作品タイトル不明
第39話:軍役の始まり
カリンやスグリと出会ってから三日が過ぎた。
その間に準備を整え、スグリの家からポーションも購入し、とうとう軍役への出発となる。
なお、カリンやスグリと会ったその日の夜。本の『召喚器』を確認してみると一ページが変化し、二ページが追加で増えていた。
変化したページはこれまでと同様に、野盗の頭目を斬った時のページがカリンが父親と思しき男性と話しているところへと変化していた。
まあ、カリンに関しては予想していたから問題はない。パーティで会った時、俺が知る性格と違ったのも事前に話を聞いていたからだろう。そう考えれば納得もできる。
そして増えた二ページは両方ともスグリのものだった。一ページは母親を治療している俺を見ていた時、もう一ページは俺にポーションが入った籠を差し出している時の絵で、一日に起きたことで同一人物が二ページも記録されるのは初めてだったため俺の頭を悩ませている。
しかし今のところはページが増えた分、少し身体能力が増したかな? って感じで大きな問題はない。俺の『召喚器』が何をしたいのかわからないのはいつものことだ。
あとはアイヴィさんからパーティで素敵な女性に出会えたか聞かれたため、カリンの名前を挙げておいたぐらいだ。錬金術の素材を交易するのに丁度良い相手がいた、と。
ただし婚約者候補として話を通すとしても、それは俺が軍役から帰ってからだ。死ぬつもりはないけど死ぬ可能性はゼロじゃない。死ななくても腕の一本か二本、なくすかもしれないし。
寄り子の一部は少人数で済む別件を割り振られたが、モリオンのところはうちの指揮下に入って軍役を行うことになった。そのため合流して編成を終えると、王国北部を目指して王都から出発するのだった。
今回の軍役だが、目的地は王都から北へ三日ほど進んだ場所にある町だ。
町の近くにある小規模ダンジョンが巨大化しつつあり、もう少しで中規模ダンジョンになるのではないか、という不安から破壊の依頼が王都へ届いたのである。
小規模ダンジョンなら冒険者に破壊の依頼が回されることもあるけど、王領に住み着く冒険者は駆け出しが多く、達成するのが難しい。
そのため軍役として割り振られたのだが、今回率いる兵の質、数から考えるとかなり簡単な依頼になる。もしかすると名目上は総指揮官になる俺の年齢を考慮した依頼なのかもしれない。
そんなわけで割と気楽に街道を北上していくが、今回の軍役――というか、今回に限らず軍役には王都側から 軍監(ぐんかん) が同行する。
その名の通り軍事を監督する役職に就いた人物で、軍役を行う者達がきちんと依頼を達成するか、また、依頼中に問題を起こさないかを監督するのが仕事だ。
下手すると軍役を担う者達を信用していないのか、と捉えられかねない立場だが、王国の法律にも詳しく、有事の際に相談できるため俺としては助かる存在だった。
今回軍役に同行するのは三十代半ばといった外見の男性で、その立ち居振る舞いを見る限り武官と文官を両方こなせそうな、つまりは武芸も政治もこなせるベテランといった風格があった。
ただし同行するだけでこちらの指示や命令に従うことはなく、問題が起きなければ口を挟むこともしない。軍監としての職務に忠実そうな男性である。
(今回の軍役の内容といい、優秀そうな軍監といい、陛下から何か言われてるのかね……もしくはアイヴィさんか?)
