軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

暴力だ暴力はすべてを解決する

タイワンシジミ――

地球では、中国南東部、朝鮮半島、ロシアに分布する二枚貝だ。黄色い貝殻を持つこの貝が、日本在来種であるマシジミを脅かす在来種であることは、先述した通りである。

そもそも食用に向かない。マシジミと違って出汁はほとんど出ず、大量死が発生すると周囲に悪臭を放つとして迷惑がられているし、マシジミに対する遺伝子汚染も見過ごせない。実に厄介な貝だ。水質を気にしないのか、汚染された川にも平気で棲む。だからこそ、こちらの世界にうっかり転移してきた個体が、しぶとく生き残っていたのだろう。実際、水を抜かれた後の淡水湖の泥の中にウジャウジャいた。

――しかし。しかしだ!

タイワンシジミは、ある一点においては非常に優秀だった。

水質改善である。

こちらの世界に転生する前。日本のニュースで川の水質が改善されてマシジミが復活した! というものを見かけたことがある。ああいう場合、ほとんどが誤報らしい。水質が改善されたことは事実でも、それを成したのは、マシジミではなくタイワンシジミが繁殖した結果らしいのだ。

黄色い殻を持ったタイワンシジミは、見た目は綺麗だし、アクアリウムの掃除屋としての可能性を秘めているとして、様々な記事や動画が投稿されていた。アウトドア趣味の私は、山や川に生息している生き物に興味があったから、そういうものを暇つぶしに眺めていたのである。

だから、マジックバッグからそれを見つけた時は心が浮き立った。暇つぶしに貝を掘った時のバケツを、刺客に襲われた時、咄嗟に仕舞い込んでいたらしい。私が使っている最高級のマジックバッグの中は時間が停まっていて、タイワンシジミも採れたてピチピチのままだった。

ぶっちゃけ、タイワンシジミが穢れに効くかなんてわからない。水槽の水を綺麗にするのとは勝手がまるで違う。だがしかし、なにがしかを浄化するという意味では似たようなものだ。まあ、当たったらラッキー。そんな軽い気持ちでぶん投げたのである。

――私の目論見は当たった。

しかも、とんでもなく効果があったのだ!

「いや、なんで巨大化するの!?」

泉に投げ込まれたタイワンシジミは、驚くことにみるみるうちに成長していった。いまや枕くらいのサイズがある。水音を立てて泉に沈んだタイワンシジミは、キラキラ輝きながらバキュームが如く穢れを吸い込み始め――更に巨大化していく。

うーん。巨大化した生物か……なんだか見覚えがあるような。

「すごい。ブラックバスの時みたいですね」

ヴァイスの呟きに、私はポンと手を打った。確かにそうだ! ブラックバス騒動の時も、空を飛ぶ小魚を食べたブラックバスが、どんどこ巨大化してたっけ。

「もしかして地球から転移してきた生き物が大きくなるのって、穢れのせい……!?」

すぐさま結論は出せないが、その可能性は高いと思われた。例えば、この世界の生き物に〝穢れ〟という成分が大なり小なり含まれているのだとしたら? そして、〝穢れ〟が地球からやってきた生き物を大きく成長させる効果を持っていたとしたら――少し前に出会ったアメリカザリガニやイケチョウガイが、地球より大きく成長していた理由になるのではないか。

加えて、ブラックバスだけが急激に巨大化していたことも説明できる。おそらく、ディアボロはかなり前から創世神の分身を壊すための企みを進めていたのではないだろうか。密かに創世神の分身である石像が安置された泉をせっせと穢していたのである。

そして、ブラックバスが出現した淡水湖の地下には、古代遺跡のダンジョンが存在していた。例えば、この場所とダンジョンが繋がっていたとしたら? 精霊たちが逃げ出すほどの穢れはダンジョンから漏れ出し、通常よりも濃縮されて、淡水湖に溶け込んでいた。結果、淡水湖に棲まう生き物は通常よりも多い穢れを内包していたのである。転移してきたばかりのブラックバスが、空飛ぶ小魚……それも穢れを多く含むそれを食べた途端に強大化した。あの事件は、様々な要因が重なって起きたことなのだ。

――すべては繋がっている。すごいなあ。いやでも、光っている理由はちっともわからないし、尋常じゃないスピードで浄化しているのも意味不明ではあるけれど。

「あの貝、眩しいくらいですね。水の女神アクア様の加護でしょうか」

「はっ! そう言えば、あの人って水棲生物を加護してるんだっけ……」

そう言えば、一回くらいは手助けしてくれると言っていた。つまりこれは正解ってことだ!

