軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 カルペルタル国の最後

カルペルタル国の軍は、ノネッテ国の伏兵によって、現場指揮官の多くを失った。

カルペルタル国の指揮官たちに、ノネッテ国に対する侮りはなかった。

しかし、ノネッテ国の軍隊の方が少数だと安心し、『助け合いの翼』に参加する国々の連合軍が来るまで持久戦を行おうという、楽観的な部分があった。

だからこそノネッテ国の軍隊が戦いを仕掛けてきたときには驚いたし、どこからともなく軽騎兵の伏兵が現れたときは混乱してしまった。

その結果が、敗戦の後の撤退である。

「急いで我らが王城に戻るぞ! 素早く王城まで逆襲してくるのが、ノネッテ国のやり方だ!」

生き残った指揮官が声を張り上げ、兵士たちに撤退行動を促す。

敗戦後の撤退中は、普通ならば、兵士の多くが離散してしまうもの。特に兵の大部分を占める農民兵には、帰る町村があるため、命惜しさに逃げてしまうことが多い。

しかしながら、今回の戦に限っては、兵のほぼ全てが大人しく撤退行動に従事していた。

『これは一時的な撤退であり、連合軍が来てくれたらノネッテ国に逆襲に行ける。逆襲中にノネッテ国の村や町を襲って良い目を見よう』

そう考える兵が多かったからだ。

そんな撤退中のカルペルタル国の軍の先頭が、唐突に動きを止めた。

指揮官が訝しみ、先頭へと駆け寄る。

「どうした。なぜ止まる! 止まれば、後ろからノネッテ国の連中に襲われかねないのだぞ!」

指揮官が怒声を上げ、そこで先頭を歩いていた兵たちが震え上がって動けない様子であることを察知した。

「なんだ。どうした?」

指揮官の問いかけに、震えている兵の一人が、ある方向へ指を向ける。

その方向へと指揮官が目を向けると、街道上に人影があることが見て取れた。

人影を注視すると、それは鎧甲冑とマントに身を包んだ人物が一人と、見事な姿形をしている大柄の栗色の毛並みの馬だった。

「たった一人が立ち塞がったぐらいで、足を止める、など……」

指揮官は兵を叱咤しようとした言葉の途中で、自分の発言が場違いであることに気付いた。

なにせ、街道に立つ人物の鎧甲冑が、見事なまでに磨き抜かれた『真っ白』な鎧であると気付いたから。

真っ白な鎧とは、すなわち騎士国の騎士や兵を表す色。

そして、マントを付け傍らに馬を携えているということは、彼の人物が『騎士国の騎士』であるという証明。

なるほど。一軍に匹敵するという騎士国の騎士が街道に立っていれば、兵たちが足を止めてしまうのも道理だった。

指揮官は、なぜ騎士国の騎士がいるのかという疑問を抱きつつも、彼の騎士の前へと進み出ていく。

「馬上から失礼。自分は、撤退中の軍を一時的に預かっている者。そちらは騎士国の騎士殿とお見受けする。その場を退いてはいただけまいか」

指揮官の問いかけに、騎士から返答があった。それも、腰に下げた剣を抜きながらのものだった。

「ご明察の通り、我は神聖騎士国の騎士。そして我が任務は、カルペルタル国の軍の将の首を斬り落とすこと。故に、街道に立ちふさがっていた」

騎士の言葉に、指揮官は仰天した。

「なにゆえ、騎士国の騎士が我が国を害そうとする! ノネッテ国の王子に、騎士国の姫が嫁いだ縁からか!?」

指揮官の問いかけに、今度は騎士の方が困惑したようだった。

「貴殿は知らぬのか。カルペルタル国の首脳陣が、我ら神聖騎士国の顔に泥を塗ったという事実を?」

「な、なんだと!? 知らんぞ、そんなこと!?」

「貴殿は一軍を預かる将なのだ。カルペルタル国が神聖騎士国と交わした『不戦の誓い』を破ってノネッテ国に侵攻した事。それを知らぬはずがあるまい」

「本当に知らないんだ! 俺は、俺より上の階級の者が全員死んだから、代理で指揮を執っているだけだ! 詳しい背景も理由も知らない!」