さすがにアイヴィさんが孫可愛さで何か言っている、なんてことはないと思う。国王陛下に関しても、一応は親族になるといっても露骨な贔屓はまずいだろう。
つまり、俺の認識だと今回の軍役は簡単な部類だけど、実際はもっと難しいのかもしれない。そうなるとやっぱり、ダンジョンが成長して中規模ダンジョンになった場合に備えてのことか。あるいは破壊する予定の小規模ダンジョンが厄介なのか。
(でも事前に受け取った情報だと、そこまで難易度が高いわけじゃないんだよな)
これまで王領に存在していたということは、相応に情報があるということでもある。そのため確認してみたら、動物系のモンスターが出るだけだった。
『花コン』に登場した厄介なダンジョンというと、出現するモンスターがドラゴンのみ、あるいはゾンビや霊体といった死霊系ばっかりのダンジョンが代表である。
ドラゴンは能力が高く、種類によっては空を飛び回り、強力な魔法を使う個体もいる。そんなドラゴンしか出現しないダンジョンは一言でいえば危険地帯だ。
ただしドラゴンオンリーのダンジョンはエンカウント率が低めになっていた。そしてドラゴンを倒すと経験値が多いし、ダンジョン内で入手できるアイテムもレアなものが多くなっている。
死霊系モンスターは特徴として、ゾンビはHPや防御力が高く、攻撃をくらうと確率で毒になるという面倒さがある。霊体のモンスターは物理攻撃が効かないため魔法で攻撃する必要があり、なおかつ確率で即死する魔法を撃ってくる。
ついでにいうと死霊系モンスターは元々が冒険者だったり、ダンジョンが発生した際に滅ぼされた村人だったりと気分的によろしくない情報がモンスターの解説に書かれていた。
今回のダンジョンは動物系――素早さが高めで攻撃力はそこそこ、という特徴を持つモンスターばかりのダンジョンである。これが中規模ダンジョンになるとボスキャラとして何故かドラゴンがいたり、上級ダンジョンになると『君、本当に動物?』って感じのヤバいモンスターが跋扈する。
ちなみにサンデューク辺境伯家領と接する大規模ダンジョンがその類で、ドラゴンや前世の神話に出てくるケルベロスやグリフォン、キマイラやサイクロプスといったモンスターが現れる。肉体的なスペックもそうだが、使う魔法も最低で中級と厄介だ。
モンスターはその強さから下級、中級、上級と分類され、基本的に小規模ダンジョンは下級のモンスターが、中規模ダンジョンには下級や中級のモンスターが、大規模ダンジョンには中級や上級のモンスターが現れる。
強さは一律ではなく、同じ等級でもモンスターの種類によって大きな差があった。しかし下級のモンスターは下級の魔法を、中級のモンスターは中級の魔法を、上級のモンスターは上級の魔法を使えるため、戦っていれば相手の強さが大雑把ながらに把握できる。
そ(・) の(・) 基(・) 準(・) でいえば魔法と同様に最上級に分類されるモンスターもいるはずだが、『花コン』では『魔王』や『魔王の影』以外に最上級の魔法を使うモンスターはいない。おそらくだがゲームとしてのバランスを考えた結果なのだろう。
つまり、『魔王』や『魔王の影』を除けば大規模ダンジョンだろうと遭遇するのは上級モンスターまで。しかしながら上級の魔法を使える上級モンスターは『魔王』や『魔王の影』には劣るとしても、十分に脅威となる存在なのだ。
そんな危険なモンスターが現れる危険な場所に、単身で挑み続けるヤバい人もいるんだけどね……うん、ランドウ=スギイシっていうんだけど。ランドウ先生にとっては上級ダンジョンで厄介なのが広さぐらいで、今頃は元気にバッタバッタと薙ぎ倒しているだろう。
「……ミナト様は、ずいぶんと余裕そうですね」
考え事をしていた俺だったが、合流してからは再び従者みたいなポジションにいるモリオンがそんなことを言ってくる。
何事かと思って視線を向けてみると、俺と同じように馬に乗ったモリオンの腕が僅かに震えているのが見えた。
「今回の依頼は小規模ダンジョンの破壊だからな。うちの軍勢に加えてモリオンのところも合流しているんだ。余裕があるし、戦場はまだまだ遠い。緊張するには少し早いさ」
「そう、ですか……」
モリオンは深呼吸をして気持ちを落ち着かせようとしているみたいだけど、上手くいっていない。それを見たゲラルドは小さく笑い、からかうように声をかけた。
「ユナカイトの神童殿は武者震いですかな? 手綱が震えて馬が迷惑そうにしていますぞ?」
「……そういうゲラルド殿も、鐙に乗せた足が震えているように見えますけどね」
「馬に乗りっぱなしで足が疲れただけですよ」
そう言い合って視線をぶつけ合う二人。いやぁ、君達なんだかんだで仲いいよね。
「……はぁ……ま、皮肉はこれぐらいにするか。そっちはこっちの軍の補助だし、そこまで緊張しなくてもいいだろ。若様がいるし、父上もいるんだからな」
「パストリス子爵殿の勇名は聞いていますが、それはそれ。王都に行くまでと初陣の場に向かうのとでは緊張感が違いますよ」
おっと、俺に関してはノーコメントか。しかし俺もウィリアムがいるから気が楽な部分が大きい。初陣の時のランドウ先生みたいに無茶ぶりはしてこないだろうしね。
「安心しろ、モリオン。俺は一対一で敵の頭目を倒せ、なんてことは言わないぞ」
