作品タイトル不明
第348話:人生色々 その4
審判が決闘の開始を宣言し、俺は剣を構える。すると、それを見たジェイドは何故か嬉しそうな笑みを浮かべた。
「へっ……加減はするなよ? ようやく……ようやくだ。剣を抜いたお前と戦える……モモカのことは抜きにしても、血が滾るってもんだよなぁっ!」
「……次は剣を抜いてお相手すると約束しましたからね」
以前ジェイドと決闘をした時は素手で戦ったが、今回は最初から剣を抜いている。さすがに『召喚器』を『掌握』した相手を前に、素手で戦おうっていうのは傲慢が過ぎるだろう。
「そんじゃ……いくぜぇっ!」
両拳の手甲を打ち合わせ、意気も高らかにジェイドが吼える。そして地面を蹴ったかと思うと、瞬く間に距離を潰して間合いを詰めてくる。
「っ!」
繰り出される拳を斬撃で迎撃する。次から次へと振るわれる拳を弾き、逸らし、真っ向から叩き返していく。
(これは……なるほど……)
ルチルよりも遅いが、ルチルよりも 巧(・) い(・) 。そして何より『召喚器』が両腕に装着する手甲型のため、文字通り 手(・) 数(・) が(・) 多(・) い(・) 。
それに対し、こちらは剣が一本だ。弾く必要がない、あるいは弾き切れない拳は体捌きを駆使して回避し、直撃しそうなものだけ相殺していくが、ルチルのようにバランスを崩して転ぶなんてことはなかった。
ルチルの場合、『召喚器』が脚甲だというのも大きいだろう。だが、ジェイドの場合は身体能力自体が強化されているようで、動きによどみがない。
「オラオラァッ! どうした!? 防戦一方かぁっ!?」
機関銃のように次から次へと拳を繰り出すジェイド。高まるテンションに合わせて拳の速度も上がっているように感じられ、乱打の雨はまるで壁のようだ。
(ルチルの『掌握』も驚いたけど、こっちは更にすごいな……『召喚器』と能力が噛み合っている……いや、それが普通といえば普通なんだけどさ)
俺の本の『召喚器』も見習ってほしいものだ、なんて考えてしまった。身体能力を強化してくれるのは良いが、『花コン』のメインキャラとの想い出を表示して何がしたいんだろうか。というか、さすがにそろそろ名前ぐらい教えてくれてもいいんじゃないか。
そ(・) ん(・) な(・) こ(・) と(・) を考えながらジェイドの乱打を迎撃していく。それはつまり、そうするだけの余裕があるということでもあるのだが――。
(速いけど見える……それに気配で感じ取れる……速いし巧いけど、ランドウ先生ほどじゃない……)
俺の脳裏に浮かんだのは、以前全力で戦ったランドウ先生の姿だ。いくらジェイドが強くなったといっても、 あ(・) の(・) 夜(・) 脳裏に焼き付いたランドウ先生の戦いぶりと比べれば劣る。
そのため冷静かつ正確に、ジェイドの攻撃を捌き続けることができていた。
(手甲も硬いが、ナズナの盾ほどじゃない……能力値を速度に割り振った感じか? 斬るのは難しそうだが……『花コン』で使っていた必殺技はどうだ?)
