軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

八十八話 アテンツァとの密会

アテンツァは俺の部屋をぐるりと見まわし、少し意外そうな顔つきになる。

「王子ともあろうものの部屋がみすぼらしくて、驚きましたか?」

事実、俺が使っている部屋は、机と椅子が一組とベットとクローゼットがあるだけの、六畳程度の大きさ。こちらの世界の常識に当てはめると、上位の使用人が使う部類の部屋だった。

そんな俺の冗談交じりに問いかけに、アテンツァは申し訳なさそうに眉を伏せる。

「不躾な目を向けてしまい、申し訳ございません」

「いや、いいよ。兵士暮らしが長かったから広い部屋よりも狭い部屋の方が落ち着くからって、無理言って場所を融通してもらったしね」

言いながら、アテンツァが扉の前で戸惑っていたのは、このみすぼらしい部屋の所為だと思い至った。

きっと俺の部屋の場所を誰かから聞いて訪れてみたら、使用人が使うような一画にある部屋。場所を教えてもらって人に騙されたと思っても、仕方がない。

俺は事情を察知して苦笑いしながら、アテンツァに椅子を進める。俺自身はベッドの上に座った。

「それで、話とはなんでしょう?」

会話の水を向けると、アテンツァは言い難そうにしながら喋り始めた。

「私どもが人質としてこちらに移り住んで、はや幾日も経ちました。その間、ミリモス王子はこちらに会いに来てくださいませんでした」

言われてみると、確かにそうだったな。

「君たちは人質とはいえ行動を縛る気はないから、俺が顔を出さないほうが心安らかに暮らせるんじゃないかっていう配慮だったんだよ。まあ書類仕事が溜まっていたし、帝国から一等執政官もやってきたしで忙しかったことも一因だけどね」

こちらの事情を明かすと、アテンツァはほっとした様子だった。

「てっきり、ミリモス王子に見捨てられたのだと」

「そんなまさか。見捨てるつもりなら、あなたたちが不自由しないようにって、色々と手配はしませんよ」

人質とはいえ、元は王家の姫と王太子の妻だ。失礼がないようにと、使用人から護衛まで手配してある。食事だって気を使って、アンビトース地域の料理を作れるものを宛がってもいる。

ここまでしているのに、どうして見捨てられているという結論が出るのか不思議だ。

けど、アテンツァにも言い分はあった。

「統治者が顔を見に来ないということは、その人質に価値がないと言っているのと同じななのです。少なくとも、使用人たちはそう感じるのです」

「……使用人たちに嫌がらせでもされた?」

もしそうなら罰則を適用しないといけない。

けど、それは俺の早合点だったようだ。

「いえ。ただ、少し態度が雑になりつつあるように見受けられるようになってきています。このままいけば、露骨にこちらを下に見る態度になるだろうと見越しております」

「そうなる前に、俺の行動や使用人の態度について、釘を刺しに来たってことか」

「釘を刺すだなど、とんでもない」

「言い方が悪かった――忠言しにきたってわけだね」

同じ意味なのにと思いながら言いなおしつつ、アテンツァの提言について考える。

「解決策は、俺が何日かに一回、アテンツァとジヴェルデに会いにいけばいいわけだね」

「できれば一日に一度が望ましいのですが、五日に一度でも構いません。ただし、顔を出してすぐ去ってしまうのではなく、短時間でもいいので会話をしていただきたく思います」

「そうすれば、俺がアテンツァとジヴェルデを粗雑に扱っているわけじゃないと、使用人たちに伝わるわけだ」

「訪問なさっていただける前に、手紙などで知らせてくださると、より完璧になります」

面倒な作法だなと感じるけど、女性は身支度に時間がかかるものだから、事前の時間は配慮しないといけないよな。

「わかった。話はそれで全部かな?」

「はい――ああ、いえ。もう一点だけ」

アテンツァはいま思いついたような素振りをしてから、そのもう一つの用件を話し始めた。

「日が落ちて以降に、自室に女性を連れ込むことはお止めください。誤解の元になります」

「連れ込むって心外な。アテンツァが入りたいって言ったんでしょうに」

「いえ、入りたいなどとは言っておりません。部屋の中を見て、他に誰もいませんねと尋ねただけでございます。その後でミリモス王子が、私を部屋に引っ張り込んだのでございます」

