作品タイトル不明
第368話:説明 その2
リリィは悄然と落ち込み、椅子に腰を下ろして俯いてしまった。それを見た俺は何を言うべきか迷ったが、今、何かを言っても届かないだろうと判断する。
「リリィに関してはそんな感じだ。俺を助けるために 過去(いま) の世界に来た俺の娘……それ以上でもそれ以下でもない。この点はいいか?」
とりあえず確認を取って、次の話題に移ることにした。
「で、だ……まあ、なんというか……アレクは察して黙っていてくれたし、他のみんなも薄々察していたとは思うんだが……」
次の話題は俺が持つ知識に関してである。『花コン』の情報を元にオリヴィアと相談して色々と進めてきたわけだが、さすがにここまできて伏せておくわけにもいかないだろう。
死ぬ前提で今後のことをオリヴィアに聞くよう、透輝に話してしまったし……まさか『鋭業廻器』が透輝に『宝玉』の使い方を教えるなんてなぁ。
「俺は、不完全だけど未来に関する知識を持っている……いや、 持(・) っ(・) て(・) い(・) た(・) んだ。これまで色々と不自然な行動を取っていたと思うけど、それが理由だ」
俺がそう言うと、反応は三つに分かれた。
アレクやモリオンは納得した様子である。そうだろうな、と言わんばかりに頷いている。
透輝やナズナは驚いて目を見開いているが……全然疑っていなかったんだろうか?
最後にメリアは我関せずというか、あるいはオリヴィアから聞いていたのか、落ち込んでしまったリリィの頭を抱き締め、慰めている様子だ。俺よりも落ち込んだリリィの方が重要といわんばかりである。
「ミナト様、一つ質問があります」
そうやって反応を窺っていると、モリオンが挙手をした。そして真っすぐに俺を見詰めてくる。
「知識を持っていた、と過去形で話されていますが、その知識はあくまで知識……おそらく未来予知の類ではなく、あくまで情報として知っていることがある、という認識で間違いないですか?」
「ああ、そうだ。未来予知じゃなく……たとえばモリオン、君がどんな性格でどんな『召喚器』を持ち、どんな魔法を使えるか。そういった情報を知っていると思ってくれ」
「ふむ……では、私が使える魔法の種類自体は知っていても、その魔法を使った 戦(・) い(・) 方(・) はわからない……そういうことですか?」
真剣な顔でそう尋ねてくるモリオンに、俺は苦笑を浮かべてしまう。ちょっとした説明だけで伝わるのは楽で良いが、本物の天才、秀才と呼ばれるであろう者達との差を感じてしまった。
「……ああ、その通りだ。さすがだな、モリオン。それと今まで黙っていてすまなかった」
「いえ、それは構わないのですが……」
そう言いつつ、モリオンは何故か気遣わしげな表情になる。痛ましいものを見るような、腫れ物に触れるような、躊躇を感じさせる顔だった。
「予想自体はしていたんです。ただ、そうなると……いつ頃からその知識を?」
「生まれた頃には持っていたよ」
「そう、ですか……それは……」
モリオンは何かを言おうと口を開き、数秒経ったら閉じる。そして何かを言おうと再び口を開いたところでアレクが声を上げた。
「ミナト君がアタシの『召喚器』……その『顕現』に関して知っていたのも、その 知(・) 識(・) が理由なのね?」
「ああ。ただ、 既(・) に(・) 使(・) え(・) る(・) ってことは知らなかったけどね」
「そう……それならアタシもモリオン君と同じで、あなたに言えることはないわ」
そう言ってモリオンの肩を叩き、一歩下がるアレク。モリオンは何か言いたそうな顔をしていたが、アレクが首を横に振って止めている。
「えーっと……いまいちよくわかってないんだけどさ。ミナトは……なんだろ? ゲームじゃ通じないよな……あっ、演劇に出てくる登場人物の名前とか能力とかは知ってるけど、その人の人生がどうなるかはわからない……みたいな感じでいい……んだよな?」
「その認識で合ってるよ。ついでに言えば、俺が知っている情報はそこまで広くない。特定の人物や特定の事件、事象について知っているってだけだ」
『花コン』で知っている情報には限りがあるし、そもそも俺が原因で変化した部分もある。
今も必死に情報を噛み砕き、理解しようとしているナズナなどはその最たるものだろう。
「そうなのか……それじゃあさ、ミナトがその知識をもとにしてやろうとしていることって何なんだ? 何(・) か(・) 目(・) 的(・) が(・) あ(・) る(・) んだよな?」
「透輝、よせ」
透輝がもっともな質問をぶつけてくるが、それを聞いたモリオンが厳しい声色で止める。
何故止めるのかは……まあ、モリオンのことだ。『魔王』を『消滅』させるために俺が色々とやってきたことを知っているし、今回の失敗でそれが駄目になったことも察することができるのだろう。
『魔王』や『魔王の影』に関しては既に知らせてあるが、透輝が俺の目的に思い至らないのは考えることを丸投げしていた弊害か。それも俺のせいか。
「目的って透輝……なんのために大規模ダンジョンを破壊してきたんだよ。将来の『魔王』に備えるために決まってるだろ?」
「え? あ、うん……そう、だよな?」
何やらおかしな反応を見せる透輝。それに俺が疑問を覚えていると、透輝は戸惑った様子で首を傾げる。
「西の大規模ダンジョンは破壊したし、アスターはミナトが仕留めただろ? いや、一度死んじゃったけど……生き返ったからオッケーとは俺も言わないけどさ……生き返れたし、『魔王の影』を一人仕留めて二つ目の大規模ダンジョンを破壊できた。それなのに、さ……」
そして、首を傾げたままで、透輝が言った。
「なんで、そんな……今にも泣きそうな顔をしてるんだ?」
「…………」
透輝の質問に対し、俺は沈黙を返す。いや、正確に言えば沈黙を返すことしかできなかった。
だって、そうだろう? 今、この状況で、どんな顔をすればいいって言うんだ?