『花コン』における『拳狼堅護』の能力はシンプルで、攻撃力と防御力、それと速度を上げる手甲である。そして『顕現』の段階まで至れば、『魔王』の必殺技だろうと『魔王の影』の最上級魔法だろうと必ず一度は防ぎきる、防御特化の必殺技を使えるようになる。
だが、今のジェイドを見た感じ、『掌握』した結果として速度を大幅に増し、攻撃と防御はやや強化した程度に収まっているように思えた。
(手甲で殴れば十分に凶器になるし、防御力は元々高い……速度を重点的に上げるのも間違っちゃいない、か)
速度が増せば攻撃力も自然と上がる。増えた速度の分だけ拳を叩き込めばモンスター相手だろうと通じるだろう。だが、どちらかといえば対人戦を意識した強化のように思える。
(……まさか、モモカに吹っ飛ばされたのが原因じゃないだろうな? ルチルもそうだけど、モモカが影響を与えた可能性が……)
俺の脳裏にわははーっと笑うモモカの笑顔が浮かぶ。いや、そんな笑い方はしないよう躾けられているんだが、つい、イメージとして……。
「考え事たぁ余裕じゃねえか!」
「っと」
それまでの手数重視の拳と異なり、威力を込めて繰り出された拳を紙一重で回避する。顔のすぐ横、耳をかすめそうなほどの近距離で金属の塊が通過していくが、当たっていないのだから動じない。
「チィッ! 強くなったつもりだったが、お前は更に強くなってやがるな! オラァッ!」
拳を上下に振り分けて殴りかかってくるが、後ろに退くことで回避する。しかしすぐさま間合いを詰めて右ストレートを放ってきたため、俺は剣から右手を離し、拳の 横(・) に(・) 添(・) え(・) る(・) ようにして受け流しつつ相手の手首を取り、勢いに乗せてそのまま回転させる。片手での投げ技だ。
「うぉっ!?」
その場で前方回転しなければ腕が折れると判断したのか、ジェイドは即座に地面を蹴って回転する。だがそれは、両足が地面から離れたということでもあった。
「ふっ!」
空中で回転するジェイドに向かって剣を振るう。間違っても両断しないよう、手甲を狙ってだ。するとジェイドは両腕を交差して斬撃を受け止め、そのままバットで打たれたボールのように宙を飛ぶ。
「ぐっ……くそっ、ボールみたいに手軽に吹っ飛ばしやがって!」
そして数回回転しながらも器用に足から着地し、吐き捨てるようにしてジェイドが叫んだ。
強引に回転させても『召喚器』の『掌握』が解けていないあたり、ルチルと違ってしっかりと修行をしてきたのだろう。ジェイドの場合、元々手甲の『召喚器』をきちんと発現できていたからか。
(ナズナもだったけど、あと少しで『掌握』に至るって感じだったのかね……それがモモカとの出会いで後押しされた、とか?)
うちの妹、影響を与え過ぎでは? なんて考え、俺は苦笑を浮かべてしまう。
「どうしました? まさかその程度でモモカが欲しい、なんて言いませんよね?」
そしてつい、そんな感じで煽ってしまった。実際、モモカを娶って一生を共にするのならこの程度では体と精神がもたないだろう。モモカの場合、笑顔で夫を教育して自分に見合うよう育て上げる気がしないでもないが。
「っ……上等だ……まだまだ、これからだっ!」
気合いを入れ直すように手甲をぶつけ合わせ、ジェイドが叫ぶのだった。
ルチルと同様、ジェイドとの決闘も十分近い時間で終了となった。
ルチルと違う点があるとすれば指導するような戦いではなく、終始ジェイドが向かってきたことだろう。持ち前の頑強さを武器に、こちらの斬撃を受けても手甲で防御し、ダメージを最小限に抑えて向かってきたのだ。
「ぜぇ……ぜぇ……っ……」
「…………」
それでも、手甲を装着した腕で十分近く拳を繰り出し続ければ体力も限界を迎える。最小限の動きで攻撃を回避し続ける俺もそろそろ息が上がりそうだったが、俺以上に動き続けたジェイドの方が先に力尽き、そこを叩いて地面に打ち倒したのだった。
(速度もだけど、頑丈さも上がっているからな……強引に倒すには本気で打ち込まないと無理だし、それをすると殺しちゃうし……)
速度が上がった分、こちらの攻撃に対してしっかりと防御が間に合うようになったジェイドだったが、 そ(・) の(・) 防(・) 御(・) を抜ける威力で攻撃を叩き込むとなると最早手加減は効かない。ランドウ先生なら可能なのだろうが、俺にはまだ無理なほど高度な手加減を要する。
そのため体力切れを狙って粘り続けた俺だったが、さすがに無傷とはいかず、殴られた横腹から伝わってくる痛みを感じつつ残心を取った。
