軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

四百二十九話 フンセロイア、戦場にて

帝国の帝都が見える場所まで着いた。

地平線の上にある帝都の姿はというと、小麦畑の中に浮かぶ黒色の船のようだった。

「小麦畑で長閑なのか、黒い城で厳めしいのか、よく分からない風景だな」

そんな感想を呟きつつ、俺は周囲を見渡す。

帝国の帝都を防衛するのなら、この周辺が限界防衛地点だ。

だから帝国の軍隊が待ち構えていると思っていたのだけど、その形どころか影すらない。

俺が不思議がるのと同じように、ノネッテ合州国の軍勢の面々も困惑顔をしている。

なにせ、これではまるで、帝国は帝都の防衛を諦めたように見えるし、小麦畑を戦争で踏み荒らしたくないと表明しているようにも見えるしね。

いやまあ、踏み荒らすのを躊躇いたくなるような、見事な小麦畑なのは確かではある。

けれど、帝国は戦いの中で観方を巻き込むような真似もしてきたんだ。

小麦ぐらいのことを気に病んで戦争を止めるとは考えにくいんだけどなぁ。

俺はノネッテ合州国の軍勢と一緒に、どうしたものかと立ち止まっていると、帝都側の風景に変化が現れた。

馬車が一台とその護衛の騎馬がいくつかが、こちらに向かって近づいてきている。

「向こうからやってくるというのなら、待たせてもらおうかな」

俺は身振りで全軍に休めの体勢を取るよう、命令した。

ノネッテ合州国の軍勢の面々は、鎧や武器は手にしたまま、思い思いに携帯食や水を飲む。

俺も腰から炒り豆を出して口に入れ、ボリボリと噛んでから、水で喉の奥へと流し込んだ。

そうして休憩に入ってしばらくして、帝都からやってきた馬車が近くまできた。

ノネッテ合州国の軍勢の先鋒が警戒して槍先を向けると、馬車が止まり、その中から人が出てきた。

半ば予想できていたことだけど、降りてきた人物はエゼクティボ・フンセロイア一等執政官だった。

フンセロイアは馬車から降りると、乗騎を下りた護衛と共に先鋒の兵士の前へと進み出る。

「この部隊の指揮官と話をさせていただきたい」

という申し出をされたことを、伝令が俺に伝えてきた。

俺は了承し、フンセロイアと彼の護衛を通すよう命じた。

そうして、フンセロイアは俺の前に出てくると、深々と一礼してきた。

「お久しぶりですね、ミリモス殿。この度、帝王様の命令により、このフンセロイアが、この戦争の折衝を任されました」

「久しぶりだ、フンセロイア殿。それで折衝というからには、戦争の負けを帝国は認めるのかな?」

俺が早速核心に斬り込むと、フンセロイアは顔を上げてビジネススマイルを浮かべてきた。

「率直に申しましょう。この戦い、お互いの痛み分けといたしませんか?」

予想外の言葉に、俺は思わず目を瞬かせてしまう。

「痛み分け――引き分けにしたいと? こちらの軍が帝都まで目と鼻の先にいるときに、そんな提案をするんですか?」

俺が純粋に疑問を口に出すと、フンセロイアの笑みが深まる。

「確かに、帝都は攻め込まれる一歩手前です。絶体絶命、憤然の灯火とは、まさにこのこと。この場『だけ』の光景をみれば、帝国はノネッテ合州国の膝元に蹲って慈悲を請わなければならないと、誰もが思うことでしょう」

「しかしフンセロイア殿は――いや、貴方に命令している帝王は、そう考えていないと?」

「その通りです。なにせ、この場所と同じような構図は、ノネッテ合州国のルーナッド州でも起こっていることですからね。もっとも、配役が入れ替わっていることは、言うまでもありませんが」

フンセロイアの言葉が意味するところは、大陸の右側を迂回して進んでいた帝国の軍勢が、ルーナッド州に到着しているということ。

衝撃的な内容だけど、俺は疑ってかかる。

「確かに、帝国の軍勢が迫っていることは知っています。しかし、ルーナッド州に入り込めているでしょうか。こちらも、それなりに防衛力は残していました。まだ少し時が足りないのでは?」

俺の試算では、帝国の軍勢がルーナッド州に着くまで、まだ五日ほどの余裕があった。

これはなにも希望的観測ではなく、むしろ帝国側に色々と有利な状況が働いた最悪の場合を考えて算出した数字だ。

言い換えれば、五日以上に到着が伸びることはあっても、五日未満でルーナッド州に入ることは不可能だという計算だ。

そんな俺の疑いを見越していたのだろう、フンセロイアは懐から何かを取り出す。

こちら側の護衛が厳しい目で警戒する中、フンセロイアは取り出したものを掲げてみせてくる。

「この魔導具は、遠方と瞬時に情報をやり取りする物です。この魔導具を使って、帝国は遠方の情報を瞬時に取得することができます。この意味、ミリモス殿ならお分かりですね?」

