作品タイトル不明
二百八十一話 新兵種の運用
フラグリ国の軍隊と会敵した。
敵軍の陣形は、持久を目指す、密集隊形だった。
その様子を眺めていた俺に、部隊長の一人が質問してきた。
「ああも防御を固められると、有効な攻撃手段は限られてしましますね。どうしますか、ミリモス王子?」
「あちらは時間稼ぎがしたいみたいだから、付き合ってあげようかな」
「わざわざ、相手の思惑に乗ると?」
「持久目的の密集隊形ってことは、あちらから攻め寄せてくることはないってことでしょ。なら、兵たちに経験を積ませるには、良い相手じゃないか」
「なるほど。遠巻きに戦い、歩兵なども一当てしたら下げさせるということですね」
部隊長は納得し、彼の配下に命令を伝えに行った。
他の部隊長たちも同じことをやりに、自分たちの部隊へと走っていった。
ノネッテ国軍とフラグリ国軍との戦いは、ゆるゆるとした様子で始まった。
まずはノネッテ国軍が、ゆっくりと近づく。
「歩調を合わせろ! 訓練を思い出せ!」
ノネッテ国軍の部隊長の大声に合わせ、兵たちが動いていく。
ノネッテ国軍として参陣することが初めての兵が多いからか、兵たちの顔つきに余計なほどの緊張が見えた。
これほど緊張しているんだ。ノネッテ国軍のお家芸ともいえる、重装歩兵を中心にした突撃なんてしようものなら、歩兵部隊に不必要な犠牲が出ていたかもしれないな。
俺が兵たちの様子の把握に努めている間に、弓矢が届く距離にまで近づいた。
「弓隊、前へ!」
号令の後、弓兵の部隊が前へと進み出る。その手に持つのは、ロッチャ地域で制作された、大型の強弓。
木と金属を複合させたその大弓に矢が番えられ、ギリギリと音を鳴らしながら弓引かれる。
「放て!」
弓隊の隊長が号令を放つと同時に、構えられた弓から矢が放たれ、斜め上の上空へ向かって飛んでいく。
流石はロッチャ地域で作られた最新作。飛距離がかなり出ている。
「――防げ」
フラグリ国の方から、焦った様子の大声が聞こえた。
見れば、フラグリ国の兵たちが、大慌てで盾を斜め上へと構えていた。
しかし盾といっても、金属盾を持つ者は少数で、木に革を張りつけた盾を持つ者が多い。しかし隊列の後方になると、戸板のような木の板を複数人で持ち上げている様子が目立つ。
たぶんだけど、装備の数が足りなかったため、扉の建材を盾代わりにしているんだろうな。
そんな寄せ集め感があるフラグリ国の軍隊へ、空から降りてきた矢が降り注いだ。
盾に矢が当たる多数の音に混じり、フラグリ国の兵たちの悲鳴が上がった。
「矢が盾を貫通しやがった!?」
「くそくそ! こんな盾じゃ防ぎきれね――ぐあぁっ」
「なにがあろうと盾を下ろすな! 構え続けろ! さもなければ矢に当たって死ぬぞ!」
混乱するフラグリ国の兵たち。
その様子に構うことなく、ノネッテ国軍の弓兵たちは第二射、第三射を放つ。
フラグリ国の兵たちの持つ盾に多数の矢が突き刺さり、ハリネズミよろしくといった姿になっている。
その光景を見てか、弓兵たちの顔つきは、先ほどまであった緊張感が消え、戦果を喜ぶ様子が浮かんでいた。
「無事、弓兵に経験を積ませることができた。次は歩兵と軽騎兵の番かな」
俺は手信号で、弓兵部隊、歩兵部隊、軽騎兵部隊に命令を出した。
「弓隊! シメの一射だ。全力で放て!」
「軽騎兵部隊、搭乗開始! 攻撃準備!」
