軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第301話:帰還 その2

オリヴィアに続く、カリンの来訪。その事態を前にした俺はどんな反応をするべきか迷ったが、俺が何かを言うよりも先にカリンが微笑む。

「おかえりなさい、ミナト様。ご無事の帰還、なによりです」

「ただいま、カリン」

学園に帰ってきたら着替えてすぐさま勲章の授与式に参加したから、こういったやり取りもまだだった。そのため俺としても嬉しいというか、ほっこりとした気持ちになりながら返事をする。

(おかえりなさい、か……無事に帰ってこれたって実感がようやく湧いてきたな……)

心のどこかで緊張感が続いていたのだろう。カリンの言葉を聞いた俺は肩の荷が下りたような、精神的なプレッシャーから解放されたような、楽な気分になる。

「帰ってきたばかりでもてなす準備もできていないが、良かったら上がっていってくれ」

「えっ……そ、それは……はい……」

玄関先で話すのもなんだし、とカリンを促せば、どことなく緊張した様子で頷く。しばらくの間留守にするってことで、紅茶を淹れるお湯もないしお茶請けの菓子もないんだよな……メイドさんとかに頼んだら持ってきてもらえるけど時間がかかるし。

「すまないな、飲み物が水しかない」

「お、お気になさらず……じゅ、十分です、水で、はい」

「?」

なんか、これまでにないパターンの緊張の仕方をしているな。

そんなことを思いながらカリンを部屋に招き入れる。するとカリンはピタリと動きを止め、不自然に周囲を見回し始めた。

「ミナト様? わたし以外にも来客が?」

「……いや? しばらく留守にしてたし、掃除を担当する使用人ぐらいしか入ってないはずだぞ?」

そう言って俺はオリヴィアが出て行った窓を閉める。さも、留守にしていたから換気をしてましたよ、と言わんばかりに。

「そう、ですか……」

気のせいですか、と呟くカリン。実際は気のせいじゃないんだが……どうやって気付いたんだろう。勘? だとしたらカリンに隠し事はできそうにないな。というか、以前にも似たようなことをやった気がする。あの時はカリンじゃなくてナズナが相手だったけどさ。

今しがた言葉にした通り、留守中も使用人が部屋の中を掃除したり換気したりしていたのだろう。十日ちょっとぶりに帰ってきた割に埃も溜まっていない。

俺はカリンにソファーへ座るよう促すと、コップに水を淹れて差し出す。本当に水しかなくて恐縮だわ。余った携行食料はあるけど……さすがにカリンが食べるようなものじゃないだろう。

「…………」

ソファーに座ったカリンから、何やら物言いたげな視線が飛んでくる。その視線を受けた俺は首を傾げつつ対面のソファーに座ろうとしたが、カリンの眼差しから望むところを読み取って苦笑した。

「隣、座らせてもらうな」

「あ……は、はいっ」

どうやら隣に座ってほしいらしい。そう判断した俺が声をかけると、どことなく嬉しそうにカリンが頷く。

俺がカリンの隣に座り、ギシ、と音が鳴る。

「…………」

「…………」

そしてこう、なんだろうか。なんとなく言葉が出ず、カリンも何も言わず、沈黙が降ってきた。気まずさや不快さはないが、少々照れ臭く感じる。

「あー……一応、ノーサムの町で風呂は借りていたし、身だしなみには気を付けているつもりだが……不快じゃないか?」

臭いとか大丈夫かな、なんてことが気になり、苦笑しながら尋ねてみた。するとカリンは困惑した様子で首を横に振る。

「えー……っと、だ、大丈夫です……あっ、わ、わたしの方、何か気になりますか?」

「いや、いつも通り綺麗だよ」

「っ……も、もうっ、ミナト様ったら……もうっ!」

いかん、なんか肩をぽこぽこ叩かれた。反応に困ったから素直に答えただけなんだが。カリンは照れた様子で顔を赤くしている。

(ああ……なんか、ほっとするな)

意図してからかったわけではないが、さっきとは違った意味でほっと安心する。なんでもない日常の中に戻ってきたというか、なんというか。癒されるわ。

(五日間程度だけど、大規模ダンジョンに潜りっぱなしだったからな。その後も残ったモンスターを探して、倒して、王都で勲章が授与されて……緊張することが多かったし、他のみんなは大丈夫か? 緊(・) 張(・) の(・) 糸(・) の(・) 切(・) り(・) 方(・) がわからずに困ってないか?)

カリンの反応を見て安らいでいたが、ふと、そんな心配を抱いてしまう。見た感じ切羽詰まっている者はいなかったから大丈夫だとは思うが、明日あたり、しっかりと確認しておくべきか。

東の大規模ダンジョンで修行していた頃は、近くにランドウ先生という絶対的な強者がいた。そのためなんだかんだで緊張感が薄かったのだろう。それと比べ、今回は緊張感が段違いだった。

だからだろうか。こうしてカリンと肩を並べて話をするだけで、普段以上に心が癒されるのは。

そうやって俺がカリンと言葉を交わしていると、不意にカリンが真剣な表情になる。

「ミナト様、一つ……そう、一つだけお聞きしたいことがあります」

「一つと言わずいくらでも聞いてくれていいが……なにかな?」

畏まった様子のカリンに首を傾げる俺。はて、何かあっただろうか?

