軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

百五十五話 ロッチャ地域で内政再開

砂漠の通商路についての道筋をつけられたので、俺はアンビトース地域へ引き返した。

アンビトース地域の領主であり、俺の一つ上の兄でもあるヴィシカに、砂漠の民に勝ったお礼を言われる。

「流石は、ミリモス。後は、任せて」

相変わらず口数が少ないなと苦笑いしつつも、ヴィシカは真面目なので、砂漠の通商路の件は砂漠の民とスポザート国とアンビトース地域の三方が良くなるようにまとめてくれるだろう。

指揮官としての役目を終えた俺は、砂漠で世話になったカミューホーホーから馬に乗り換え、パルベラとファミリスと共にロッチャ地域に戻った。

「ただいま帰った」

声をかけながら執務室に入ると、ホネスが喜色満面の顔で出迎えてくれる。

「おかりなさい、センパイ。ささ、書類が溜まってますから、椅子に座ってくださいね」

「ちょっと、旅から帰ってきたばっかりなのに」

「大丈夫ですって。ロッチャ地域は平穏そのもので、センパイじゃないと処理できない書類の数は少ないんですから」

ホネスが言うように、俺の執務机の上にある書類の束は、握り拳一つ分――厚めの月刊誌ぐらいの高さしかなかった。

「これぐらいなら、ちゃっちゃと終わらせられるか」

「余裕があるようなら、わたしのほうの書類も手伝ってくださいね、センパイ」

「了解。パルベラとファミリスは、旅の疲れをとるために、部屋に戻ってもいいよ」

執務机に着きながら提案したところ、パルベラは困り笑顔で頷き返してきた。

「砂漠では水浴びもできませんでしたし、いまの 私(わたくし) の姿は見苦しいでしょうから、旅の埃を落とさせていただきますね」

旅路の厳しさから、パルベラの姿は多少ヨレて見えなくはない。けれど、それが美貌を損ねているかと言うと、そんなことは決してなかった。

「いやいや、見苦しくなんてないよ。可愛いいままだよ?」

素直な気持ちを声に出すと、パルベラは照れ顔で真っ赤になった。

「もう、ミリモスくんは。そういう気恥ずかしいことばは、薄汚れているいまの私ではなく、綺麗になった私にこそ言ってください」

パルベラは少し怒った風に言うと、照れ顔を隠すようにそっぽを向き、そのまま執務室から出ていってしまう。

その後を、ファミリスは追いながら、なぜか非難するような目を俺に向けている。

差し詰め『姫様の気持ちを弄ぶような真似は止めろ』といったところだろうか。

そういうことならと、ファミリスの機嫌を取っておくことにした。

「ファミリスも、パルベラ姫と一緒にお風呂に入ってきたら?」

「!? そうですね。長旅の汚れを、私が隅々まで洗って差し上げねばなりませんね!」

ファミリスは嬉々とした様子に変わると、足早に執務室から去っていった。

さて、執務前のお喋りはこれで終わりにして、真面目に作業を始めるとしよう。

俺は執務をひと段落つけると、ホネスから「そういえば」と声をかけてきた。

「センパイの研究部が、なにか新しいものを開発したようですよ」

「そんな報告、ここにはなかったよ?」

「センパイが戦いに行っているときに、成果報告として上がってきたんですよ。問題はなさそうだったので、そのまま続行を指示しておきました」

「そうなんだ。教えてくれてありがとう、ホネス。早速、見に行ってみるとするよ」

「執務を終えたんですから、身綺麗にするんじゃないんですか?」

「研究部といっても鍛冶場のような場所だからね。俺に多少の砂汚れがついていても、連中は気にしないよ」

むしろ、汗だくで働く研究部の人たちの方が、いまの俺よりも汚れて見える感すらあるし。

俺はホネスに残りの執務を任せ、研究部へと向かう。途中、使用人と出くわしたので、世話をかけているホネスを労うため、お茶とお菓子を差し入れるようにと指示しておいた。

研究部に顔を出すと、なにやら変なことをやっていた。

「よーし。動いてみろー」

『いきまーす』

研究部の全員が一ヶ所に集まっていて、その中心には異様なモノが立っていた。

あるのはずんぐりと無骨な全身甲冑なのだけど、等身大のバケツ人形や、古典的ロボットとか、某アメコミの鋼鉄スーツmark.1とでも言い表せる容姿をしていた。

鎧であることは間違いなさそうだから、中に人がいるのだろう。

