作品タイトル不明
第127話:決闘三昧 その7
ジェイドが使用する手甲の『召喚器』――その名は『 拳狼堅護(けんろうけんご) 』。
能力はシンプルで、普通に使う分には攻撃力と防御力、それと速度を上げる手甲である。そして『顕現』の段階まで至れば、『魔王』の必殺技だろうと『魔王の影』の最上級魔法だろうと必ず一度は防ぎきる、防御特化の必殺技を使えるようになる。
金属製の手甲のため相手が刃物だろうと弾こうと思えば弾けるし、拳を握って殴るなりそのまま腕を振り回して叩くなりすれば十分な武器になる。防御向きだが格闘戦にも使えるという、ジェイドに相応しい『召喚器』といえるだろう。
そんな『召喚器』を発現し、しっかりと拳を握り締めた状態で突っ込んでくるジェイドを俺は迎え撃つ。
スギイシ流――『一の払い』。
右手は拳のまま、左手だけ手刀の形に変えてジェイドに向かって振る。飛ぶ斬撃の手刀バージョンだ。真剣で繰り出すよりも魔力の収束が甘いため切断力はあまりないが、魔法でもない 飛(・) び(・) 道(・) 具(・) があるというのは驚くだろう。
「は? なにぃっ!?」
勢いよく突っ込んできたジェイドの顔面目掛けて魔力の刃を飛ばしたが、思いの他ジェイドは驚いて手甲で受ける。すると金属同士がぶつかったような音を立てて魔力の刃が弾け、痛痒を与えることもなく霧散してしまった。
「おいおい……素手でも撃てるのかよ。驚いたじゃねえか」
ジェイドは魔力の刃がぶつかった部分を確認するように、手甲を見ながら呟くが……ふむ。
( 素(・) 手(・) で(・) も(・) ってことは『一の払い』自体は知っていたのか。決闘で使った時に見られたか? そうなると決闘の時の視線はルチルだけじゃなく、ジェイドのものも混ざってたか)
まあ、手刀を振って斬撃が飛んで来たらビックリはするよな。こうして驚かせるぐらいで、魔法を斬るには切断力が足りないし、直撃しても軽く殴った時ぐらいの威力しかないだろうけど。
(あの『召喚器』は見た目通りの頑丈さがある……つまり殴られるとアウト。金属の塊でぶん殴られるのと変わらんな)
『花コン』で知っていたし、外見から推測できることではあるが、一応の確認が済んだ。攻撃をくらうこともそうだが、防御自体注意しなければならないだろう。魔力を込めて防御するとしても、手甲で殴られれば痛いでは済まないのだ。
「それで? 驚かされたし、さっきまで手加減されていた俺が聞くのも何だが、本当に剣を使わなくていいのかよ? 『召喚器』を出した以上、こっちも本気だぜ?」
「構わないとも。是非、君の本気を見せてくれ」
そう言って俺は笑う。本気を見たいというのは本音だ。現状でどの程度の強さがあるのか、戦闘時の判断力はどの程度か、伸びしろはどの程度残っているか……今後、『花コン』の流れを踏襲するとしても情報は多い方が良い。
(俺が影響を与えた結果、どんな変化が起きているかも知りたいしな)
ルチルが俺への敵愾心を隠しながら接してきたように。
カトレアが剣士として俺への憧れを口にしたように。
俺を気に食わないと断言するジェイドが、その心の内にどんなものを秘めているか。それを少しでも理解するべく、俺も拳を構える。
『一の払い』の飛ぶ斬撃はほぼ効果がない。顔面に当てれば怯ませることぐらいはできるかもしれないが……手甲を掲げてガードされればそれで終わりだ。そうなると『二の太刀』や『三の突き』を素手に流用する方が効果があるだろう。
「オオオオオラァッ!」
接近してきたジェイドが両拳を振るう。『召喚器』の影響か先ほどまでよりも速く、なおかつ風を切る音が重くなっている。手甲の重さがそうさせるのか、攻撃力が上がっているからか、まともに受けるのはまずいだろう。
(手の周りが手甲で覆われているから、弾いたり受け流したりするだけでもこっちの手に響くな……なるほど、素手でやり合うには少し厳しいか?)
