軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第174話:武闘祭 その5

全ての部門の一回戦が終わり、再び最初に戻って一年生の剣術部門の二回戦が始まるのを目前としながら、俺は観客席で一人思考に沈んでいた。

(あれが『天震嵐幡』……『花コン』の解説でも最強に近いと書かれた『召喚器』、か……)

なにせ天を震わす嵐の 幡(はた) だ。能力がシンプルかつ強力で羨ましい限りである。ただまあ、俺は名前を知っているからそう言えるのであって、エリカからすれば振ったら風が出る旗、ぐらいの印象なんだろうが。

(さて、どうやって攻略するか……といっても、 攻(・) 略(・) す(・) る(・) だ(・) け(・) なら簡単なんだよな)

試合でエリカを倒すのは簡単だ。開始と同時に踏み込み、『召喚器』を振るう暇もなく斬るだけで勝てる。

これは楽観ではなく事実だ。エリカは『召喚器』こそ強力だが、それ以外は素人である。武器を扱うことはできず、魔法も使えない、『召喚器』特化の人間だ。体術を修めているわけでもないため、間合いを詰めれば俺の勝ちだ。

試合開始の際に十メートルの距離が空いているが、俺からすれば一秒とかけずに詰められる距離である。開始の合図と同時に踏み込めば確実に勝てる――のだが。

(それは勝つための手段であって、攻略とは別の話か……といっても、攻略方法もなぁ)

先ほどジェイドがエリカに負けたのは、『天震嵐幡』から放たれる風をどうにかする手段がなかったからだ。

その点、俺は『一の払い』で魔法だろうが風だろうが 霊体(レイス) だろうが斬ることができる。風を斬りながら距離を詰めてエリカを気絶させればそれで俺の勝ちだ。

(ゲームじゃないんだし、エリカも一対一なら 自(・) 爆(・) を気にせず『召喚器』を使えるかな? そうなると俺相手に全力を出させたら練習になって扱いが上手くなる可能性も……ある、か?)

エリカはサブヒロインだし、性格的にも透輝と会わせれば親しくなるのが早いだろうから、個別ルートに入るのが怖かったんだが……『天震嵐幡』を実際に目の当たりにすると、実に 惜(・) し(・) い(・) という感情が湧いてくる。

(『魔王』が発生して、厄介なのは『魔王』や『魔王の影』だけじゃない。大量発生して津波のように押し寄せるモンスターをどうにかする必要があるが……モンスターを対処するためにエリカを鍛えるのもいいな)

普段は透輝を鍛えることにリソースを割いていたが、今回の武闘祭を機に、エリカの成長を促してみてもいいかもしれない。

そんなことを考えつつ、俺は視線を巡らせて観客席の一角、生徒用の席に座る一人の男子生徒に視線を向けた。うなだれるように、落ち込むように、顔を伏せた状態で座っている男子生徒――ジェイドの姿に、あちらはどうしたものかと頭を悩ませる。

(年下の女の子……それも明らかに素人のエリカに負けたんだ。落ち込んでるだろうな)

周囲の生徒もジェイドの様子に気付いているようだが、腫れ物に触るかのように遠巻きにしている。そりゃあ声をかけることもできないだろう。

出場が終わった生徒は観客席で応援をしなければならないため、ジェイドは大人しく座っているようだ。まあ、普段の不良っぷりを見ていれば応援なんて放置して、別の場所で落ち込んでも良いんだろうが。

(それはそれで恥の上塗りになる、か。厄介だね、どうにも)

試合に負けて、応援を放棄して別の場所で落ち込む。うーん……さすがに擁護できないか、それは。ああやってきちんと観客席に座って落ち込んでいるあたり、なんだかんだでネフライト男爵にしっかりと躾けられているだろうな。

(ま、悔しさも恥ずかしさも自分で超えていくしかないか)

俺が声をかけに行っても嫌味にしかならないだろう。そう判断した俺は思考を戻し、二回戦で戦うエリカのことを思い浮かべる。

(主人公との個別イベントで仲を深めていく内に『召喚器』の制御が上手になっていくけど、普通に鍛えれば上手にならないかな……やってみるか)

ただ戦うだけではもったいない。効果がないかもしれないが、やるだけならタダだ。今が最低値だろうし、『召喚器』の扱いが逆に下手になることもないだろう。

そんなことを考えつつ、俺は視線を動かして一年生の剣術部門を見る。透輝が二回戦に出場し、今まさに戦おうとしているところだった。

相手は騎士科の生徒だが、一回戦で戦った相手よりも手練れに見える。まあ、一回戦を勝ち抜いたんだから、それも当然といえば当然なんだが。

(……ん? さっきよりも 噛(・) み(・) 合(・) っ(・) て(・) る(・) な。一回戦の逆転勝利で成長した……いや、それだけじゃないな)

