軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第112話:運命の時

王立ペオノール学園に入学して五日の時が過ぎ、六日目。

月曜に入学して今日は土曜日だが、学園は土曜日まで授業があり、休みは日曜日だけになる。その辺りは前世みたいに週休二日とはいかなかったが、俺としては学園での生活は安穏としていて週休一日だろうと別に困らなかった。

いや、困ることがあるとすれば腕が鈍りそうだって点は無視できないか。放課後から夜にかけて訓練場に行って自主訓練をしているものの、もっと時間と実戦の機会が欲しいところである。

そんなことを考える俺だったが、今は体操服に着替えて第一訓練場にいた。初回の体育の授業ということで今後どんな授業が行われるか説明され、その後男子は剣術、女子は魔法の訓練が行われる予定なのだ。体育ってなんだろうな?

学園で使用される体操服は前世の学校で見たようなデザインで、上は白色のシャツにゼッケン、下は紺色のズボンと一気に学校らしさが感じられる服装になっている。ここだけ見れば普通の学校だ。

(……とうとうこの時がきた、か)

俺は平静を装いつつも、心臓がドクドクと音を立てて高鳴るのを感じていた。

今日、この授業こそが『花コン』の始まり――主人公が召喚される日なのだ。

「ミナト様……その、この格好はどうでしょうか?」

「やあカリン。制服もそうだったが、君は何を着ても似合うな。美しくも可愛らしいよ」

話しかけてきたカリンに返事をするが、正直、自分でも何を言っているかよくわかっていない。緊張で脳味噌に任せるままペラ回しているだけだ。

カリンも俺と同じく十五歳になり、身長は百六十センチの半ばまで伸びた。顔立ちも以前にも増して美しく、可愛いよりも美人方向に成長している。それでいてほどよくメリハリのある起伏が体操服越しに見て取れ、なんとも美人さんに育ったものだと思う。

思うが――俺の脳は今のところ、別のことにリソースが取られていた。

(たしか、授業の中で『召喚器』について話が出るんだよな。そこでアイリスに話を向けられて『召喚器』を発現する……そして主人公が召喚される……はず……)

俺の脳味噌は こ(・) れ(・) か(・) ら(・) のことで一杯だ。

アイリスは『召喚器』の発現こそ早い内からできていたが、使用方法も効果もわからず、そのまま時間が経ってしまって己の『召喚器』に対して劣等感を覚えていた。

アイリスの『召喚器』である『 鏡天導地(きょうてんどうち) 』――外見は丸い銅鏡のような『召喚器』だが、最上級に分類されるこの『召喚器』こそが『花コン』の鍵だ。

「ぁ……うぅ……」

俺は顔を赤くして俯いてしまったカリンを眺めつつ、今後の展開に思考を飛ばす。

授業のどのタイミングで『召喚器』に関する話が出るか、そこまではわからない。そのためこのまま心臓が破裂しそうな勢いでドクドクと音を立てているのを聞きつつ、時間が経つのを待つしかない。深呼吸しても落ち着かないんだ、これ。

昨晩は緊張と興奮で寝付けず、深夜まで訓練場で剣を振り続け、明け方になってようやく寝付くことができたほどである。いっそ徹夜しようかと思ったほどだ。

「若様、なにやら顔色が優れないような……」

長い付き合いだからか、そんな俺の状態を外見で看破したらしいナズナが心配そうに尋ねてくる。心臓がすごい勢いで鳴り続けているけど大丈夫だ、安心しろ、熱もない。

「ひゃっ!? わ、若様?」

ナズナの手を取って俺の額に当てる。ほら、熱はないだろ? 一晩剣を振り続けたぐらいじゃ風邪もひかんぞ俺は。

(召喚されるとして、性別はどっちだ? 周回しているか? 召喚されない可能性も……いや、召喚される! そう信じる! というか召喚されないとマジで詰む!)

この世界に生まれ、ミナト=ラレーテ=サンデュークになり、早十五年。

『魔王』を『消滅』させることが第一目標、俺が生き延びることが第二目標として生きてきたが、そのために最重要な要素が今日、召喚される――はずだ。

今世でここまで緊張したことはない、とまで思う。下手すると初陣の時の方がまだ落ち着けた。あの時は俺の命や名誉がかかっている程度で、世界の命運は関与しなかったからだ。

『王国北部ダンジョン異常成長事件』の時でさえ、俺の両肩に乗っていたのは精々数百人から数千人程度の命だ。『花コン』の主人公が召喚されなければこの世界の人類全てが死ぬ可能性が非常に高い、なんて状況と比べると精神的な負担が違い過ぎる。

「それでは体育の授業始めます。まず最初に――」

いつの間にか訓練場に姿を見せた体育教師の話を右から左に聞き流しつつ、俺は時間が経つのを待つ。一秒一秒がその何倍、あるいは何十倍にも引き伸ばされて感じる。

主に貴族科の面々が使用する第一訓練場だが、その広さや設備は他の訓練場と変わらない。学校の運動場みたいな感じで整地されたグラウンドがあるだけだから、差のつけようがないだけなんだけどさ。

