軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三百八十六話 予想の外

地面に落ちたテレトゥトスがある。

その姿を、俺は一瞬だけ呆けて見ていたが、今の自分に武器がないことを思い出し、地面に転がっていた自分の剣を慌てて拾い上げる。

力一杯に投げつけるなんて荒っぽい真似をしたのにもかかわらず、俺の剣は刃が少し潰れていたけど歪みはなかった。

十二分に実用に耐えると判断しつつ、俺はその剣を構えながら、地面に横たわったままのテレトゥトスに近づく。

油断しないよう気を付けながら、俺はテレトゥトスの脈を測り、息絶えていることを確認した。

「……ふぅ。紙一重だったぁ」

危ない勝負に勝てたことへの安堵から、思わず座り込みそうになる。

しかし今は戦争の真っ最中。へたり込むなんて真似をする余裕はない。

「とはいえ、勝つために乗騎を生贄にしちゃったからなぁ……」

テレトゥトスの近くには、胴を斬られて内臓が飛び出している馬の死体。綺麗に斬られて、瞬間的に絶命したんだろう、馬の死に顔は痛みも苦しみもない穏やかな顔だった。

未だコンスタティナと後方部隊が戦う音がしている。これは走って合流しに向かう必要があるだろう。

俺は、テレトゥトスの攻防で疲弊した自分の体を鞭打つ気を固めて歩き出そうとする。

その直前、テレトゥトスが乗っていた馬が、俺の目の前に進み出て通せんぼをしてきた。

まさか乗せてくれるのかと思いきや、その馬の視線は地面に横たわるテレトゥトスに向いていることに気付いた。

「まさか、死体を持って帰りたいってことか?」

俺が思わず問いかけると、肯定するかのような嘶きが返ってきた。

俺は望みを叶えるべきか少しだけ迷ったが、結局テレトゥトスの死体を馬の鞍の上にうつ伏せに乗せてやった。

「ブルブルルル」

お礼を言うかのような嘶きの後、馬はテレトゥトスの死体を乗せた状態で騎士国陣営へ向かって悠然と歩き出した。

ゆっくりと歩いているのは、おそらく乗せているテレトゥトスの死体を落とさないためだろう。

けれど、その堂々とした歩き方は、結果として死んでしまったものの堂々と戦った主、その武勇を周囲に喧伝しているかのよう。

ゆっくりと毅然とした態度で戦場から離れていく馬の姿は、恐らく騎士国の者たちの目を引いたんだろう。あからさまに前線の雰囲気が変わった。

今までは一所懸命に戦闘していたのに、急に意気が消沈してしまったような雰囲気に変わっている。

ノネッテ合州国の後方部隊とコンスタティナの戦いの音も、一気にトーンダウンしていた。

俺が不思議に思って顔を向ければ、コンスタティナが魔導鎧を着た一人を剣の攻撃で吹っ飛ばした後、騎士国陣営へと乗騎の向きを変えて逃げ始めたところだった。

テレトゥトスの馬とコンスタティナが引き返していく姿に呼応して、前線にいる騎士国の軍勢も引き上げを開始したようだ。

殿部隊を残して騎士国の軍勢が撤退する姿を、ノネッテ合州国の軍勢はただ見逃した。

普通なら追撃のチャンスだけど、そのチャンスをフイにしても仕方がないほど、ノネッテ合州国の軍勢の戦力が削られてしまっているということだろう。

つまり、今日の戦争はこれで終了ということだ。

「こちらの被害は甚大。あちらは前騎士王という切り札の一つを失った。今日もまた、痛み分けだ」

お互いに多大な犠牲を払ったのにも関わらず、勝敗付かずの引き分け。

こちらは持久戦だと言い聞かせての戦争だから、こうした勝敗付かずの状況は想定内だ。

けれど、帝国に備えて早く戦いを切り上げたい騎士国にとって、今の状況は予想外の大苦戦に違いない。

