作品タイトル不明
第166話:武闘祭を目指して その2
七月に入ると更に暑さが強まり、日中に野外で運動をしていると汗が噴き出るようになった。ただし気温で見れば三十度には届いていないだろう。三十度どころか三十五度の猛暑日、四十度の酷暑日と騒がれていた前世と比べればマシな環境である。
透輝は更に剣の腕が伸び、基礎が日に日に固まっていくのが見て取れる――のだが。
透輝は今、とある問題にぶつかっていた。
「あの、ミナト? 今度のテストに関してなんだけど、テスト範囲だけを勉強してたら赤点は回避できると思うか?」
そう、それは学生なら誰しもがぶつかる問題、 試験(テスト) である。
学園では夏休みがない――というか夏休みという習慣自体この世界ではないのだが、七月末になるとテストが行われる。
そのタイミング的に、前世の学校でたとえるなら一学期の期末テストといったところか。学園において次のテストは十二月、その次は二月末と、決まったタイミングで行われている。それぞれ二学期の期末テスト、三学期の期末テストだろうか。
『花コン』における呼び方は七月は夏季テスト、十二月は冬季テスト、そして二月末は進級テストだ。進級テストは三年生なら卒業試験になり、合格できなければ留年になる。
『花コン』ではエンディング数を嵩増しするためなのか、それぞれの学年で進級テストや卒業試験で不合格になるとバッドエンドに突入する。
その名も『落第エンド』だ。この場合はエンドロールも流れず、即座にタイトル画面に移行するため人類が『魔王』に滅ぼされた云々は表示されない。
もしかすると主人公を落第エンドに追い込めばそのまま平和な世界が続くのかもしれないが……当然ながら試す気はない。オリヴィアからも『魔王』の発生が予期されているという情報を得ている以上、それは博打ではなくただの自殺だろう。
ちなみにだが『落第エンド』になる条件は学年ごとで違っており、一年目は小規模ダンジョンを一つ以上クリア、二年目は中規模ダンジョンを一つ以上クリア、三年目は中規模ダンジョンを三つ以上クリアが条件になっている。
なお、あくまで進級および卒業のための試験であって、これらの条件を達成しているだけでは『魔王』や『魔王の影』に関する情報が集まらず、どの道バッドエンドに突入する。
一応、小規模ダンジョンを一つクリアすれば『魔王の影』に関する情報が開示され、ダンジョンのクリア数に応じて色々と情報が開示されたり、特定のタイミングで図書館に行くとメリアが教えてくれたりするんだが――。
(さすがにダンジョンのクリア数で進級や卒業が決まる、なんてことはないわな。それにこの世界だと俺がいるし……透輝を誘導して『花コン』通りのフラグを踏ませるつもりだけど、最悪の場合は俺から伝えればいいだろ)
進級も卒業もペーパーテストと実技試験だけで可否が決まる。ダンジョンのクリア云々で決まっていたら進級も卒業もできず、留年しまくる生徒が続出するからな。
そんなことを考えつつ、訓練前に試験に関して尋ねてきた透輝へと俺は視線を向ける。
「幸い、君は文字の読み書きは問題ないからな。入学直後の試験の時は出題範囲が広かったが、定期テストは授業で習ったことが出題されるし、きちんと授業を受けていれば赤点は回避できるだろう」
国語、数学、理科、社会。あとは政治や経済、錬金術といった分野でペーパーテストが行われる。
実技は剣術を含む武芸、魔法、それと錬金術の三種類から選択だ。
点数の比重としてはペーパーテストの方が重く、実技試験はどちらかというとおまけである。実技の出来で進級が決まってしまうと、どうしても合格点が取れない者が出てしまうからだ。というか俺も錬金術に関しては落第レベルだしな。
そういうわけでペーパーテストの点数に実技試験の評価が上乗せされ、最終的な成績が決まる形になっている。
なお、内申点は存在しない。たとえ話だが、王族であるアイリスは品行方正を絵に描いたような性格だが、サボり癖が酷くて何事も不真面目……なんて性格だったとして、王族に対して内申点を低くつけられる教師はいないからだ。
それでも低い内申点をつけるのが教師だろう、なんてセリフはこの世界じゃ言えないわけで。王族以外にも大貴族の子女が入学してくる以上、内申点のようなものはつけず、純粋に試験だけで成績を評価する方が無難というものだろう。