ここまで上手くやってきた。間違いなく、上手くやれていた。
グランドエンドは無理だから透輝がアイリスルートに進むよう誘導して、それも上手くいって。
リリィという未来からの助けもあったおかげで『宝玉』を消耗することなく俺も生き延び、北の大規模ダンジョンを破壊し、今回西の大規模ダンジョンを破壊しようと挑んで。
リリィに化けたアスターから不意打ちを受けて致命傷を負い、アスターを仕留めはしたが命を落とし――『宝玉』を使って生き返った俺が。
『魔王』を『消滅』させられる可能性を消し去った俺が、どんな顔をできるっていうんだ?
いや、俺だってわかっている。この世界はあくまで『花コン』に似ているだけで、色々と違う部分がある。ゲームじゃなくて現実の世界なんだ。
つまり、『宝玉』を消耗したとしても『魔王』を『消滅』させられる可能性はゼロじゃない。
というか、元々アイリスのグッドエンドルート……すなわち『魔王』を長期間『封印』できるルートで進めて、あとはランドウ先生やメリアの力を借りて、『封印』を『消滅』に変えようとしていたのだ。
『花コン』で描かれていた 未来(ルート) を変えられるというのなら、アイリスルートに進めたことに間違いはない。
だが、どう足掻いても未来を変えられないのなら、グランドエンド以外を目指した時点で詰んでいて。 今(・) 回(・) の(・) ミ(・) ス(・) でそれは決定的になったはずで。
そんな、未来を変えられるのだと信じたい気持ちと、変えられないのだと疑う気持ちが混ざり合い、俺に前向きな表情を作らせてくれない。
(……いや……まだだ……まだ、終わったわけじゃねえ……)
それでも、折れかける気持ちをギリギリのところで踏み止まらせる。ここで折れたらもう立ち上がれないと、必死になって気持ちをつなぎとめる。
(そうだ……たとえ『魔王』の『消滅』は無理でも、長期間の『封印』はできる……それはリリィの存在が証明している。リリィが生まれたルートの場合は二十年から三十年……それ以上の期間、『封印』することだってできるはずだ)
俺は自分にそう言い聞かせる。そして長期間の『封印』ができるなら、『消滅』だって目指せるはずなのだ。
――そう自分に言い聞かせなければ、今にも膝から崩れ落ちそうで。
俺は唇を引き結び、表情を作り直してから口を開く。
「……ま、そういうわけで、だ……色々と知識があった俺は、オレア教や国の上層部と協力しながら『魔王』の対策を進めていたってわけだ」
先ほどの透輝からの問いかけには答えず、そう締め括る。そしてつい、過去形で話している自分に気付いて無理矢理苦笑を浮かべた。
そんな俺の様子を見てどう思ったのか、アレクが俺をじっと見つめてくる。以前から色々と察していたからか、その瞳は思った以上に柔らかく感じた。
「今はまだ生き返ったばかりだし、気持ちの整理がついてないみたいね……リリィちゃんとの関係とミナト君の目的に関しては聞けたし、ひとまずここまでにしておきましょうか」
それは気遣うような声だった。いや、実際に気遣われているのだろう。その気遣いが ど(・) ん(・) な(・) 理(・) 由(・) か(・) ら(・) なのかはわからないが、俺としてはありがたい話である。
「ああ、そうそう……最後にこれだけは聞かせてちょうだい。というか、これさえ聞ければアタシとしてはミナト君が隠していたことはどうでもいいのだけど……」
そう思った俺に対し、アレクは意味深に微笑み、付け足すようにして言う。
「アタシ達のことを色々と知っているのはわかったわ。でも、アタシ達と出会ったことも知識の中にあったことなの? アタシ達と過ごした日々も、知識がもたらしたもの?」
「いや――それは違うよ」
色々と思うところがあって、感情は全然落ち着いていなくて。
それでもアレクからの質問には即答できた。『花コン』によって 為人(ひととなり) は知っていたが、俺とアレク達との出会い、そしてこれまでの日々に嘘はない。
「そ……ならいいわ。今はまだ、落ち着いていないみたいだし、 こ(・) れ(・) か(・) ら(・) の(・) こ(・) と(・) は体調と気分が落ち着いてからにしましょ」
透輝達に言い聞かせるよう、アレクが言う。文句の一つも出そうだと思ったが、透輝達は俺の顔を見て思い思いに返事をするだけだ。どうやらまだ、普段通りの顔ができていないらしい。
――その気遣いが、今の俺には痛かった。