軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 与えられた玉座

サルカジモは生まれ故郷――ノネッテの土を踏んだ。

その際、帝国の馬車から外に出て先ず感じたのは、山間の国特有の涼しい空気だった。

サルカジモの胸には、懐かしさが去来していた。

しかし、そんな感情を抱けたのは、周囲に居る人たちから向けられる視線を感じるまでだった。

周囲には、昔と同じ顔ぶれのノネッテの民がいる。

彼らは、帝国の馬車から降りてきた、ノネッテの王城に入ろうとしている、サルカジモの姿を見ている。

その視線は、冬山の空気かと見まがうほどに、とても冷たいものだった。

それもそうだろう。

ノネッテの民たちにしてみれば、帝国は故国を滅ぼした憎き相手。そしてサルカジモは、帝国の尖兵に他ならないのだから。

サルカジモは、愚かな部分はあっても、救い難い馬鹿ではない。帝国の帝王の名の下に、元ノネッテ国――ノネッテ地方を治めるように命じられた時には、このノネッテの民の態度は予想がついていた。

それでも帝王の命令を受け入れたのは、婿に入った帝国貴族の家のためもあるが、他の帝国貴族に統治を任せるよりかは、自分が治めた方が幾分かノネッテの民のためになると思ってのことだった。

そんなサルカジモの覚悟を知っているのは、たった二人しかいない。

その者たちは、サルカジモの妻や妻の実家の者たちではない。

ノネッテ国からついて来てくれた、ガットとカネィのことだ。

「けっ。皆がみんな、しみったれた顔しやがってよ。そんなに帝国に支配されたことが気に食わねえのかよ」

「そのクセ、目の中だけは、いつでも寝首を掻いてやるって言わんばかりだぜ」

サルカジモと馬車に同乗していたガットとカネィが、馬車からおりざまに吐き捨てる。

二人の悪態が、サルカジモを思っての事だということを、サルカジモ自身は分かっていた。

「そう言うな。全員、不安なのだろうさ。帝国の二等民の暮らしがどんなものか、噂では伝え聞いてきたんだからな」

サルカジモがとりなすように言うと、ガットとカネィは呆れ顔になる。

「二等民たって、昔のノネッテ国の暮らしに比べたら、天地の差で楽だって知らねえんだからよ」

「義務さえ果たせば後は自由なあたり、帝国の暮らしはまんざらでもねえってのに」

ガットとカネィの言っていることは間違いじゃない。

帝国は攻め滅ぼしてきた国の民を、強制的に二等民という身分に落とした。

それは帝国本来の民を優遇するためと、支配された民に自覚を促すためのもの。単純に被差別階級を作ろうとしているわけではない。一定の寄付を帝国に納めたり、類まれな発明や功績を上げれば、名誉一等民の身分を得られる仕組みがある。そう、帝国では国に貢献すれば、暮らしが楽になるのだ。

この仕組みのお陰で、名誉一等民に成ろうとする二等民の働きを促すことに繋がり、人々の頑張りが増えることで帝国が富み栄えることに繋がっている。

だからこそ帝国の中では、身分差に不満を言う者は怠け者であるという認識がまかり通っている。

そんな帝国の認識に、帝国での暮らしを続けてきて、ガットとカネィは染まっていた。

それはサルカジモも同じこと。

むしろ帝国貴族の婿として帝国貴族の末席に座ったことで、ガットとカネィより認識が深まっている節すらあった。

「なに。ノネッテの民は知らないだけだ。これから先、ゆっくりと教えていけばいい。もともとノネッテの民は勤勉だ。十年も立たずに、名誉一等民に全員が成れるだろう」

サルカジモは、これからは自分がノネッテの民を導かねばと、使命にかられながらノネッテの王城に入った。

ノネッテの王城は、サルカジモがノネッテ国を去ってから、あまり変化がないように見えた。

王城にある設備も装飾も、昔と同じ。

城を守る兵士の顔ぶれも、何人かの顔見知りの姿が見えないだけで、ほぼ一緒。

玉座の間に入り、一段高い場所に置かれた玉座も、サルカジモが去った日と変わらずにあった。

「変わっていない――いや、父上の後でフッテーロ兄上が座っていたのだったな」

サルカジモがノネッテに来る代わりのように、フッテーロは帝国に連れていかれた。

帝国でフッテーロがどんな扱いを受けるか、サルカジモは知らない。

しかしサルカジモは、自分が帝国で受けた境遇を鑑みて、フッテーロは粗略には扱われないだろうと楽観している。

追放同然にノネッテ国を追い出されたサルカジモに比べて、フッテーロの身には価値がある。いま現在、ノネッテ合州国を支配しているミリモスとフッテーロは仲が良かった。ミリモスに対する人質として、フッテーロはうってつけなのだから。

