作品タイトル不明
第322話:いつの間に その1
季節が進み、文化祭の時期がやってきた。
例年通り開催は十一月の第一週で、これまた例年通り学生が描いた絵や作った芸術品が展示されたり、錬金術のアイテムや論文が展示されたり、演劇が催されたり、飲食物の出店を開いたりもする。
武闘祭と同様に王都の民や貴族を招いてのお祭りであり、優秀な錬金術師にとっては腕をアピールするチャンスでもあった。錬金術師にとっては就職活動の一環みたいなものである。
普段は学園内部……同じ学生の間で評価され、場合によってはスカウトされることもあるが、文化祭の場合は学園外部の貴族や商人から声がかかることもある。
留年しない限り在学期間で三回文化祭があるため、優秀な錬金術師は一年目から目を付けられ、二年目、三年目にもなると勧誘の声をかけられるのだ。
――何故、俺がこんなことを考えているのか。
それは文化祭の直前、放課後にカリンと二人きりになったタイミングでこんなことを言われたからだ。
「それでミナト様、スグリさんをサンデューク辺境伯家に引き入れる件、どうなっているのでしょうか?」
え? 何の話? なんてリアクションを取らなかった自分を褒めてやりたい。
(うっ……た、たしかに、去年の文化祭でスグリをどうこうって言ってたな……どうなっているって聞かれると、どうにもなってないとしか……)
優れた錬金術師であるスグリを勧誘し、サンデューク辺境伯家お抱えにする。カリンはそう考えているようだが、俺としては色々と気まずいわけで。
(貴族として考えるなら、カリンが正しい。情で縛って優れた人材を引き入れる…… 加(・) 減(・) を(・) 誤(・) ら(・) な(・) け(・) れ(・) ば(・) 実に有効な手だ)
加減を誤ればどうなるか? 今の俺みたいになるんじゃないかなって……惚れた腫れたで上手いこと加減ができるなら、ここまで苦労してないのだ。
「仲良くはしているとも。ただ、俺としては彼女は友人だし、本人の意思を尊重したいとも思うからね」
人気が少なくなった教室でカリンとそんな言葉を交わし、苦笑を浮かべる。
俺が最も優先するべきは『魔王』の対策で、サンデューク辺境伯家のために人材を引き入れてどうこうっていうのは正直、優先度が低い。もちろん疎かにするわけではないが、率先して取り組むかと言われれば答えはノーだ。
……そういう理屈で逃げ回っている面も、たしかにあった。
(将来結婚する予定の相手から、別の女性を口説けって言われているようなもんだからな……胃が痛いわぁ……)
カリンの前だからできないが、お腹を手で押さえたい気分だ。
(スグリを錬金術師として雇うって言っても、この世界だと就職先に 骨(・) を(・) 埋(・) め(・) る(・) のも珍しくない。今は学生だからいいけど、スグリをサンデュークの土地に一生縛り付けることになりかねないんだが……)
カリンはサンデューク辺境伯家に嫁ぐ身として覚悟を決めているのかもしれないが、スグリはそうではない。うちに来るならあくまで錬金術師としてであり、一度来れば王都の実家にも容易には帰れなくなる。
手紙のやり取りぐらいならこの世界、この時代でも可能だが、王都までとなると一度のやり取りが月単位となるだろう。多少補助をしてやるとしても、相応に金もかかる。嫌になったから辞めます、なんてことになっても容易に王都まで送れるわけではないのだ。
ただ、『魔王』をどうにかできたと仮定するなら、その辺りのことも考えておくべきことではある。
スグリという優れた錬金術師を雇うことができれば、王国東部に錬金術のアイテムが様々な種類、多数流通することになるだろう。それは今後のサンデューク辺境伯家にとって 新(・) し(・) い(・) 武(・) 器(・) であり、自分のところで消費するだけでも十分にお釣りがくるほど強力な手札となる。
そうやってアレコレと考える俺だったが、カリンから注がれる視線はどこか厳しい。
