軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

これだからワーカホリックは……!

温泉にじっくり浸かって、更にサリーの施術まで受けてしまったほやほやのピカピカな私は、雲の上を歩くような気分で今日のキャンプ地に向かった。

到着したのは、海岸線から少し上った場所にある高台だ。

「わあ……!」

辺りは既に暮れ始めていた。夕闇に染まった空を雲が流れていく。水平線の向こうに太陽が顔を隠し始めていた。薄い闇が世界を覆っていて、昼の名残を惜しむように水面がキラキラと輝いている。

昼と夜の狭間の世界で、私を待ち受けていたヴァイスは優雅に一礼した。

「お待ちしておりました。お嬢」

「……すごい!」

そこに用意されていたのは、なんとも豪華なテントだ。

確か、裕福な商人に頼まれてヴィンダー爺と一緒に開発したやつ。

それは、でっっっっっかいドームテントだった。

ドームという名の通り、大人が立っても問題ないくらいに天上が高い。

最大16人まで泊まれるくらいの広さ。けれども、これは大人数でギュウギュウになって使うことは想定されていない。

少人数で優雅に過ごすための空間。つまりラグジュアリーなテントなのだ……!

中は14畳ほどの広さがあり、足下にはふかふかのグランドシートが敷き詰められている。ペルシャ絨毯を思わせる毛織物が敷かれ、大量のクッションやテーブルが設置されて、まさにリビングという様相だ。テント内には仕切られた区画があり、私の記憶が確かならば、中に空気を入れて使用するダブルベッドが設置されているはず。

テントの入り口は大きく開け放つこともできるし、ぴったり締めてプライバシーを守ることもできる。布地もミスリルを織り込んであって、野盗なんかが持つなまくらじゃ、全力で斬り付けても斬れやしない。だって、テーマが持ち運べるお城だったからね。どこでもグランピングが出来るくらいの豪華さと、頑丈さを目指したからね……!

それが目の前にあった。開発してはみたものの、大きすぎて使いどころがないな~と放置していたテントが、海が見える高台に設置されているのだ!

「すっっっっっごい……! 最高!!」

思わずクッションの海に飛び込むと、ふかふか加減に泣きそうになった。

これこれ! キャンプなのに伸び伸び寝転がれる快適さを目指したんだよね……! これはいい。他国の裕福層にも売れるよね。絶対に。まさに移動できる別荘だからね!

「これは儲かってしまう……」

うふふふふふ。思わずニヤニヤしていると、なにやらいい匂いがした。

勢いよく顔を上げると、ちょうどヴァイスが料理を運んできたところだ。

「おいしそう!」

「小魚のカルパッチョと唐揚げ、後はお嬢が採ってきた貝の塩ゆでですよ」

「……!! 野菜がある! 獲ってきたものしか食べられないんじゃなかったの!?」

「香味野菜や調味料はこちらのサービスです」

「さすがヴァイス……! よっ! 完璧執事!」

「おじさんみたいな煽り、止めていただけませんかね……」

ブツブツ言いながらも、ヴァイスは料理を並べている。

まずは小魚のカルパッチョ! 私が釣り上げた小魚のお刺身は、まさしくアジのような見た目だった。薄くスライスした玉葱と海岸でゲットしたワカメの塩ゆでが添えてある。ドレッシングはたぶんヴァイス手製だ。生姜の爽やかな匂いがする! ここでレモンを選ばないセンスに拍手を送りたい。

「このお魚、生で食べても大丈夫なの?」

「この辺りでは、刺身に酢をつけて食べているそうですよ」

「おお。大丈夫なんだ! 楽しみ!」

「唐揚げは頭から尻尾まで食べられますからね」

「大好きなやつだーーーー! カメノテも茹でてくれてありがとう。あとで一緒に食べようね!」

「嫌です。謹んで遠慮しますね」

「ひどい!」

「人間が食べるものじゃないですよ……」

どうもヴァイスはカメノテの見た目が苦手らしい。

カメノテは名前の通りに亀の手っぽい見た目をしている甲殻類だ。確かに、生物多様性を感じ入らずにはいられない見た目ではあるのだが、とってもおいしいやつ。貝らしく、身はコリコリしていて、カニかエビのような味がする。

そっか。ヴァイスは駄目か……。

たまにスーパーにも売っている、れっきとした食材なのになー!