約束を守るなんてすごいぞ水の女神アクア様! どっかの駄女神とは大違いだ!

『クソッ! どういうことだ……! 止まれ! 止まってくれ!』

ぐんぐん吸い込まれていく穢れを前に、ディアボロは大いに焦っているようだった。

そうだよね。創世神の分身である石像を破壊するために、コツコツ穢れを集めたんだもんね。それがなくなったら、打つ手がなくなってしまう。

『このっ……!』

「邪魔はさせないわよ!」

ディアボロは、タイワンシジミを排除しようと動き出すが、すぐさまサリーやグリードに邪魔をされて動きを止めた。ずいぶん余裕がないらしい。噴き出した穢れを操ることも、岩を飛ばすことも上手くいかず、石像を取り巻く穢れは薄くなっていく一方だった。

『どうしてっ! なんでいつもこうなんだ……!』

ディアボロは憎々しげに創世神の分身である石像を睨み付けていたかと思うと、

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』

天に向かって絶叫する。途端、衝撃波が辺りに広がり、私は強く目を瞑った。

――我はただただ、愛しい人と共にありたいだけだったのに。

頭の中で誰かの声がする。ひどく悲しい声色だ。細かく震え、そして沈んでいる。

――復讐さえままならない。この想いをどこにぶつければいい……?

「あっ……!」

そろそろと目を開ければ、眼前に見知らぬ光景が広がっていた。東屋の周りに大輪の花が咲き誇り、蝶が躍る美しい庭だ。ふたりの人物がいる。ディアボロと――大柄な男性だった。

『父よ。どうしてですか。なぜ俺の愛する人を奪うのですか!』

泣いているディアボロが、父と呼んだ男性の足に縋り付いている。つまり、あの男性が創世神なのだろう。黄金の巻き毛に逞しい体を持った父なる神は、涙をこぼしているディアボロを、ひどく冷めた目で見つめていた。

『なぜ? ほしいと思ったからだ。お前の側で笑う女が気に入ったから』

『他にも女はいるはずです。父を慕うものは掃いて捨てるほどいる!』

苦しげに顔を伏せる。ディアボロは絞り出すような声で言った。

『父とは違う。俺には彼女しかいないのです。だから、どうか……』

『…………』

必死に希うディアボロとは対象的に、創世神はどこか小馬鹿にしたような表情していた。

場面が切り替わる。創世神が女性の腰を抱いて歩いていた。その姿を、遠くからディアボロが見つめている。悲壮な表情が結果を物語っている。奪われたのだ。愛する人を。

「……お嬢」

「うん。たぶんこれは――ディアボロの過去の光景だ」

思わずヴァイスの手を握った。その間にも新しい場面が次から次へと目の前に現れた。傷心を慰めてくれた女性に新しい恋をするディアボロ。幸せな時を過ごすふたり。けれども、そんな時間は長くは続かない。再び愛する人を創世神に奪われてしまったのだ。

『あああああああああっ……! なぜだ。なぜなんだ。父よ!』

激昂したディアボロは、とうとう父なる神を見限った。憎き創世神を倒そうと戦を仕掛ける。しかし、己を作った神には到底力が及ばない。それでも諦めないディアボロ。血反吐を吐きながら戦う様は壮絶で、思わず見ている方が辛くなるほどだった。

『――俺は、俺は……!』

気がつけば、目の前に広がっていた光景が失せている。ディアボロの感情の昂ぶりが、私たちに彼の想いを見せてくれたのだろうか。詰めていた息を吐くと、どっと汗が噴き出してきた。

