軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 ロッチャ国の苦悩

帝国への武具の輸出は、鉱山で働く人たち、武器防具を製造する人たちが多いに関わっていた、ロッチャ国の経済活動の大半を占める産業だった。

ロッチャ国の民たちも、大陸を二分する大国たる帝国が自国の武具を頼りにしているという事実に、他の帝国の周辺国とは違っていると優越感を持っていた。

その関係性が崩れたのは、とある会談でのこと。

帝国とロッチャ国との間で交わされた、次年の輸出入取引に関する交渉の場。将軍の自分――ドゥルバ・アダトムも、護衛としてあの場にいた。

「我が帝国にとって、貴国の武具はもう時代遅れなのですよ。今後一切、輸入をする気はありません。その代わり、いままで購入していた武器と同じ量の鉄鉱石を輸入いたしましょう。言っておきますが、貴国が製鉄した鉄の塊ではなく、鉄鉱石をですからね?」

一等執政官を名乗る帝国の男性役人が、一方的に告げてきた。

ロッチャ国の外交交渉の代表が、慌てて発言を止めさせる。

「待っていただきたい! どうして急にそのような話を!」

「画期的な魔法の武具の製法が発明されましてね。いままでのように、貴国の武器を下地にして作るよりも、より高性能かつ多機能化することができたのですよ」

だから、ロッチャ国から武具を輸入する必要がなくなったと、一等執政官は語った。

こちらの代表は、ここで会談を打ち切られてはたまらないと、慌てて言葉ですがる。

「開発したばかりの製法であるなら、技術を確立して武器の量産に入るのに時間がかかりましょう。その技術確立が出来るまで、武器製造のお手伝いを我らに――」

「ご冗談を。貴国は自国の技術のみで、魔法を発動する剣や槍、そして魔法効果を増幅させる杖を作ることができますか? 帝国が生み出すものと同程度のものをですよ? できないでしょう? そんな相手に製法を伝えたところで、真に理解できるとは思えません。そう、いままで帝国に武器を輸出するだけで良しとして、我々の魔法技術を解析しようとしてこなかったほどに、属国根性が染みついているような相手にはねえ」

明らかな侮蔑の言葉に、自分は思わず腰の剣に手が伸びてしまう。

しかし柄に手が触れる前に、ぐっと空の手を握り込んで止める。

一等執政官とその護衛の瞳が、この手が柄に触れるのを待ちわびているように見えたからだ。自分が手を剣に触れた瞬間に、会談で武力行使をしようとしたこちら側を非難して帝国が侵攻する理由とする。そのために、あえてあのような暴言を浴びている。そう理解したからだ。

自分が剣を握るのを止めたからか、一等執政官とその護衛は視線を再び交渉役に戻す。

「ということで帝国にとって貴国の価値は、もう鉄鉱石に『しか』ないのです。それをご理解ください」

にこやかな一等執政官に対し、ロッチャ国の交渉代表が憎々しげに言葉を吐く。

「我が国の中で唯一価値を認める鉄鉱石。その値段を吊り上げることはできる」

どうやら彼も、自国を侮蔑されたことに怒りを覚えていたらしく、柄にもなく帝国に強気な交渉をしている。

しかし、相手の一等執政官は笑みのまま。

「ほほう。負け犬にも、一欠けらの意地は残っているようですね。なるほど、鉄鉱石の取引価格を引き上げられてしまったら、確かに困りますねえ」

「それならば、こちらの要望も少しは――」

「別に鉄鉱石の取引価格を値上げしようと、帝国は構いませんよ。高値をつける貴国から大量に買うのではなく、安い場所から多く輸入すればいいですから。帝国に接する国だけではなく、遠方の国でも取引したいという数は多いですからねえ」

ロッチャ国側の抵抗など、蟻の一刺しにすらならないとばかりに、執政官は大国の余裕を見せつける。

ここで鉄鉱石の輸出すらできなくなるとあっては、ロッチャ国の経済はすぐにでも破綻してしまうのは、経済に疎い自分にも理解できた。

だからこそロッチャ国の交渉担当は、悔し涙を飲み込むような表情で前言を撤回し、少しでもいい条件で鉄鉱石の輸出ができるように会談内容を切り替えざるをえなかったのだった。

あの会談から、ロッチャ国の経済は傾き始めた。

帝国との大口取引がなくなったことで、工房の多くが武器作りを止めて、鉄製の日用品へ制作物を変えた。しかし武器ほどに単価が高くないことと、帝国との取引ほどには売れないため、経営が傾いて工房を畳むところも出た。自分の武器を整備してくれている工房の親方が、そう愚痴を言っていた。