「ともあれ、この椅子に座る機会が得られたことは、素直に喜ぶべきことだろう」

サルカジモは玉座に腰を下ろす。

ノネッテ国の王だけが――直近ではチョレックスとフッテーロのみが見ることが出来た景色。

サルカジモは、その景色を見て、心の中で『こんなものか』と落胆していた。

サルカジモが小さい頃、この椅子に座って王となることが夢だった。

その夢は、自分の上に優秀な姉と兄がいると自覚したことで、自動的に潰えてしまった。姉と兄がいなくならない限り、自分が椅子に座る権利が得られないと分かったから。

それでもどうにか国のためにと足掻いた。しかし、我が侭気ままに過ごしてきたミリモスが魔法の天才だと分かり、そのミリモスが元帥に任じられることを知って、才能の前には頑張りなど無駄でしかなかったのかと落ち込んだ。

それからは道を踏み外したかのように、どんどんと悪い方悪い方へと向かい、帝国貴族の娘と結婚して帝国の中で肩身狭く暮らしてきた。

そんな境遇を経たから、帝国の手先になっての生まれ故郷の統治者とはいえ、望んだ玉座に座っても素直に喜べないのだろう。

サルカジモは、そう自己分析した。

軽くアンニュイな気分にサルカジモが浸っていると、唐突に笑い声が聞こえてきた。

その笑い声は、女性二人分だった。

「きゃははははっ。本当にサルカジモが玉座に座っているわね、カリノ」

「あはははははっ。物思いに耽っちゃって。あんな椅子に執心していたのかしらね、ガンテ」

笑い声がしてきた方向にサルカジモが顔を向けると、サルカジモにとってすぐ下の双子の妹であるガンテとカリノがいた。

二人が帝国に留学する前は、二人の格好は地味ながらも仕立てのよいドレス姿で、化粧気も最小限だった。

しかし今の二人の姿は、宝石屑を布地に混ぜ込んで煌めきを放つドレスを身に纏い、顔の造形を埋め立てて建築したかのような厚化粧をしている。

そんあ帝国内ではよく見かける貴族の子女らしい姿に、サルカジモは顔を顰めた。

「すっかりと帝国風だな」

「当たり前じゃない。帝国こそが流行の最先端ですもの」

「サルカジモのような末端貴族とは違い、私たちは賓客扱いで贅沢に過ごさせていただきましたし?」

「……そうも着飾っている割に、色恋の話はないと聞いているが?」

「それは賓客だったからこそです。変に私たちに近づけば、帝王様のお怒りに触れるかもと、皆が尻込みしただけですわ」

「でも残念でした。領主に任じられてからは、縁談が舞い込み放題でしてよ」

サルカジモは、ここでようやく、この二人も領主になったのだと思い出した。

「その領主二人が、どうして他の領地に居る。自分の領地に早く行けばいいだろうに」

「滅んだ故郷という風景がどんなものか、眺めにきただけですわ。それに私たちがどこに居ようと、私たちの勝手でしょう」

「領地運営なんて、手下に任せれば良いの。私たちは民から献上されるお金で、自由に暮らすのだし」

二人の言い分に、サルカジモは不愉快から眉を寄せる。

「領主とは、己の力で領地を富さ変えさせる者のことだ。領地に使うべき税を、自分のためだけに使おうだなとと、恥を知れよ」

「あら、領主の役割を分かっていないように言われるのは心外だわ。私たちが自分たちに使うお金は、領地の運営に問題がない額にするつもりだもの」

「そうよ。それに私たちは自分の能力を分かっているわ。無能な私たちが治めるより、領地運営が特異な者に任せる方が領地が栄えるという確信があるわ」

サルカジモとガンテとカリノが、意見の対立から睨み合う。

そして睨み合いを止めたのは、ガンテとカリノの方だった。

「あーあ、白けちゃったわ。生まれ故郷が滅んだと聞いて来てみたら、たいして前と変わっていないし」

「城の中はそうでもないだろうと見に来たら、サルカジモなんて無能者と話すことになるし」

「「お暇するわ」」

ガンテとカリノのは異口同音に告げると、さっさと玉座の間から立ち去ってしまった。

その早去りぶりは、サルカジモは無能とコケ降ろされたことを抗議する暇がなかったほどだった。

「くそっ。昔っから、あの二人は苦手だ」

サルカジモは憮然とした態度で呟いた後で、気持ちを入れ替えて、これからノネッテの地をどうやって富ませていこうかと考え始める。

嬉しそうに考え込むサルカジモの姿から察するに、彼自身は帝国が彼にノネッテの地を任せた意図に気付いていない。

ノネッテ国は確かにサルカジモの生国であるため、土地を良く知るからこそ治めるに足る人物ではあるだろう。

しかしそれなら、先ほど出会ったガンテとカリノも当てはまる。

では、どうしてガンテとカリノが、ノネッテの土地を治める領主にはならなかったのか。

ノネッテ国の土地は、ガンテとカリノが治める予定の場所に比べたら、数分の一しかない。

そんな狭い土地の領主に任じられたということは――つまるところ帝国では、ガンテとカリノなら見知らぬ広い土地を治められると判断され、サルカジモはノネッテの土地ぐらいの狭い土地なら出来るだろうと思われている証左。

そんな簡単な理屈も気づかないままに、サルカジモは座った玉座のひじ掛けを喜色満面の笑みで撫でていたのだった。