軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 アリスの兄のシャルル、卒業パーティで婚約破棄事件に遭遇するpart2

卒業パーティの会場がざわつく。

テラスから、シャルルにエスコートされてフレデリークが帰ってきたのだ。

それも婚約破棄を言い渡された伯爵家令嬢・フレデリークは、穏やかに微笑みを浮かべた貴族らしい表情で。

一階に集まった卒業生も、二階から見守るこの国の貴族たちも、期待に満ちた目で二人を見つめている。

卒業パーティ兼デビュッタントの会場にいる最高位は婚約破棄を宣言した公爵家の息子のアランで、二階席から口を出すのは禁物。

つまりいま、アランに注意できる者は誰もいなかったのだ。

用意されたソファに座り、横に男爵家の娘のアンナを侍らせて上機嫌で談笑するアラン。

大神官の息子・エリクは微笑みを浮かべて、侯爵家の息子のベルナールは静かにワインを口にしている。

カツカツと、あえて靴音を立てて近づくシャルル。

カッと靴を鳴らして止まる。

これみよがしに音を立てたことで、ようやくアランたちも気づいたようだ。

「シャルル、なんの用だ? そんな女を連れて」

アランの言葉に会場がざわつく。

当然である。

伯爵家の令嬢を『そんな女』呼ばわりしたのだ。

たとえ自分が上の立場であっても、伯爵家の令嬢にそう言い放つ者はいない。この国の最上位、国王でさえ。

「アラン様。ずいぶんな物言いですね」

「シャルル? そんな女の肩を持つのか?」

「もちろんですよ。さて、アラン様。フレデリークとの婚約は、両家が決めたものです。明らかな瑕疵がない限り、一方的に破棄できるものではありません。この場はデビュッタント。お集りの皆様が納得できるよう、貴族らしくご説明ください」

「シャルル、けっこう面倒な男なのだな……」

「当然のことですよ、アラン様。それではご説明をお願いします。それとも、下級生にもかかわらずこの卒業パーティ、デビュッタントに乱入した恥知らずなその女に話を聞きましょうか?」

「シャルルまでもアンナにそのような物言いをするか!」

「アラン様……今日この日、一階でパーティに参加できるのは上級学校の卒業生のみ。準備や警備は在校生が行い、それ以外は手助けのみにせよ。それがこの国の決まりです。その女がここにいることは、すでに決まりを破っているのです。フレデリークではなく、その女が」

「だが、私が守らなければアンナが!」

「へえ、どういうことです?」

「アンナは常にそのような悪意に晒されてきたのだ! 特にフレデリークから厳しい言葉をかけられたと聞いている!」

「そ、そうですアラン様。もしアラン様が守ってくださらなかったら、わ、わたし……」

立ち上がったアランの腕にすがりつくアンナ。

上目遣いでアランに寄り添っている。

その行動に、会場に集まった貴族の女性のみならず、卒業生の平民でさえ眉をひそめている。媚の売り方わかりやすすぎか。

デレついているのは公爵家嫡男のアランと侯爵家のベルナール、神官のエリクだけである。童貞か。

女性慣れしていないというのはかくも恐ろしいものなのだ。

「貴族に生まれた女として、勉学、礼儀作法、戦う力はすべて身につけるべきことですわ。男に媚を売ることに集中するあまり、研鑽が足りていないのではなくて? 平民にさえ劣って学年ビリとは……貴族としてありえませんわ」

「こう言って責めるのだ! アンナには生まれもっての才能があるのに! アンナの魔力量は人一倍。勉学の成績が悪いからとそのように責めるべきではない!」

「アラン様……?」

アランの言葉に、フレデリークの口がポカンと開く。

というか、会場に集まった貴族たちの口が大量に開く。コイツマジかよ、と。

ただ一人、シャルルだけが傷付いていた。

入学時、平民に負けて学年ビリだったので。

まあ勉強をはじめたのが遅かった分も取り返して、卒業時には五本の指におさまる上位だったが。

「これは予想以上に……アラン様、ではフレデリークたちが共同で疎外したというのは?」

「聞くがよいシャルル! フレデリークとその取り巻きは、アンナをお茶会に参加させないのだ! 誘われることもなく、勇気を出してアンナから声をかけたらやんわりと断られたと!」

ふんす、と鼻息も荒く主張するアラン。

二階から見ているアランの実家の公爵家の面々は、もはや腰を折って頭を抱えている。そこに大貴族の威厳はない。

「アラン様? フレデリーク、上級学校内でお茶会はできないはずでは? ……まさか」

「ああ、領地に帰っていたシャルルは知らぬか。お茶会はあるのだ。上級学校の長期休みに、王都で。それぞれの家で開かれている」

「うっわ、ここまで……フレデリーク」

「ワタクシが説明いたしますわ。アラン様、アンナ。そもそも、たがいの身分が関係ないのは校内だけですのよ。長期休みに実家で開くお茶会は、身分や関係性によって招待するかどうか選別されますわ。交流もなく身分も違うのに招待されたら、招待された側が迷惑でしょう? 伯爵家に合わせるにはお金がかかりますもの」

アランたちとシャルル、フレデリークの会話を見ていた卒業生たちは、徐々に距離を取っていった。ドン引きしている心の距離と同じように。

「金がなんだ! 服など貸し与えればいいではないか! 贈ったっていい!」

アランの発言に、もはや会場内の人々の顔は引きつっていた。恋は盲目である。

「アラン様、それは貴族の矜持を踏みにじる行為ですわ。贈るなら布ですが、ふさわしく仕立てられるかはまた別の話ですもの。まして交流がない男爵家に、伯爵家のワタクシが贈るいわれがありません。施せ、とおっしゃるのですか? 貴族相手に?」