「普通そんなこと言わないでしょう……今回の軍役で頭目がいるとすれば、ダンジョンの基点になったモンスターがいた場合だけじゃないですか……」
長くないとはいえこれまでの付き合いがそうさせるのか、疲れているのか、緊張しているからか。割と素直に答えてくれるモリオンに俺は苦笑を向ける。
「気を抜けとは言わんさ。でも必要以上に緊張していると疲れるからな。今回の軍役も、ダンジョンを破壊する機会に恵まれた、ぐらいに考えておくといい」
ダンジョンは成長したり、中のモンスターが溢れたりすると周囲に被害を及ぼしかねないが、錬金素材の収集に向いていたり、人間にとって有益なモンスターが出現したり、ポーションや武具といったアイテムが出現しやすかったりと破壊したくないタイプのものも存在する。
そういった利益になりそうなダンジョンは定期的にモンスターを間引いて成長しないようにして、なおかつ人員を送り込んで領地の収入にすることが多い。
逆に利益になりにくい、辺鄙な場所にある、村や町、街道に近すぎるといった場合は破壊が検討され、領主の判断の元破壊の許可が出される。今回の軍役も利益になりにくいタイプの小規模ダンジョンが巨大化しつつあることから破壊が決定された、というわけだ。
目的のダンジョンは町から徒歩で一時間ほど離れた場所にあったようだが、今では徒歩十分とかからない位置まで迫っているらしい。
さっさと破壊しておけよ、と思わないでもないが、巨大化が進んだのは割と最近らしく、急遽王都に依頼を出して今回の軍役として俺達が選ばれた形になる。
そんなわけで初日は町、二日目は村に泊まりつつ、目的地へ向かって北上していく。初日の町はともかく二日目の村は人口が五百人程度、周りを木の柵で囲んだだけの小さな村だった。
なんでも南西に徒歩一時間、東に徒歩二時間ほどの場所に小規模ダンジョンがあり、その二つはそれなりに お(・) い(・) し(・) い(・) ダンジョンらしい。あとは街道の分岐点にもなっており、俺達のように北上するルートとは別に北西に進むルートの出発点でもある。
そのため宿場としての側面の方が強いようで、長屋みたいな建物がいくつか整備されていた。
うちの軍は大所帯のため、屋根と壁がある場所で雑魚寝できるだけでも兵士は助かる。それでも入り切れない者は天幕を張って夜営させたが、夜間の警戒もそこまでしなくていいし、普段より少ない人数で一つの天幕を使えるため楽だろう。
ダンジョンの破壊はそれなりに長丁場になる。そのため目的地の町に到着するまでに少しでも兵の疲労を抜けるのはありがたかった。
目的地の町では空いている敷地を借りて拠点を作成し、その後は実際にダンジョンに潜って橋頭保を確保してダンジョンの破壊に向けて動くことになる。
そういったノウハウが蓄積するぐらいにはダンジョンの破壊は珍しくなく、俺は総指揮官として振る舞いつつも適度に気を抜いていた。
――だから、 そ(・) れ(・) は最早不意打ちだった。
「……ん?」
村を出発し、街道を進んで三時間ほど経った時のことである。何と表現するべきか、急に空気が変わったように感じた俺は思わず首を傾げた。
たとえるなら、急に風呂場に放り込まれて湿気が全身にまとわりついてきたような感覚である。それもただの湿気ではなく、妙に肌がざらつくような嫌な感覚だ。
それに加えて、これまでずっと俺を乗せてくれていた愛馬が突然足を止め、落ち着かない様子で周囲を警戒し始めたのだ。
「おっとと……どうした?」
棹立ちになりかけたため手綱を手繰って落ち着かせようとするが、一向に鎮まる気配がない。それどころか俺を乗せたままで元来た道を戻ろうとする。
周りを確認してみると、騎乗している者は俺と同じように乗騎をなだめているのが見えた。ゲラルドやモリオンもそれは同じで――しかし、突然ハッとしたようにモリオンが俺を見る。
「ミナト様! すぐに軍をまとめてください! 馬のこの怯えよう、ダンジョンの異常成長に巻き込まれたものと思われます!」
「なに? っ……ウィリアム!」
「聞こえておりました! 全騎士傾注! 担当の兵士を指揮し、若様を中心として方円陣を組んで外敵を警戒せよ!」
ウィリアムが命令を下すと、その命令を受けた騎士たちが即座に動き出す。配下の兵士を連れて俺を中心に置き、周りを囲うようにして陣を構える。敵の攻撃に備えた防御的な陣形だ。
――ダンジョンの異常成長。
それは通常緩やかに成長していくはずのダンジョンが突如として急成長し、周囲を飲み込んでいく現象である。
ダンジョンが異常成長する原因は大まかに三つ。
一つは複数のダンジョンが存在する場所の 隙(・) 間(・) に新たなダンジョンが発生し、他のダンジョンと合体して一つのダンジョンと化す場合。
一つはダンジョンの中で多くの人間が短期間で死亡し、負の感情が大量に充填された場合。
そして、最後の一つは『魔王の影』がダンジョンに手を加えた場合だ。
(どれだ……どの可能性が一番高い? 近場のダンジョンは破壊予定のやつに、さっきの村から東西に一つずつ。中間地点にダンジョンが出現して合体した? それともこの先のダンジョンで何かあった? 『魔王の影』は……くそっ! 全部あり得る!)