遠目に透輝の試合を見守るが、一回戦と比べると互角に近い試合展開になっている。一回戦は防戦一方で隙を見つけて逆転していたが、相手の剣を受け止めては反撃し、受け止められては再び防御に回って、と一進一退の攻防を繰り広げていた。

そして、その理由にすぐさま気付く。相手の剣筋がスギイシ流に近いというか、正統派と呼ぶには我流の色が強いからだ。

俺も透輝に教える時はなるべく ス(・) ギ(・) イ(・) シ(・) 流(・) の(・) 癖(・) を出さないようにしているが、無意識の内に出ている部分もあるだろう。

つまり、透輝にとってはどことなく見慣れた太刀筋で、なおかつ相手は俺よりも動きが遅いから対処がしやすいってわけだ。

(こりゃ運が良い……いや、そういった幸運も主人公らしいっていうべきかな?)

俺は苦笑するように内心で呟いた。

結局、相手の太刀筋を学習するように防御に回った透輝が逆転するまで、そこから一分とかからなかった。

透輝の勝利を見届け、バリーやナズナが勝ち上がったのも見届けた俺は観客席を立つ。

透輝は準決勝でバリーと戦うことになるが、透輝が召喚された当初、色々と揉めて決闘まで発展しかけたのがバリーだ。俺が決闘を肩代わりして透輝と戦ったわけだが、こうして二人が剣を交えることになるとはねぇ。

透輝が召喚されたばかりの頃ならバリーの圧勝だっただろう。しかし、今ならどうなるか。それを少しばかり楽しみにしながら控室へと移動する――と、その途中でエリカと行き会った。

「あれ? ミナト君だ! 次はあたしと試合だね!」

パタパタと足音を立てながら駆け寄ってくるエリカ。本来は次に戦う相手とこうして接触するのは良くないことなんだが、偶然出会ってしまったのなら仕方がない。

「やあ、エリカ。相変わらず元気そうだね」

「うんっ! 元気だよー! ミナト君は……うん、ミナト君も元気そうだねっ!」

「ハッハッハ。まあ、ぼちぼちといったところさ」

何が楽しいのかニコニコと笑顔で話しかけてくるエリカに少しばかり癒される。いやぁ、裏表がないから話していて気が楽なんだよなぁ。

「っと、そうだった。君に会ったら聞きたいことがあったんだ。今、時間はいいかい?」

「なになに? 全然いいよ?」

俺はせっかくの機会ということで、以前気になったことを尋ねることにする。

「大したことじゃないんだがね? 何故君が学年不問、条件不問部門に出場しようと思ったのかを聞きたかったんだ。こう言っては失礼かもしれないが、君がこういう催しに参加するとは思っていなかったんだよ」

一回戦で戦った先輩のように、就職のためのアピールを行うって理由ならまだ納得もできる。優勝して『百花勲章』をもらい、年金が欲しいのならそれも良いだろう。年金額は金貨十枚で、日本円でいえば百万円程度だが毎年もらえるならそれなりに大きい額だ。

だが、エリカはそのどちらも望むような性格じゃない。そのため参加理由だけが疑問だった――のだが。

「んー……うーん……」

エリカは俺の質問に対し、小さく唸りながら首を傾げた。まるで今になって理由を探しているようなその仕草に、俺も反応に困ってしまう。

「えっとね? あたしが参加した理由はね、クラスの友達に、出場したら優勝できるんじゃないかって言われたから……かな?」

「……それは、なんとも反応に困る理由だね」

すごいな、ここまで主体性のない理由で参加してくるとはさすがに思わなかったぞ。

「あとは……あたしならミナト君に勝てるんじゃないかって、友達に言われたんだー。勝ったらミナト君が喜ぶよーって」

「――へえ」

それはそれは……なんとも予想外の理由が出てきたな。

エリカなら俺に勝てる? それはたしかに、エリカの『召喚器』を見たことがあればそういう感想が出てきてもおかしくない。それにエリカが『召喚器』を完全に操ることができるなら、俺に勝つこともできるだろう。

(どうにも に(・) お(・) う(・) な。エリカは友達って言ってるけど、本当に友達か? エリカが気に食わなくて俺にぶつけてきた、なんてパターンじゃないだろうな)

もしくは冗談で学年不問条件不問部門に出場してみたら? なんて言ったら本当にエリカが出場して、なおかつ予選を勝ち抜いてしまったとか? あるいは逆に俺が気に食わなくて、強力な『召喚器』を持っているエリカをそそのかした?