あとは体育用具室から訓練に必要なものを運び、設置したら訓練場っぽく見える。さすがに巻き藁はないけど、打ち込み用の木製、金属製の人型を模した物体だったり、立ち木だったり、魔法で狙うための的だったりと、色々な物が用意されている。武器も木製、金属製問わず様々なものが用意されている。

「学園では剣術、体術、魔法、『召喚器』の扱いに関して――」

実家の傾向や本人の性格によって違いがあるが、貴族の家なら最低限訓練を積んでいるはずだ。文官の家だろうと貴族にとって武芸は嗜みの内だし、嫡男以外でも男なら武芸は仕込まれる。継ぐ家がない場合、自分の腕で身を立てる必要があるからだ。

女性の場合は護身術程度に習うが、才能がある場合は本格的に習う子もいるんだとか。カトレア先輩なんかがそのパターンだ。

「それでは代表してミナト=ラレーテ=サンデューク君……サンデューク君?」

おっと、何やら名前を呼ばれてしまった。そのため視線を向けると、体育教師の男性がにっこりと微笑んでくる。しかしその笑みに若干隔意があるような……?

「『赤銅百花勲章』を授与され、『野盗百人斬り』なんて 噂(・) が(・) 立(・) つ(・) ほど卓越した君の腕前を是非みんなに見せてやってほしいんだが」

「は……私で良ければ」

おい待て、そこはアイリスに『召喚器』の話を振るところだろう? なんで俺に話を振った?

そうは思うものの、表情には出さず頷くに留める。腕前を見せろって言うけど何をしろって?

「アレを斬ってみてくれないだろうか?」

そう言って体育教師が笑顔で指をさしたのは……うん、金属製の鎧だ。 全身金属鎧(フルプレートアーマー) だ。

「ああ、もちろん無理ならいいんだ。無理なら仕方ないからね」

ニヤニヤと笑いながら体育教師が言ってくるが……なんだこれ? なんでこんなに挑発的な態度を見せてくるんだろうか?

まあ、意味はわからないが、やれと言われればやるしかない。

「斬るのは構いませんが、斬り方はどうしますか?」

兜割(かぶとわ) りでもやれってか。やるけどさ。そう思って尋ねると、体育教師は面食らったように視線を彷徨わせる。

「き、君の好きなように斬ってもらってかまわないが……」

「そうですか……では失礼をして」

一礼してから『瞬伐悠剣』を抜く。訓練の一環だから抜くのに抵抗もない。そして全身鎧に歩み寄り、軽く踏み込んで剣を振るった。

(っと、想像以上に柔らかいな)

かつて戦い、袈裟懸けに斬ったデュラハンと比べてなんとも斬りやすいことだ。俺は金属鎧を斜めに両断し、残心を取ってから体育教師を見る。

「これでよろしいですか?」

「ああ……すごいな。これが噂に名高いスギイシ流の技、か」

「? いえ、今のはスギイシ流の技ではなく、単に斬っただけです」

「ほう……」

感心したような呟きを漏らす体育教師の男性。そして俺を見たかと思うと、表情を引き締める。

「何を考えていたのかはわからないが、授業中は集中しなさい。いいね?」

おっと、どうやらずっと考え事をしていたのを見抜かれたのが原因らしい。そのため俺は素直に頭を下げて謝罪すると、体育教師の男性はクラスメート達を見回す。

「サンデューク君が見せてくれたが、貴族というものは自分の腕を振るわなければならない時がくるものだ。その時に無様を晒せば一生の恥となることもある。君達の場合は家で幼い頃から鍛錬を積んできた者も多いだろうが、学園にいる間、切磋琢磨して腕を磨いてほしい。いいね?」

そう言って締め括る体育教師。どうやら考え事を注意するついでに話のネタにされてしまったようだが、まあ、これは俺が悪い。

そんなことを考えていると、話題が次へと移る。

「しかし剣や体術が苦手、魔法も苦手という子もいるだろう。そういう場合は『召喚器』の扱いに磨きをかけるというのも手だ。『召喚器』を既に発現している人は挙手を」

体育教師の言葉に、クラスの三割程度の生徒が手を挙げる。その中には俺やモリオン、ナズナだけでなくアイリスの姿もあったが、嘘はつきたくないけど目立ちたくもない、といわんばかりにこっそりと手を挙げているだけだ。逆に目立つよ、それ。

「せっかくだしここは……サンデューク君とアイリス殿下に実演をお願いしよう」

おや、また俺か。まあ、実演を頼む相手としては適切なのかもしれないけどさ。

俺はとりあえず本の『召喚器』を発現する。忘れなければ子どもの頃から毎日発現しているし、最早呼吸をするような感覚で瞬時に発現することができた。

「せっかくのご指名なので……この本が俺の『召喚器』です。ただ、この『召喚器』は中々俺に厳しくて。効果はそれなりにわかっているものの、まだ名前を教えてくれないんです」