俺が掴める情報は古く、帝国が掴んでいる情報は最新だということ。

要するに、古い情報で算出した日数には何の意味もない、と言いたいわけだ。

その理屈はわからないでもないけど、と俺が考えていると、ここで再びフンセロイアが動く。

「この魔導具は偽物ではないかと疑っているのでしょう。では、性能証明をいたしましょう。ううんっ――『帝都上空へ花火をあげろ』」

フンセロイアが手にある魔導具に口を近づけて喋りかけると、間を置かずに帝都の上空へと何かが打ちあがった。

それは帝都の上空で破裂して、小型の打ち上げ花火らしい軽妙な音を奏でた。

その音を聞き届けてから、フンセロイアが俺に提案してくる。

「この程度のこと、時間を決めておけば出来ると仰りたいのでしょう。ではチャンと魔導具が動いていることを証明するために、ミリモス殿には一から九までの好きな数字を言ってください。その通りの数の花火を打ち上げて差し上げましょう」

「そういうことなら、そうだな――」

ここで俺は、ちょっとだけ意地悪な提案をすることにした。

「――じゃあ、二発の後、十秒置いてから、三発打ち上げてみて」

俺の言葉が予想外だったようで、フンセロイアの笑顔が固まっている。

「ええーっと、二発の後に、三発でしょうか?」

「十秒置くことを忘れずに、お願いします」

「わかりました。それでは――『五発用意。前二発、後三発。間は十秒』」

フンセロイアが魔導具に言葉を放つが、瞬時に帝都の上空に花火は打ちあがらない。

しかし一分ほど経って、ようやく花火が打ちあがった。

俺が注文した通り、先に二発上がり、十秒置いてから、三発の花火が上空で破裂した。

この結果とフンセロイアの命令した言葉を受けて、俺はフンセロイアの手にある魔導具の性能を大まかに把握した。

「どうやらその魔導具は、言葉をそのまま遠方に伝えるのではなく、簡単な印に置き換えてから伝えるんでしょうね。だから俺が出した複雑なお願いを伝えると、内容の解読に時間がかかる。どうでしょう?」

俺が思い浮かべているのは、前世のモールス信号。

俺は実際にモールス信号を習ったわけじゃないけど、単純な動作命令や数を送るだけなら直ぐにすむけど、文章を読み解こうとすると時間のかかるということは知っている。

そのモールス信号の特色が、フンセロイアの魔導具にもそのまま当てはまると、俺は感じていた。

そして俺の予感は当たっていたらしく、フンセロイアの笑顔に少し苦さが混ざる。

「相変わらず目ざとい方ですね。そう、その通り。この魔導具は、簡単な内容しか送れませんし、受け取れません。ですが、それの何が問題でしょうか。遠方へと情報を瞬時に届けることが出来ることは、いままさに目にした通りでしょう」

フンセロイアが強気な理由を、この時点で俺は悟っていた。

帝国が伝えてくる遠方の出来事の情報を、この場の俺には真偽の証明が直ぐにできないという点だ。

つまり、仮に帝国の『ルーナッド州はもうすぐ陥落する』と嘘を吐いていたとしても、俺はそれは変だという証明を直ぐに突き返すことが出来ない。その証明を入手するには、ルーナッド州からここまで伝令の早馬を走らせないといけないからな。

だから帝国の言い分を信じるしかない状況なのだけど――あくまでそれは、交渉のテーブルの上ではだ。

残念ながら、この場は戦場だ。

戦場には戦場のやり方というものがある。

道理を力で叩き伏せて、無理を突き通すという方法が。

「ルーナッド州でも同じ状況だということは分かりました」

「そうですか、それなら――」

「ではルーナッド州の首都が落とされる前に、我々が先に帝都を陥落させなければいけませんので、話し合いは打ち切りにしましょう。全軍、進出準備!」

俺が大声で命令すると、ノネッテ合州国の軍勢が大慌てで準備を始める。

俺がフンセロイアと会話をしていたから、まだ休憩してていいやって気を抜いていたな。

まあ一分も経たずに出発準備を終えているから、大目にみることにしておこう。

「それでは、失礼」

俺がフンセロイアに別れの言葉をかけ、全軍に進出の命令を出す――その直前にフンセロイアに呼び止められた。

「お待ちを! もうすでに貴方がたは敗けているのですよ! 敗軍が勝手な戦闘行動をとれば、それは戦後の交渉に不利に働きます!」

「ご忠告、どうもありがとう。でも、ノネッテ合州国のルーナッド州から戦争に負けたと正式な通達が来ていないのに、敵からの情報で勝手に戦争を止めるわけにはいかないのが、軍という存在です。ですから、正式な通達が来るまで軍事行動を取るべきなんです」