剥いてあげたら食べるかな。

「お嬢、無理やり食べさせようと目論んでるでしょう」

なんでだ、ヴァイス。君は私の考えがどうしてわかるんだ。

「あんまり変なことをすると、お酒を減らしますよ」

「すみませんでしたー!! ごめん。許して!」

すぐさま謝罪をすると、ヴァイスはクツクツと喉の奥で笑った。

「わかっていただけたら結構です」そう言うと、私にグラスを差し出す。

「まずはビールでよろしいですか?」

「もちろん!」

いそいそと体勢を整えて、ビールをいまかいまかと待つ。

すると、サリーとグリードがテント外にいることに気がついた。焚き火を囲んで座っている。

「え。なんでそこにいるの。こっちにおいでよー! 一緒に飲もうよ!」

「あら。アタシたちお邪魔じゃないかしら」

「僕は公爵家の使用人やしな~。主人と同席してもええの?」

「何言ってんのよ。水くさいわね!」

勢いよく立ち上がって、なにやらブツブツ言っているふたりの手を引いてくる。私の両隣に座らせて、彼らの腕に自分のそれを絡めた。

「ふっふっふ。これでいいの。両手に花だ~!」

「花って……。どう考えてもアタシたちは毒花だと思うけど?」

「そやそや。僕なんか元暗殺者……」

「いいの!」

笑顔で彼らの顔を見やる。

「大好きな友だちや仲間と一緒に時間を過ごす。過去も立場も関係ないし、楽しければいいの。それがキャンプの醍醐味でしょ? 今日は仕事を忘れさせてくれるんじゃなかったの?」

はっきり断言すると、ほんのりとサリーの頬が染まる。「そ、そうなの……」耳まで真っ赤に染めて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。「じゃあいいわ。一緒に飲んであげる」相変わらず素直じゃなくて可愛い。

一方、グリードは「ご主人様のそういうとこ好きやな~」と、私の肩に頭を預けてきた。

……おおおおお。二十六歳が素直に甘えてくるぅ。しかも人前で! 臆面もなく!

性癖がぐんにゃり歪みそうな気配がしてヒヤヒヤしていると、なにやら柔らかいものが私たちの間に割り込んできた。グリードの腕を押しのけるようにして居座る。現れたのは、真っ白な狼だ。

「……お嬢」

獣化したヴァイスである。

私に背を向けて陣取った彼は、もふもふの尻尾をゆらゆら揺らしながら言った。

「じゃあ、今日は俺もここにいていいんですか」

大きな耳がぷるるっと動いた。そっぽを向いたままの狼の後頭部は、なんだかとても犬っぽくて。そして、拗ねている感じがして――とてつもなく愛らしい。

「嫉妬しちゃったかーーーーーーーー!! ごめんよ。ヴァイスが一番だよ!」

「お嬢! 俺の後頭部を吸わないで下さい!!」

「いいではないか。いいではないか。ああ、太陽の匂いがする~~~~!」

「公爵様にセクハラされたって言いつけますよ!」

「ふふふ。お父様が恐くて犬吸いが出来るもんですか!」

「俺は狼だって何度言えば……」

ケラケラ笑いながらヴァイスとじゃれつく。

楽しいなあ。笑いすぎてお腹が痛い。

ふと顔を上げると、遠くに海が見えた。月が昇った後の海は、月明かりで光の道を作っている。友人と開発した最高傑作のテントの中は、黄みがかったランプの明かりにほんのり照らされていて、なんとも落ち着く雰囲気を醸していた。しかも、目の前のテーブルにはずらりとご馳走。両隣には大好きな友人。目の前には頼りになる執事の、もふもふな後頭部があった。