素手同士ならどうとでもできるが、防御向きの手甲とはいえその実体は金属の武器と変わらない。素手対武器の戦いは大きな技術差がないと成り立たないぐらい素手の方が不利で、格闘戦の技術自体はジェイドに負けているのが現状だ。
つまり、ジェイドが『召喚器』を使い始めた時点でこちらが不利だ――が、不利だからすぐに負けるかと言われればそうでもない。俺は拳を掌底の形に変え、ジェイドの手甲に手を添えるようにして次から次へと受け流していく。
技術と武装で負けていようと、 こ(・) の(・) 程(・) 度(・) で直撃を許してやれるほど甘い訓練は積んでいない。直撃しても骨が折れる程度の攻撃なら構わない。修行をしてきた大規模ダンジョンでは当たれば即死するとか、腕が飛ぶとか、そういった危険な攻撃が挨拶代わりに放たれていたのだから。
(一番危険なのはランドウ先生との模擬戦闘だったけどな……モンスター以上の攻撃力を達人の速度と技術で打ち込んでくるし……)
そうやって比較すれば、ジェイドの攻撃を焦ることなく捌くことができる。金属の手甲と接触するから手の平が少し痛むが、長年剣を握り続けた手の平の皮は硬く、分厚くなっているからこの程度なら大丈夫だ。
「チッ! このっ! ちょこまかと!」
右、左、右の連打、左、右の強打と利き腕は器用に操るが左手の扱いが拙い。苛立つように拳を繰り出すジェイドの上半身の動き、下半身の踏み込み、踏み込んだ際の足の向きを確認しつつ、フェイントを見切って全て拳を受け流していく。
(速いしそれなりに重いけど、それだけだな。カトレア先輩みたいに自分の強味を理解した上で 当(・) て(・) る(・) 工(・) 夫(・) があれば一皮剥けそうだけど……)
そうは思うが、速度自体は中々に速い。相手がモンスターでも拳でどうにかできる体格差なら、中級モンスターが相手でも倒せるだろう。逆に、拳でどうにかできないほどの巨体のモンスターが相手の場合、下級モンスターだろうと倒せないかもしれない。
(カトレア先輩は正統派で真っ当に修行を積んで、ジェイド先輩は我流で腕を磨いてきたって感じだな。南部貴族の先輩よりは強い……けど……)
正直なところ、素手で戦って互角の勝負になるとは思っていなかった。たしかにスギイシ流は剣だけの流派ではないが、剣の修行を十だとすれば素手での修業は二か三程度しか行っていない。
それは自分の才能のなさを訓練量でカバーするためで、今、ジェイド相手に素手で互角に戦えているのは剣での立ち回りを流用しているだけに過ぎない。
いや、我流でこの技量ってことは、きちんと鍛えればジェイドはもっと強くなるってことではある。問題はジェイドを鍛えられるレベルで素手での戦い方を教えられる者が学園にいるのかってことだが……今みたいに実戦形式で鍛える方がいいか?