(いつつ……ナズナと比べれば柔らかい……が、その分、攻撃に向いた性能だったな)
肋骨が二、三本折れたか、と思いながら思考する。相手は『花コン』のヒーローだし、殺すことができない決闘で戦う分には非常に厄介な成長を遂げたと言えるだろう。この頑丈さと速度なら実戦でも粘られるだろうが、仕留めても良いならもう少し早めに決着できたはずである。
「ああ……くそっ……勝ちたかったなぁ……」
ぽつり、とジェイドが呟いた。地面に倒れて空を見上げたまま、悔しそうに。
「……負けてはやれませんが、これまでにないほど戦い難かったですよ」
それは慰めではなく事実だ。ルチルは速度がある素人という感じだったが、ジェイドはしっかりと鍛錬の跡があり、真っ向から倒すにはそれこそ奥義を急所に叩き込むぐらいはしないと無理だっただろう。
それができない決闘では体力切れを狙うぐらいしかできなかった。速度が増すというのはやはり厄介なもので、防御に向いた手甲型の『召喚器』というのも厄介さを増す要素だった。
そんな俺の言葉をどう思ったのか、ジェイドは荒い息を吐き出してからゆっくりと上体を起こす。そして遠くではしゃいでいるモモカを見て、大雑把に己の頭を掻いた。
「卒業するまでにモモカからの返事が欲しかったんだが……仕方ねえ。卒業したら腕を更に磨いて出直すぜ」
「楽しみにしていますよ。俺ももっと腕を磨いておきます」
戦闘に向いているジェイドはまだしも、本来は戦闘に向いていないルチルでさえここまで成長しているのだ。努力するぐらいしか方法がないが、俺ももっと強くならなければ、と決意を新たにする。
「お見事でしたわっ、お兄様っ!」
そうやってジェイドと言葉を交わしていると、飛びつくようにしてモモカが突撃してきた。俺は苦笑しながらその突撃を受け止めると、勢いを殺すようにその場で一回ターンをしてからモモカを地面に下ろす。
そんなモモカにもう少しお淑やかにしてくれ、いやでもこれがモモカの良いところだし、なんて葛藤する俺だったが、地面に降り立ったモモカはジェイドへと向き直ったかと思うと、腰を折って右手を差し出した。
「先輩もっ! 初めて見た時と比べ、見違えましたわっ!」
「モモカ……」
汗と土埃で汚れているにもかかわらず、ジェイドの腕を取って立ち上がらせるモモカ。そしてジェイドの周囲をパタパタと動き回り、体についた汚れを叩いて落としていく。
「これだけ強くなったんですもの! お父上やご兄弟のことに気を取られることなく、自分の道を歩いていけますわ。そうでしょう?」
そして最後にはにっこりと微笑んで、そんなことを口にした。その手はジェイドの体を叩いたことで汚れていたが、気にした様子もない。
「ああ……そう、だな……」
ジェイドは何かを堪えるように頭上を見上げ、それだけを返す。そして十秒ほど体を震わせたかと思うと、不意にその場で片膝を突いてモモカに決意のこもった顔を向けた。
「改めて言わせてくれ、モモカ……好きだ、俺と結婚してくれ!」
「それはお断りですわっ!」
真っ向から告白するジェイドと、真っ向から粉砕するモモカ。ジェイドはその場で崩れ落ち、地面に倒れ伏す。
「ぐぅ……なんでだ……」
「ルチル先輩にも言われましたけど、お兄様に負けたじゃないですか! わたし、お兄様より強い人と結婚する、と最初から言ってますわよ?」
「そうなんだけど……そうなんだけどよぉ……」
言われて視線を向けてみると、ジェイドと戦っている間に似たようなやり取りがあったのか、野次馬の中で地面に膝を突くルチルの姿が遠くにあった。どうやらジェイドと同様、玉砕したらしい。
(うーん……うちの妹が男を複数手玉に取ってる……なんか複雑だわ……)
そんなことを思い、一体誰の影響だ、なんて思った俺だったが、折れた肋骨が俺を責めるようにズキリとした痛みを発した。はい、俺に似たんですかね。
そうやって少しばかり考え事をしていると、モモカがジェイドを再度引き起こしつつ、言う。
「でも、確実に前進していると思いますわ。強くなったらまたお兄様に挑んでくださいね?」
「……ああ。腕を磨いたら、また挑みに来るぜ」
モモカの激励にも聞こえる言葉に、ジェイドが大きく頷きを返す。決闘という範疇では非常に手強かったが、俺としても挑んできてくれるのなら嬉しい話だ。
そんなこんなで、久しぶりに挑まれた決闘は俺の勝利で幕を下ろした。
なお――ジェイドは後日受けた卒業試験で落第し、『花コン』同様留年するのだった。