「おや、君ほどの剣士でもそうなんだね。それは驚き――」

「そしてこっちの剣。これは剣の先生から半人前になったお祝いにもらったものですが、『瞬伐悠剣』って名前で俺に力を貸してくれる相棒なんです」

「なんで他人の『召喚器』の方が先に『掌握』まで至ってるんだい?」

そっちの方がビックリだよ、と体育教師の男性にツッコまれる。案外ノリが良くて割と好きかもしれんな、この人。

「そんな簡単に手の内を明かして大丈夫なのか?」

クラスメートの一人にそんな質問をぶつけられた。純粋な疑問なのか、それとも実演のために何度も指名されていることに反発したのか……他所の派閥の生徒だ。

「ああ、大丈夫だとも。なにせ俺の相棒の効果はシンプルな肉体強化だからね。知っていても対策は難しいよ」

「え? いや、それなら魔法で身体能力を下げるとか……」

「魔法は斬るから問題ないよ」

「えぇ……」

何言ってんだこいつ、みたいな顔をされてしまったけど、スギイシ流の技はそんなもんだよ。ただ、質問してきた男子生徒の顔を見た感じ、半信半疑……いや、七割ほど嘘だと思っている感じがする。話を盛っているんだろう、なんて思われてそうだ。

「いつか魔法を斬る実演も頼みたいところだね。では次、アイリス殿下にお願いしましょうか」

「……は、はい」

さて、俺が迂闊にペラペラ喋っていた理由……緊張で頭が真っ白になっていた原因である、アイリスの番になった。

アイリスは不安そうな、気まずそうな顔で両手を前に突き出す。そして数秒かけて己の『召喚器』を――直径三十センチ程度の銅鏡を発現した。

「これがわたしの『召喚器』……ですが、名前も効果もわかっていなくて……」

そう告げるアイリスの姿に、体育教師の男性はやっちまったわ、と言わんばかりに顔色を青くしている。うん、『召喚器』を発現しているか聞いただけだから、こうして地雷を踏むこともあるよね。

『召喚器』を発現したものの名前も効果もわからない、なんて人間はそれなりにいる。そのため本来は恥ずかしがる必要もないんだが、アイリスみたいに負い目に感じる子もいるわけで。そんな子の『召喚器』には触れずにおくのがマナーというものだ。

だが――それも今日までだ。

「っ!」

アイリスが両手で持つ『召喚器』の鏡面が、不意に輝き始める。それを見た俺はドクン、と一際大きく心臓が高鳴るのを感じた。

「……え?」

アイリスが驚いたような、気の抜けた声を漏らす。おそらくは自分の『召喚器』に現れた 異(・) 変(・) に気付いたのだろう。徐々に輝きを増し、眩いばかりの光を放つ、己が『召喚器』の異変に。

(――来たか!)

これで太陽の光が反射しただけ、なんてことがあれば絶望するが、太陽の角度的にそれはあり得ない。というか、反射では済まないほど光を発している。

『花コン』においてアイリスの『召喚器』、『鏡天導地』は自らに迫る危険を退けられる何かを召喚する効果がある、なんて語られていた。

そのため王城で発現しても効果はなく、今、この場所とタイミング――ルートによっては『魔王』が発生する『最深ダンジョン』の真上に当たる、第一訓練場で発現することで 最(・) 大(・) 限(・) の(・) 効(・) 果(・) を発揮するのだ。

この最大限の効果というのがミソで、召喚されるのが『花コン』の主人公、すなわちルートによって成長の仕方や強さが大きく変わる存在が選ばれることとなるのだが……今はそんなこと、重要じゃない。大切なのは 何(・) が(・) 召(・) 喚(・) さ(・) れ(・) る(・) か(・) だ。

周回していて強化されている主人公か、男性か、女性か。

周回していて最初から強い主人公なら助かるが、元々の『花コン』をベースにしているなら 俺(ミナト) にとって死神になりかねない。かといってこの世界で周回している主人公だとすれば、 先(・) に(・) 進(・) め(・) て(・) い(・) な(・) い(・) という見方もできるわけで。

『鏡天導地』がより一層、強い光を放つ。誰もが目を開けていられないほどの光が周囲を満たし――不意に、気配が一つ増えた。

「っとと……え? なにこれ? ドッキリ?」

そして聞こえてきたのは、男性の声だった。俺とそう変わらない年頃の少年の声である。その声を聞いた瞬間、俺は自然と口の端を吊り上げて笑っていた。

「ええ? ここどこ? というかアンタ達、どちらさま?」

困惑したように周囲を見回す、一人の少年。今日は土曜日だが召喚される前は曜日がズレていたのか、学校の制服らしき服を着ている。王立学園のものとは異なる、カッターシャツにズボンと涼しげな格好だ。

声と同じで外見も若く、中肉中背で顔立ちは大きな特徴がない。際立って顔が良いわけではないが、不細工かと言われればそうでもなく、親しみを覚える落ち着いた顔立ちだった。

『花コン』のオープニング同様の発言、素振りを見せるその少年を見て、ああ、と内心だけで呟く。

(ここまで、長かったな……)

思わず、そう思った。

――『花と宝石の協奏曲』が今、始まったのだ。