でも、鎧の装甲の厚みがどこも一センチを超えている。そんな厚みの金属板で作られた甲冑なんて重すぎて、力自慢のロッチャ兵でも動くことすら至難だろう。

そんな見解で持って見ていたのだけど、俺の予想に反して、無骨甲冑は片足を持ち上げて一歩前進する。

一歩ぐらいなら渾身の力を込めればできなくはないが、無骨甲冑は二歩三歩と前へ進む。

「何かしらのカラクリがあるってことかな?」

興味がそそられて深く観察しようとするも、無骨甲冑は五歩目をあるいたところで、立ち眩みを起こしたかのように急に屈みこんで膝立ちになった。

その瞬間、周りにいた研究部の人たちが、無骨甲冑に群がった。

「外せ! 『魔導鎧』の留め金を外すんだ!」

「動ける範囲が五歩じゃ、使い物にならない!」

「やっぱり鎧を作るのはまだ早かったんだ。やっぱり盾を先に作ろうぜ!」

「ロッチャ兵は鎧の防御力が最大の長所って言ったの、お前だろうが!」

わいのわいのと騒ぐ彼らの手で、無骨甲冑が取り外された。

甲冑の中から引きずり出された男性は、青い顔をしている。

「魔力を馬鹿食いしますよ、これ」

「障壁を任意発動式に変更して、各関節の駆動補助だけに限定しているのにか?」

「その補助だけで、ガンガン体の魔力を吸われるんですよ」

興味深い単語がいくつも出てきたところで、俺は彼らの輪の中に顔を差し入れた。

「ねえ、何しているのかな?」

「「「うわ! ミリモス王子!」」」

ぎょっとした顔になった研究分の一同が、俺から一定距離を空ける。

「そんな魔物を見つけたときみたいな反応されると、けっこう傷つくんだけど?」

俺が冗談で笑いながら言うと、一同が一斉に首を横に振る。

「いえいえ! ミリモス王子が魔物だなんて!」

「そうですよ! 帰ってきていたとは知らなくて!」

「ミリモス王子がいないことを幸いに、勝手な方向に研究を進めようだなんてしてませんでしたよ!」

「「おい、バカ!」」

不用意な発言をした一人の口を、その他の人たちが押える。

でも、そんなことをしても、俺の目の前には『俺が指示した覚えのない』無骨な甲冑が鎮座しているわけなんだよな。

「それで、この甲冑はなにかな? 材質は青銅っぽいけど?」

にこやかに尋ねると、研究部の一同は肘鉄砲で返答役を押し付け合いを始め、やがて一人が俺の前に出てきた。

「これはその、オレらは『魔導鎧』と呼んで、作っているものでして」

「その名前からすると、鎧が魔導具なのかな?」

「そうなんですよ。帝国の鎧を参考にして、ロッチャ兵の鎧を魔導具に作り直そうとしてましてね」

旅路から帰った格好のままの俺は、話に出てきた帝国製の革鎧を着ている。

必要がないので発動はさせていなかったけど、この革鎧には『硬質化』と『衝撃緩和』がついていることがわかっている。

「でもこの無骨な鎧は、装甲が厚いから、硬質化の魔法は要らないように見えるけど?」

衝撃緩和の魔法にしても、無骨甲冑の中に厚めの襦袢を着れば、それだけで事足りそうに思える。

そんな俺の疑問に対し、研究部の男性はニヤリと意味深に笑う。

「ええ、必要ないですね。だから、この魔導鎧には、違う魔法の模様を組みこもうとしているんですよ」

男性は近くにある机から覚え書きと思わしき紙を取り上げると、俺へ突き出してきた。

「ロッチャ兵の長所は、堅牢な鎧による防御力! その長所を生かすため、魔導鎧は金属の厚みで普遍的な防御力を獲得させました」

「装甲の厚みはそういう理由なんだ。でも、厚くした分、重量はかさむよね?」

「そこが問題でした。そこで我々は、帝国の鎧が硬質化と衝撃緩和の二つの魔法の模様があることに着目し、それを別の魔法に置き換えようと発想しました」

「さっき、ちょっと聞こえていたけど、『障壁』と『駆動補助』だっけ?」

「障壁はその通りですが、駆動補助は『倍速の魔法』を言い換えたものです」

倍速の魔法とは、人が二倍速で動けるようになるというものではなく、投げたり振ったりで動く物を一時的に軽くする魔法のこと。

使用法としては、手で物を投げたり、弓で矢を発射する際や、投石機で岩を投げるときに使用することで、速度や飛距離を増すことができる。その投擲物が飛翔する速度や飛距離が倍になったように見えることから、『倍速』と魔法名がついたという、ちょっと変な経緯がある魔法だ。