「歩兵部隊! 盾持て! 槍を抱えろ!」
弓兵が矢を射ると、すぐさま後方へ移動を開始する。
その脇を抜けるようにして、軽騎兵部隊が前へ発進。フラグリ国の兵たちへ向かって駆けていく。
弓兵と入れ替わりで槍歩兵が展開し、隊列を維持した状態で一歩ずつ前へと進む。
ノネッテ国軍の行動を受けて、フラグリ国の兵たちも動き出す。
「敵兵が近づいてくるということは、弓の攻撃はなくなるということだ。落ち着け!」
「刺さった矢を斬り払って盾を軽くし、甲羅陣形を保て! 出てきた敵は騎馬と歩兵だ! 固まっていれば問題なく防御できる!」
フラグリ国の兵たちは、剣で盾に刺さった矢の柄を斬り落とすと、その盾を構え直して陣形を維持する。
そこにノネッテ国軍の軽騎兵部隊が到着した。
「敵の足を釘付けにする! 矢で牽制しろ!」
軽騎兵の隊長の号令に従い、軽騎馬兵が馬上から短弓で矢を射かける。弓兵の大弓は曲射だったけど、軽騎馬の短弓は直接照準での水平射を目的に作られたもの。
フラグリ国の兵たちが持つ盾の隙間を狙って、軽騎馬兵たちが矢を射かける。
とはいえ、常に動く馬に座っての射撃だ。有効打は十発に一発あれば良い方のようだった。
それでも、こちらにとっては運よく、相手側にとっては運悪く、短弓から放たれた矢に当たる敵兵は現れる。
「矢の次に、また矢を撃ってくるなんて!」
「矢を惜しみなくつかうなんて、金満軍隊め!」
聞こえてきた敵兵の罵声の通り、矢を惜しみなく使うには、矢の数を確保する経済力が不可欠だ。
フラグリ国のような小国だと、弓矢の有効さを理解していても、十全に戦術に組み込めるほどの資金がない。なにせ金がないからこそ、常備兵を設置せず、貴族の私兵と農民を徴発した兵で軍隊を作っているんだから。
ともあれ、軽騎馬兵の短弓で、敵の動きを阻害させることに成功している。
そうして敵が動けない間に、ノネッテ国軍の槍歩兵が近づき終える。
「騎兵、撤退!」
軽騎馬兵が転進し、入れ替わりに槍歩兵が前へ進み出る。槍の届く範囲に、フラグリ国の軍隊を入れつつあった。
フラグリ国の軍隊に時間的余裕がないからか、今までと同じ陣形を維持し続けることで、迎撃するようだ。
「歩兵、前へ! 槍で突け!」
「甲羅陣形を堅持だ!」
ここでようやく、この戦場では初めて、両軍の兵同士の武器が交わった。
両軍の槍と盾が衝突し、激しい音が鳴る。
「うおおおおおおお! うおおおおおおおお!」
「おおおおおおおお! おおおおおおおおお!」
お互いの兵が、大声で威嚇し合いながら攻撃する。
突き込まれた槍の衝撃で、構えた盾が歪む。
振るわれた槍と敵の槍が重なり絡んで、柄が軋みを上げる。
槍と盾の防御を抜けた攻撃に、兵の鎧や肉体に傷が生まれる。
武器と防具による押し合いへし合いは、当初は五分の状況に見えた。
まあノネッテ国軍の歩兵は、支配した地域の農民兵を雇用し直した人たちだ。一、二年の間訓練を施したとはいえ、敵の農民兵と腕力の面では差がつかないのは当然だ。
とはいえ、時間が経てば経つほど、お互いの装備の差が出てくるのも、また当然のこと。
そもそも、フラグリ国の軍隊が持つ盾は、ノネッテ国軍の弓兵と軽騎兵によって穴だらけにしてあるんだ。長々と槍の刺突に耐えられるもんじゃない。
俺と同じ見解を、槍歩兵の部隊長も得たようで、号令が走る。
