軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ニ百九話 人は生垣

砦を守っていた兵士たちと共に、俺はペケェノ国の領土へと足を踏み入れた。

数日、逆侵攻の間を置いたこともあって、視界のどこにもペケェノ国の軍の姿はない。

そのことに、兵士たちも安堵しているようだった。

「国境に兵士を配置してないってこった、こりゃ平和に行きそうだな」

そんな軽口が聞こえながらの進軍は、確かに平和そのものだった。

整備された土の街道には、何日か前に通ったペケェノ国の軍の足跡があり、追跡が簡単。

天気は晴れで温かく、吹いてくる風は微風で心地いい。

このまま何事もなく、ペケェノ国の中心地まで行ければ、どれだけいいことだろうか。

なんて俺の調子の良い願いは、戦争という状況において、あり得るはずがなかった。

平和に街道を進むこと、半日。

ドゥルバ将軍の部隊が、カヴァロ国からこっちに合流する時間を稼ぐため、ゆっくりと進んでいる。

そのこともあって、俺たちの位置は、まだまだペケェノ国の端っこだ。

「ミリモス王子。村らしき建物が見えます」

兵士の報告を受けて目を向ければ、草の生い茂る地平線の向こうに、木の家と小麦畑らしきものが見えた。

「この街道は、あの村に続いているかな?」

「順当に考えれば、道は村々を繋ぐ者なので、続いてるでしょう。なぜ、そんな疑問を?」

「下手に村人を刺激するのも悪いかなって思ってね」

「あー。こちらのことを略奪者と勘違いして、なにか言ってこられても面倒でしょうからね」

でも、折角ある街道を逸れて進むのも、面倒なんだよね。

荷馬車の中には魔導鎧が、修復を終えた分を含めて、七つある。

整備されていない道を通ると、荷車に負担がかかって、最悪軸や軸受けが壊れることになるかもしれないし。

「仕方がない。このまま進むよ」

「村人っていうものは、総じて臆病なものでしょう。こちらが何かしなければ、何もしてこないでしょうよ」

俺もそう願っていたのだけど、現実は非情だった。

なぜなら、街道を塞ぐようにして、百人程度の村人が集まっていたからだ。

老若男女問わず集まっている村人の手には、鍬や斧、スコップや鎌などの農機具が握られている。中には、元は薪だったんだろう、木の棒を持っている人物もいた。

「……なんだか、敵対的な雰囲気だね」

「……そのようで。なんででしょう?」

俺たちは、ペケェノ国に入ってから、無体な真似をした覚えはない。

こうも村人に警戒される覚えはなかった。

とはいえ、ここまで来てしまったら、いまさら街道を逸れても村人との衝突を回避する意味はない。

腹を決めて、彼らに近づいていくしかない。

やがて弓矢が届くか届かないかぐらいの距離まで迫ったところで、俺たちは進軍を停止した。

ここで俺は、村人たちに声をかける役目を、威圧感のある年配の兵士に任せた。俺だと年若いこともあって、迫力が足りないからね。

「我々はノネッテ国の軍隊である! 只今、逃走中のペケェノ国の軍隊を追っている最中である! 街道から即刻、退避するように!」

大音声による警告に、村人たちはビクついた。しかし逃げ散ろうとはせず、街道に留まったままだ。

その様子に眉を寄せて、兵士はさらに警告する。

「立ち去れとの言葉が聞こえぬか! その程度の人数で、我らの行軍を止めることなど無理だと、お前らにも分かっているだろう!」

どうにか恫喝で去ってくれないかと思っているのだけど、あまり芳しくはない。

村人たちは手足を振るわせて、こちらを恐れている様子にもかかわらず、一向に道から退こうとしない。

その様子は、なんとなくだけど、村人たちが自分たちのことを捨て駒にしているように見えた。

これは、なんか事情がありそうだ。

俺は考え、兵士の代わりに自分が声をかけることにした。

「僕の名は、ミリモス・ノネッテ。ノネッテ国王子にして、この軍を預かっている者です」

俺が自己紹介すると、村人たちに動揺が広がった。

恐らく、敵国の王子が出てくるとは思っていなかったんだろう。

