作品タイトル不明
第337話:指導 その3
『瞬伐悠剣』の能力を解放した俺に対し、ネフライト男爵もまた、己の『召喚器』の能力を解放した。
その名も『 纏火武槍(てんかむそう) 』――名前の響きから察するに、天下無双が元になった『召喚器』か。
実際、パエオニア王国で並ぶ者がいるかどうか、というところまで強くなったネフライト男爵らしい名前の『召喚器』である。
それだけ強いからそんな名前の『召喚器』を発現できたのか、あるいは発現した『召喚器』の名前に見合うよう強くなった結果が今なのか。鶏が先か卵が先かみたいな話だが、少し気になってしまう。
それと同時に、ネフライト男爵の『召喚器』を見た俺は思った。
(格好良い『召喚器』だな……火を纏う槍とか……俺の『召喚器』もそういうわかりやすい能力があれば……)
もちろん、『瞬伐悠剣』に関しては不満はない。唯一無二の俺の愛剣だ。だが、俺個人が持つ、本の『召喚器』に関しては思うところがあるわけで。
ネフライト男爵が構える『纏火武槍』に対し、羨ましいなぁ、とか、いいなぁ、なんて感想を抱くのは止められなかった。
(まあ、それはそれとして、だ……火の槍とはまた、厄介な……)
火を纏った槍を見て、俺は思わず眉を寄せてしまう。何が厄介かというと、槍から噴き出た炎が穂先を隠し、間合いをわからなくしているのだ。
槍が伸びたわけではないため、最初に打ち合った際の間合いを参考にすれば防ぐことはできる。だが、これまでのようにギリギリのところで打ち払っていたら今度は炎に焼かれるだろう。槍がかすめた場合、傷口を 焼灼(しょうしゃく) されてしまう。
(攻略法は……あったとしても俺には無理か?)
炎をどうにかするなら水属性の魔法でも使うべきだろうが、俺には無理だ。それに、『召喚器』が出す炎ということは簡単には消えないんじゃないだろうか。仮に消せるとしても、俺にはできそうになかった。
そんな物騒な『召喚器』を使うネフライト男爵だが、恐るべきは槍の技量だけではない。ネフライト男爵の魔力の動きから判断するならば、彼は魔法を併用する魔法戦士なのだ。
つまり、 ま(・) だ(・) 上(・) が(・) あ(・) る(・) ということである。火の槍を操りつつ、魔法を撃つのがネフライト男爵の本気なのだ。
(そこまでの力を……全力を引き出すのは俺じゃあ無理、か)
『召喚器』の能力を解放させただけでも上手くいった方だろう。そう自分に言い聞かせ、俺は軽くなった体で剣を構える。
「それでは……」
「参る」
そう呟き、ネフライト男爵の体が揺れた。そして次の瞬間には 炎(・) を(・) 纏(・) っ(・) た(・) 弾(・) 丸(・) のような穂先が飛んでくる。
それを想像ではなく己の目で見た俺は、これまでよりも遠い位置で剣を振るい、穂先を打ち払う。その度に金属音が鳴り響き、千切れた炎が宙を舞う。
(目で見える、対処できる……でも遠いっ!)
炎を纏っているため物理的に穂先が見えなくなっているが、『瞬伐悠剣』の力で余裕を持って対処できるようになった。だが、踏み込むには槍の間合いが厄介だ。それに炎の槍を構えられるだけでこちらが焼かれてしまう。
(突く時は間合いを見誤らせ、攻撃された時は攻め手を焼く盾にもなる、攻防一体の『召喚器』……ネフライト男爵なら『顕現』まで至ってそうだが、どうだ? さすがに模擬戦じゃあ使ってこないか?)
実際に見たことはないが、『花コン』だと『召喚器』の能力を使った必殺技が存在した。ネフライト男爵ならそれすらも可能だと思えるのだが――。
(って、今のままでも十分強いんだ。使えたとしても使う必要はないか)
穂先を弾き、炎を散らしながらそんなことを思考する。こちらも時折『一の払い』で斬撃を飛ばすが、先ほどまでと比べるとこちらの手数が減っていた。明らかに押されているのだ。
機関銃のように放たれる穂先を次から次へと弾き、踏み込むための隙を探すが中々見つからない。速いし硬いし重い。本当に銃弾でも飛んできているんじゃないかってぐらい、一撃の対処が難しい。
(チィッ……こうなったら)
隙が見つからないなら、作るしかないだろう。そう決断した俺は剣の柄を強く握り締め、放たれる穂先に合わせて踏み込む。
槍の穂先にこちらの剣の切っ先を合わせて放つは、スギイシ流の『三の突き』。
相手は手数優先で、こちらは威力優先だ。その差によって穂先を弾き、強引に隙を作り出す。
――あるいは、わざとそうしてくれたのかもしれないが。
隙と呼ぶには僅かな、剣の切っ先と槍の穂先がぶつかり合ったことで生まれた体勢の乱れ。その隙を突くべく前へと踏み込み、槍の間合いを潰す。
スギイシ流――『二の太刀』。
袈裟懸けに斬り込めば、即座に槍の柄で防御される。奥義を使わなかったのはこれが模擬戦だからだ。それに、仮に使っていても防御されただろう。
今回スギイシ流を教える兵士達に俺がどの程度の腕前で、なおかつスギイシ流がどんな流派かをわかりやすく教えるために動いてくれているように感じる。
そ(・) れ(・) が(・) で(・) き(・) る(・) ほどにネフライト男爵は卓越した腕があり、俺との差を決定付けてもいるのだろう。