咄嗟に記憶を探るが『花コン』で今の状況に該当するイベントはなかった。各キャラクターのイベントは網羅しているが、『花コン』の開始前に王国北部でダンジョンが異常成長したって話は聞いた覚えがない。
(王領に関係するのはアイリスだが……アイリス関連でこんな話はなかった。今回同行しているモリオンも……いや、今はそんなことを考えている場合じゃない!)
騎士と兵士が方円陣を組み、外敵に備え終わると俺の傍にウィリアムやモリオン、ゲラルドや軍監が集まってくる。そのため俺は一度思考を打ち切ると、精神を落ち着けるためにもわざとらしく全員の顔を見回した。
「さて……諸君、困ったことになった。どうやら我々はダンジョンの中に取り込まれたらしい」
落ち着き払ってそう言うが、ウィリアムは冷静、モリオンとゲラルドは落ち着かない様子で周囲を見回し、軍監は……すごいな、全然慌ててないぞ。
「軍監殿、こういった異常事態が起きた場合、軍役はどうなる?」
状況を理解していない可能性もあったため、まずは軍監に話を振った。すると軍監の男性は顎に手を当て、周囲を見回してから口を開く。
「そうですな……王国の過去の歴史でもこういった事態は三度起きたことがありますが、まずはこのダンジョンがどうやって発生したかを確認しなければ判断できません」
「と、いうと?」
過去に複数回起きていた、という情報を飲み込みながら尋ねると軍監は元来た道を指さす。
「近隣にあったダンジョンは三つ。そのどれかが異常成長したのか、今いる場所を基点として新しいダンジョンができたのか、全てのダンジョンが合体してしまったのか……前後左右に斥候を放ち、一キロメートルも進んでみればそれがわかるでしょう」
「ほう……何故わかる?」
「できたてのダンジョンは小さく、仮にこの場所が中心地点だとしても一キロメートルも進めば外縁部に到達します。それならば新しい小規模ダンジョンだと判断できます」
よどみなく答える軍監の姿に、これは信じられる情報だと俺は判断した。そのため腕利きの斥候を走らせると、再度軍監を見る。
「ここが新しい小規模ダンジョンじゃなかった場合は?」
「既存のダンジョンの位置から考えると、仮に異常成長したとしても現在地点は外縁部に近いでしょう。一キロも進めばどこかしらの方角で外に出られるはずです」
「……出られなかった場合は?」
さすがに声に少しばかり緊張が宿ってしまう。それでも尋ねた俺に対し、軍監の男性も少しばかり声を張り詰めさせながら答えた。
「複数のダンジョンが混ざり、中規模ダンジョンになったと判断せざるを得ません。その場合、王国法ではダンジョンに取り込まれた町や村の防衛、あるいは住民を連れての撤退を行うよう定められております」
硬い声色でそう伝えてくる軍監に、俺は目を閉じて数秒祈る。どうか、中規模ダンジョンではありませんように、と。
だが、現実は甘くなかった。送り出した斥候達は全員、ダンジョンから抜け出すことはできなかったのである。
――こうして、俺達は中規模ダンジョンに取り込まれてしまったのだった。