なんだかすごいものを見た気がする……。

一気に情報を流し込まれたせいか頭が重い。

ノロノロと顔を上げると、新たな展開が待っていた。

『離せっ……!』

『観念しろって。もう諦めろ、ディアボロ』

『アイシャにより、あなたの企みは防がれました。大人しくしなさい』

いつの間にかディアボロが地に伏せている。魔力で作られた縄でディアボロを締め上げているのは、狩猟の女神アイリス。側には、水の女神アクア、灯の女神ホーリーと恋愛の女神エステルもいる。そして――

『まったく愚かな息子だ。何度過ちを繰り返せば済むのか。身の程を思い知れ!』

先ほど見た光景どおりの創世神が、ディアボロを見下ろしていた。

周囲に漂っていた穢れはすべて払拭され、辺りには清浄な空気が漂っている。ヘドロのようだった泉は透明さを取り戻し、美しい泉の周りにデカすぎるタイワンシジミがゴロゴロ転がっているという異様な状況だ。

『アイシャ!』

私に気がついた水の女神アクアが笑顔で駆け寄ってくる。

『あなたならやってくれると思っていました』

手を握られ、「はあ」と曖昧に笑った。

――とっっっっても複雑なんですが?

脳裏にはディアボロが見せてくれた光景が焼き付いている。うっ。創世神を見るとイライラする。なんだあの寝取り親父。なんで元凶の癖に偉そうなんだ。

「アイシャ」

「ご主人様、怪我ない?」

やがて、サリーとグリードが合流する。ふたりともどこか草臥れた様子だった。どことなく複雑そうな顔は、「ああ、お前らも見たんか……」みたいな微妙な連帯感がある。彼らもディアボロの過去を垣間見たようだ。そんな私たちが共通して持っている認識――それは。

どうしよう。ディアボロが可哀想すぎる……!

誰かを犠牲にしてまで事を起こそうとしたのは庇えないけれど、愛する人が出来る度に奪われたらそりゃあブチ切れるだろう。えっ、これって創世神のが悪くない? むしろディアボロが反旗を翻すのって、自業自得では。すべての元凶は創世神じゃない……!?

もう頭の中はしっちゃかめっちゃかだ。どうしようこれ、と途方に暮れていると、寝取り親父……創世神がとんでもないことを言い出した。

『娘、お前に愚息を封印する名誉を与えよう』

「……は?」

変な声が漏れる。この親父は何を言い出すんだと訝しんでいると、創世神は恋愛の女神エステルに小さな短剣を渡した。大粒の宝石があしらわれた、如何にも高そうな短剣だ。わずかに光ってさえもいる。明らかに神の力的なものを含んだそれを娘に預けた創世神は、どこか不遜な顔で私にこう告げた。

『これでディアボロを刺せ。この剣は魔力を断つ力を持っている。ひと太刀でも浴びれば、神といえどただでは済まない。数百年は眠りにつくことだろう』

――つまり、オタクの内輪もめの決着を私に丸投げすると。

如何にも神っぽい発想だった。水の女神アクアが、神は人界のことに直接手を出せないと言っていたから、自分で手を下せないのだろう。正直、げんなりだった。あんな光景を見た後だから尚更だ。それになんだか――ものすごく腹が立つ。

「お、お嬢?」

ヴァイスが不安げに声を掛けてきた。物憂げな碧色が私の顔色を窺っている。サリーやグリードも気遣わしげだった。ああ、ごめんね心配かけちゃったね。

だけど……正直、我慢ならなかった。創世神の言いなりになるなんてごめん被る。

どう考えたって、元凶は創世神だとしか思えなくなってしまったからだ。

――これがディアボロの策略だったらどうしよう。

そんな風に思いもするが、創世神がディアボロの大切な人を寝取ったのは事実である。

そして、そんな愚かな行いが私たちを巻き込んだのだ。

アイツが何もしなければ。私は今日もウキウキでキャンプをしていたはずだ。

アイツが何もしなければ。そもそもディアボロはこんなに病まなかったはずだ。

アイツが何もしなければ。ディアボロ教にかぶれた貴族が使用人を犠牲にして儀式を行わなかったし、精霊が地上に大発生もしなかったし、カレー粉はすぐに手に入ったはずだし、ブラックバスは巨大化して人々を襲わなかったし――将来について、私が思い悩む必要もなかった。

