作品タイトル不明
第160話:勧誘 その1
オリヴィアと会話をした夜の翌日。
俺はオリヴィアの様子に少しばかり不安を覚え、その不安に背中を押されるようにして放課後になると学園の中を歩き回っていた。
透輝の訓練に関しては交流を兼ねてナズナに相手を頼んである。剣を使うことができ、なおかつスギイシ流の技に長年接しているナズナならちょっとした指導ぐらい余裕だろう。そう考えるとオウカ姫みたいな立場だな、なんて考える。
(透輝を強くすること、『花コン』のメインキャラ達と交流させて好感度を上げること……そのどちらも短期間じゃどうにもならん。時間をかけてやっていくしかないが、それはそれで焦るな……)
オレア教を作り、三百年以上かけて様々な技術や思想を広げて今の世界を作ったオリヴィアも似たような心境だったのだろうか。いや、オリヴィアと比べるのはさすがに失礼か。抱えているものの大きさが違い過ぎるわ。
昨晩オリヴィアと会話をしたからか、そんなことを考えてしまう。三百年以上もの長きに渡り、人類のために、『魔王』をどうにかするために行動し続けるなんて至難の業だ。いや、至難の業なんて言葉で片付けるのが失礼なぐらいだな。少なくとも俺には無理だ。
(透輝を鍛えるのも重要だけど、透輝にはヒロインやヒーロー達と交流もしてもらわないと……ルチル、見つかればいいんだが)
俺が探しているのは現状、透輝と交流のしようがないルチルである。まずは俺の方から声をかけ、仲を深めて生徒会に引っ張り込み、透輝に紹介して交流を開始してもらわなければ。
そう、思っていたんだが――。
(……いねえ。なんで会いたい時に限って会えないんだ? これが噂の物欲センサーか? ルチルは物じゃなくて人だけどさ)
今回は個人的な用件のため、自分の足で探そうと目立たないように気配を殺しながら技術科へと来たが、ルチルの姿が見当たらない。『花コン』だと割と明るいというか、金持ちキャラとして目立つ性格をしていたからすぐに見つかると思ったんだが。
(明日は日曜日で休みだし、王都の 商会(じっか) に戻っちまったか? こっちからシトリン商会に押しかけるのはさすがに理由がないし……ん?)
ルチルを探していた俺だが、ふと、不穏な空気を感じ取った。不穏といっても誰かが戦っているとか、モンスターがいるとか、そういう本当に危険な気配ではない。言い争いというか、糾弾するような嫌な空気を感じ取ったのだ。
その気配が気になって歩を進めていくと、人気がない廊下の端、軽く見ただけでは物陰になっている場所に何やら女子生徒が集まっている。その数は四人だったが、その内の一人が残り三人に取り囲まれていた。
「…………?」
「…………!」
「…………」
距離があるため話の内容までは聞こえないが、一人の女子生徒に向かって攻撃的な様子で何かを尋ねているようだ。わざわざ人気のないところで行われているあたり、厄介な臭いしかない。
(なんだ? いじめか? ってアレは……スグリじゃないか)
三人に囲まれている女子生徒の顔を見た俺は眉を寄せる。一体何があったのか、スグリが三人の女子生徒から言葉をぶつけられているのだ。遠目だから相手の素性はわからないものの、おそらくはスグリと同じく技術科の生徒だろう。
スグリは猫背のように体を丸め、切り揃えた前髪のせいで表情が見えないが、非常に困っているのが伝わってくる。
(……女性同士の諍いに首を突っ込むのはさすがに怖いが……ええい、仕方ない)
見てしまった以上、放置もできない。そのため上級モンスターと対峙するような心境になりながら、敢えて足音を立てながら歩いていく。
「すまない、そこのお嬢さん方。少し尋ねたいことがあるのだがいいかい? ルチル=シトリン君を探しているのだが、見てないだろうか?」
「っ!?」
俺が声を張り上げて尋ねると、スグリを取り囲んでいた女子生徒達がビクリと肩をはねさせた。そして恐る恐るといった様子で振り返り、俺の顔を見て目を大きく開く。
「み、ミナト様!? どうしてこんなところに!?」
「ここは技術科ですよ!?」
「すごいっ、声をかけてもらっちゃった!」
そして、なんとも対応に困る反応が返ってきた。
三人の女子生徒の顔を見るが、全員見覚えがない。やはり技術科の生徒なのだろうが……。
(なんで俺の名前と顔を知っているんだ? というか、声をかけてもらったって何?)
なんか驚きつつも滅茶苦茶喜んでない? どういうこと?
