軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十二話 ユージ、ホウジョウ村に医者を勧誘する

「何もない村ですけど、もし移住してくれるなら、その医学書にないことも教えられます。それと、その医学書の間違いも」

「間違い……ですか? 私は敵国の者でしたから、もしかしたら真実を教えられていないかもしれないとは思ってました。疑っているわけではなく、それが当然ですから。元の医学書から書き換えた箇所があったのでしょうか?」

プルミエの街の一角にある小さな家。

その中で、ユージは二足歩行する黒ヤギと話していた。

隣国から追放されてこの辺境にやってきた獣人族。

山羊人族の医者である。

一緒に来ていたケビンがユージたちを紹介した後。

医者の勧誘は、ひとまずユージに任されることになったようだ。

ユージに、というか掲示板住人たちに授けられた作戦の通りに。

「あ、それは違います。ですよねケビンさん?」

「はい。あなたが教わった医学は正確なものですよ。この国で医者を志す者とまったく同じですね。直接ではありませんが、軍医にも話を聞いています」

「……敵国の国民だった私に真実を……ああ、ああ。少しでも可能性を考えたのが恥ずかしい。そうですか……私は、苦しむ者たちに間違った治療をしてきたわけではないんですね……」

ケビンの言葉に、涙を流す黒ヤギ。

すぐに過去の患者の心配をするあたり、優しい男であるらしい。

「では、どういうことでしょうか? 先ほどユージ殿は間違いもあるし、書いてないことも教えられると……紹介状にはユージ殿は文官とありましたが、医者や研究者なのでしょうか?」

「いえ、俺は医者じゃなくてですね……えっと、その医学書は過去の稀人が作ったもので、時が経っていくつか間違いが発見されているんです」

「……初耳です。ケビン殿、本当でしょうか? 領主様からの紹介状には、ユージ殿は突飛なことを言うかもしれないが、すべて真実であると書かれていたのですが」

「私も確認したわけではありませんが、間違いなく本当のことですよ」

黒ヤギが傾げた首と一緒に、こめかみの上から生えた角も傾く。

ぐるりと曲がった角は左右合わせて二本。

黒ヤギの頭を持って、二足歩行する獣人。

見た目、バフォメットである。

ユージは突っ込まない。

二足歩行する犬や猫、狼と同じで、山羊なだけなので。

コタローが吠え出さないあたり、悪魔的なアレではないのだろう。たぶん。

「ユージ殿は医者ではないが、医学書に間違いや新しい発見があることを知っている……?」

「エンゾさん、コタロー?」

「ユージさん、この家にも付近にも人の気配はねえ。誰も隠れてねえよ」

元3級冒険者の斥候・エンゾの言葉に続いて、コタローも同意するかのようにワンッ! と吠える。ええ、だれもいないわよ、ゆーじ、とでも言うかのように。

「ケビンさん?」

「事前にご相談いただいたあの話ですね? ええ、お伝えした通り、ユージさんのお好きなようにしてください。問題が起こった場合は協力しますから」

「ありがとうございます、ケビンさん」

勧誘中の医者をしり目に、同行していたエンゾとケビンに質問するユージ。

事前に打ち合わせしていたのだろう。エンゾもケビンも、ユージの決断を後押しするように頷きを返す。

「あの……?」

「あ、すみません。これから話すことはすごくデリケートで、もしウチの村に移住しない場合は秘密にしてほしいんです。これを話さないと、信じてもらえないと思ったんですよ」

