作品タイトル不明
第148話:野外実習 その6
透輝がカリンを押し倒すイベントが発生したものの、『花コン』通りには進まず。なんとか軟着陸させた俺は空を見上げ、そろそろ夕方が迫っていることを確認して生徒達にダンジョンからの脱出を促すことにした。
昼食後にダンジョンに潜ったため四時間も経っていないし、モンスターとの戦闘もそこまで多くなかったが、生徒達の多くは疲弊した様子である。
肉体的にはまだしも、精神的に疲れたのだろう。初めてのダンジョン、初めての実戦と思えばそれも仕方がない。
元気なのは俺やナズナ、モリオンやアレク、あとは透輝ぐらいだ。まあ、透輝は元気こそあり余っているが、カリンを押し倒したことが尾を引いているのか肩を落としているが。
あと、周囲を警戒していた先輩達もどことなく疲れたようにしている。気を張って警戒するのって疲れるから仕方がない。
(……ん?)
ここまで来た時と異なり、モリオンとアレクが先頭、俺とナズナが殿について農場を目指す途中。背後から視線を感じた俺は足を止めて振り返った。
モンスターの視線か、気配を探るが……うーん? いまいち確証が持てないな。とりあえずまた石を拾って投擲するが、モンスターが飛び出してくることもない。
(外れたか? いや、気配が小さすぎるから気のせい……か? モンスターの赤ちゃんとか……そういえばモンスターって成体しか見たことないな。『花コン』だとダンジョンが生み出しているって話だったけど……)
普通の生物と違って繁殖するわけじゃないんだろう。しかしそうなるとどうやって出現しているのかが謎だが、人目に触れない場所で負の感情が集まって生まれているのかもしれない。成体しかいないのなら、生まれるというよりは出現するといった方が正しいのだろうが。
(でも、ドラゴンの卵を入手して育てるイベントもあるんだよな……王都の竜騎士も卵を拾ってきて育てるんだろうけど、あくまで『ドラゴンの卵』っていうアイテム扱いで、モンスターとして出現するドラゴンとは別物の可能性も……?)
そもそも、『花コン』の演出上の話ではモンスターを倒すと霧となって消えていたはずだ。それがこの世界だと生き物らしく血を流すし、素材も剥ぎ取れる。それなら繁殖してもおかしくはなさそうだが。
(ダンジョン内でこんなことを考える余裕があるっていうのも新鮮だなぁ……ランドウ先生に見られたら何を余裕ぶっているんだって殴られそうだわ……)
そんなことを考えつつ敢えて視線を外すが、今しがた感じた気配の持ち主が動く気配はなかった。本当に微弱な気配のため、こちらの勘違いかと思えるほどである。
(まあ、既に撤収し始めてるし、明日に回すか)
向こうから襲ってくるのなら対処するが、動かないのならわざわざ仕留めに行くのも手間だ。これで相手が中級以上のモンスターなら訓練になるから戦うんだが……。
「若様、どうされますか?」
「もしも向かってきたら倒すが、このまま撤収する。明日にでも透輝に戦わせよう」
夕方が迫ってきているし、昼間と違って少々視界が暗い。これでは透輝も満足に戦えないだろう。そう思って答えると、ナズナがなんとも言い難い顔で俺を見てくる。
「なんだ? どうした?」
「いえ……以前から思っていたのですが、若様はテンカワに対して甘いといいますか、妙に気にかけているといいますか……それが気になりまして」
疑問を顔に浮かべながらナズナが聞いてくる。そのため俺は意識して笑った。
「なんだ、友人を気にかけることがそんなにおかしいか?」
「おかしくはありませんが、些か過剰に思えます」
後方を警戒しつつ、そんな会話をナズナと行う。
「過剰……過剰か。せっかくだから聞いておくが、ナズナの目から見た透輝の評価はどんな感じなんだ?」
大して好感度は稼げていないだろうが、現状の印象は聞いておきたい。そう考えての問いかけに、ナズナはその視線を先を歩く透輝へと向けた。
「現状ではなんとも。若様と決闘をした時の動きもそうでしたが、完全に素人です。魔法の才に関してはどの程度かわかりませんが、現状だとわたしが戦っても負けはないでしょう。アイリス殿下の傍に侍るには色々と足りないかと」
「ハハッ、これは手厳しいな。だけどまあ、今はそんなものだよな」
「……その仰りよう。 今(・) 後(・) は(・) 違(・) う(・) と?」
ナズナが怪訝そうに尋ねてくるため、俺は頷きを返す。
「殿下の『召喚器』から召喚された人間で、なおかつ透輝自身も『召喚器』を短期間で発現したんだ。これで何もないと考える方が無理じゃないか?」
「それは……そうかもしれませんが……」
「透輝の実力に関してはわかった。性格や人間性に関してはどうだ?」
現時点で透輝が弱いっていうのは俺も認めるところだ。才能は破格だとしても、今はまだ、その才能を伸ばす努力をしていない。
「人間性は……善性の人間だということはわたしにもわかります。ただ、若様に対して無礼が過ぎます」
「おっと、ナズナがそう言ってくれるのは嬉しく思うが、俺は別に気にしてないぞ? むしろ気が楽だ」
これは俺の本音だ。今の環境に生まれて長年貴族として生きてきたが、タメ口で馬鹿な話をできるのがどんなに貴重か……いやもう本当に。これまで勉強して演じてきたからなんとかなってるけど、貴族って俺には根本的に合ってないよ。肩が凝って仕方ねえもん。
(案外、父さんも似たような考えなのかもしれないけどな)
そ(・) う(・) 育(・) て(・) ら(・) れ(・) た(・) か(・) ら(・) 貴族という役柄を演じているだけで、本音ではもっと気楽な生活の方が性に合っているって人は割といると思う。まあ、投げ出したらコハクやモモカに迷惑がかかるし、簡単には投げ出せないんだけど。
俺がそんなことを思っていると、ナズナがまじまじと俺を見てくる。
「昔からそうでしたけど、若様って割と無礼を好まれるといいますか……雑に扱われると喜びますよね?」
おや、さすがは幼馴染み。俺のことをよくわかってるじゃないか。
「ははは、そういう扱いをしてくる人は珍しいからな。その分、良く見えるってものさ……しかしこれだけ隙を晒してもかからないか」
「ええ。中々釣れないようで」
俺は途中から苦笑を浮かべ、背後に意識を向ける。ナズナと談笑していたら先ほど感じた気配の持ち主が動くと思ったんだが、まったく動く感じがしない。
(ここまで動かないとなると、本当に俺の勘違いの可能性もあるな……学園生活で鈍ったかね?)