それは逆にいえば、きちんと勉強していなければ試験の点数が伸びずに醜態を晒すということでもある。
一応、本人の名誉のために上位十名しか結果が貼り出されることはないが、生徒はともかく教師には 出(・) 来(・) が(・) 悪(・) い(・) と知られてしまう。
全員点数が良くて結果的に順位が低くなってしまった、なんてパターンなら恥ずべき点はないが、そんなことは早々に起こり得ない。
俺も立場上、悪い成績を取るわけにはいかない。『花コン』のミナトはそこまで良い成績を取っていたわけではないが、俺は東部派閥のトップである。
担ぐ神輿は軽い方が良いとは言うが、軽すぎるのは問題だし、下の人間にとってもトップが馬鹿なのは嫌だろう。そのため最低でも十位以内に入らなければ、と思う次第だ。
「透輝、君の場合は召喚されてテストまでで三ヶ月程度しか経っていないんだ。仮に点数が悪かったとしても恥ずべきことじゃないよ」
まあ、俺としてはそう言うしかない。これまで生きてきた日本とは常識も歴史も何もかも異なる世界に召喚され、一緒に勉強を受けさせられた上でテストまで行うのだ。
特に、透輝の場合は放課後や休日になると俺と一緒に剣の修行をしている。これで学校のテストまで成績が良かったら天才を超えて化け物だろう。
(でも、ゲームなら良い成績を取るのも割と簡単だったよな。さすがに現実でも楽勝なんてことはない、か)
『花コン』だと時折授業中に教師からクイズのように質問され、選択式で答えて正否を問うイベントがある。
これによって次回の定期テストでの成績が若干上がり、定期テストでも同じように選択式で問題を解き、その結果と授業での解答結果、あとは試験時のステータスの育ち具合で実技試験の結果が算出され、合算したものが成績として反映される。
試験の問題はランダム性があるものの、何度も周回プレイしていると問題と解答を覚えてしまい、ゲームの序盤から成績上位に入ることも難しくなくなってしまう。
上位十名に入って名前が貼り出されると、既に知り合っているメインキャラクター達の好感度が一律で上昇するため、『ハーレムエンド』以上を狙うなら成績上位を取るとかなり楽になる。好感度の上昇値は成績で変動し、一位が一番高く、十位が一番低い。
(逆に個別ルートを狙う場合、良い成績を取りすぎるとうっかり他のルートに入っちゃうことがあるんだよな……懐かしいわ)
単純に良い成績を取るだけでは思った通りに進まないのが『花コン』というゲームの面白さだったが、現実だと良い成績を取るに越したことはないだろう。ただし、今の透輝が良い成績を取れるかと聞かれるとさすがに難しいと答えるしかないが。
(テストの成績で考えると、アイリスはまだしもモリオンとアレクが強すぎるんだよな……現実になったこの世界でもあの二人だけは別格だわ)
『花コン』でも授業とテストで全問正解して、なおかつステータスを上げて実技の点数で上回るしか勝つ方法がないのだ。
でも現実だとどうだろうな……モリオンはゲームと比べても魔法の腕が高いし、アレクも全体的に能力が高いから……。
「赤点を回避できればいいかな、なんて思ってたけど、あんまり点数が低いのもなぁ……ほら、俺の成績が悪いとアイリスも悪く見られそうじゃないか?」
「透輝……」
どこか申し訳なさそうに理由を話す透輝を見て、俺は少しばかり感動したようにその名前を呼ぶ。そんな気遣いができるようになったんだな、なんて感動してしまった。成長したなぁ。
しかし、『召喚器』が持ち主の魂と見做されるように、アイリスに召喚された透輝の評価がアイリスの評価につながると考えるのも当然といえば当然か。
「それならアイリス殿下に勉強を教わるといい。彼女なら頼られたことを喜びこそすれ、迷惑に思うことはないだろうさ」
いやもう本当に。特に透輝に対しては甘いというか、甲斐甲斐しいからね。素直に勉強を教えてほしいって頼んだら、自分の復習を兼ねて教えてくれるはずだ。
「えー……いや、ほら、それはちょっと……恥ずかしくないか?」
恥ずかしくねえよ。異性との接近を恥ずかしがる年頃か? いや、そんな年頃だったわ。でも世界を救うためにイチャついてほしいよ。