ただ、剣と槍を交えている間、ネフライト男爵はどことなく楽しそうである。ここまでとは思わなかった、と言わんばかりに戦意を滾らせ、槍を振るっている。
そうやって至近距離で斬り合うことしばし。間合いを詰めたにもかかわらず互角以上に立ち回るネフライト男爵だったが、不意に大きく距離を取って槍を構え直した。
「次で最後といこうか。君も全力できたまえ」
「……では、遠慮なく」
奥義を撃ってこい、と言外に告げられ、俺はその挑発に乗ることにした。模擬戦だけどせっかくの機会だし、相手はこの国屈指の強者だ。仮に直撃しても死なないだろう。
呼吸を瞬時に整え、剣を構えて前へと飛び出す。するとネフライト男爵もそれに応じて前へと踏み込み、槍を振りかぶった。
スギイシ流奥義――『閃刃』。
ネフライト男爵の意図を察し、 わ(・) か(・) り(・) や(・) す(・) く(・) 袈裟懸けに刃を振り下ろした。するとネフライト男爵も剣術でいうところの袈裟懸けに槍を振るい、こちらの刃に穂先を合わせてくる。
激しい衝撃と、轟音としか言えないような金属音。槍に纏っていた炎は衝撃で飛び散り、こちらへと降りかかってくるが構わない。無視だ。
奥義を受け止められた形になるが、剣と槍のぶつかり合いはこちらに軍配が上がった。やや押し込む形で剣が止まっており、威力の違いが浮き彫りになる。
「残念だがここまでだな……本当に残念だが、これ以上は殺し合いになる」
「……そうですね」
その状態で睨み合っていたが、ネフライト男爵が心底残念そうに言って槍を引いた。そのため俺も頷きを返し、剣を引く。
(相手は本気の七割から八割ってところか……それでほぼ互角……俺ももっと精進しないとな)
全力で殺し合った場合、一方的に殺される技量差ではない。だが、総合的な実力の差から押し切られるのがわかるぐらい、明確な差があるのも事実だった。
「その若さで大した腕だ。才能……ではないな。積んできた努力と経験の量が並外れているというべきか。ある意味で異質な技量といえる」
「東の大規模ダンジョンで修行をしてきましたからね。あとは剣の師が良かっただけですよ」
やっぱりネフライト男爵ぐらいの腕になると俺が凡才だってわかるのか。だが、積み重ねてきた努力の量はちょっとしたものだし、実戦経験も同年代ではトップクラスだという自負がある。
なんで辺境伯家の嫡男が大規模ダンジョンで修行をしているんだ、なんて言われたら答えに窮するが……うん、本当に答えに窮するな。『魔王』が発生するのに備えて、なんて言える相手が限定されるし、それ以外だと強くなりたいから、なんて理由しか出てこない。
そんな俺の返答をどう思ったのか、ネフライト男爵は小さく笑う。
「こうなるとランドウ=スギイシ殿とも戦ってみたいが……負けるとそれはそれで大変な身でな。本当に残念なんだが……」
「ランドウ先生は挑まれたら断る性格ではないですが……さすがに立場というものがありますからね」
俺がランドウ先生に負けるのは弟子だから別に構わない。だが、ネフライト男爵は王国騎士団の副団長だし、この国で屈指の強者という立場がある。
俺の見立てでは七対三、いや、六対四でランドウ先生が有利だろうか。刀と槍という、武器の間合いの差があるとしてもランドウ先生が有利だと思う。
弟子の師匠贔屓と言われるかもしれないが、これは今しがたネフライト男爵と戦ってみた上での推測だ。単純な技量ならランドウ先生の方が上で、『召喚器』や魔法込みならネフライト男爵が盛り返す、といった感じである。
「さて……諸君らも見ていたな。彼がこれから諸君らにスギイシ流という流派を教えることになる、ミナト=ラレーテ=サンデューク殿だ。若いからといって侮るな。いいな?」
『はいっ!』
そうやって話をしていると、ネフライト男爵が兵士達に向かって 釘(・) を(・) さ(・) し(・) て(・) く(・) れ(・) る(・) 。どうやら俺の若さを気にしてくれたらしい。今回の模擬戦も、その辺りを配慮してのことだったのだろう。
「審判をやれとか言われなくて良かった……いやもう本当に……ししょーと互角以上に戦える人って、大師匠以外にもいたんだな……」
俺がネフライト男爵に感謝していると、透輝が何やら呟いているのが聞こえてくる。そりゃランドウ先生以外にもいるに決まってるだろうに。
(……せっかくの機会だし、透輝にも戦わせるか)
そんな透輝の呟きを聞いた俺は、これも一つの修行だと頷いた。すると透輝は俺の仕草から言いたいことを見抜いたのか、慌てた様子で首を横に振る。
「ま、待ってくれししょー! 何を言いたいのかわかるけど、さすがに無理だって! 勝てないって!」
「そこで勝つって選択肢がある君だからこそ、挑んでほしいんだ。というわけで男爵閣下、もしお時間があるならこちらの透輝とも戦ってほしいのですが」
「指南役の技量を確かめるのも私の職責の内だからな……喜んでお受けしよう」
俺が話を振ると、ネフライト男爵は言葉通り嬉しそうに請け負ってくれる。
結局、透輝に戦わせたら割と善戦し、俺達はスギイシ流の指導役として兵士達にも受け入れられるのだった。