頭を振って解説するフレデリーク。

アラン、ベルナール、エリクの三人は、もはや敵意を持ってシャルルを見つめている。逆恨みか。

「それと、合同遠足の話でしたか。僕も参加しましたから覚えていますが……フレデリークが誰を見捨てたと?」

「決まってるではないか! アンナだ!」

「……あの時、モンスターは一匹一匹は弱いけれど小型で数が多い軍隊アリでした。教師の指示で、貴族は位階が低い平民を守るように動いたはずですが?」

「そうだ! そして、フレデリークは近くにいたアンナを見捨てて平民を守ったのだ!」

「……教師の指示通りですよね? それに、下級生でもアンナは魔力量が多く魔法の才があると僕でさえ聞いたことがありますが」

「アラン様、ワタクシたち貴族が平民を守るのは当然ですわ。上級学校に身分の差はない。いかにそう言われていても、いざという時に平民を守れなければ貴族ではありません。だからワタクシたちは魔法が使えて、従者を遣ってまで位階を上げているのですもの」

「だが、アンナは震えていたのだぞ! 平民よりも優先して守るべきではないか!」

「貴族が貴族に守られてなんとしますか! 貴族の矜持はございませんの?」

「アラン様。いえ、公爵家嫡男。それが、貴方の言い分ですか? 貴族が平民を守る。初代国王の父であるテッサ様が街と民を守ったこの国で、王家と公爵家こそ、一番に理解すべきことではないのですか?」

これまでただ質問するだけだったシャルルの目に、強い火が灯る。

アランの発言が導火線に火をつけたらしい。

「シャルル! そもそもアンナはそんな女とは価値が違う、優しい女なのだ! 貧民への炊き出しや仕事の斡旋。聖女と呼ぶべき素晴らしい女性だ!」

「……炊き出しによる援助は一時的なものですわ。人数は減っても恒久的な援助のほうがまだムダになりませんわね。それと、仕事の斡旋は気軽にするものではありません。この卒業パーティに参加する同級生の平民を庇護下に入れるのと同じことですのよ? 人生を引き受ける覚悟はございまして?」

小さく頭を振るフレデリーク。

ここまで言っても、アランは何を冷たいことを、と言わんばかりの目で見据えている。

「信じられませんわ、アラン様。どうしてそこまで貴族の常識もわきまえない、矜持もないその女に夢中になっておりますの……侯爵家の男子や神官の子まで」

処置なし、とばかりに肩を落とすフレデリーク。

「なにを言うフレデリーク! 私を侮辱するか!」

もはや見下さんばかりのフレデリークの言いように激昂するアラン。

取り巻きのベルナールとエリクさえ立ち上がって睨みつけている。

と、唐突にシャルルがパンパンと手を叩いた。

流れを変えるような行動で、続く言葉も唐突に。

「ダヴィド。ちょっといいかな?」

「ああん?」

我関せずと、離れた場所でむしゃむしゃと骨付き肉にかぶりついていた獅子人族の男。

同級生で、卒業生。

いちおう侯爵家の男子であるダヴィドが反応する。

獅子のたてがみをブワッと揺らして。

急な方向転換に、アランもフレデリークもキョトンとしている。

「ダヴィド、まだ踊ってないだろ? デビュッタントなんだから一度は女性と踊らないと、後で『獣神』に怒られると思うよ。しばらく戦場に出してもらえないんじゃないかなあ」

「チッ、マジかよ。んじゃ踊るか。相手はどうすっかな」

「それは僕に任せて」

「おう、頼むわ。誰でもいいからよ」

スタスタとシャルルに近づくダヴィド。

獅子人族の獣人は空気が読めないわけではなく、あえて空気を読まないだけである。

三年間の付き合いでシャルルを信頼しているのだ。何か考えがあるのだろうと。

「というわけで。ダヴィドと踊っていただけますか、アンナ」

「ああん? コイツか? まあいいや、踊るぞ小娘」

シャルルの言葉に乗っかって、ずいっとアンナに近づいて腕を取るダヴィド。

相手の返事を聞かない強引さである。

シャルルの思い通り。

「はあ!? 獣風情が何をおっしゃいますの! 下がりなさい薄汚い亜人が!」

ダヴィドの腕を払いのけて、アンナの罵声が響く。

みんなちがって、みんないい。

そう教わってきた貴族と平民が集まる、パーティ会場に。

最初は、突然の婚約破棄宣言に顔をしかめていた。

次に貴族としてのあまりの出来の悪さに、どうしたものかと見ていた貴族たち。

いま、会場の空気が変わった。

「アンナ。この国では獣人をそのように蔑む人はいないんですよ。…………そういえば、獣人やエルフ、ドワーフを『亜人』、つまり『人になり損ねた者』と呼んで奴隷のように扱う国がありましたね? 川を挟んで」

厳しい目をしてアンナを見つめるシャルル。

寄り添っていたアランさえ、アンナから身を離している。

イラついたダヴィドは、肩にかかったシャルルの手で留まっているようだ。

「シャルル様、そんな、まさか。まさか、アンナは……」

「そうです、フレデリーク。おかしいとは思いませんでしたか? その女は貴族としての在り方も、貴族の矜持も僕らとは違う。まるで、この国の貴族ではないように」

ゆっくりとダヴィドの前に出て、婚約破棄を言い出したアランではなくアンナを見据えるシャルル。

そして。

シャルルが、カードを切った。

「この女は、隣国の間者です」