その動揺が消える前に、俺はさらに言葉を浴びせることにした。

「貴方がたに、そうして道を塞がざるを得ない主張があるのなら、聞きましょう。さあ、言ってみてください」

優しい声色になるように気を付けて放った言葉は、村人たちの動揺をさらに誘った。

そして一人の老人が、村人の集団から離れて前に出てくる。

村人の年寄りにしては、確りした衣服を着ていて、白髪と皺だらけの肌ではあるけど生気があった。

「ワシは、この近くにある村の、村長です。頼める筋はないと重々にわかっていますが、願いを聞いていただきたい」

敵国の兵である俺たちにお願いとは、たしかにこちらが聞く筋が一欠けらもない。

でもあえて言わせてみることにした。

「叶えるとは約束できませんが、話は聞きましょう」

「ありがとうございます」

とお礼を言ってから、村長は続ける。

「我らの村には、食料の余裕がないんです。もし食料を奪おうとするのなら、我らを殺して奪い取っていってほしい」

村長が言い終わると、村人たちは『戦いぞ!』と意気込みを見せるように農具を構える。

その様子を見て、俺は少し考えてから、村長に問いかけ返すことにした。

「えーっと。貴方は、こう行動しろと、ペケェノ国の偉い人に頼まれたんですか?」

「!? な、なんのことか……」

村長は狼狽え、視線を外す。

元は純朴な人なんだろう、腹芸ができていない。

でも、あの反応を見れば理由は分かるので、こちらの対応も決められる。

「安心してください。我々は食糧を持ってきてます。貴方たちの村に手を出すことはないと、約束しましょう」

「えっ、そ、それは……」

「貴方たちの村の横を素通りするだけですよ。なにか困ることでも?」

俺がとぼけた調子で重ねて尋ねると、村長はなんと言っていいか迷う素振りだ。

一方で村人たちは、俺たちが村に手を出さないと言ったことに、安心と疑念が半分ずつといった表情をしている。

どうやら、村長は村人に内緒にしている事情があるみたいだな。

でもそれは、村長とペケェノ国の人との話で、俺たちには関係のない話だ。

「では、通らせてもらいますよ。進軍再開!」

俺が号令し、兵士が追従して、行進が始まる。

俺たちが近づいていくと、村人たちは戦うか退くか迷い始めていた。

さしずめ、こちらを止める理由が薄くなったので退避したい気持ちと、こちらの言葉を信じられない気持ちの板挟みになっているんだろう。

しかし俺たちが近づき続けて、軍隊という威容が迫れば――ほら、腹の座っていなかった村人から逃げだしたな。

「食料が盗られないんじゃ、ここにいる意味はねえ!」

「そうよ。食糧が無事なら、ここで無駄に死ぬのなんてイヤよ!」

一人、二人が逃げだせば、三人、四人と追従する。

あっというまに村人たちは村の中へと逃げていき、街道に残るのは逃げ遅れた村長一人。

村長も、一人だけ残っても意味がないと悟ったのだろう、ノロノロとした歩き方で村へと歩いていく。

そうして誰もいなくなった街道を通り、俺たちは村の横を通過する。

その際、兵士の一人が疑問顔で俺に言ってくる。

「結局、あいつらは何がしたかったんでしょうかね?」

「俺の予想だと、ペケェノ国の偉い人に、捨て駒役に選ばれたんだと思うよ」

「捨て駒って、あれっぽっぽっちの村人の数で?」

兵士の疑問は正しい。

あれぐらいの人数が農具を装備して街道に立っていたところで、こちらの敵ではない。ものの十分もあれば、鎧袖一触に打ち払われて、街道に屍を晒すことになっただろう。

問題はそこじゃない。

「要するに、俺たちに彼らを殺させることで、騎士国を呼び寄せたかったんだよ。ノネッテ国の軍隊がいたいけな村人を虐殺した、とでも言えば、騎士国は来るんじゃないかな?」

「村人の死を呼び水にするってことですかい。なんとも、えげつない」

「えげつないのは、これから先だよ。ここから先の街道で、どれだけの村が同じことをしようとしてくるんだかね」

そんな俺の嫌な予想は大当たりだと、程なくして判明する。

少し進んだ先にあった村の近くで、そこの村人たちが同じように街道を塞いでいて、こちらに同じようなことを主張してきたのだから。