軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第三十八話 ユージ、レクチャーを受けながら文官としての仕事をはじめる

収穫祭とアリスの誕生日祝い、犬人族の少年・マルクの成人式を終えた翌日。

ユージは家の前の小さな広場にいた。

隣にはアリスの姿。

アリスは、昨日もらったボウタイ付きの白いブラウスを着て、ニマニマと服を見下ろしている。

どうやら気に入ったらしい。

ちなみに、着ているのはエルフの絹ではなく、街で手に入る布で作ったほうである。

コタローはアリスの足下で、うずうずと落ち着かない様子を見せていた。

くっ、なにあのひらひら、わなね、わたしをゆうわくするわなだわ、とアリスのブラウスの白いボウタイを見つめながら。

どうやら気に入ったらしい。

「ユージ、では先に割符について説明しておこう」

「あ、はい、お願いします。ゲガスさんも聞きたいそうなので」

「おう。間違ってこっちが犯罪者になったらたまらねえからな」

ユージの対面の切り株に座るのは、プルミエの街の代官でこの村担当の徴税官でもあるレイモン。

今回レイモンが来たのは、今年の収穫量を確かめて徴税額を決めるためと、この村の文官になるユージに教えながら引き継ぐため。

それと、割符式の許可制となることの説明のためであった。

レイモンの来村に合わせて、街とホウジョウ村を結ぶ宿場町を仕切るゲガスもこちらに来ている。

もちろんこの場にも。

ユージの家の前の小さな広場に集まっていたのはユージとアリス、コタロー、代官のレイモンのほか、ケビンとゲガス、ブレーズとエンゾ、1級冒険者でエルフのハル。

ホウジョウ村の主要メンバーと、村への出入りが多いメンツである。

「では。これが割符の見本だ」

代官のレイモンが差し出したのは、およそ30センチ四方の木の板。

そこには、手書きで文字が書かれている。

ユージたちが注目すると、レイモンは木の板をパカッと割った。

というか最初から割れていて、わかりやすいようキレイにあてがっていただけである。

「通常、このように二つに分けて使用する。今回は複雑な図形を彫り込んで、三つに分けて使用する予定だ」

「三つ? どうしてですか?」

「ユージさん、俺たちの宿場町にも必要だからな。片方は許可を受けたヤツに渡すから街に置いておくとして、もう片方が宿場町か村にしかないんじゃやりづれえだろ?」

「はあ、まあたしかに」

「俺たちが宿場町で確認して、その後にユージさんたちが村で確認する。来るヤツらは手間だが、二重に確認したほうがこの村は安全ってことだ」

「なるほど……いろいろ考えてるんですねえ」

暢気か。

まあユージが暢気なのは今にはじまったことではない。

ユージの感想は無視されて、話は進む。

この場にいる全員が、ユージは稀人でいつもこうだと知っているので。

「レイモン殿。それで、割符なしで通ろうとしたヤツらはどうすりゃいい?」

「ゲガス、宿場町では生け捕りにしてほしい。迷い込む者がいないとも限らない。抵抗するようであれば無理はしないでよい」

「了解だ。まあ予想通りだな。騙し討ちは最後の手段にしておくか……」

宿場町での割符の確認はゲガスの仕切り。

すでに代官から依頼されて、ゲガスはその仕事を引き受けていた。バイトである。

ユージのように正式に文官となるのではなく、ゲガスは通行人をチェックするバイトをはじめるようだ。

『血塗れゲガス』による物騒なもぎりである。

木製なので実際はもぎるわけではない。

割符は。

「ユージ。もし宿場町を避けて直接こちらに来る者がいた場合……好きにするがよい」

「え? その、好きにって?」

「宿場町もこの道も通らずにホウジョウ村に来る者はいない。道を使わずに街からホウジョウ村に向かった場合、三日以上かかるのだ。森で迷った場合もここにはたどり着かないだろう」

「え、でも、アリスは森の中で……」

「ユージさん、それはこの村の南側でしょう? いまそちらには道も宿場町もできてるんですよ?」

「それに通りづらい小川とかちょっとした崖があるからね! ただ迷っただけの人なら、自然に宿場町か道に出るよ!」

「そうですか‥‥いやでも好きにって」

「ユージ、生死は問わないが、不安であれば捕らえるだけでよい。こちらで尋問して結果を私に知らせるでもかまわないし、連れてくれば街で尋問しよう」

「は、はあ……」

ハル、小川と崖があるなどとしれっと言っているが、もとからあったわけではない。

ユージを守るため、魔法で自然を改造したのはエルフたちである。

国内であれば自由に移動できる世界で育ったユージは、いまいち感覚がわからないようだ。

まあ移動の自由があっても、ユージは10年間敷地の中に引きこもっていたのだが。

「そうだ、レイモン様。エルフの人たちはどうしましょうか? 里の場所は言えませんけど、街も宿場町も通らないと思うんです」

「ユージ、エルフが通らないことも里が近くにないこともわかっている。私も領民も見たことがないからな。彼ら用に割符を作ってもよいが……まあユージの好きにするがよい」

「え? いいんですか?」

「そもそも、この村の秘密を守るための割符式だ。ファビアン様とオルガ様が出資している缶詰の製法の秘密。取引がはじまったエルフの存在と里の秘密。人間の間者に探られないように定めた規則なのだ。エルフについてはユージが決めればよい」

