軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四十八話 上下関係

ロッチャ軍の兵士たちの宿舎は、城からやや離れたところに存在していた。

兵士たちの住居用の建物は大きな平屋建ての長屋で、その隣には広い運動場が併設されている。

「建物の規模からすると、二千人ぐらい入れるかな」

感想を呟きつつ、俺が敷地に入ろうとすると、当然のように門番の兵士に止められた。

「美人連れの子供が、何の用だ?」

誰何の質問を受けて、俺は兵士の姿を確認する。

戦争のときとの全身鎧とは違って、兜に 胸鎧(チェストプレート) 姿だ。

そして兵士から傷薬らしき軟膏の臭いがしているのを感じ、恐らく先の戦争で従軍していた人だとあたりを付けると、少し意地悪を思いついた。

「ノネッテ国での戦場で見た顔だ。無事に帰ってこられて、よかったね」

さて、どんな反応を返すかなと見ていると、兵士は疑問顔になり、俺の姿をマジマジと見て、最後に驚愕の顔に変わる。

「アンタ! 『ノネッテの猿王子』か!」

初めて言われる代名詞に、俺は思わず小首を傾げてしまう。ちなみに後ろで、ファミリスが忍び笑いをする音がしているけど、気にしないことにしよう。

一方で、口が滑った様子の兵士は、慌てて口を手で押さえた後で、伺うような視線を向けてきた。

「なんでアンタ――あなたが、ここにいるんだ?」

「なんでって、俺がこの『地域』の『領主』だから。そして領主が領土を守る兵士の様子を確認しにくることは当然でしょ?」

「……噂の領主って、アンタだったのかよ」

兵士が驚愕と納得が半分半分の顔でいるのが気になった。

「噂って、俺がこの都についたのは、今日なんだけど?」

「いや。あんたら、各地で大暴れしてただろ。東に盗賊が出ると聞けば、ネグラごと殲滅し。西に私腹を肥やす豪族がいると知れば、豪族一族を全員折檻した後に改心させる。そして各地の任地に帰った兵士が敗戦で暗くなっていると、元気がないと訓練でシゴキ上げる。そんな噂が、この都まできているぞ」

旅路の最中、この兵士が言ったことをやった覚えはある。

「言い訳させて欲しいんだけど。大半は、そこにいる騎士国の騎士様が義憤に駆られてやったことだからね。俺は巻き込まれただけ」

ファミリスを指しながら言うと、兵士もさりもありなんと頷いた。

「騎士国の人が同行しているんだから、噂は本当なんだな」

「騎士国人の世直し旅は、演劇にもなっているもんね」

祭りの際に演じられる演目――前世でいうところの時代劇や冒険活劇の話題の多くは、騎士国の騎士や兵士が主人公だ。

その所為で『騎士国の人=世直しをする』が、大陸中の共通認識だ。長い間戦争をしている帝国だと、少し認識が違っているらしいけど、詳しいことは知らない。

俺は兵士と気持ちを通じ合わせた後で、敷地の中を指す。

「ついでに、中を案内してよ」

「いま歩哨任務中なんで、そんなわけにはいかねんだよ」

「でも、俺たちが中に入って歩いていたら、他の兵士にまた質問されることになると思うんだ」

「見知らぬ人たちが歩いていたら、それはそうでしょうけど」

兵士が困った様子で立っていると、敷地の中から大きな声がこちらにやってきた。

「おーい、大丈夫かー!?」

声を上げながら走ってきたのは、また別の兵士。

その顔を見て、俺は誰だかわかった。いま目の前にいる兵士のように冗談で言ったのではなく、本当に見覚えがある兵士だったからだ。

近寄ってきた兵士が、疑問の目をこちらに向けたことを確認してから、俺は朗らかに挨拶する。

「お久しぶりです。国境の山は寒かったでしょう。凍傷で指とかもげてませんか?」

出し抜けに俺が言うと、新たに来た兵士――あの山に来ていた先遣隊の隊長だった男は、俺の全身を見てから嫌そうな顔になった。

「うげっ。お前さん、猿王子か?」

「承知した覚えはないけど、そう呼ばれているみだいだね。でも今はこの土地の領主になったから、『猿領主』ってことなるのかも?」

俺が冗談で言うと、先遣隊長と門番は目と目を合わせる。視線で会話しているようだ。

そして先遣隊長は態度を改めて、こちらに向き直る。

「なるほど。それで兵士たちの様子を見に、ここにきたわけですか。それでは、この兵は任務中なので、自分が案内いたします」

「助かるよ。ちなみに、後ろにいる女性三人は同行者だから、一緒に入っていいよね?」

「構いません」

先遣隊長は俺たちを案内するため先導して歩いていく。

向かう先は、運動場だ。

「ちょうどいま、兵士たちの訓練が開始された頃です。あなたに負けて以降、腑抜けてしまっていると、将軍――ドゥルバ・アダトム教育係が喝を入れているでしょう」

俺が両腕を斬りおとしたあの将軍は、教官になったのか。

「でも、なんで将軍から役職名を言い直したの?」

「敗戦の責任をとって、将軍職から外されたからですよ」

嫌味な口調に、俺は苦笑いする。

「ドゥルバ元将軍がが負けたのは、ロッチャ国が嘘の大義名分を掲げたから。つまり彼が担っていた戦術じゃなくて、ロッチャ国の上層部が責任を負わなきゃいけない戦略面でだよ。罷免するのはやりすぎだと思うね」