鉄鉱石を掘る鉱山労働者たちは、帝国との取引が続いているため盛況かと思えば、そうでもないらしい。

将軍である自分には理解できない理屈なのだが、帝国と直接取引をしている商会だけが儲かり、その他の民には利益が回らないのだという。

とにもかくにも、ロッチャ国の経済は傾いていく。

いや、帝国との取引がなくなっただけでこれなのだから、ロッチャ国がもともと持つ経済力に相応しい場所まで落ちていると言った方が正しいだろう。

しかし、人間とは一度手にした権利や繁栄を手放したがらないもの。

自分とて、鍛え上げた肉体が加齢によって衰えが見えたとき、それ以下にならないよう維持に努めているほどだ。

国の経済繁栄を見てきた連中が、やっきになって今までの状態に戻ろうと作戦を立てるのは当然の流れだった。

だが、ロッチャ国自身の力だけで、そんなことは無理である。周辺の小国との取引を活発化させたところで、焼け石に水。

やはり、帝国への武具輸出が必須だった。

「いまからでも遅くない。魔法の武器を作る技術を培うべきだ」

「そんな技術、育てるのにどれだけの金と年月が必要だと思う! 帝国相手に商売しようとするなら、この大陸で一番魔法技術が優れた相手と同等以上の技術力が必要なんだぞ!」

「武器ではなく、日用品の輸出をしよう。帝国でも、鉄器は需要があるはずだ。鉄器が売れなくても、金や銀の食器なら売れるはずだ」

「帝国では、日用品にも魔法の技術が取り入れられている。我が国の金や銀の食器が受け入れられているのは、芸術品という価値があるからだ。そんな芸術を大量生産してみろ、一つ一つの価値が暴落するぞ」

国を代表する者が集まっての会議。軍事を任されている自分も参加している。

議題は尽きないものの、ロッチャ国の経済を立て直す方策は出てこない。

自分が提案可能なのは軍事行動だが、どこを攻め落とそうと、経済はより悪くなるだけだろう。

ましてや帝国と一つ戦争をなどと、冗談でも口にできない。

不毛な議論を続けること、三年。

光明が見いだせない中で、驚くべき情報が入ってきた。

ノネッテ国が帝国と同等の国であるという証明書――魔法の紙を手に入れた。

その事実は、ロッチャ国に一縷の希望をもたらした。

「帝国と同格の国になれる書類だと! それを手にすれば、帝国に我が国の武具の輸入を再開させるよう交渉ができる!」

「いや、それだけではない! 以前は武器の代金について事実上の属国だからと足元を見られていたが、その書類さえ入手すれば、適正化価格に戻すことも――いや、それ以上の値段で売ることだってできるはずだ!」

そんな声が会議の場で出るほどに、ロッチャ国の経済は落ち続けていた。

ノネッテ国にある書類を手に入れたいと望む彼らに、将軍職である自分は問いかけねばならない。

「その書類、どうやって入手するつもりか。まさか、攻め落として手に入れようとは言いませぬな?」

そんな真似をするはずがないと思いながらの問いかけだったが、自分は人間の業の深さを見誤っていた。

「帝国と同格の国であるという証明書だぞ。ノネッテ国が交渉で手放すはずがない!」

「そも書類の効力はノネッテ国に対するものだと聞いている。交渉で手に入れようと、効力がロッチャ国に適応されるかは不確。ならば、侵攻して国ごと手に入れるしかない。表向き、吸収合併という形にすれば、最低限書類の効力は担保されるはずだ!」

失い続ける経済状況に、どうやらこの国の代表者たちは理性を失ってしまっているようだった。

「落ち着きたまえ。どういう大義名分を掲げて、ロッチャ国がノネッテ国に攻め入るのだ。ノネッテ国は、山間の国土から出てこないことで有名な善良な民族だぞ」

攻め入る理由なしに侵攻すれば、不当な行為を働く国を成敗すると帝国が乗り出してくるし、正しき行いを標榜する騎士国も黙ってはいない。

非現実的だと真っ当に非難した自分に対し、他の代表者は悪知恵を働かせた。

「冬前から、あの国の第一王子は外遊にでる。ロッチャ国には、近しい隣国として毎年尋ねてくる」

「あの王子が、我が国に対して国辱に値する行為を働いたことにすればいい」

「その場で捕まえて、ノネッテ国との取引材料にしてわざと交渉を決裂させて交戦理由にするもよし。あえて逃がし、国外に逃亡した犯罪者とそれを秘匿する悪しき国を叩くと題目を掲げるのもよし。どちらにせよ、我が国がノネッテ国に攻め入る口実ができる」

