、どうするつもりだ?」
さすがというべきか、レオンさんはこちらの言いたいことを察したらしい。俺はそんなレオンさんに対し、言う。
「もう一度ランドウ先生に師事し、更に鍛えてもらおうと思います」
強さが足りないなら更に強くなるしかない。正直なところ体の成長を待ちつつ、成長した体に合わせて身に着けた技術を進化させていく方が無難ではあるが、そこまで待つ余裕がないのだ。
今後のことを、『花コン』が始まってからの諸々のことを考えても、『魔王の影』を名乗ったリンネのことも含めても。
今度は加減抜きでランドウ先生に鍛えてもらうぐらいしか、俺には思いつかなかったのである。