「ミナト様……ミナト様ならわかっていらっしゃると思いますが、人の心とは移ろうものです。今は良くとも時間を空ければ悪くなることもあります。引き込むなら早い内が良いと思うのですが」
真剣な口調でそう促してくるカリン。それを聞いた俺は困ったように微笑む。
(うん、それはわかってる……わかってはいるんだが……)
スグリから好意を向けられているのは、どんなに鈍くともわかるほど伝わってくる。というか、これで気付かなければ間抜けどころか人の心がわからないタイプの人間だろう。
もっとも、好意をわかった上で距離を保ち続けている俺が言えたことではないが。
「その、 奥(・) 向(・) き(・) の(・) こ(・) と(・) であるのなら将来の、せ、正妻になるわたしが差配しますが……」
「……いや、そういうつもりはないんだが」
「では、やはりミナト様の方から勧誘されるべきかと思います。私の方からも色々とお話をしていますが、ここはミナト様の方から……」
正妻と口にする時は照れていたのに、それ以外だと冷静に意見を述べてくるカリン。照れる姿は可愛らしかったが、発言の内容は中々に手厳しい。
(でも、カリンの言う通りだよな……文化祭を良いきっかけとしてスグリと話をしてみるか)
個(・) 人(・) 的(・) な(・) 感(・) 情(・) を抜きにしたとして、優れた錬金術師であるスグリに就職の声掛けをするのはおかしなことではない。
俺はカリンから注がれる視線に虚勢の笑みを返し、内心では大きく息を吐くのだった。
さて、そんなわけで俺はスグリと話をするべく生徒会用の錬金工房へ向かう。こういうのは思い立ったら早くに対応する方が良いからだ。
でも正直お腹が痛い。ズキズキとストレスで痛みを訴えてくる。俺は周囲に人目がないことを確認すると、低品質の回復ポーションを一口、こっそりと飲んで一息吐く。
(良くない使い方ではあるんだが……即効性があるし、助かるんだよな……)
スグリ印の回復ポーションだ。効果はバッチリである。そしてそのポーションを作っているスグリが胃痛の原因になっている――というと聞こえが悪いか。悪いのは俺か。
とにもかくにも、サンデューク辺境伯家に仕えるつもりがあるか、仕えるとすれば労働条件をどうするか等、話すことは色々とあった。
この辺りの権限は本来、当主であるレオンさんのものである。だが、俺は嫡男だ。俺が当主になった時に備えて優秀な人材をスカウトしておくのは義務みたいなものである。俺が認めたのならレオンさんも咎めはしないだろう。
(父さんもサンデューク辺境伯家は錬金術関係が弱いってわかってるからな。スグリぐらいの腕となれば歓迎こそすれ文句は言わんだろ……)
レオンさんも在学中に目を付けた錬金術師の女性を口説き、サンデューク辺境伯家に招いているのだから問題はないのだ……口説くって言うと外聞が悪いか。男女の関係はないはずだし、純粋なスカウトである。
(あ、いかん、余計なことを考えて足が遅くなってた……)
ぐだぐだと余計なことを考えることで、錬金工房に到着するのが少しでも遅れるようにしていた自分に気付く。そんなことをしても数分程度の差も出ないとわかっていても、無意識の内にそうしていたのだ。
俺は誰も見ていないのに咳払いをし、歩調を普段通りのものへと変える。そして錬金工房へと到着すると、一度だけ深呼吸してから扉をノックした。
「スグリ、俺だ。入ってもいいか?」
「っ! しょ、少々お待ちくださいっ」
声をかけると、扉越しにパタパタと人が駆けてくる音が聞こえる。そして俺を出迎えるように扉が開き――そこには、心底嬉しそうに微笑むスグリが立っていた。
「ど、どうぞ、ミナト様。お、お待ちしてました」
「……うん、ありがとう」
俺が来るのを心待ちにしていたのだろう。そう思わせる笑顔と態度を前に、俺は絞り出すようにして言葉を返す。
俺の勘違いなら笑い話で済むが、やはり、スグリから好意を感じる。これでも幼少の頃から貴族として教育を受けてきた身だ。相手がアレク並の演技上手だと厳しいが、並の相手の演技なら見抜ける程度には鍛えられているという自負がある。