そんな疑問を覚えつつも、直接尋ねるのは躊躇してしまう。
「えっと、シトリン君ですか? 授業が終わったら王都に行くって言ってましたよ?」
そうやって俺がどうしたものか悩んでいると、女子生徒の一人が俺の質問に答えてくれた。どうやら予想が的中してしまったらしい。
「そうか……ありがとう。それで、何やら争うような気配があったが……喧嘩かね? 何かあったのなら生徒会の人間として話を聞くが?」
とりあえず場を収めようと思って話を振る――と、女子生徒達三人は一様に笑顔を浮かべる。合図したわけでもないだろうに、揃って友好的に見える笑みを浮かべて俺に向けてきた。
「喧嘩なんてとんでもないですっ! ちょっとお話をしていただけで……ねっ? そうだよね、レッドカラントさん?」
「……は、はい……喧嘩ではない、です……」
それ本当? 一方的に攻撃されていたから喧嘩じゃない、みたいな話じゃないよね?
そんな疑惑を込めてじっと見つめてみるが、女子生徒達の笑顔は崩れない。それでも居心地の悪さを覚えたのか、笑顔のままで『それでは失礼します』と言って立ち去っていく。
「やれやれだ……スグリ、大丈夫か?」
さすがに殴られてはいないだろうけど、一応の確認として尋ねる。するとスグリは大きく頷いた。
「は、はい、大丈夫……です。その、本当に喧嘩とかじゃなくて……えっと、ですね? あの子達には、ミナト様について聞かれてて……」
「俺について?」
俺の何を聞くっていうんだ? 弱点? いや、さすがにないか。
「わ、わたしがミナト様と知り合いだから、たまにああやって、話を聞こうとする人がいて……ほ、本当ですよ?」
本当に本当ですよ? なんて言い募るスグリの様子に、逆に疑わしく思えてしまうが……まあ、本当のことだと受け入れよう。
「そうか……それはなんというか、あー……迷惑をかけたな?」
やばい、こういう時に他になんて言えば良いのかわからない。まあ、正解なんてないんだろうけどさ。
「そ、それで、ミナト様? し、シトリン君がどうか、したんです……か?」
「ん? ああ、ちょっと用があったんだが……以前、ポーションの試供品をもらってね。それに関して話をしたかったんだが」
「――ポーションの試供品?」
僅かに、しかし確実にスグリの声が低くなった。ポーションの話題となれば錬金術師として気になるのだろうか。
「シトリン商会で取り扱うようになるらしくてね。君も何か聞いていないか?」
ルチルと会った時に話題にしようと思っていたことを口にする。
商会の機密なら俺も黙っていたが、試供品を配るほど大々的にやっていることなら話題にする方が宣伝にもなるだろう。そう思ってスグリに問いかけると、スグリは顔を俯かせて前髪で表情を隠してしまう。
「……いえ、特には。それで……ミナト様はそのポーションをお求めになる……んですか?」
「俺が? いや、そんな予定はないよ。扱うのは低品質のポーションらしくてね。数が必要な時なら利用するかもしれないが……手持ちの分があるし、ポーションが必要なら君に頼むさ」
スグリは中品質の回復ポーションまで作れるし、作ったものを実際に使ってもいるのだ。信頼性という意味ではスグリには遠く及ばない。
実戦で使ったら効果がなかった、あるいは予想よりも効果が低かった、なんてことがあったら致命的な事態になりかねないのだ。それを思えば既に効果が実証されているスグリのポーション類は信頼に足る。
「そ、そうですかっ」
俺の言葉をどう捉えたのか、スグリの表情がぱっと輝いた。相変わらず前髪で隠れているが、雰囲気からわかるほどに喜びの感情を感じる。
「ああ、そうだ。話のついでにというと失礼だが、君に会ったら聞いておきたいことがあったんだ」
「え? わ、わたしにですか? な、なんでしょう?」
俺は良い機会だからとスグリに一つの提案をすることにした。それは、以前考えていた生徒会へのお誘いである。
『花コン』ではスグリはサブヒロインのため、グッドエンドが存在しない。それでいて交流を続けると個別ルートに入りやすく、もしもの時を思うと透輝と会いやすくなる生徒会に勧誘するのは戸惑われるところだが。
(でも、スグリの錬金術師としての腕とその才能は惜しい……生徒会に入ると生徒会室の近くにある生徒会用の工房も使えるしな)
学園における特権階級とでもいうべき生徒会は、色々な面で優遇されている。その中には専用に用意された設備の利用権があり、『花コン』でも生徒会用の工房を使って錬金を行うシステムになっていた。