「動いているモノにしか効かない魔法だけど、歩く際に手足は動くから倍速の魔法は適応できるってわけだね。よく思いついたね」

少なくとも俺は、使えないと思って、倍速の魔法を覚えようとしなかった。

だって、投げた物や弓矢や投石機の岩の飛距離が伸びるとしても、遣いどころが限定され過ぎている。

飛距離を伸ばそうと思えば、投擲を練習したり、弓の強さを変えたり、投石機の構造を工夫したりすることだって出来るんだ。

倍速の魔法を使う機会なんて、戦場で弓矢や投石機を使う際に、予想した以上に相手との距離が遠い時にしかない。

そもそも、そんな間抜けな事態になっている時点で、事前の作戦は破綻しているも同然。倍速の魔法を使って一時しのぎをしたところで、戦術の拙さから負けるに決まっている。

思考が少し逸れた。

要するに倍速の魔法というものは、使っている人がほぼいない、とてつもなくマイナーな魔法なのだ。

「でも、その倍速の魔法が問題なんだよね?」

「ええ。どうやら倍速の魔法の模様ってってのは、一方向に物が動く際に魔力を食うようでして。そして方向が変わるたびに、また魔力を食うんで」

「一歩動くにしても、色々な場所を上下左右に動かすから、一気に魔力が減るわけね」

「関節部に使用部を限定しても、並みの人間じゃ五歩動くのが限界で」

それしか動けないんじゃ、戦争に使う鎧には使えない。

「改善の目途は立っているの?」

「装甲厚を調整して魔法に頼らずに動けるよう軽くするか、障壁を消して違う魔法を入れるかですね」

順当な改造案だな。俺でもそうするだろうし。

「じゃあ、その二つの線で、開発を続けてよ」

「えっ! 魔導鎧の開発、続けていいんですか?!」

驚く研究部の一同に、俺は笑顔を向ける。

「帝国にもこんな鎧なさそうだし、面白そうだから。あと、ここから先、ロッチャ地域は騒乱に関わらないだろうから、開発の時間はたっぷりとあるはずだからね」

「え、本当にですか?」

彼らの訝しんだ顔から、内心で『ミリモス王子がいて戦争にならないはずがないのに』と考えていることが、透けて見える。

「あのね。ロッチャ地域は、北は帝国に接していて、西南はノネッテの国土で、東は属国だよ。南の砂漠の問題も片付いたいま、どこから戦争を仕掛けられるっていうんだよ」

「そりゃあ、仲違いしたっていう帝国から……」

「もしそうなったら、いまの俺たちじゃ抵抗するだけ無駄だから、無血降伏するしかない。つまり、どうやっても戦争にはならないよ。まあ、帝国と仲違いしたといっても、それは国策上のことで、いまでもお互いに有益な貿易相手だからね。軽々に攻め入ったりはしてこないから、安心しなよ」

俺の説明に、研究部の一同は納得しがたい顔をしていた。

しかし、一点だけ納得する部分があったらしい。

「いまのオレらじゃ、帝国に勝てないのは、その通りだ。なんもかんも負けているからな」

「だからこそ、この魔導鎧を完成させねばだ!」

「そうだ。帝国の魔法攻撃だって防げるよう、開発しなければ!」

変な風に情熱に火がついたらしく、研究部の一同は鎧の改造にまい進し始めた。

それは良いことなのだけど、俺は一つ釘を刺すことにした。

「鎧に集中するのは良いけど、鎧だけじゃ戦争には勝てないからね」

「もちろん、武器の開発も進めます!」

「ロッチャ兵に相応しい武器にしてみせるともさ!」

忙しく研究を始める一同を見て、俺はこれ以上の言葉は要らないと判断した。

そして俺がこの場に居ても邪魔だろうからと、自室に引き上げることにする。

その途中の廊下で、俺の衣服から砂粒が落ちたのを見て、そういえば旅の汚れを落とさなきゃなと、風呂へと直行することにしたのだった。