「そこだぁっ!」
そうやって戦闘中にもかかわらず考えていたのが悪かったのだろう。受け流した左手で襟を掴まれ、回避を封じられた状態で右拳を叩き込まれる。
「っ!」
体の中からミシリと、肋骨が軋んでヒビが入る音が聞こえた。肋骨を二、三本ほどもっていかれたらしい。
「ハハッ! ようやく捉えたぜっ! これなら少しは」
だが―― そ(・) れ(・) が(・) ど(・) う(・) し(・) た(・) ?(・)
「甘いっ!」
「はぁっ!? あぐぁっ!?」
隙を晒したジェイドに指摘を飛ばしつつ、固めた拳で左頬を打ち抜く。ヒビが入った肋骨が痛むがそれに構わず、体勢を崩したジェイドに追撃を仕掛けていく。
右手に力を込め、意識を集中。鋭く息を吸い込んで踏み込み、隙を晒したジェイドの胴体ど真ん中目掛けて正拳突きを繰り出す。
スギイシ流――『三の突き』。
剣を使ってもまだ完成とは言えないが、それでも昔と比べればだいぶ形になった突きの技。それを拳で繰り出し、 鳩尾(みぞおち) を抉るように――ジェイドが咄嗟に手甲を差し込んできたため、瞬時に掌底の形に変えてそのまま叩きつける。
「がはっ!?」
手甲で直撃は防いだが、衝撃までは防げない。ジェイドの両足が地面から浮き、そのまま後方へと吹き飛んで一回バウンドし、砂煙を上げながら動きを止める。
「っ……チィ……手応えは、たしかにあったんだがなぁ……」
「俺の動きを止めたいのなら、肋骨全部をまとめて圧し折るぐらいの威力で叩き込むんだな。以前戦ったボスモンスターのデュラハンには実際にそれをやられたぞ?」
本の『召喚器』で防がなければ肋骨が砕けるどころか、胴体が両断されていたけどな。
(しかし、戦闘中に考え事とは……油断だな。先生が見てたら雷が落ちてるわ)
なまじ余裕があったからこそ考え事をしてしまったが、油断もいいところだ。そのため頭からこれまでの思考を追い出し、目の前のジェイドを打倒することだけを意識する。
ジェイドの力もある程度は把握できた。それならあとは倒すだけだ。
左手を前に突き出し、右手を拳の形に固めて腰だめに。半身開いて腰を落として完全に 待(・) ち(・) の(・) 姿(・) 勢(・) を取る。相手の攻撃を捌いてカウンターを叩き込むという意思表示だ。
「……本当によぉ、良い度胸しているぜ」
こちらの意図を察したのか、ジェイドが小さく呟いた。
カウンターの体勢を取った俺だが、実は簡単な倒し方がある。しっかりと体勢を固めたため、俺の背面に回りつつジャブでも打ってチクチクと削っていけばいいのだ。当然こちらも向き直るが、構え直すよりもジェイドが背面に回り込む方が速い。
だが、ジェイドにはそれができない。何故なら性格がそれを許さないし、正面から俺を打倒しようとしているからだ。それを見越しての構え、正面からの勝負である。
そうなると、ジェイドが俺を倒すには受け流せないほど強力な一撃を繰り出す必要があるが……防御力はあっても攻撃力はそれほどでもないのがジェイドだ。攻撃に関しては才能値も高くない。『花コン』のミナトの方が攻撃の才能値は上なぐらいだ。
俺みたいに何かしらの技を覚えていれば話も変わるのだろうが――。
(『花コン』がスタートした時点だと、ジェイドは特に技を覚えていない……たとえ俺が何か影響を与えて成長が早まっていたとしても、攻撃関係の技を覚えるのはかなり先だ。身のこなしを見た感じ、攻撃の意識は強くても技につながる動きはないしな)
ゲームでたとえるなら、『攻撃』と『防御』コマンドしかないのがジェイドだ。『技』や『魔法』という選択肢がなく、こうして 行(・) 動(・) を(・) 制(・) 限(・) す(・) る(・) 動きを見せるとそれに乗らざるを得ない。
それを未熟と取るか信念と取るかは意見がわかれるところだろうが……利用しておいてなんだけど、俺はそういうのも嫌いじゃない。
「ウ――オオオオオオオオオォォッ!」
ジェイドは自身を鼓舞するように叫び、しっかりと握り締めた右拳を振りかぶって突っ込んでくる。
俺が左手で受け流せない威力の攻撃を繰り出せれば勝ちだと思っているんだろう。なるほど、それはたしかに正解だ。左手で受け流して右拳でとどめを刺すのならば、それができない威力の攻撃を叩き込めばいい。シンプルだけど正解だ。