指揮官の発言は言い逃れのように聞こえるが、事実、彼は指揮官の中でも下っ端であり、国から命じられるがままに参戦しただけの人物。

カルペルタル国が騎士国の後ろ盾で『審判役』になったことは知っていても、どうやってなったかまでは知りようがなかった。

騎士国の騎士は、指揮官の言葉が真実であると見抜き、抜き放っていた剣を鞘に戻した。

「そちらの高位指揮官は、戦争の中で死んだのか?」

「そうだ。ノネッテ国の伏兵に強襲されて死んだ」

「……そうか。我が手で罪を償わせる機会は、永遠に失われたのだな」

騎士国の騎士は残念そうに呟くと、傍らの馬の背へと伸び乗った。

そして手綱を手繰り寄せながら、カルペルタル国の指揮官へと、兜をかぶった顔を巡らせる。

「今日でカルペルタル国は終焉を迎える。軍は王都に戻ることなく、この場で軍を解散し、各々が自分の家庭に戻った方が良い。そう忠告しておこう」

「我が国が終わるとは、どういうことだ!」

「知れたこと。神聖騎士国の顔に泥を塗った人物と、その人物に加担した者たちを、我らが生かしたままにはしておかぬというだけのことだ」

騎士の言葉には、背筋をゾッとさせるような、恐ろしい響きがあった。

その声を聞いて、指揮官は理解した。

カルペルタル国の王も重臣たちも、騎士国の騎士に殺される。いや、既に殺されているのかもしれない。

「……分かった。軍を解体し、それぞれ家に帰すとする。おい、聞いていたな!」

指揮官が最前列にいた兵たちを呼び寄せ、農民兵たちに食料を渡して村や町へ帰るよう伝え回れと指示を出した。

その指示出しが一段落ついて、ふと騎士がいた方向を見ると、もう姿がなかった。

カルペルタル国の王都。その王城。

ノネッテ国との戦争に負けたという知らせが来るまで時間がかかっていることもあって、城の中に居た者たちは平和だった。

それはノネッテ国の王とて同じ。

しかしその平穏は、突如破られることになった。

王城の門が破壊される、とてつもない轟音によって。

「な、なんだ。なにが起きた!? ノネッテ国の軍が、もう攻めてきたというのか!?」

狼狽えるカルペルタル国の王は、急いで事態の把握に努めた。

そこに、這う這うの体で重臣の一人が現れた。

「た、大変です王よ! 非常事態でございます!」

「危うい事態であることは、さっきの音で分かっている。どう大変なのか言うのだ!」

「き、騎士です! 五人の騎士が!」

先ほどの轟音の理由を聞いているのに、なぜ五人の騎士などと言い出したのか。

カルペルタル国の王は理解できずに首を傾げる。

「騎士? 五人? なにを言っておるのだ?」

「で、ですから! 五人の騎士が現れたのです! 騎士国の騎士が五人も!!」

重臣の言葉をようやく理解して、カルペルタル国の王の顔面は蒼白となった。

「騎士国の騎士! では、先ほどの音は!?」

「彼らによって、城門が吹っ飛ばされた音でございます!」

「押し入ってきたというのか! 騎士国の騎士が前触れもなく!?」

礼儀正しい騎士国の者が、そんな不条理を行う理由は、カルペルタル国の王には一つしか思い浮かばなかった。

それは、『討ち入り』。

つまり騎士国の騎士の目標は、カルペルタル国の王の命であるということ。

「王よ、お逃げください! この王城にいる兵や将軍をかき集めたところで、五人の騎士国の騎士にはかないません!」

「分かった。我が家族たちも逃げるよう手配してくれ」

「必ずや――ぐがッ!?」

重臣が王の言葉を請け負った瞬間、彼の体を刃が突き抜けた。その刃は、槍の穂先だった。

重臣は背中から前へと急所を貫いた刃を見下ろし、そしてうつ伏せに倒れた。彼の傷口からあふれ出た血が、じわじわと床に赤い水たまりを広げていく。

「な、ななっ?!」