何度も言うが、すべては繋がっている。だったら――私はどうするべきか。

「アイシャ、これを」

ひとり思案に暮れていると、ふと目の前に短剣が差し出された。

恋愛の女神エステルだ。私は彼女がどことなく浮かない顔をしているのに気がついた。原因には心当たりがある。彼女のこれまでの言動を思い返してみれば簡単なことだ。

「エステル様。エステル様は互いに想い合う恋人たちに加護を与えるんですよね? あなたは、恋人が理不尽に引き裂かれることを何よりも嫌悪しているのでしょう?」

ディアーヌの件でも、かなり恋愛脳な発言をしていたはずだ。そんな彼女が父の行いに何も思わない訳がない。そう考えて、小声で問いかけてみた。すると、予想通りに恋愛の女神エステルが泣きそうな顔になった。彼女も葛藤しているのだ。父と自分の存在意義の狭間で。

――ああ。やっぱり私ってついているのかも知れないな。

気がつけば、必要なカードが手の中に揃っている。いや、むしろ――こういう私だから、水の女神アクアは私を選んだんじゃないかとさえ思えてくる。

だって、彼女は私のことをよく知っている様子だったから。

私は、自由を害されるのが何より嫌いだ。なにせ窮屈な生活が我慢ならないと一国の王子を簀巻きにして婚約破棄を叩き付けた前科があるくらいである。

沸点も低い。思い切りが良すぎて――ご存じのとおり、やり過ぎるきらいがある。

そんな人間に、ディアボロのような背景を持ったタイプが起こしたトラブルを任せたら。

最終的にどこに矛先が向くか――彼女のような優れた女神が想定できないはずがない。

「アクア様」

『はい』

「私は――この世界を救えばいいんですよね?」

唐突な問いかけに彼女は宝石のような瞳を瞬いた。真意を探るような眼差しを向けてくる。

『わたくしは……』

彼女はわずかに逡巡した後、こくりと小さく頷いた。

『アイシャ・ヴァレンティノ。あなたの心のままに。協力は惜しみません』

「うん。わかりました。以前、ひとつ願いを叶えてくれると言ってくれましたよね。あの約束は今でも有効ですか?」

『もちろんです。わたくしは神――約束を違えることはありませんから』

「……ありがとうございます! なら――」

にっこり笑う。

「これから私が何を仕出かしても、全力で守って下さいね」

「……ッ!」

ポカンとしている水の女神アクアに背を向け、恋愛の女神エステルから短剣を受け取る。

「お嬢!」

ヴァイスとグリード、サリーにも目配せをした。

「みんなごめん。迷惑かけちゃうかも」

はっきり断言した私に、彼らは困惑の色を隠せないようだった。しかし、すぐに笑みを浮かべた。「お嬢に振り回されるのはいつものことなので」「ご主人様やしなあ」「まったく。アタシたちの身にもなりなさいよ」そんなことを言いながらも、ついてきてくれる。うーん。いい仲間に恵まれたなあ。そんな風に思いながら、創世神の前に立った。

創世神の足下には魔力の鎖に拘束され、苦痛に顔を歪めているディアボロが転がっている。私を恨みがましく睨んでいる彼を一瞥してから、創造神に向かって愛想良く笑う。

「創世神様。今から世界を救います」

『わかっている。早くしろ』

余計な話はするな、愚図めと言わんばかりの視線にイライラする。

私は短剣を強く握りしめると――ギラリと目を光らせた。

「じゃあ、世界を揺るがす原因となりうるディアボロを――貰っていきますね?」

『なんだと?』

怪訝そうな顔をした創世神を放置して、短剣をディアボロに向かって振り下ろす。刃が切り裂いたのは、ディアボロの体――ではない。彼を捕らえていた魔力の鎖だ。

パキィン! と甲高い音を残して鎖が消えゆくと、私は短剣をそこらに放り投げた。

――それとついでに!

目を丸くしている創世神を見上げる。勢い良く右手を振りかぶって――

「最初から最後まで、ぜんぶアンタが悪いんでしょうがーーーーーー!!!!!!!!!」

思い切り創世神の頬を張ってやった。

パシィィィィィィン……!