「わかりました。ハルさん、どうします?」

「んー、ユージさんに任せるよ! ただ、やるんだったら身につけるものがいいなあ。忘れちゃいそうだからね! ボクが!」

ハルの言葉に、確かに、と頷くホウジョウ村の人間たちとケビン、ゲガス。

コタローも、そのとおりね、とワンワン吠えている。

ハルのは1級冒険者という折り紙付きの戦闘力だが、ノリの軽さは知っているので。

「ユージ、春までに考えておくように。それから村人への周知を。ホウジョウ村から街へ行く場合も、家族や友人をホウジョウ村に招く場合も割符が必要になる」

「わかりました。ブレーズさん、エンゾさんもお願いします」

「ああ、了解。まあ雪解け直後はケビン商会しか行き来はないだろうが……全員に伝えておこう」

「ユージさん、あとでブレーズとマルクと一緒に打ち合わせを頼むわ。割符の保管場所なんかもな。なにしろ俺が防衛団長だからな!」

「エンゾ、春からじゃねえのか? 俺はそのつもりだぞ?」

「あ、俺がもうお願いしたんですよ。文官の仕事がけっこう覚えることが多くて……防衛団は冬は訓練ぐらいしかやることがないから、だったら任せちゃおうと思って。ブレーズさんの村長は春からお願いするつもりなんですけど」

「そういうことか。まあ俺は予定通りだな。了解、ユージさん」

これまで開拓団長と村長と防衛団長を兼務していたユージ。

冬前のこのタイミングで自警組織である防衛団の団長を、春には村長を退くようだ。

税の優遇措置も次の秋にはなくなるため、開拓団としての名前も消える。

とうぜん、開拓団長の肩書きも。

来年度から、ユージの仕事はエルフとの交易の人間側責任者、ホウジョウ村担当の文官となる予定であった。

「ブレーズさんが村長になるのは春から。農作業も春からですし、割符の運用も春からですから、時期はいいと思いますよ。それにしても……そうですか、人の出入りが制限される。移住させづらくなりますけど、その分、秘密は守りやすくなりますね。缶詰も、衣料品も」

ケビン商会の生産拠点はホウジョウ村にある。

新製品の秘密が守られやすくなると、ケビンはほくそ笑んでいた。

「住人と許可をもらったニンゲンしかいない……みんなも遊びに来やすくなるね!」

エルフの里の顔ぶれを思い浮かべた、ハルも。

あとアリスはいまもブラウスを見ながらニマニマしている。

今年の誕生日プレゼントはそうとう気に入っているらしい。

アリス11才、オシャレしたい年頃であるようだ。

□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □

「ユージ、ではこの書類に記入を」

「はい、レイモン様。品目と袋の数と……」

ホウジョウ村に建てられた備蓄倉庫を歩きまわる二人。

代官のレイモンとユージである。

ユージは木製のバインダーを手に、挟んだ書類に羽根ペンを走らせている。

一枚書き終わるとレイモンのチェックを受けている。

文官仕事の引き継ぎである。

来年からはユージがホウジョウ村の徴税額を算出して、ユージが徴税するのだ。不安なことに。

「ユージ、農作物は以上だ」

「あ、はい。思ったより簡単な……」

「ホウジョウ村はさほど農地が広くない。ケビン商会の帳簿の確認のほうが難しいだろうが、それも一軒だけだ。そう手間取るまい」

「予習はしたんですけどね……がんばります」

帳簿と聞いてビビるユージ。

当然である。

ユージは経理どころか、社会人経験がない引きニートだったのだ。

実務経験がないのに帳簿のチェックを担当すると聞いて、尻込みしない元引きニートなどいるまい。

「基本的に、帳簿の確認と書類記入は各商会内で行う」

「じゃあ次はケビン商会のホウジョウ村支店ですね。……よし、がんばろ」

ぐっと力を入れ直して、ユージは歩きはじめる。

気負いなくついてくるレイモンを引き連れて。

ユージがこの世界に来てから6年目の秋。

収穫を終えたホウジョウ村で、ユージはついに文官仕事の実務をはじめた。

プルミエの街の代官でこの村担当の徴税官・レイモンのレクチャーを受けながら。

ユージ、初めての組織に所属しての仕事である。

悪戦苦闘しながら、ユージは文官として公的書類に書き込んでいくのだった。

次の秋から、この村を担当する文官として独り立ちするために。

ホウジョウ村が発展したあかつきには、街のトップである代官となるために。