そんな俺から見て、スグリの態度に嘘はない。というか、平民出身のスグリに態度を偽る技術などそうはないだろう。年齢相応に礼儀を払うことはできたとしても、貴族相手に通じるほど態度を偽るのは不可能だ。
ただ、女性は生まれながらの女優である、なんて考え方もある。実は就職活動目的で俺に対して好意を寄せている演技をしている可能性も……いや、やっぱりないかなぁ……。
(こんなに嬉しそうに笑われるとなぁ……どうするか……)
放課後になるとなるべく顔を出すようにしているが、スグリはその度に心底嬉しそうな笑顔を向けてくる。
これでスグリが俺に対して何も思っていないのなら魔性の女だと戦慄するところだが、『花コン』で知る性格、そしてなにより、この現実たる世界で年単位で接してきた経験からいえばスグリに 裏(・) は(・) な(・) い(・) のだ。
元々、『花コン』のサブヒロインは透輝のグランドエンドにも関係がないからと気楽に接していた部分もある。
王都で偶然知り合い、錬金術という実用性が高い技術を身に着けている点からも親しくなれれば、と打算で近付いた部分もある。
そして何より、錬金術に関して高い才能を持ち、努力を続けているところを尊敬しているというのも大きかった。
(俺としても尊敬できる相手だし、個人的にも嫌いじゃない……むしろ親しい相手だ。サンデューク辺境伯家に仕えないか、勧誘するのは賛成なんだが……)
この、スグリから向けられる好意。喜びと熱を混ぜたような眼差しが、俺の理性にブレーキをかけさせる。
「と、とりあえず、お茶を淹れますねっ。ミナト様、ソファーへどうぞ」
「ああ、ありがとう」
いつの間にか用意されていた俺用のティーカップを準備しつつ、スグリが促してくる。そのため俺は鞘ごと剣を外して立てかけてから、ソファーに腰を下ろす。
(……どうぞって言われたから座ったけど、俺も 慣(・) れ(・) て(・) し(・) ま(・) っ(・) て(・) る(・) な)
スグリがお茶を淹れてくれることも、このソファーに座ることも、まるで当然のように慣れ親しんでいる。それに気付いた俺は思わず頭を抱えそうになるが、スグリの手前、背筋を正して姿勢を保った。
そうして待つこと少々。スグリが淹れてくれた紅茶に口をつけ、談笑を少し挟み、タイミングを見てから俺は口を開く。
「ところで、だ……スグリ、君は学園を卒業してからの進路はどう考えているんだい?」
「……?」
俺はまず、軽いジャブのように話を振る。するとスグリは初めて聞く言語でも聞いたような顔をして首を傾げた。
「……あっ、そ、そういうことですか……たしかに、そういう話はしていませんでしたね」
そして数秒経ってからそんなことを言う。何か様子がおかしいが……。
「わ、わたしとしては、相場がよくわかりませんし、その、既に雇われている方々と同じでかまわないのですが……えっと、た、たまに……たまにでいいので、こうして、ミナト様とお話できると嬉しいな、なんて……その……」
顔を真っ赤にしながら俯き、そんなことを言うスグリ。胸の前で指をつつき合わせ、普段から猫背の体をますます丸めてしまう。
そ(・) の(・) 反(・) 応(・) から、俺は思った。
――あれ? この子、うちに来る前提じゃない?
たしかに親しくしていたが、そこまでの話はしていなかったはずだ。俺とたまにで良いから話をしたい、というのはなんともいじらしく、俺の胃を絞めつけてくるが。
(……そういえば、カリンが色々と話をしているって言ってたな……)
まさか、と思いながら、俺は窺うようにして尋ねる。
「スグリは……当家に雇われてくれる……で、いいんだよな……?」
「え? は、はい……そうですが?」
なんで今更そんなことを? なんて言いそうな様子で首を傾げるスグリに、俺は薄く微笑んでから腹部あたりをぎゅっと握り締めるのだった。