生徒会のメンバーは基本的に貴族科の面子ばかりのため、錬金術に長けた者が加入すれば専用の工房として自由に使うことができる。現状だと使う者がおらず、宝の持ち腐れになっていた。
俺としては回復ポーションもそうだが、MPを回復するためのマジックポーションなどもほしいため、スグリには是非生徒会に入って錬金を頑張ってほしかった。
(それだけだとスグリの錬金術師としての腕だけを欲してるみたいだけどな……)
まあ、それも間違ってはいないんだが。
何故スグリを生徒会に引き込んで錬金の腕を磨いてもらうかというと、彼女が持つ『召喚器』に関係していたりする。
スグリが持つ『召喚器』――その名は『 禁忌弱薬(きんきじゃくやく) 』という。
名前がちょっと怖いが、その効果は非常にシンプルだ。敵に使うとステータスを下げるという、 援護魔法(デバフ) の錬金術バージョンである。
だが、そのステータスを下げるという部分が肝で、その効果量は 使用者(スグリ) が作れるアイテムの数によって変動するのだ。
つまり作れるアイテムの数が多ければ多いほど、敵のステータスを大幅に下げることができる。それがスグリの『召喚器』である『禁忌弱薬』だ。
俺が以前から入手したアイテムをスグリに送ろうとしていたのも、『禁忌弱薬』の効果が強まることを期待してのことである。
ただし、敵のステータスを下げるといってもさすがにボスキャラには通じない。スグリが光属性ではないためか、『魔王』や『魔王の影』が相手だと『禁忌弱薬』も効果を発揮しないのだ。
その半面、ボスキャラ以外には効く。先日戦った火竜だろうと効くし、大規模ダンジョンに潜ってもボスモンスター以外なら全てに効く。それも援護魔法みたいに一つのステータスを下げるのではなく、全ステータスを下げるという強力さだ。
(ゲームじゃなく、この現実になった世界なら『魔王』や『魔王の影』にも通じるかもしれないしな……ボスには通じなくてもそれ以外なら効果があるはずだし。問題はスグリが『召喚器』を発現しているかだけど……錬金できるアイテムが十種類に到達すると使えるようになったよな)
『禁忌弱薬』は液体が入った三角フラスコ型で、相手に投げつけて使用するという割と特殊な『召喚器』になる。
ゲームだと使う相手を選択すれば勝手に命中したものの、現実だとそうはいかないだろう。その辺りどうにかしなければ……実はスグリが強肩かつコントロール抜群で、相手に必ず命中させることができる、なんてことはさすがにないだろうし。
「スグリ、君に生徒会に入ってほしいんだ。俗にいう勧誘というやつだな」
仮に『召喚器』が使えずとも、錬金術の腕前と才能だけでお釣りが返ってくる。そう思いながら勧誘の言葉を投げかけると、スグリは動きを止めて硬直してしまった。
「か、勧誘!? わ、わたしを生徒会に、ですかっ?」
「ああ。是非、君の錬金術の腕を活かしてほしくてね。生徒会の人間なら使える錬金術用の工房もあるし、損はさせないつもりだ」
スグリは実家では毎日のように錬金をしていただろうが、学園では生徒が多いためそうもいかないはずだ。設備の数に限りがある以上、どうしても無理が出てしまう。
それが解消されるギブアンドテイクな、あるいはウィンウィンな提案のはずだ。
それに、スグリは王都の人間である。生徒会長であるアイリスにとっては自分の派閥である中央派閥に属する形になるし、貴族以外でも優秀な人材を求めていたからスグリは打ってつけだ。
「――やりますっ!」
どうやって口説き落とそうか、なんて思っていたらあっけないほど簡単にスグリが承諾してくれた。そのため逆に俺の方が心配になってしまう。
「……スグリ? これは勧誘であって、強制では」
「や、やりますっ! だ、だって、それならミナト様と……い、いえっ、なんでも……」
俺の言葉に重ねるようにして承諾されてしまった。
それとスグリ? 俺がなんだって?
(これは……あー……ううん……俺がカリンと婚約者候補の関係にあるって知ってる……よな?)
なんだろう、以前から薄々感じてはいたが、単純な好意とは言い難いものをスグリから感じるんだが……事故に遭った母親を助けたから、その後もそれなりに親しくしていたから、なんて理由じゃ片付けられないものを感じる。
(透輝相手に個別ルートに入らないなら、良しとするか……でも、それはさすがにちょっと……)
人としてどうか、と思う気持ちがある。
それでも透輝相手に個別ルートに入られるよりはマシだと自分に言い訳をして、ズキリと痛みを訴えてくる胃を無視して、意気込むように頷くスグリからそっと目を逸らした。