ま、ナズナから透輝に関する印象も聞けたし良しとしよう。俺はそう思いつつ、農場へと撤退するのだった。
農場に戻ると既に他の生徒達が戻っていたため、整列して点呼を行い、欠員がいないことを確認する。
話に聞いた限りだと農場の外に出てモンスター狩りに出かけた生徒は意外と少なく、農場の外に出たとしても門のすぐ傍付近をウロウロしていたらしい。錬金術を専攻する生徒は農場で育てている薬草の手入れや収穫などを体験したようだ。
(俺達以外にモンスターを仕留めた生徒がいないのなら、 後(・) 始(・) 末(・) を気にする必要もないか……)
仕留めたホーンラビットやファングウルフに関しては、皮の剥ぎ方や素材の取り方を教えて実際に剥ぎ、残った死体はモリオンに頼んで地中深くに埋めてある。こういう時に土魔法って本当に便利だわ。
ないとは思うが、ここは一応ダンジョンの中だ。『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時みたいに死体が死霊系モンスターになる可能性を排除するための処置である。
その時にカリンにちょっと離れてもらい、実体験として『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時にやった 遺(・) 体(・) へ(・) の(・) 処(・) 置(・) に関しても話しておいたが、生徒の多くが顔色を悪くしていた。
でも同じようなことが起きたら君達もしなきゃいけないんだよ? 知らないのなら仕方がないけど、知った以上はやらないとね?
そんなわけで問題がないことを確認したら農場からも撤退し、ダンジョンを脱出する。いやはや、怪我人も出ていないし、本当にピクニックだなこりゃ。
そうしてダンジョンから出ると、周囲からほっと安心したような声が漏れ聞こえる。滞在していて多少は慣れたとしても、ダンジョンの空気で気疲れしていたのだろう。安堵の声以外にも腹の虫を鳴らしている生徒がちらほらいるが……動き回ったから仕方ないね。
『穏やかな風吹く森林』から離れ、テントを設営した場所へを足を向ける。その近くには資材を置く倉庫や錬金術の工房といった建物があるが、簡易ながら調理場もあるため、そこを利用してバーベキューの準備が進められていた。
まあ、調理場といっても前世でいうところのキャンプ場みたいな感じで、水場や 竈(かまど) がある程度のものだ。細やかな料理を作るのには向いておらず、煮物や汁物などのまとめて大量に作る料理ぐらいしか作れないだろう。
(…………)
既にバーベキューの準備が整っているのか、風に乗って炭の匂いが漂ってくるのを感じつつ俺は無言で周囲の気配を探る。
(視線は……ない、か? どうにも気配が 曖(・) 昧(・) というか……曖昧、曖昧ねぇ……)
ダンジョンからモンスターがついてきている、なんてことはないはずだが、どうにも視線を向けられているように感じる。
それと同時に、以前リンネと名乗る『魔王の影』にやられたような 曖(・) 昧(・) な(・) 状(・) 態(・) に陥っているのかと疑うが、頭はハッキリしているし意識も明瞭だ。
(うーん……本当に鈍っているのか、少し過敏になっているのか……)
感覚が鈍っているのなら一大事だ。ここまで腕が落ちるのが早いとなると、来年ランドウ先生が学園に来るよりも先に対策を講じなければならない。
(今日も大した訓練にはならなかったし、食事をとったら寝るまで剣を振るか)
周囲から何事かと思われるかもしれないが、そう決断せざるを得なかった。
そして翌日。
朝食としてパンと具だくさんのスープ、それと果物で腹を満たすと、再びダンジョンに入ることになった。あとは昼まで昨日と同じように過ごし、それが終われば外に出て昼食を取り、学園へ帰還する予定である。
二度目ということもあってか、ダンジョンに入っても生徒のほとんどが驚くことがなく、落ち着いた様子だった。やっぱり一度でも良いから実際に体験すると違うのだろう。こうなると今日は牧場の外に出ようとする生徒が増えるかもしれないな。
そんなことを考えながら昨日と同じように牧場で整列し、教師から注意事項を聞いたら行動となる。するとこれまた昨日と同じく、行動を共にしたいという生徒が集まってきた。そのためゾロゾロと連れて門の外へと向かい、モンスターを求めて歩いていく。
(まあ、別にいいけどさ……今日も透輝にできる限りモンスターと戦ってもらうか……でもこの数だと厳しいかな?)