「そう考えるのなら、再び将軍職に戻してあげてください。領主なのですから、そのぐらいはできますよね」

「ドゥルバが将軍職を引き受けてくれるならね」

ロッチャ地域の軍――ロッチャ領軍の再調整にドゥルバ将軍は役立つので、個人的には是非とも復帰して欲しい。

そんな会話をしているうちに、運動場についた。

運動場では、ドゥルバ元将軍は失った両手に包帯を巻きつけた姿で、兵士たちの訓練を付けていた。

俺たちはその光景を端で見ていたわけだけど、ふとした拍子に、俺と兵の一人が模擬戦を行うことになってしまった。

発端は、先遣隊長がドゥルバ元将軍に、俺たちの存在を伝えたことだ。

「ノネッテ国の元帥として我らと戦い、この土地の領主となったミリモス王子――猿王子が見学に来ています」

猿王子の辺りで、訓練していた兵士たちが一斉にこちらを見た。つづいて、指導してくれているドゥルバ元将軍の両手に視線を移す。

彼らの視線の動きを翻訳するなら――

『ドゥルバ将軍の両手を奪った王子が、そこにいる』

――といったところだろう。

嫌な予感がしたが、ドゥルバ元将軍本人は、失った両手を気にしない様子で、こちらに歩み寄ってきた。

「やあ、ミリモス王子。あの戦場以来――領主様ですから、丁寧な口調のほうがよろしいですね」

「公式の場じゃないから、あのときと同じ口調でいいよ。それで、兵士をしごいているみたいだけど?」

「はははっ、お恥ずかしい。寡兵に負けた上に国名が無くなったことが堪えたようでしてな。冬の間はだらけにだらけて、見るに堪えない有り様。軍医から、傷口は障らないと保証を貰った直後から、自分が叩き直しておる次第で」

勝った側である俺がコメントしずらい内容だ。

愛想笑いで頷いていると、兵士がいる方からぼそりと――それでもここまで聞こえる声で――呟いた。

「帝国の武器を使って勝ったぐらいで、偉そうに」

取るに足りない中傷だったけど、如実に反応したのが二人いた。

俺の目の前にいるドゥルバ元将軍と、後ろで控えていたファミリスだ。

「あの戦いを愚弄することを言ったものは誰だ! ミリモス王子の戦いぶりを貶すということは、その戦いで負けた自分をも貶す行為だぞ!」

「民の平和を守る兵士だというのに、陰口とは情けない! 言いたいことがあるのなら、堂々と言うがいい!」

ドゥルバ元将軍の大喝とファミリスの騎士口調での叱責に、兵士たちが委縮する。

しかし中には肝が据わった人がいるようで、ムスッとした顔で前に出てきたのは、三十半ばほどの熟練兵っぽい雰囲気の男性だった。

「お言葉に甘えて、言わせていただく! 猿王子が帝国製の剣を持っていなかったのなら、ドゥルバ将軍が負けるはずがなかった! ノネッテの兵たちが変な剣を使わなければ、軍も負けることはなかった!」

