軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 とある掲示板住人、ちょっと特殊な学生生活を満喫するpart1

緊張したのは最初だけだったなあ。

男は振り返る。

入学式。

男は、生まれて初めてスーツを着た。

玄関まで見送りに来た母ちゃんどころか、父親まで涙ぐんでたのを男は覚えている。

キャンプオフに参加するし、バイトに出るし、デートにも行くようになった。

それでも両親にとって、晴れ着は特別なことだったらしい。

窓から差し込む西日の中で、最初の授業を受けた。

服装も髪型も自由で、夕方からはじまる授業。

中退とはいえ 全(・) 日(・) 制(・) の高校に通ったことがある男にとって、違和感だらけだった。

机に頬杖をついて授業を受ける男。

緊張していた男の姿はない。

ユージが異世界に行ってから6年目の春。

コテハン・洋服組A。

遠藤文也は、リラックスして授業に臨んでいた。

授業はさほど難しくない。

男は頭が良いわけではないが、それなりの全日制の公立高校に入学できるほどには勉強していたことがあるのだ。

たとえそれが10年ぐらい前のことであっても。

「そうだ、遠藤」

「なんすか先生?」

「先生気になって調べたんだ。遅刻なしで皆勤したら学校創設以来、初めてらしいぞ。絶対休むなよ」

「俺は単にバイト先が理解してくれるだけですから。家も近いし。あと病気したら休みますからね」

「じゃあ風邪引くな。体壊すな」

「そりゃ自分から引く気はないですけど……」

数学の授業中にもかかわらず、普通に話しかけてくる教師。

授業内容とは関係ない。

夜間定時制高校に通いはじめた最初こそ驚いていたが、秋になったいまでは男にとっても日常である。

ユージの掲示板を通して知り合った友人に話してみたところ、ある意見をもらっていた。

全日制と比べて生徒を見る時間が少ない。遅刻や欠席もよくあるんだろう? であれば、授業中にそれぞれの生徒に話しかけるのは、個別の状況を把握する意味もあるはずだ、と。

単位制なのであれば、よけいにそうだろう、と。

その意見を聞いて以来、男は何も思わなくなっていた。

男のターンは終わったのか、教師は別の生徒に話しかけていた。

授業中であっても教室が静かになることはない。

教師の声、生徒の声、時に誰かがかけた音楽。

十数人の生徒しかいない教室なのに、ひょっとしたら全日制高校の教室よりも音がするかもしれない。

騒がしい。

騒がしいが、男には全日制よりよほどリラックスできるようだ。

「ああー、つっかれた」

男の横に座って授業を受けていた男が突然立ち上がって体を動かす。

ストレッチである。

いつものことなのか全員スルーである。

静かにやっているうちは、教師でさえ。

夜間定時制高校の教室では、この程度のカオスは日常であるらしい。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

チャイムの音が鳴る。

小学校でも中学校でも中退した高校でも、男が聞いてきた音である。

そのへんは変わらないらしい。

だが。

「よっしゃ、給食だ! おい、行くぞ遠藤!」

「そんなに急ぐなって。どうせ席は空いてるんだからさ」

「ばっか、25分しかないんだぞ! 急がないとおかわりできないだろ!」

「おかわりって子供かよ……」

「そんなこと言っていいのか? 今日はカレーだぞ?」

ガタガタッと急に騒がしくなる教室。

夜間定時制高校には給食がある。

現在こそ県や市町村、学校によっては『ない』『選べる』などが存在するらしいが。

元々は働きながら学校に通う学生の健康のためにと、法律によって給食の提供を定められていたのだ。

努力目標のため、施設がない・時代にそぐわないなどの理由で、減少しつつあるようだが。

男が通う夜間定時制高校は、昼間部も存在していた。

つまり。

学食があるのだ。

夜間では、メニューは一つだが校内で作った料理が提供される。

夜間定時制高校の給食としては大当たりなケースである。

「あいかわらずカレーの日は人が多いな……子供かよ」

「おばちゃん、大盛りで! 俺、育ち盛りの学生だから!」

「ヒゲ生やした大人がなに言ってんだい。はいよ、カレー大盛り」

メニューが決まっているため、調理は昼間部の学生が少ない時にやっているらしい。

配膳のために何人か残るシフトになっているようだ。

何しろ夜間の学生は、四学年合わせて200人弱しかいないので。

食堂では、学生が少人数のグループに分かれて座っている。

中には教師と一緒に給食を食べている学生の姿もあった。小学校か。

「いつもより騒がしいなあ……」

「うん? カレーの日だからな! ああ、あんまり人が多いところ得意じゃないんだっけ?」

「いや、いまはもうそれほどじゃないよ。これぐらいだったら余裕」

「そっかー。俺はそのへんわからないからなあ」

夜間定時制高校に通う学生はさまざまだ。

男と同じように高校を中退して、定時制に通うことにした者。

金銭、あるいは家庭の都合で全日制ではなく定時制に通う者。

食堂には年配、というかお爺ちゃんお婆ちゃんの姿もあった。戦中・戦後の混乱で学校に通えなかったため、夜間中学を卒業して入学してきた剛の者である。今年から書道部がなくなって残念らしい。青春か。