突如目の前で起こった悲惨な光景に、カルペルタル国の王は言葉を失う。

それから間もなく、カルペルタル国の王がいる場所に、真っ白な甲冑を見に纏った者たちが現れた。

数は三人。

そのうち二人は、丁寧に作られた全身鎧ながらも、似通った形をしていた。

そして三人目は、他の二人のものより、作りが細かく装飾彫りまで行われている豪奢な鎧。しかも頭には兜を付けていなかった。

カルペルタル国の王は、その三人目の顔を見て、青かった顔色が死人のように白く変わる。

「き、騎士王、陛下……」

カルペルタル国の王が呻くように放った言葉の通り、その豪奢な鎧を着た人物は、神聖騎士国の王――騎士王テレトゥトス・エレジアマニャ・ムドウだった。

騎士王は静かな面持ちのまま、カルペルタル国の王へ目を向ける。

「久しいな、カルペルタル国の王よ。不戦の誓いを行いに、我が国に来て以来か」

騎士王の口調も声量も、威圧的なものは一切ない。

しかし声の威風に、カルペルタル国の王は自ら進んで平服してしまう。

「騎士王陛下! こ、ここ、このような場所で、お、お、お会いできるとは、ぼぼぼぼぼ、望外の――」

カルペルタル国の王が言葉を乱しているのは、なにも強烈な存在感を放つ騎士王を前にしたからだけではない。

自らの行い――不戦の誓いを破ってノネッテ国に軍を攻め入らせたことが、騎士国と騎士王の顔に泥を塗っているという自覚があるから。そして、泥を塗った人物をどうするかを、先ほど重臣の命を持って示されているからだった。

必死に言い訳をして命を繋ごうとしているカルペルタル国の王に、騎士王に追従していた騎士の片方が近寄る。

このまま斬り殺されるかと思いきや、その騎士はむき身の短剣をカルペルタル国の王の足元に投げた。

「こ、ここ、これは?」

困惑するカルペルタル国の王に、騎士王は短く告げる。

「拾え。そして選ぶがよい」

カルペルタル国の王が困惑しながら短剣を拾った瞬間、騎士王の剣が鞘から抜かれた。

剣身が放つ青白い輝きを見て、カルペルタル国の王は騎士王の言葉の意味を理解した。

『短剣で自害するか、さもなければ騎士王と戦え』

罪を認めての自害であろうと、騎士王との戦闘で威を見せようと、どちらでもカルペルタル国の王の名誉は守られる――いわば、騎士王がかけられる最後の温情である。

カルペルタル国の王は、震え出した手で確りと短剣を握り、剣先を自分の喉へと向ける。

「はっ、はっ、はっはっ、はっはっはっ――」

生きようとする肉体が考え直せと告げているかのように、カルペルタル国の王の呼吸が荒くなっていく。

呼吸し辛くなってきたからか、カルペルタル国の王は体を丸めるように前傾姿勢へなっていき――その途中で、騎士王へ向かって駆けだした。

「――死んでたまるか!」

不意打ちに全てを賭け、カルペルタル国の王は短剣を振り上げる。

しかしカルペルタル国の王が剣を振り下ろすより先に、騎士王の剣は横へと振り終わっていた。

目にもとまらぬ早業によって、カルペルタル国の王の頭が胴体から切り離される。

あまりにも鮮やかな一閃。カルペルタル国の王は、自分が死んだことも気づかずに、その生涯を終えた。

騎士王は剣を仕舞うと、カルペルタル国の王の死骸に背を向ける。

「彼の王の一族を皆殺しにせよ。我が国を侮るということがどういうことか、この一罰によって、他の国に対して戒めを示す」

「「ハッ! 騎士王様の命に従います!」」

騎士王に付き従っていた二名の騎士は、騎士王の元を離れ、それぞれが王城の別の道へと駆けていく。

これで騎士王は一人。暗殺するには絶好の機会だ。

それにも関わらず、先ほどの騎士二人は騎士王の命に寸暇なく従った。

それはそうだろう。

神聖術を極めに極めた騎士王を単体戦力で殺せる人物など、この世界に一人としていないのだから。