堂々とした発言に、ドゥルバ元将軍は頭が痛そうな格好で黙る。

一方でファミリスは、前に出てきた兵士の堂々とした態度が気に入った様子だ。

「貴方の主張は理解しました。であるならば、ここで雌雄を決したらどうでしょう」

「……ん? どういう話の流れ?」

俺が問いかけると、ファミリスがしたり顔で提案する。

「この場で、ミリモス王子がそこの兵と模擬戦をするのです。もちろんミリモス王子は、帝国製の剣を使用しません」

「話はわかったけど、俺がやる必要は――」

「やらせて欲しい! あのときの戦いは間違いだったと証明してみせる!」

俺が断ろうとすると、主張した兵士が乗り気で遮ってきた。

俺は会話で戦闘を回避しようとするが、喋り始める前にファミリスに肩を叩かれてしまう。

「ミリモス王子。ここが一番大事です。最初に兵士にきっちりとわからせれば、掌握は簡単になりますよ」

「ここで騎士国の論理をだしてこないでよ――断れる雰囲気じゃないから、やるけどさ……」

俺が前に出てくると、用意が良いことに、兵士たちが数人動き模擬用の武器と鎧を運んできた。

どれもこれも大人のロッチャ兵用――重量武器と全身鎧で重そうだ。

試しに一番軽そうな大きな金槌のようなものを持つが、素の状態だと持ち上げるのに両手が必要だった。

俺が顔を赤くしながら金槌を持つ姿に、俺と戦う兵士が半笑いでからかってくる。

「猿だけあって、人様の武器は持てないか。遠慮なく猿用の武器を用意するのを待ってやるよ」

こちらを下に見る言葉に、俺はイラッときた。

誰かを侮る態度は、相手の実力を見誤ることに繋がる。これは戦いで命をかける兵士にとって、文字通りの命取りになりかねないので、教育的指導が必要だよね。

という建前で、旅路の最中はパルベラ姫とファミリスにばれないように控えめに使用していた神聖術を、このときばかりは全開で使うことにした。

俺は持っていた金槌を片付けると、神聖術で最大強化した膂力で、用意された武器のなかで一番大きくて重いもの――二メートルの剣身とそれと同じ長さと柄を誇る巨大な剣を持ち上げる。それを軽く振り回しながら、兵士の前に立つ。

「さあ、やろうか。ああ、俺は防具は要らない。一撃で倒すからね」

俺の挑発に、模擬戦の相手である兵士は「コケ脅しを!」と苛立った様子だ。

お互いに準備が整ったところで、ファミリスが審判役になった。

「両者。この戦いの決着後に遺恨を残さないように、全力で戦うように。それでは、はじめ!」

ファミリスの号令と共に、兵士がこちらに突っ込んでくる。全身には訓練用の鎧をつけ、右手には盾、左手には鉄球が先についた棒を握っている。その身動きは小慣れた感じがあり、相当な実力者だと見える。

けど、それはあくまで、魔法も神聖術も使えない人の場合はだけどね。

「よっ――っと!」

俺は右足を踏み出しながら、持っていた巨大剣を右から左へ振るう。訓練用だから作りが甘いのか、それとも巨大な剣という構造に問題があるのか、柄と剣身の繋ぎ目がミシミシと音を立てる。それでも剣は壊れずに、普通の剣とほぼ同じ速さで振るうことができた。

こんな巨大質量を素早く震えるとは思わなかったのだろう、向かってきていた兵士は驚いた様子で立ち止まり、右手の盾で防ごうとする――けど、それは失敗だよ。

「はあ!――」

巨大剣の質量と速度、そして振り回されたことで発生した遠心力が加わったことで、大人一人ぐらいなら簡単に弾き飛ばすことができる威力になる。

その結果、剣に当たった盾は拉げて潰れ、その裏にいた兵士も衝撃でボールのように吹っ飛んだ。

「――ぐああああああ!?」

車に跳ね飛ばされたか後のように、兵士は空中を飛んでから地面に落ちて転がり、やがてうつ伏せになって動かなくなった。

殺さないように手加減はしたけど、やった俺自身が見ても正直やり過ぎだった。

俺は嫌な予感に冷や汗をかきながら、巨大剣を地面に投げ捨てると、倒れている兵士へ近づく。

そして助け起こそうとしたとき、急に倒れていた兵士が起き上がり、手の鉄球付きの棒で殴りかかってきた。

「間抜けが!」

完全な不意打ち。素の状態の俺だったら、なすすべがなかっただろう。

けど、用心のために神聖術を解かないままだったのが、ここで生きた。

強化済みの肉体が、ノネッテ国で訓練した動きを忠実に再現し、俺の拳が殴り掛かってきた兵士の顎を下から打ち上げた。その瞬間、骨が割れる感触が手に伝わってくる。

「あがっ――」

首が折れたかのように大きく後ろに仰け反りながら、兵士は再び地面に倒れた。

俺は念のために足先で突いてみるが、今度はちゃんと失神しているようだ。

無事勝てたことに安堵しつつ、殴った手の感触を思い出す。

「誰か! この人の骨を折っちゃったみたいだから、医者か衛生兵を呼んできて!」

俺が言いながら顔を向けると、観戦していた兵士たち全員がドン引きの表情をしていた。

「お、おい、誰だよ。猿王子は、武器で勝てただけって言ったやつ」

「正真正銘の化け物だぞ、アレ。ドゥルバ将軍が両手を斬りおとされたのも、実力だったんだ」

この一戦で、兵士たちが俺に一目を置いてくれるようになったようだけど、そんなことより救護が必要なんだけど。

動かない兵士たちに、俺が再び口を開こうとすると、ドゥルバ元将軍から大喝が発せられた。

「お前たち! なにをマゴマゴしているか! 衛生兵はそのバカの容態を見てやれ、腕と首と顎を重点的にだ!」

「は、はい! いますぐに!」

「そこの、お前! 医者を呼んで来い! そして医者に骨折の疑いがあると告げて、処置できる機具を運んでこい!」

「わかりました! 行ってきます!」

テキパキとした指示に、兵士たちは即座に反応して動き出す。

この様子を見て、俺がロッチャ地域を統治するには、ドゥルバ元将軍の協力が必要だと理解した。

将軍の地位に戻すこともありだけど、もし本人に断られた場合は、ノネッテ国でアレクテムがやってくれたように、俺の補佐役になってもらうことにしよう。