少しばかり照れた様子で頬を掻く透輝を見て、俺はそんなことを考えてしまう。
アイリスのために勉強を頑張ろうとする透輝と、そんな透輝に手ずから勉強を教えるアイリス。アイリスからすれば自分が召喚した相手とあって勉強の面倒を見るのも当然かもしれないが、透輝は犬や猫ではない、一人の人間だ。
一対一で面と向かって勉強を教えれば今以上に距離が近付き、仲が深まることもあり得る。
(一緒に勉強するよう誘導はできても、それ以上は無理、か……それでもアイリスの性格なら透輝に頼まれたら断らないだろうし、良い機会だな)
そう判断した俺は薄く微笑み、透輝へ笑いかけた。
「透輝。君が一緒に勉強することで 少(・) し(・) だ(・) け(・) 恥ずかしく思うのと、一緒に勉強せずに赤点を取ってアイリスに大きな恥を掻かせるの……どっちがいい? おっと、一緒に頑張って良い成績を取って、一緒に喜ぶって選択肢もあるな」
そこまで言って、俺は笑みの種類を変える。
「剣の修行が厳しくて勉強する暇がなかった、なんて言い訳をしてもいいが……どうする? 言い訳に使うかい?」
「……俺に剣術を教えた後、夜中まで剣を振ってるミナトにそんなことは言えないだろ。アイリスに頼んでしっかりと勉強して、良い成績……は難しいかもだけど、頑張ってみるさ」
そう言って透輝は力強く頷く。うん、この調子なら赤点は余裕で回避できそうだな。
「そうか……それなら頑張ってくれ。もちろん、テストがあるからって訓練の手を抜いたりはしないけどな?」
「あはは……勉強をする体力が残るぐらいでお願いします、ししょー」
それは君の頑張り次第だよ? なあに、だいぶ体力もついてきたし、いけるいける。できれば訓練の後に勉強をさせて、体だけでなく脳も疲れさせた状態で更に訓練をさせたいところだけど……まあ、それはまだやめておこう。
「っ……何か怖いこと考えなかった?」
「怖いことは考えてないよ?」
「そ、そうか……気のせいか……ん?」
首を傾げる透輝を眺めながら、俺は今後の育成計画に新たな訓練方法を付け足すのだった。
数日経って夏季テストが始まり、ペーパーテストと実技試験が行われた結果。
(点数的に悪くはなかったが……六位か。さすがに前回より順位が下がったなぁ)
俺は貼り出された上位十名の名前を見ながら、そんなことを思う。
予想通りというべきか、一位はモリオン、二位はアレクで最初の学力テストから変化がない。三位もアイリスだ。透輝に勉強を教えたはずなのに三位を維持しているあたり、さすがと言う他ない。
俺はというと、まあ、こんなもんだろうな、という感じだ。ぺーパーテスト自体は貴族科で十位程度だが、そこに実技試験の結果が上乗せされて六位になった形である。実技試験の評価だけで見れば一位だ。
そして、肝心の透輝はといえば。
「すごいです透輝さんっ! 平均点まであとちょっとですよ!」
そう言って透輝以上に大喜びしているのは、勉強を教えたアイリスである。自分が三位になったことよりも、透輝の成績に対して喜んでいるのが見て取れた。
「赤点は回避できたけど、平均点に届かない点数でここまで褒められるとそれはそれで複雑だなぁ……」
そんなアイリスの様子に、遠い目をしながら透輝が呟いている。
学園では赤点が三十点に設定され、平均点はその時のテスト次第だが大体の場合で六十から七十点程度。ここでいう平均点は貴族科だけでなく、騎士科や技術科も含めての点数になる。
幼い頃から勉強も義務の一環だった貴族科の面々は成績面でも優秀で、貴族科だけに限れば平均点は八十点前後といったところだ。
そのため透輝が取った点数は貴族科の中では最下位だが、同学年の中で見れば平均よりやや下……つまりこの世界に召喚されて三ヶ月程度で一部の 現(・) 地(・) 人(・) より良い成績を修めたことになる。これは普通にすごいことだろう。
(やっぱり文字の読み書きができるっていうのが大きいわな……あとは……)
俺は心からの笑顔で、嬉しそうに透輝へと笑いかけるアイリスを見る。
「次は平均点以上……いいえ、十位以内を目指しましょうねっ」
「が、頑張るけど、さすがにそれはちょっと……」
そしてかなり厳しめの無茶ぶりをされて怖気づく透輝の姿に、俺は自然と笑みを浮かべるのだった。