特に今日は、コンスタティナと前騎士王という二枚の切り札を使って戦争の決着をつけにきたのに、結果は前騎士王を失う大損害を得ただけだ。

普通の国の軍勢なら、ノネッテ合州国の軍勢を撃破することは不可能と考えて、次の手を打ってきても良い段階だ。

「でも、状況が状況だもんなぁ……」

騎士国にとって、この戦場で俺たちを打ち倒さなければ、帝国とノネッテ合州国の連合に負ける未来が来てしまう。

そんな未来を突っぱねるために、この戦場でノネッテ合州国の軍勢を打ち倒す必要がある。

「何時まで、この戦争は続くんだろうか」

時間稼ぎの持久戦とはいえ、既にノネッテ合州国の軍勢に多数の被害が出ている。そして俺は何度も直接的に命を狙われている。

指揮官という立場で抱く感想ではないとわかっているけど、戦争に嫌気が差してくる。

それでも俺は指揮官なのだからと気合を入れ直して、軍勢の取りまとめを行うことにした。

まずは負傷者の収容と治療。武装の回収と修理。そして無事な兵士に食料を与えた後、戦場にある死体の回収と葬儀だ。

俺は 予定行動(タスク) を設定し、粛々と行動することに腐心した。

全ての行動が終わった後で、次の日の戦争に向けて部隊と武装の再編を行い、疲れを癒すための食事と就寝を行った。

日が昇りかけ、空が薄っすらと白くなってきた頃に、俺は大声で起こされた。

「ミリモス様! 大変です! 騎士国の陣地が、陣地が!」

大慌ての声に、俺は飛び起き、剣を手に天幕から出た。

「騎士国がどうした! 朝駆けの襲撃か!?」

眠気で鈍い頭を、意思の力で無理矢理回しながら問い返した。

すると報せに来た兵士は、何と言ったら良いかという表情に変わった。

「襲撃ではありません。そうではなく、偵察からの報告で、騎士国の陣地に人が居ないようなのです」

俺は何を言われたのか、瞬時に理解できなかった。

人が居ない? 撤退したってことか? このタイミングで?

ノネッテ合州国の軍勢は、だいぶ死傷者を出してはいるけど、勢力を保っている。それこそ、このまま騎士国の領土へ踏み入っても問題がないほどには、手勢が残っている。

そんな軍勢を放置して撤退したら、騎士国は早晩にノネッテ合州国と帝国の連合との戦争になる。

もしそんな事態になったら、騎士国に勝ち目がない。

だから撤退なんてするはずがないのに、騎士国の陣地はもぬけの殻だという。

不合理の極みの情報に、俺は頭を悩ませる。

「もう一度確認してくれ。陣地に人が居ないように見せかけているのかもしれない」

「わ、分かりました。もう一度、確認させます」

兵士が立ち去る姿を見ながら、俺は不可解な状況に不安を抱いていた。

なにが起きているのか分からないが、正しい判断をするためには脳に栄養が必要だ。

俺は報告を待つまでの間に、携帯糧食で腹を満たすことにした。

一通り食べ終えて脳に栄養が回り始めたことを実感しながら水を飲んでいると、新たな報告がやってきた。

「再度確認させましたが、騎士国の陣地は空になっているようです。天幕もなく、物資も無くなっているとのことです」

「……本当のことだったか」

同じ報告がやってきたが、俺は腑に落ちないままだ。

違和感が拭いきれないため、安全策をとることにした。

「少し様子見をしよう。昼頃になっても変化がないようなら、全軍で騎士国の陣地まで進出して、罠じゃないか確かめよう」

もし本当に騎士国の軍勢が撤退してくれたのなら、ノネッテ合州国としての目的は果たしたことになる。

あとは騎士国を、ノネッテ合州国と帝国の二国で攻めて、その物量で押しつぶす仕事があるだけなのだから。