「攻め入ることさえできれば、相手は山間の小国。しかも戦いがあって兵を失った直後。全軍で出撃すれば楽勝だ」

「なんと……」

単なる書類一つを手に入れるために、他の国の王子を偽りの事実で貶め、さらにはその偽言でもって軍を動かそうなどとは、正気を失っている。

自分は口角に泡を飛ばす勢いで反対意見を出したものの、会議の流れは決定づけられてしまっていた。

そう、ノネッテ国に攻め入り、帝国と同格であるという証明書の効力が生きる形で併合するという方向に。

あの会議で話し合われた通りに、現実も進んだ。

ノネッテ国の第一王子を謀略の上で犯罪者に仕立て上げ、逃げた犯罪者を匿う悪い国としてノネッテ国を非難しての戦線布告。

そしてロッチャ国の代表者たちは、自分に命じた。

「この戦、万に一つも負けは許されない。全軍を動員して、ノネッテ国を攻め落とすのだ」

断ろうかとも考えたが、この時期に自分以外の者が軍を指揮すれば、冬山に大量の部下の死体を積み上げることになるとも予想ができた。

多少なりとも死者の数を抑えるためには、この役目を引き受けざるをえなかった。

「謹んで、任務を承る。侵攻方法は、任せていただく」

そう念を押してから、自分は軍を二つに分けてノネッテ国に攻め入る戦法を採用した。

先遣隊が、ロッチャ国とノネッテ国を結ぶ唯一の商業路――急こう配のために馬車は使えないが、馬や人の脚なら踏破可能な山越えの道を進み、目を引き付ける。

その間に本体が連なった山々を越えて、ノネッテ国の中腹――王城の近くへと進出し、その勢いのままに王城を攻め落とすと。

言うは易い方法だが、実現させるには困難が付きまとう。

まず先遣隊は、我が本隊がノネッテ国内に侵入するまで、相手側の全軍を長い日数釘付けにしないといけない。その日数の分だけ、先遣隊には被害がでるとしてもだ。

そして本隊の方も、山脈の中腹を縫って進んで国境を越える道を進むことで、冬眠に失敗した肉食獣や、縄張りを荒らされたことに怒る魔物による被害が予想された。

しかし自分が指揮する本隊が侵攻を開始する地点に到着したところで、意外な助けを得られることになった。

「ノネッテ国へ通じる安全な道を作れるだと?」

自分の疑問に答えるのは、山越えを行う予定だった山脈の麓の町に住む、鉱山労働者の元締めだ。

「へい。帝国さんがね、やれ鉱石をもっと寄こせ、そのためなら装備をくれてやるってんで、魔法のツルハシと 円匙(ショベル) をくれたんで。これを使うと、分厚い岩盤が砂かのように掘れるんです」

「その魔法の道具を使用して、ノネッテ国まで 坑道(トンネル) を掘るわけか」

「あっしらが鉱山の開発で拵えた坑道が、うっかりノネッテ国まで通じちまった。軍人さんたちはこれは良いってんで、勝手に通っていった。悪くない言い訳じゃねえですか?」

元締めの言葉に、自分は唸る。

対外的に通じるか微妙な言い訳ではあるが、作り上げた坑道を通れば部下が雪山で滑落したり凍え死ぬことはなくなる。

不当に他国の王子を貶めた後だ。

いまさら他国から非難されるような真似をすることを憂いて、部下に必死の行軍を強要することに意味はないか。

「わかった。元締めの提案を受け入れよう。どれほどで坑道を通せる?」

「そうさな。掘るだけなら、魔法のツルハシで十日もありゃできますよ。けども、掘った穴に木枠を汲んで崩落しないようにしねえといけねえんで、それに時間がかかりまさな」

「ツルハシで掘るのも木枠の作業も、土木に強い兵士も手伝わせよう。それならば、どれほどか?」

「素人さんの穴掘りだなんて、怖くっていけません。木枠だけ、お手伝いを願うとして――まあ、十五日ってところかいね」

意外な速さに、驚いてしまう。

「助かる。これで部下を雪山で無駄死にさせずに済む」

「いいってことですよ。こっちだって、兵士さんたちを大量にお借りしての作業で鉱石は大量に掘れるわ、山脈に長大な坑道が出来たお陰で枝道を作り放題になるだわで、渡りに船ですから」

お互いに利益があると笑い合ってから、十五日間の穴掘りが始まった。

元締めの指揮の下、昼も夜もなく、鉱山労働者も兵士もなく、穴を掘り、木枠の支えを組み付けていった。

出来上がった真っ直ぐな坑道の中を、七千もの兵士たちが損害もなく行進する。

そしてやがて行き止まりにたどり着く。だがその岩壁の隙間からは、ノネッテ国の国土からの光が坑道の中に差し込んでいる。

「それでは、侵攻を再開するぞ」

自分が命令を発すると、ハルバード持ちが、勢いよく手の武器を岩壁へと打ち付けた。

打ち入った刃からビシビシと亀裂が走り、ガラガラと岩壁が崩れ落ちる。

ぽっかりと空いた穴から、冷たい風が坑道の中へと入ってきて、自分だけでなく兵士の多くが身を震わせた。

その先の景色は、雪が被った森の中――ノネッテ国の国内だ。

「では進軍開始だ! ここからは敵や魔物、そして野生動物の襲撃が予想される。気を引き締めて進むぞ!」

「「うおおおおお!」」

七千名の兵士たちの声が、坑道に響いて耳に痛いほどだ。

自分はその反響する声に頷きを一つしてから、率先してノネッテ国の国土に踏み入り、部下の兵士たちもその後に続いた。