――この、 こ(・) れ(・) 見(・) よ(・) が(・) し(・) に(・) 突き出した左手で俺が受け流すのなら、だが。
「ッ!?」
拳を繰り出したジェイドが気付くが、もう遅い。
これまで何度を見せてきた、打撃を受け流す動きではない。瞬時に左手を下げつつ俺も踏み込み、こちらの左手ごと打ち抜こうとしていたジェイドの拳を紙一重で回避しながら前へ。
右耳を拳がかすめ、風を切る音がする。しかしそれに構わず繰り出した右の拳がジェイドの顔面を捉え、カウンターとなってしっかりとした手応えを伝えてくる。
「ハァッ!」
いくらジェイドが頑丈とはいえ、互いの勢いが一点に集中した状態での衝突は堪えたのだろう。足が浮いて縦に一回転したかと思うと、そのまま地面に叩きつけられる。
(っと……)
後頭部を強打したら死ぬため、足を差し込んで軟着陸させた。そして顔を覗き込んでみるとしっかりと気絶しており、鼻から血を流しているのが見える。
「――そこまで! 勝者! サンデューク君!」
さすがに密着状態で助けに入るのは無理だったのか、ゲラルドがほっとした様子で勝利宣言を行う。
それを聞いた俺は肋骨の治療のために中品質の回復ポーションを取り出すと半分飲み、残り半分をジェイドの顔に振りかけた。
「んぶっ……ん? っ!?」
ポーションが効いたのか、あるいは浅く意識が飛んでいただけなのか。慌てた様子でジェイドが身を起こし、周囲を見回す。
そしてポーションをかけた体勢の俺を見て敗北を悟ったのだろう。表情を盛大に歪めたあと、深々とため息を吐いた。
「チィ……負け、か」
「ええ。俺の勝ちです」
決闘が終わったため後輩として敬語に戻ると、ジェイドはしかめっ面のままで立ち上がろうとする。しかし足にきているのか尻もちをつき、再度大きなため息を吐いた。
「ああクソ、完敗だ完敗……技術はともかく、経験の差で負けた……」
心底悔しそうにそう言うものの、経験の差もそうだけど性格の差というか……『花コン』でどんなステータス、戦い方をするか知っていたからな。それが大きかった。
「…………昔、親父にお前の話を聞かされて、お前みたいな立派なやつになれ、貴族らしくなれ、なんて何度も言われて心底気に食わなかったから喧嘩を売ろうと思った。それが今回、挑んだ理由だ」
ジェイドは嫌そうに、恥を晒すように 敗(・) 者(・) の(・) 義(・) 務(・) を履行する。俺に突っかかってきた理由を、きちんと教えてくれる。
(予想通りというか、なんというか……)
人によってはそんなことで? と思うような理由だろう。しかしまあ、ジェイドの性格や父親との折り合いの悪さを『花コン』で知る俺としては、そんなところだろうな、という理由でしかない。
ネフライト男爵からすれば、腕一本で男爵という貴族の仲間入りをした関係上、息子であるジェイドには貴族らしい礼儀作法などを身に着けてほしかったのだろう。
そこに十二歳で初陣をこなし、軍役まで行うことになった 丁(・) 度(・) 良(・) い(・) 見(・) 本(・) がいたから話題に出したんだと思う。しかし、その性格もあるが思春期でもあるジェイドにとってはこれ以上なく耳障りな話に聞こえたはずだ。
だからこそ、今回俺に喧嘩を売りに来た。おそらくはジェイド本人もそれを心から望んでいたわけではないだろうけど、挑まずにはいられないほど苛立っていたんだろう。
負けて素直に話せるぐらいには、自分自身を客観的に見ている。そう思えた。
「クソ……自分から喧嘩売っといて負けるなんざみっともねえ……覚えとけ、サンデューク。テメエの腕が大したもんだってことは認めるが、気に食わねえって気持ちは変わらねえ……腕を磨いたらまた来るぜ」
そう言ってよろけながら立ち上がると、体を引きずるようにしてジェイドが去っていく。そんなジェイドの背中に、俺は何の隔意もなく声をかけた。
「いつでも来てください。次は剣を抜いてお相手しますよ」
「…………チッ」
さすがに素手でやり合うのは今回が最後だ。相手の性格を利用して勝ったが、次はこうも上手くはいかないだろうから。
(とりあえずジェイドの腹の中は見えた……か)
先ほど飲み込んだポーションが肋骨のヒビを治してくれたのを確認した俺は、ジェイドの背中を見送りながら苦笑するのだった。