「ノネッテ合州国の盟主は、ミリモス殿、貴方でしょう! なら貴方が中止を決心してくれれば!」

「確かに盟主は俺です。しかし今の立場は、ノネッテ合州国の軍勢の最高指揮官です。最高指揮官であるからこそ、国元からの正式な通達がない限りは、事前目標に邁進することこそが任務です」

俺が取り付く島のない様子を見せ続けると、フンセロイアの笑顔が引きつってきた。

「どうあっても、戦争は止めないと。戦後の交渉が不利になろうと、戦争犯罪者として斬首刑に処せられても、構わないと?」

「正式な通達がないままに軍事行動を止めたほうが、戦後に罪に問われるはずでしょう。敵前逃亡に近いのですから」

「その件についてなら、戦後に私が弁護しましょう。ミリモス殿は、帝国の敗戦通告に従ったので罪に当たらないと」

必死なフンセロイアの様子を見て、俺は仮に彼の言葉が本当だった場合の状況を教えることにした。

「残念ですが、その提案には乗れません。それに、フンセロイア殿の言葉が本当だとしても、ここで軍事行動を続けるには、意味があるんですよ。仮に俺や軍勢の全員が戦争犯罪者として断じられることになったとしても」

「それは、何故です」

「それは帝国の帝都に住む人に、ノネッテ合州国の軍勢の恐ろしさを骨身に染みる形で教え込むためですよ。我らの恐ろしさを教えれば、帝国がノネッテ合州国へ取る行動は二通りに絞れます。一つは、怖さを打ち消すために徹底的にノネッテ合州国を解体して虐げる道。もう一つは、怖い存在に変化させようにノネッテ合州国の民を尊重して融和する道です」

俺はフンセロイアがちゃんと理解出来ていると見取ってから、続きを話す。

「可能性としては虐げる方が優位でしょうけど、それは他の帝国に征服された国とさほど立場は変わりません。なにせ征服された国の民は、二等民と帝国の民に蔑まれているんです。ここで戦争を止めれば、この虐げられる道しか残らないことになるでしょう」

「それは」

「ならもう一方の尊重と融和の可能性を残すべく、ここで帝都を相手に戦争を行った方が良い。今後、帝国から理不尽な目に合わせられたら、今日の俺たちのように勇敢に武器を取って戦うべきだと、後の世に残すことにも繋がりますしね」

とまあ色々と思いつくままに言っているけど、俺が本心から言っているわけじゃない。

戦争犯罪者で斬首とか、本気で嫌だし。

じゃあ、どうして俺がこんな強硬派のような発言をしているのかというと、フンセロイアの情報が出まかせだと思っているから。

本当にルーナッド州が陥落間近なら、フンセロイアほどの人物が『痛み分け』を提案してくるはずがない。

フンセロイアの交渉の根底は、帝国にとって最大の利益になるよう動く、というもの。

帝国がメンダシウム国を操って戦争をしかけてノネッテ国を手に入れようとしたのも、結果的にノネッテ国を諦めてメンダシウム国を手に入れただけで満足して下がったのも、鉄鉱石を手に入れるという帝国の利益を確保するためだ。

帝国がノネッテ国を支援して小国郡を飲み込ませたのも、騎士国を共に攻略したのも、来る決着で帝国が勝利すれば大陸統一を果たせるという夢があったから。

そうした徹底的な利益を追求する人物が、ここにきて『痛み分け』なんて損だけの提案をするだなんてあり得ない。

あり得るとしたら、『痛み分け』の損を上回るほどの損を帝国が受けそうになっている状況だった場合のみだ。

つまりまとめると、フンセロイアは帝国が戦争に負けそうだから口八丁を使って引き分けにまで持ち込みたかった、という図式が透けて見えてくるわけ。

そう見えているからこそ、俺は強気で戦争継続を唱え続けている。

唱え続ければ、フンセロイアは口八丁が通じなかったと諦めるしかないと、そう確信しているからだ。

そんな俺の考えの通りに、フンセロイアは項垂れて降参を申し出てきた。

「参りました。帝都に攻め入ることは止めてください。私が責任をもって、帝王様に戦争に負けたことを報告し、帝国がノネッテ合州国に膝をつくよう進言いたしますので」

フンセロイアなら、そう提案してくると思っていた。

なにせ帝国の負けが決まったのなら、その負けで背負う負債を軽くすることこそが、帝国が得られる最大の利益に他ならないのだから。