軽快な音が洞窟内に響き渡る。見事にクリーンヒット。手がジンジンしているが構わない。

「二度と寝取るな馬鹿野郎! もげてしまえ! 十回も謀反を起こされてんだ、ちょっとくらい自分の行いを振り返れ。世界の危機の原因はお前だっつの。この寝取りおじさん!!」

唖然としている創世神の胸ぐらを掴んで叫んだ。そして、足下に転がっているディアボロを起き上がらせて手を繋ぐ。すかさずヴァイスに言った。

「じゃあ、とんずらするわよ!」

「お嬢~~~~~~~~~~~~~!」

何やらヴァイスが滅茶苦茶怒っている気配がするけど、知ったことではない。

「迷惑かけるって言ったじゃない!」

ふふんと胸を張ると、みるみるうちにヴァイスの顔がしわしわになっていく。苦悩たっぷりの表情を面白く思っていると、「ああもうっ!」と彼はあきらめ顔になった。

「創世神に喧嘩を売るなんて聞いてません! 後で胃の治療費を請求しますからね!」

「すっかり苦労性が染みついちゃったねえ」

「誰のせいだと思ってるんですか!」

ディアボロを引き連れて脱走を図る。うっ、私ってば足が遅い。このままじゃヤバいかも。しかも、正気に戻ったらしい創世神の怒声が聞こえてくるではないか。

「……貴様らァ!! 人間の分際で!」

ごうっと風が唸る音が聞こえてきてヒヤヒヤしていると、ふわりと体が浮いた。

「グリード!」

「ふふ。ご主人様は僕が運んだるからな。後でようけ褒めてな」

「ディアボロはアタシに任せて。とっととずらかるわよ。すごいことになってる」

サリーの言葉に振り返ってみると、私たちと創世神の間に女神様方が立ちはだかっているのが見えた。四人並んで創世神と対峙している。なんだかラストバトルっぽい空気感である。

『裏切るのか。娘たちよ……!』

『うふふ! 私は恋愛の女神だから♡ これ以上、ディアボロが傷つくのを見ていられないの』

『お父様! もういい歳なんですから落ち着いてくださいませ! 節操なさすぎて、娘として恥ずかしいので。恥ずかしいので! とっっっても恥ずかしいので……!』

『何で三回言った!?』

『わたくしの本心だからですわ!』

……うん。ちょっとズレた親子げんかみたいになってるなあ。

まあ、私たちからは気が逸れているみたいだし、ありがたく逃げさせてもらおう。

『おい……どうして』

ディアボロが泣きそうな顔で私を見ている。

そりゃそうだよね。敵に攫われるなんて驚天動地以外の何者でもない。彼はひどく疲れ切っている様子だった。顔は青白いし、ちょっと頬が痩けている気もする。すごい美青年だろうに台無しだ。そんな彼を安心させるように、私はどこまでも笑顔で言った。

「とりあえず落ち着いてほしくて。そのためには時間が必要かなって」

計画は失敗したのだ。また復讐するかどうかは本人次第だろうが、寝取り親父の思い通りになる必要はない。なら――元凶から距離を置くべきだろう。

「キャンプでもしてさ! まずは体と心の疲れを癒やそうよ。ね?」

きっと大自然が癒やしてくれるはずだ。確信を持って言うと、ディアボロの顔がみるみるうちに薔薇色に染まっていった。お、どうしたどうした。走りすぎて疲れちゃったかな。

「お嬢……アンタって人は……本当に頭が痛い……」

「うっわ。怖っ! サリーねえさん、ご主人様とうとう神様までたらし込みよったで!」

「すごい見て。この鳥肌。これで無自覚なのよ。そのうち傾国とか言われない?」

なにやら好き勝手言われている。え、私のこと軽く馬鹿にしてない? 気のせい?

「まあ、後はなんとでもなるでしょ」

この世界でいちばん偉い神様を怒らせちゃったけど!

彼の娘たちは私の味方みたいだからね。

ともかく、これでディアボロが起こした騒動は一段落するはずだ。

――なんとか世界の危機は去った。

激おこ創世神からの逃亡編が始まるかどうかは――今のところわからない。