「今回の北の大規模ダンジョンの破壊についてです。本題の前にまずは王国北部に所領を持つ家の娘として、今回の一件に関して深く御礼申し上げます」

そう言ってソファーから立ち上がり、折り目正しく一礼するカリン。実家のキドニア侯爵家は北部に所領があるため、今回の件は他人事ではないのだろう。そう判断した俺はカリンからの礼を素直に受け取る。

「ああ。その礼、たしかに受け取った」

「ただ……こちらが本題ですが、学生であるミナト様が何故そんなことを、という疑問があります。以前 色(・) 々(・) と(・) お(・) 聞(・) き(・) し(・) ま(・) し(・) た(・) が、何故ミナト様が危険な目に遭わなければならないのか、と……本当はダンジョンに行くより、もっと早くに聞きたかったのですが……」

心配と不安を瞳に浮かべながら、カリンが言う。なんでかと言われると……なんでだろうな。俺に前世の記憶が、『花コン』の知識があって、放っておけば世界が滅びかねないから、なんだが。

(放置すると自分だけじゃなく、世界まで滅びかねないって状況でも動こうとしない奴っているのか? いや、それでも誰かがどうにかしてくれるだろう、なんて考えて動かない奴もいるかもだけどさ……)

誰かが代わってくれるのなら、他の誰かが『魔王』をどうにかしてくれるのなら。俺はきっと、喜んで今の立場を代わるだろう。

だが、他に誰もいないのだ。『花コン』がどうだ、主人公がどうだと頭を悩ませて、自分にできる最大限のことをやって、『魔王』や『魔王の影』をどうにかしようなんて奴は。

目(・) 的(・) の(・) 方(・) 向(・) 性(・) だけで考えればオリヴィアが俺と近いが、オリヴィアにはオレア教の教主という立場がある。ミナト=ラレーテ=サンデュークという立場を代わってくれるわけではない。

だから、何故俺がこんなことをしているのかなんて聞かれると、死にたくないから、なんて単純な理由に帰結してしまうんだが。

「ですが、ミナト様にも色々と理由があるのでしょう。だからその点に関してはわたしも聞きません。ただ一つだけ……いえ、 一(・) 度(・) だ(・) け(・) お聞かせください」

そんな理由で良いのだろうか? なんて悩んでいると、カリンは俺の瞳を覗き込むようにして距離を詰めてくる。

「貴方がやっていることは、貴方がやらなければいけないことなんですね? 他の誰でもない、ミナト様……貴方でないと駄目なことなんですね?」

それは嘘も逃げも許さないような、真っすぐな眼差しと声色だった。そんなカリンに数秒向き合った俺は、心の底から困ってしまう。

「……それを言われると、少しきついんだけどさ」

この世界がゲームのままで、プレイヤーの誰かが操作して世界をハッピーエンドに導いてくれるのならそれで良かった。それが約束されるのなら、たとえ『花コン』でのミナトのように悪役とも呼べないかませ犬なキャラクターを演じても良かったのだ。

カリンに毛嫌いされて謀殺されようと、モリオンやナズナに離反されて命を落とそうと、コハクやモモカと家督を争って蹴落とされようと、主人公に『召喚器』を砕かれようと、ランドウ先生に殺されようと。

できる限り死にたくはないけれど、世界と天秤にかけたら で(・) き(・) る(・) 限(・) り(・) としか言えなくて。世界なんて知ったことか、世界が滅ぼうと生き延びる、なんてことは言えなくて。

ただ、そんなことを思っても、 主人公(とうき) はいてもゲームのプレイヤーはいなかった。

「他の誰かがやってくれるのならそれで良かった。でも……うん、そうだな。 こ(・) れ(・) はきっと、俺じゃないと駄目なことなんだろうな」

その理由までは語れない。語るつもりもない。だが、俺でなければ駄目だと断言をする。

「……そう、ですか」

カリンは俺をじっと見つめていたが、やがて納得したように頷いた。

「わたしにできることはあまりないと思いますが、それでも支えられるところは支えたいと思います。何かあれば言ってくださいね?」

「おや、いいのかい? そんなことを言ってると……」

俺は場の空気を変えるようにわざとらしく笑うと、カリンの方へと体を傾けて寄りかかる。

「こうして支えになってもらうからな?」

からかい半分、本気半分で言う。するとカリンは微笑んで――いや、この表情はなんだろう? 笑顔が今までと違って見えるぞ? 頬を赤らめているけれど、なんというか、幸せそうというか……。

なんて、俺が困惑していると、カリンは俺の肩を僅かに押し返す。そしてソファーの上で俺から離れたかと思うと、今度は俺の肩を掴んで引っ張り、横に倒してきた。

以前、カリンにしてもらった膝枕だ。

「支えになるのなら、いつでも、いくらでも」

そして、ささやくようにしてカリンが言う。からかうような、甘えるような声だった。

そんなカリンの声と様子に僅かに驚いたが、俺は肩の力を抜いて膝枕にしっかりと頭を預け、カリンの顔を見上げた。

――なんで君は、そんなに幸せそうに笑うんだろうな?

疑問が湧いて、口から出ようとして、寸でのところで閉じる。それを聞くのは野暮ってものだろう。

「……今でも十分、支えられてるよ」

だから、俺はカリンの言葉へそう返し、目を閉じた。眠るつもりはない。ただ、少しばかり気恥ずかしかっただけだ。

そんな俺の心情を見抜いたのか、くすくすと楽しげな声が降ってくる。同時にやっぱり、幸せそうな声でもあった。

「本当に……無事で良かったです」

「ああ……」

言葉は少なく、俺は部屋が暗くなるまでそのまま、カリンとゆっくりとした時間を過ごすのだった。