作品タイトル不明
第五話 ユージ、家を囲う謎バリアの状態を調べる
「ユージさん……ここ、門の上、その、境界の魔素がここだけ薄く……いえ。ここに、魔素がない穴が空いています」
「えっ!?」
ユージが幾度となく助けられてきた、家の敷地を囲う謎バリア。
ゴブリンと相対した時もワイバーンと戦った時も。
コタローと一人と一匹で生活していた時も、アリスを保護してからも。
相手の攻撃と人やモンスターの侵入を防ぐ謎バリアの存在は、ユージの助けとなっていた。
「シャルルくん、その、元からってことはない?」
「そこまではわかりませんけど……でもほかの場所はすべて魔素で囲われているのに、ここだけ薄くなっていて穴があるんです。最初からとは考えにくいような……」
「そっか……」
「シャルル、儂らには魔素が見えん。どこにその穴があるか示せるか?」
「はい、お祖父ちゃん。左右はここからここまでで、上下はここからここまでです」
アリスとシャルルの祖父・バスチアンに言われてシャルルが手を動かす。
穴の大きさは、だいたいユージの手のひら一つ分。
シャルルの指示を聞きながら、『穴が空いている』場所に広げた手を当てるユージ。
とうぜん、何もわからない。
「ユージさん、試してみませんか? その……もしそこだけ攻撃を防がないようなら、ユージさんやアリスちゃんは気をつけないといけませんから」
「そうか、そうですよねケビンさん。シャルルくん、もうちょっと魔眼で手伝ってもらっていいかな?」
「はい、大丈夫です」
ケビンの指摘で、あらためて気がつくユージ。
魔素がない穴が空いている。
それはそのまま、そこだけ謎バリアの効力がないかもしれない、という意味なのだ。
不安な面持ちのまま、状況を確かめるべくユージは動き出すのだった。
「ユージさん! こっちは準備おっけーだよ!」
「了解でーす!」
ホウジョウ村開拓地、ユージの家の門を挟んで何人かが動きまわっていた。
外にいるのは1級冒険者でエルフのハル。
手には弓矢を持っている。
ハルの横にはアリスとシャルルの祖父・バスチアン。
門の内側、家の敷地の中にいるのはユージ、アリス、コタロー、アリスの兄のシャルル、ケビンの四人と一匹。
シャルルの指示を受けて、ユージは『魔素が存在しない』と言われた場所の両側にそれぞれ木材を立て、その間に穴を開けた紙を貼っていた。
魔素の穴、紙に開けた穴の大きさは同じ。
この場にいる全員に、謎バリアのうち魔素が存在しない場所がどこかわかるように、という工夫である。
穴を開けた紙から数歩内側に入った場所。
そこにはユージが立って、開いた手の上に果実を置いている。
魔素でできていると考えられる謎バリアに、魔素がない場所が存在する。
これまでユージが頼ってきた謎バリアに穴が空いているのか、その穴は攻撃を通すのか。
弓矢を構えたハル、紙で示された魔素がない箇所、ユージが手に乗せたリンゴのような果実は一直線上に並んでいた。
ユージ、体を張って確かめようとしているようだ。
「ハルさん、ほんとに大丈夫ですよね? 紙みたいに高さを合わせて木か何かで的を作ればいいんじゃ……」
「大丈夫、大丈夫! ユージさん、これでもボクは1級冒険者で、しかも剣より弓のほうが得意なんだよ?」
不安そうなユージ、ニコニコと言い切るハル。
たしかにユージの言うように、この検証にあたって的を手に乗せる必要はない。
ただの悪ノリである。
「ハルさん、がんばってー! ユージ兄も!」
「あ、うん、アリス、ありがとう?」
とはいえアリスはキラキラと目を輝かせ、ケビンもバスチアンもシャルルも、ハルの弓の腕に不安を抱いている様子はない。
コタローは眉をしかめているが、視線の先はユージではなく謎バリアの境界。こうげきがとおるのかしら、とでも言いたげに。不安がるユージは無視である。
「ユージさん、準備はいいかな?」
「……わかりました。ハルさん、お願いします!」