食堂は平和な賑やかさだ。

入学前に男が『なんか怖そう』『荒れてそう』とイメージしていた学校生活からはほど遠い。

まあ明らかにヤンキー風だったり、バイク登校のバイクがアレな学生もいるようだが。

春先こそ揉め事が多かったものの、夏休みを終えたいまは安定していた。

何人か中退者を出して。

夜間定時制高校に通う学生はさまざまだ。

親から言われて仕方なく通う者もいる。

なんらかの理由で全日制を中退して、定時制に通う者も。

正社員、契約、短期、バイト。どんな雇用形態でも、お金を稼ぐため、あるいはヒマつぶしに働いている者がほとんどだ。

年齢はバラバラで、勉強へのモチベーションもバラバラ。

過ごしてきた人生もバラバラである。

中には荒れた時代もあったのに、勉強したくて・高卒資格がほしくて通う学生もいる。

去る者は追わず。

妨害する者は排除する。

それもまた、夜間定時制高校の一面なのかもしれない。

「ありがとう」

「うん? どうしたいきなり? カレーはあげないぞ?」

「いらないって。いや、俺が絡まれたのってカレーの日だったからさ。ちょっと思い出した」

「ああ、アレね。会社の先輩も夜間の卒業生でさ、ああいうヤツがいるって言われてたんだ。気にすんな、俺がイラついただけだから」

入学して、しばらくして。

男は、同級生の一人に絡まれていた。

全日制を中退したヤンキーに。

イジメである。

いや、イジメ未遂である。

男が絡まれたタイミングで、他の学生が止めたのだ。

全日制でやってろ勘違い野郎、勉強したい俺たちの邪魔すんな、と。

いきがっていた学生はあっさり自主退学していった。

真っ当に学校に通うセンパイたちに、優しく諭されて。

さまざまな学生がいる分、夜間定時制学校で幅を利かせるのはハードルが高いようだ。

教師陣も手慣れたものである。

「あ、メールだ」

「夏にプールにいった例の彼女から? 美人さんだよねー。まあ俺の嫁のほうがかわいいけど。娘は天使だけど」

「ああ、はいはい。嫁自慢はいいから」

「そう? こないだウチの娘が俺に高速ハイハイしてきた話聞かない?」

「放課後な、放課後。ほら、はやく食わないと次の授業に間に合わないぞ」

さっとスマホを隠して、友人の嫁自慢、娘自慢をかわす男。

まあ放課後に、自分も彼女自慢をするのだが。

ユージの掲示板をきっかけにバイトをはじめて、恋人も見つけた男。

コテハン・洋服組A、遠藤文也は、忙しいながらも楽しい生活を送っているようだ。

バイト先と、学校で。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

「洋服組A。サクラさんが社長でユージの各種権利を管理する会社か、NPOで働かないか? 勤務地は宇都宮。勤務時間なんかは希望に合わせられる」

「クールなニートがなんの話があるのかと思ったら……」

「去年、秋にキャンプオフしたでしょ? 企業にも出店してもらっていろいろやろうと思ったら忙しくてね! 洋服組Aって宇都宮から家まで近いんでしょ? だったら誘ってみようってことで!」

「えーっと、あ、名無しのミートか。宇都宮……車だと一時間ちょっと、電車でもそれぐらいかかるからなあ」

「平日フル勤務であれば、一人暮らしは余裕を持ってできる程度の給料は出せる。これぐらいだな」

「あ、それなりに貰えるんだ」

「それにほら! 洋服組Aは宇都宮に彼女ができたでしょ? NPOで働いて、宇都宮に一人暮らししたら……いまより気軽に会えるんじゃない? と、とと、泊まりに来てもらっちゃったりとか!」

「なんでミートが動揺してんだよ……」

バイトが終わって学校がない週末。

洋服組A、遠藤文也の実家からほど近いファミレス。

そこに、三人の男の姿があった。

クールなニート、名無しのミート、それと洋服組Aである。

二人は男を勧誘しに来たらしい。

ちなみに名無しのミートが恋人との同棲を妄想して興奮してしまったのは、自身はそれが一生叶わないためだ。カミングアウトする気がないゲイなので。無理ゲーである。せめてカミングアウトしなければ恋人はできない。

「すぐに答えなくていい。ゆっくり考えてくれ」

「いや、答えは決まってるよ」

クールなニートの言葉に、男はすぐに言い切る。

「誘ってくれたのはありがたいし、うれしいけど……加奈子さんとすぐ会えるようになるのは惹かれるけど……でも。俺は、いまのバイトと学校を続けるよ」

「……通える距離じゃないか? それに単位制の高校なんだ、ムダにならずに転校も可能だろう」

「学校はね。卒業したいし、それだけなら方法はあると思う。ただ……まだ叔父さんのところで働きたいから。中卒の俺を雇ってくれて、定時制に通うのも協力してくれてるんだ。マジメに働いて恩返ししたくて」

「……そうか」

「んんー、それは誘いづらい! せっかく勧誘パターン考えてきたのに!」

「はは、ありがとう。俺はいまの生活で充分だよ。その分、ほかのヤツを誘ってやって」

男はあっさりと、クールなニートと名無しのミートの勧誘を断っていた。

それだけいまの暮らしが充実しているのだろう。

家で腐るのをやめて、勇気を出して外に出た。

バイトをはじめて、服も髪も気にするようになった。

恋人ができた。

定時制高校に通うようになった。

わずか数年前まで、想像もしていなかったほどの立ち直りっぷりだ。

恩返しを、などと考えるのも当たり前かもしれない。

「勤務地は惹かれるけどね!」

「くっそ! 幸せそうだなおい!」

「俺を雇ってくれた叔父さんに恩返ししつつ、加奈子さんの近くに住む……そんな方法があればなあ」

男の呟きには、クールなニートさえ答えを持っていなかったようだ。

今のところは。

クールなニートの頭の中には、ユージの家のお隣さん・藤原さんの家に挨拶に行った時の会話が思い出されているようだが。

クールなニートは、男に何も言わなかった。

少なくとも、 今(・) の(・) と(・) こ(・) ろ(・) は(・) 。