――こんなにも幸せなことがあるだろうか。

これが毎日続いたら最高だろうなあとも思う。

「やっぱりキャンプっていいね」

思わずそうこぼすと、サリーが面白そうに目を細めた。

「仕事よりも?」

思わず目を瞬くと、私は蕩けたアイスみたいに笑った。

「そりゃもう!」

途端、三人の目が輝いた。

「「「ワーカホリック脱却……!」」」

「やりましたね。お嬢!」

「は~~~~。これで一安心やわ~~~」

「アイシャが正気に戻って本当によかった」

「な、なに!? なんで歓声!?」

もふもふの狼に頬を舐められ、美人さんに抱きつかれ、甘え上手なお兄さんに頭を撫でられた私は困惑していた。

……ああ、そうだった。

仕事に飢えていた私を元に戻すためのキャンプなんだったっけ。

彼らはそのためだけに、こんなにもいろいろとしてくれた。

「私って幸せものだな……」

しみじみ噛みしめて彼らを見やる。

大好きだな。本当に出会えて良かった。

「みんなありがとう。乾杯しようか。あ、私はビールで!」

「僕もビールがええな~」「アタシはワインがいいわ」「それぞれ用意してございますよ」

「さっすがヴァイス!」「じゃあ、乾杯しよか」

笑顔で視線を交わす。

「「「乾杯!」」」

「ヴァイス、カルパッチョ取り分けてくれる?」

「かしこまりました」

「うわ。小魚の丸揚げうま~~~! サクサクやし、頭から食べられるし」

「ねえ。誰かカメノテ食べてみてくれない?」

「じゃあ、ヴァイスで……」

「お嬢!」

みんなで過ごす夜が更けていく。

相変わらずお酒はおいしいし、カルパッチョも丸揚げも、カメノテの塩ゆでもおいしくて。話が弾んで仕方がなかった。眠る直前までたくさん話をして、気がついたらベッドに寝かされていたくらい。

寝落ちだなんて、いつ振りだろう。本当に本当に楽しい一日だった。

この時間が永遠に続けばいいのに。そんな風に思わざる得ない。

料理の皿が空になり、みんなほどよく酔っ払った頃には、仕事のことなんてすっかり忘れてしまっていた。

アイシャ・ヴァレンティノの執事である獣人ヴァイスは、頭を悩ませていた。

もちろん主人であるアイシャについてである。

今のアイシャの精神は健全とは言えなかった。

原因は――カレー粉ではない。

あの、脱・ワーカホリックキャンプから一ヶ月ほど経っているが――彼の主人はまるで変わらなかったのだ。

「お嬢、この書類はなんなんです……? どうしてまた新しい事業を始めてるんですか」

「ご主人様! 新作キャンプギアの打ち合わせしたいって伝書鳩が来てるけど。しかも、僕のところにもオファーがきとるんやけど。釣り道具の開発ってなに!?」

「アイシャ? あの時の温泉の成分入りの化粧品がね、王都で話題になっているの。どういうことかしら。あなたが携わっている気配しかいないんだけど」

「えっと。えっとね。みんな落ち着こうか。顔が怖いよ? あ、そうだ。お茶でも――」

「「「これが落ち着いていられるかっての!」」」

「わ~~~! ごめんなさい。普通に仕事してましたあ!!」

どうやら、アイシャはヴァイスたちに隠れて仕事をしていたらしい。

それもかなりの量を抱えている。

「あんなに喜んでたじゃない! キャンプっていいよねって再確認してたじゃない。それなのに、どういうことなのよ」

「い、いや。これは趣味みたいなものだから。仕事じゃないから! みんなのためにもなってるから……!」

だから問題ないのだと語るアイシャに、彼らは呆れた視線を向ける他なかった。

「「「これだからワーカホリックは……!!」」」