一瞬目をつぶって覚悟を決めたのだろう。
ユージはハルにGOサインを出す。
弓に矢を 番(つが) えて、ハルが弦を引き絞る。
それはまるで、息子の頭の上に乗せたリンゴを射抜かんとするウィリアム・テルのようで。
ウィリアム・ハルである。
狙いはユージの手の上のリンゴであり、ウィリアム・テルは架空の人物であるようだが。あと弓ではなくクロスボウだった気もする。まあどうでもいい。
ハルが矢を放つ。
あっさりと、緊張した様子もなく。
そして。
放たれた矢は、魔素がない空間を 通(・) り(・) 抜(・) け(・) た(・) 。
狙い違わず、矢はユージの手の上のリンゴのような果実を貫く。
貫かれた果実は矢の勢いを受けて、手の上から後ろに飛ばされた。
「命中! ほら、この距離なら外さないって!」
軽く言うハル、すごーい! と拍手を贈るアリス。
一方で。
「抜けた…………」
ユージは呆然と、矢が射された果実を見つめていた。
「ユージさん、考えるのは後にしましょう。矢は通りました。次は魔法です」
ショックを受けるユージの肩に手を置いて、ケビンがそっと次の果実を渡す。
もっともなことを言っているが、わざわざ手の上に果実を乗せる意味はない。
「……そうですね。ハルさん、次は魔法でお願いします!」
「りょうかーい!」
ケビンに渡された果実をふたたび手のひらに乗せるユージ。
空中に差し出した手の位置をシャルルが調整する。
「ユージさん、ちょっとこっちです。はい、そのままで」
「ありがとうシャルルくん。ハルさん、準備オッケーです!」
「了解! じゃあいくよー!」
ハルが続けて弦を引く。
だが、今度は矢を番えていない。
風魔法を得意とする『不可視』のハル。
元冒険者のブレーズとの訓練でも見せた、見えない魔法の矢である。
詠唱もなく、ふたたびあっさりと弦を離すハル。
ユージもアリスもコタローも、ケビンやバスチアンも、誰もその矢は見えない。
ただ一人、魔眼を発動しているシャルルを除いて。
わずかに目を動かしてシャルルが矢の動きを追い、そして。
ユージの手のひらの上の果実に、小さな穴が 穿(うが) たれた。
今回は、ユージの手の上に果実は乗ったまま。
「よし! 我ながら上出来!」
小さくガッツポーズをするハル。
アリスはすごい、すごーい! と先ほどよりも大きな拍手を贈っている。
「魔法も通った……マジか……」
ユージは穴が空いた果実を見つめていた。
小さく呟き、ただ呆然と。
「家を囲う結界のうちこのあたりが薄く、魔素がない場所があって攻撃が通る。ユージさん、どうでしょう、最初からですか?」
「ケビンさん……いえ。門の前が薄くて、ちょっと上に穴が空いてる。その、開拓民のみんなが来る前、俺はここでゴブリンの相手をしてたわけで……高さ的にはこのあたりでもおかしくないですよね? でも攻撃は受けませんでした。謎バリアで止められてたんです」
「武器も魔法も外から内へ通るのはハル殿が実証済み。となれば、ユージ殿がここでモンスターと相対して以降に薄くなったということじゃが……ユージ殿、心当たりはどうじゃ?」
「門の前……えっと、ほかの場所と違うことが多すぎます。その、よくモンスターに攻撃される場所で、あとは俺やアリス、リーゼやコタローが出入りして、開拓民の何人かとケビンさんやハルさん、エルフさんを通したり、あとは門を素材にするために壊して復活させたり……」
「過去は結界に囲われていたものの、いまでは穴がある。原因はいまのところ不明で、先ほどユージさんがあげたどれか、あるいは複数、あるいはすべて、あるいは別の理由。シャルルくんに見てもらいながら試せば検証できるかもしれませんが、それよりも」
魔素がない場所は攻撃を通すことを確かめたユージたちは、敷地の中、庭に集まって話をしていた。
ケビン、ユージ、バスチアンが言葉を交わす。