「敵の盾は限界だ! 突き崩せ!」
「「「うおおおおおおおお!」」」
ノネッテ国軍の歩兵が、ここぞとばかりに攻めかかる。
その圧力に、フラグリ国の軍隊の盾が屈した。つき込まれる槍によって盾に大穴が空き、防御装備としての効力を失ったんだ。
盾を失ったフラグリ国の兵が、ノネッテ国軍の歩兵の槍に貫かれ始める。
「ぐげぇええええぇぇ」
「盾がなくたって――ぐあああああぁぁぁ!」
最前線に位置するフラグリ国の兵たちが、バタバタと死んでいく。
その屍を踏んで、ノネッテ国軍の歩兵が前へと出る。
仲間の死を見てフラグリ国の兵たちが浮足立ちかけるが、敵指揮官が命令で押さえつける。
「陣形を堅持しろ! それが一番安全だ! ここで下手に逃げようとしても、背を向けた途端に、敵兵に突き殺されるだけだぞ!」
敵指揮官の言葉で、敵兵の動揺が小さくなった。
もう少し混乱させることが出来たら、もうちょっと戦果を稼げたはずなんだけどな。
「仕方がない。撤収行動に入らせよう」
俺は手信号で、配下の兵に楽器を鳴らさせる。鉄板で作った、銅鑼のようなものだ。
楽器持ちの兵が銅鑼を『じゃーん、じゃじゃーん』と、特定のリズムで繰り返し鳴らす。
その音は前線に伝わったようだ。
槍歩兵の攻撃頻度が順々に少なくなっていき、やがて部隊全体が敵との間合いから一歩二歩と離れ始める。傷ついた仲間を抱えて上げる者もいる。
ノネッテ国軍の歩兵が撤退を始める気配が分かったのか、フラグリ国の兵たちが陣形を崩さない程度に前のめりになる。
こちらが撤退を開始したら、追撃する気だろうか。
まあ、追撃なんて真似をさせるはずがないけどね。
撤退を開始した槍歩兵の横から、転進していたはずの軽騎馬が現れ、フラグリ国の兵たちに射撃を行う。
「射かけろ! 敵の出足を挫け!」
横合いからの軽騎馬兵の短弓射撃に不意を打たれ、フラグリ国の兵たちに被害が出る。
仲間の死を見て、フラグリ国の兵たちの前のめりになりかけていた体勢が、尻込みした防御重視に変わった。
追撃の出鼻をくじいたところで、ノネッテ国軍の槍歩兵が下がるスピードが速くなる。そして十分に距離を離したところで、軽騎馬兵も撤退行動に入る。
フラグリ国の兵たちは思わずと言った感じで追撃する素振りを見せたが、敵指揮官がそれを止めた。
「第二波を隠しているかもしれない! 無駄に追えば、被害が出る! 我々は甲羅陣形を堅持するとともに、負傷兵の救出と死者の後送を行う!」
敵指揮官の命令に、敵兵は不承不承といった感じで動く。
敵側が追ってこないというのなら、こちらも安全に部隊を引かせることができるな。
「さて。俺の目論見通り、少ない被害で十分な戦果を得ることができた。これで兵たちの緊張が解れたはずだ」
何事も、一度経験してしまえば、二度目からは慌てずに済むものだ。
これから先、ノネッテ国軍の戦場での動きは、以前に比べて更に良くなることは間違いなかった。
「あとは、ドゥルバ将軍がテピルツ国を蹴散らすのを待ってから、フラグリ国の兵たちを打ち倒すだけだな」
フラグリ国軍の心の支えは、テピルツ国からの援軍だ。
その援軍を俺たちが先に叩き潰したと知れば、フラグリ国軍の士気は底辺まで落ちるはずだ。
士気が下がった兵など、強く当たれば離散するもの。ましてや、強制的に徴収された農民兵なら、死ぬことを嫌って逃げ帰るだろうしね。