大勢ついてきても実際にモンスターと戦える度胸があるのはごく少数だ。そのため上手く透輝に割り振れればいいんだが――なんて思ったところで俺は足を止めた。
「……若様」
「ああ……妙だな」
ナズナの警戒を含んだ声に応える。
牧場から離れて、ほんの数分。森の中だから距離にして百メートルも進んでいないだろうが、どうにも違和感があった。
「妙とは?」
ついてきていた生徒の一人が尋ねてくる。昨日は怯えが目立ったが、一日経って少しは慣れたのだろう。俺とナズナのやり取りを聞けるぐらいの余裕があるようだ。
「さて、それがわからないから妙なんだが……昨日とは明らかに空気が違う。しかしなんでそうなっているのかがわからない……ナズナ、盾を出しておけ」
俺が指示を出すと、一秒とかけずにナズナが盾の『召喚器』を発現する。それを確認した俺は後方のモリオンとアレクへ視線を向け、ハンドサインで警戒を指示する。
「先輩方、索敵はそこまででこちらへ。どうにもおかしい」
「そ、そうなのか?」
周囲を警戒する先輩達も下げ、一年生達の傍に置く。これは農場まで避難させた方がいいかもしれないな、なんて思った、その時だった。
遠くの木陰から、不意にモンスターが顔を覗かせる。ホーンラビットかファングウルフか、と思いきや、明らかに大きさが違う。二メートルを超えて三メートルにも迫る体躯のモンスターが木陰からのっそりと出てきたのだ。
(おいおい…… ま(・) た(・) か(・) ? またなのか?)
俺は思わず心中で呟いた。
木陰から出てきたのは獣系の中級モンスター、ワイルドベアだった。ワイルドベアは周囲を警戒するように見回し、こちらに気付くと四肢を地面について唸り声を上げ始める。
「なんだ? またダンジョンが異常成長したのか? いい加減にしろよこの野郎」
思わず吐き捨てるように言うと、盾をしっかりと握りながらナズナが口を開く。
「若様、お口が悪いです。でもそういうのもちょっと……その……」
グッときます、なんて呟くナズナ。グッとくるってどういうこと? 余裕があるのはいいけど、今の状況を理解しているかい?
「余裕そうなところ悪いんだけどアレ何!? なんてモンスター!?」
先輩の一人が叫ぶようにして尋ねてくる。ワイルドベアはこちらの数を警戒しているのか、唸り声を上げつつもゆっくりと距離を詰めてくる。
「獣系の中級モンスター、ワイルドベアです。中級の中では弱いですが……あー、それとですね」
俺はワイルドベアの後ろに、他のモンスターが現れたことに気付いた。ワイルドベアと同じく、獣系の中級モンスターである。
「ワイルドベアの後ろに現れたのがグリフォンです。あっちはワイルドベアより強いですよ」
『瞬伐悠剣』を抜きながら答える。それと同時に後方を確認するが、そちらにはまだモンスターがいないようだ。
「後方にモンスターはいません。総員、撤退を。俺とナズナが殿を務めます」
あれぐらいなら撤退させなくても大丈夫だが、二体だけとは限らない。そのため農場まで下がらせ、門を閉めさせた方がいいだろう。同時に、他の生徒や教師に警戒を促す必要がある。
可能なら生徒達をダンジョンから脱出させ、それが無理なら農場での防衛戦だ。でも薬草を栽培している農場も守る必要があるだろうから、完全な撤退は難しいか。
「一年生の諸君。落ち着きたまえ。後ろを向いて農場へ撤退だ。俺はアレらを斬ってから下がる。モリオンとアレクは先導を頼む」
とりあえずそう声をかける。二人が前に立つなら仮にモンスターが襲ってきても大丈夫だろう。可能なら透輝を中級モンスターと戦わせてみたいところだが……さすがにまだ早いか。
(小規模ダンジョンではボス以外だと現れないはずの中級モンスター……それを出現させることができるとすれば……)
そんなことを考えていた、その時だった。
「ふふっ――こんにちは」
森の奥から不意に声をかけられる。その声には聞き覚えがあり、俺はああ、と内心で納得の声を漏らす。
「こんなことをできる奴は限られていると思ったが、お前か……リンネ」
そこにいたのは、長い黒髪に桜の模様が刻まれたお面、それに巫女服に似た衣服を身に纏ったリンネだった。