そうだったっけと首を傾げると、アテンツァがため息を吐きだした。

「本当にミリモス王子は、王子教育を受けておられないのですね。まったくもう、これでは私が、純真な年頃の子を騙す悪女のようではありませんか」

「なんで怒られているのか、よくわからないんだけど?」

「ミリモス王子を怒っているのではありません。ノネッテ王家の失態について嘆いているのです」

本当に意味が分からずに俺が目を白黒させていると、アテンツァの講義が始まった。

「いいですか、ミリモス王子。誰かが部屋に訪れた際には、手配して談話室をご用意なさってください。尋ねたきた相手が女性の場合は特にです。この部屋での会話に固執された場合は、誰かを同席なさってください」

「それはまた、どうして?」

「ミリモス王子にやましい点はないと、周囲の目に映すためです。逆にこうして部屋の中で密会をしてしまうと、なにかしらミリモス王子にやましい点があると、見たものは考えるのです」

「あれ? でもこの状況って、アテンツァが誘導したんじゃないっけ?」

「確かに誘導しました。ミリモス王子と私が良い仲だと誤解をしてくれたほうが、立場が良くなりますので」

そういえば、俺の部屋に来た理由は、アテンツァたちを世話する使用人の態度が悪くなりかけているという問題を解決するためだった。

俺とアテンツァが部屋で内緒話をするぐらいに仲良しだと錯覚してくれれば、雇い主である俺の不評を恐れて使用人たちの態度は改まるだろう。

なるほどと頷いていると、アテンツァは「ミリモス王子は考え違いをしている」と告げてきた。

「良い仲というのは、男女の仲ということです。この意味は、わかりますね?」

「そりゃあね。肉体関係ってことでしょ?」

言ってから、俺はさらに深く理解した。

男女で部屋で密会するとしたら、そういう関係だと考える人もいるよなと。

「理解したよ。これからはアテンツァの教えに従って、不用意に部屋で合わないことにするよ」

そう返答をしたところで、少しだけ意地悪な考えが浮かんだ。

「逆に聞くけど、女性が一人で男性の部屋に尋ねることは大丈夫なの?」

アテンツァの行動を揶揄しての言葉だったのだけど、余裕の笑みを返されてしまった。

「その部屋の男性に言い寄っていると受け取られても仕方がない、そんな行為ではありますね」

「それって拙いんじゃないの?」

「私は未亡人の身で、大した立場はありません。人肌恋しくて言い寄ってしまったのだろうと――ふしだらと思われるでしょうけれど――それだけで済むともいえます」

「つまりアテンツァは、俺とそういう関係だと噂されても平気だと?」

「噂どころか、本当の関係になっても良いと思っていますよ。そうでなければ、こうして男性の部屋に二人っきりになろうとはしません」

誘惑するように微笑むアテンツァに、俺はギョッとする。

その後で、ハニートラップに気を付けろという教えなのだと気付いた。

「あ、あははっ。不用意な真似はしないよう、これからは気を付けることにするよ」

「そうなさってくださいね。では用件が終わりましたので、お暇を――」

アテンツァは椅子から立ち上がり、部屋の扉に手を掛ける。そのとき不意に、こちらに妖艶に微笑みをむけて来た。

「――先ほどの言葉は、偽りではありません。ミリモス王子がこの身を欲しいと仰られるなら、いつでも差し出す所存ですよ」

男性への殺し文句すぎる提案だけど、俺はもう額面通りには受け取れなくなっていた。

アテンツァのいまの言葉の裏に、『体を差し出す代わりに便宜を図れ』という一文がくっ付いているのだと、察知してしまっていた。

俺は気のない素振りで返事とすると、アテンツァはそれでいいとばかりに頷いてから部屋を出ていったのだった。