「はあ……」

「この世界でその医学書を作ったのは、過去の稀人です。そうですよね?」

「はい、そう聞いています。国も民族も関係なく旅をして、いまの医療の礎を築かれた稀人がいらっしゃったのだと」

「知ってるならよかった、じゃあ言いたいことは一つだけです。その……」

ゴクッと唾を飲み込むユージ。

そういえば、関係性が薄いタイミングで自ら告白するのは初めてのことである。

ちなみにユージが告白されたことはない。引きこもる前も。違う、恋愛の話ではない。

「俺は、いえ、俺も。稀人なんです」

その言葉を聞いた黒ヤギの目が見開かれる。

四角い瞳孔が 露(あらわ) になるが、ユージはあまり気にならないようだ。

稀人であることのカミングアウトでそれどころではないのだろう。

「その医学書を作った稀人と同じです。それで、俺はその人より後の時代から来たんです。医学は進歩します。だから間違いも、そこに書かれてないこともわかるんです」

「な、なんと! 稀人! この医学書を書いた方と同じ! ああ、素晴らしいユージ殿! それでこれのどこに間違いが!? 教えてくださいユージ殿!」

テーブルの上に身を乗り出してユージに近づく黒ヤギ。

近い。

近いというか、ユージの頭に角が当たりそうになっている。

「お、落ち着いてください! その、教えるのはかまわないんですけど……移住してくれますか?」

「はっ! そうですよね、ユージ殿はそれが希望でしたね! ……一つだけ、聞かせてください」

「あ、はい、なんでしょう?」

「間違いを修正して、新しい治療法を書き加えた医学書。これを広めることはできませんか? できるだけ多くの医者に、できるだけ多くの国に! 一人でも多く助けられるように!」

「えっと……ケビンさん?」

「国外への流通はこの場ではお答えできませんが、基本は問題ないでしょう。それと、分厚い医学書だけではなく簡易版も作りませんか? 医者がいない村でも、それがあれば多少は違うでしょう」

「おお! おお! それは素晴らしい!」

テンションが上がったのか、立ち上がって足踏みする黒ヤギ。

土の床をダカダカと蹄で踏みしめている。

靴は履かない派らしい。

頭が黒ヤギの見た目バフォメットが踊っているが、サバトではない。たぶん。

「ユージ殿、ケビン殿! むしろこちらからお願いします! 移住させてください!」

「やった! はい、お願いします!」

「よおおおおし! さすがユージさん! やったぜイヴォンヌちゃん!」

医者が移住することが確定して、同席していたエンゾもうれしかったようだ。

立ち上がって黒ヤギの肩を叩き、そのまま奇妙なダンスに付き合いはじめる。

つられてコタローも、二人のまわりを跳ねるように。

頭が黒ヤギで二足歩行する人物を中心に踊り出したが、サバトではない。きっと。

黒ヤギはバフォメットではなくただの医者なのだ。

「ユージさん、これで一安心ですね」

「はい、ケビンさん。でも良かったんですか? 医学書を作って広めて、それに簡易版も作るって大変なんじゃ……」

「ええ、手間はかかりますね。ですがユージさん、手間はかかっても売れますから。こちらが最新版となれば買い替える者も多いでしょうし、医者がいない農村は 数多(あまた) あります。売れるでしょうねえ」

イスに座ったままのケビンは、踊りを見ながらニンマリ笑う。

悪魔的な笑み、ではない。

新しいヒット商品を見いだした商人の笑顔である。

しかも売れれば売れるほど、人の命が助かる可能性が上がるのだ。

実利もやりがいも感じたのだろう。

「はは、本当に人生とはわからないものですね! 私が稀人に出会って、医学書を更新することになるなんて!」

ひとしきり踊って満足したのか、イスに座り直した黒ヤギ。

それでもまだテンションは高い。

「ユージ殿に出会えたことを感謝します。これまでの苦難はきっと試練だったのです! 私が、ここでユージ殿に出会うための運メェーだったのでしょう!」

「……はい?」

「これは運メェーだったのです!」

「あ、運命ですか。いやあ、そんなたいそうなものじゃ」

照れくさそうに頬をかくユージ。

ツッコミはない。

コタローがユージの足をゲシゲシと叩いて、めぇーってなんなのよ、やぎなんだから、めぇーよりべぇーでしょ、などと言いたげであったが、ツッコミはない。コタローはしゃべれないので。

ともあれ。

準備や日程など、細かな打ち合わせは、後日ケビン商会がやり取りすることにして。

ユージは、医者の勧誘に成功するのだった。

ケビン商会までの帰路、妻が妊娠中のエンゾはスキップでもはじめそうなほど上機嫌だった。

その夜、ユージとケビン、マルクを飲みに行こうと誘うほどに。

ちなみに。

エンゾとケビン、マルクと飲みに行ったユージだが、普通のお店でお酒を飲んだだけである。

エンゾもケビンも妻帯者なのだ。

プルミエの街の夜の店ではあるが、ただの食事処 兼 居酒屋である。いかがわしい店ではない。

エンゾもケビンも、愛妻家であるらしい。

元5級冒険者の独身男でも連れてくれば、きっと二次会は独身男たちだけで夜の街に消えたことだろう。

ユージ、痛恨の人選ミスである。

まだ15才のマルクが道を踏み外さなくて何よりである。まあマルクは村にいても女性から誘惑されているようだが。いまのところ無事である。いまのところ。