(仮にそうだとしても、恨みを買うような真似をした覚えはないんだが……いや、学園に通うぐらいの年齢の子だと、目立っているからムカつく、なんて理由かもしれないか)

入学当初は決闘騒ぎで目立っていた自覚があるだけに、なんとも言えない。そのためエリカにどんな言葉をかけようか迷っていると、エリカは楽しそうに笑いかけてくる。

「ねえ、ミナト君はあたしと戦ったら楽しい? あたしはあんまりそういうのってわからないけど……ミナト君が楽しいならあたし、頑張るよっ!」

そう言って笑うエリカは、どこまでも無邪気だった。

「それではこれより、学年不問条件不問部門の二回戦第一試合! 一年貴族科のミナト=ラレーテ=サンデューク君と一年技術科のエリカ君の試合を行う!」

闘技場のアリーナの一角。

とうとう始まる二回戦を前に、俺は普段通りの精神状態で悠然と立つ。

十メートルの距離を隔てて向かい合うのは、先ほど言葉を交わしたエリカだ。一回戦と異なり、既に『天震嵐幡』を発現して旗竿を両手でぎゅっと握り締めている。対する俺は『瞬伐悠剣』を抜かず、右手を下げたままだ。

(さあて、どうしたもんか……)

俺はエリカを見ながら内心だけで困ったような声を漏らす。エリカが戦う理由がなんともきな臭いというか、仄かな悪意を感じ取ったからだ。

友人同士のちょっとした戯れかもしれない。だが、貴族として教育を受けてきた身からするとどうにも引っかかる。

引っかかるんだが――。

(これから戦うって部分に変わりはないんだよなぁ……俺の方が棄権するわけにもいかないし)

正直なところ、武闘祭に対して俺が懸ける願いなどはない。一年生の剣術部門に出ようとして却下され、学年不問条件不問部門なら出ても良いと言われたから出ているだけの話だ。

学園生活では中々体験できない実戦経験を少しでも積めれば、という思いがあり、ランドウ先生の弟子として負けられない、という意地があり。あとは透輝に剣を教える者として 相(・) 応(・) し(・) い(・) と(・) こ(・) ろ(・) を見せたいと考えたぐらいだ。

それでも、試合とはいえ戦うとなれば負けるつもりはない。相手が『召喚器』使いとでもいうべきエリカというのも、これまで戦ったことがある相手と違い過ぎて少し楽しみなぐらいだ。

「両者構えて……試合開始っ!」

楽しみなぐらいなんだが、思考の冷静な部分が囁く。エリカを鍛える良い機会だぞ、と。これから鍛えていくためのきっかけにできるぞ、と。

エリカは『召喚器』使いだが、 戦(・) 闘(・) 者(・) で(・) は(・) な(・) い(・) 。武芸を学んでいないとか、魔法が苦手だとか、そういう次元ではなく、そもそも性格から何から戦闘に向いていないのだ。たまたま強力な『召喚器』を発現しただけの子どもである。

そんな子どもでも、『召喚器』の性能が破格すぎる。仮に『魔王』が発生してモンスターが押し寄せてきたとしても、エリカ一人で多くのモンスターを押し留められるほどに。

「ミナト君と試合をするなんて、なんだかドキドキ――」

今ものんきに、朗らかに、笑顔で喜んですらいるエリカを見た俺は、次の瞬間にはエリカの前に立っていた。

「――えっ?」

そしてそっと、エリカの首元に手刀を添える。これが真剣なら、実戦なら、首が落ちていると教えるように、エリカの首筋を指先でそっと撫でる。

「いいかい、エリカ。既に試合が始まった。それなら油断しては駄目だ。いくら君が強力な『召喚器』を持っているといっても、俺からすれば そ(・) れ(・) だ(・) け(・) のことだからね」

そう言って、俺はエリカに背中を向ける。そして開始地点よりも更に距離を開け、二十メートルほど離れてから振り返った。

「さあ、仕切り直しだ。今後は油断するなよ?」

薄く笑ってそう声をかけると、今度こそは本気で戦うといわんばかりに『瞬伐悠剣』を鞘から抜くのだった。