しゃべれないが、コタローも三人の近くで聞き耳を立てている。文字通り。
シャルルとアリスは手を繋ぎ、ハルと一緒に三人の輪から少し離れた場所にいる。
ユージの話を聞いて、ざっとまとめたケビンが口ごもる。
「ケビンさん? それよりもなんですか?」
「過去にはない穴が空いた。原因次第ではありますが……ユージさん。この家の敷地を囲う境界は、永遠じゃないかもしれないんです」
「あ……」
「いつかなくなるかもしれない。いつかモンスターを防がず、攻撃を防がず、魔法を通すかもしれない。いつか誰もが入れるようになるかもしれない。そういうことです」
「あの、ちょっといいですか?」
「シャルルくん?」
「あの、家から伸びてる電線? ですか? あれが結界に繋がってるわけで……その、もしかしたら、もしかしたらなんですけど。魔素でできた結界がなくなったら、あれがどこにも 繋(・) が(・) ら(・) な(・) く(・) な(・) る(・) んじゃないかって……」
ユージが、足下のコタローが目を見開く。
「そ、そんな……え、だって、電気やガスや水道には魔素が宿っていて、シャルルくんは電線にも魔素が宿っているって言ってて、それが謎バリアに繋がってて……じゃあ、じゃあもしかしたら!」
本来、シャルルに魔眼で見てもらおうとしたのは、元の世界で作られた物に魔素が宿っているかどうかだった。
だがそれどころではない。
ユージの動揺は大きい。
「ユージさん、まだそうと決まったわけじゃありません。いろいろ調べてみましょう」
「ケビンさん……だって、電気やガスや水道が使えなくなったら! それにネットだって!」
ケビンに声をかけられても、ユージの動揺はおさまらない。
当然である。
ユージがこの世界に来てから6年目。
ユージは何度もこの世界を旅をしていたが、いつだってここに帰ってきた。
ホウジョウ村開拓地にある、自分の家に。
謎バリアで守られ、元の世界の家具があり、電気とガスと水道とネットが使えるこの家に。
「ユージ兄……アリス、アリス大丈夫だよ! お風呂がなくっても暗くっても、ここはユージ兄の家だもん!」
動揺するユージにがばっと抱きつくアリス。
後脚で立ち上がったコタローも、ユージの太ももに前脚をかけている。
ユージ一人の問題ではない。
この家には、アリスもコタローも住んでいるのだ。
元の世界の住人たちも、ここからネットで繋がっている。
幸いなことに、ホウジョウ村開拓地の水源はすでにユージの家の水道を頼らなくなっているが。
「アリス……ありがとう。コタローも」
右手でそっとアリスの頭を撫でるユージ。
左手では、コタローの頭を。
「ユージさん。とにかく、どんな理由でユージさんが言う『謎バリア』の魔素が減るのか。シャルルくんに見てもらいながら、いろいろ試してみましょう。原因がわかれば対策もとれますし、ひょっとしたら解決方法もあるかもしれないじゃないですか!」
ユージを励ますように告げるケビン。
「…………そうですよね、うん。いまは何もわかってないだけで。うん、そうだ、みんなにも相談してないし」
ユージの目に、ようやく光が灯る。
「そうですよユージさん。嘆く前に動いてみましょう!」
「はい! ありがとうございます、ケビンさん」
「そうじゃユージ殿。ユージ殿はアリスとシャルルの恩人。微力じゃが儂も力になろう」
「ユージさん、ボクらエルフも力になるよ! せっかくぱそこんがおもしろいのに使えなく……稀人にはいろいろ助けられてきたし、リーゼお嬢様も助けてもらったしね!」
「バスチアンさん、ハルさん……」
「ユージさん。ドニが助かったのもユージさんのおかげです。ボクでできることはなんでもしますから!」
「シャルルくんまで……」
ユージの目に涙がにじむ。
いま何でもするって言ったよね、とは言わなかった。ユージにショタ趣味はない。
「みんな、よろしくお願いします!」
ユージは目を潤ませて、ただ頭を下げるのだった。