軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話 ユージの妹サクラ、迷惑をかけたお隣さんにご挨拶する

「こんにちはー! おじさん、おばさん、おひさしぶりです! サクラですよー。入りますね!」

「あ、サクラさん、ちょっと」

母屋の前に立ったユージの妹・サクラが、返答を待つまでもなくガラガラと引き戸を開ける。

運転手としてついてきていた洋服組Bが慌てて止めるがサクラは無視。

どうやらここは田舎のしきたりで動いているようだ。いちおう宇都宮市内なのに。

まあそもそも相手に声をかける前に、サクラの進言で敷地の中に二台の車を停めている。

田んぼが広がる宇都宮の郊外。

生垣で囲まれた敷地の中には、母屋のほかに離れもあった。

二軒の家と車庫、農機具が収められた大きなプレハブ小屋があり、さらに前庭には二台の車を停められる空間がある。

広い。

広いが、田舎ではそれほど珍しくはない。

北条家のお隣さん、藤原さんの家である。

お隣さんといっても北条家があった場所から300メートルほど離れている。それでも田舎では近いほうである。いかに郊外といえど、いちおう宇都宮市内なので。内地はともかく、北海道にいたってはお隣まで『km単位』なこともあるのだ。酪農を営むコテハン・試される大地の民1の家のように。

「あらー! あらあらあら! サクラちゃん、ひさしぶり! まあまあ大きくなってー」

「藤原のおばさん! おひさしぶりです! えっと、ジョージは紹介しましたもんね?」

「ええ、ええ、覚えてるわよ。サクラちゃんが外国の人と結婚したってねえ、あら! ひょっとしてその子は……」

「はい、もうすぐ1才になる私とジョージの子供です!」

「あらあらまあまあ! かわいいねえ! サクラちゃんにそっく……あんまり似てないかしら? 髪の色と目の色が……よく見ると顔の造りは似てるわねえ!」

「おーいおまえ、そんなところで話してないで上がってもらえ」

「あらあら、ごめんなさいねサクラちゃん。みなさん? も、どうぞどうぞ」

玄関に入り込んでいたサクラを咎めることなく話しはじめた一人の女性。

サクラいわく『藤原のおばさん』である。

実際には70才前後で『藤原のおばあちゃん』なのだろうが、昔からの呼び名はそうそう変わるものではない。

ともあれ。

サクラ、夫のジョージとベイビー。

同行する郡司、クールなニート、洋服組B。

合計6人は、藤原さん家のリビングに案内されるのだった。

ちなみに北条家とほぼ同じタイミングで建て直しているため洋風リビングである。

「おじさんもおばさんもホントごめんなさい。なんかウチが迷惑かけてるみたいで」

「いいのよおサクラちゃん! サクラちゃんが悪いわけじゃないし、郡司さんでしたっけ? もう何回も挨拶に来てくれてねえ。偉い弁護士の先生がわざわざ」

「そうそう、おかげで助かった。そろそろ相続や遺言をどうしようかってこいつと話をしてたんだけど、弁護士の先生に知り合いなんかいなかったからねえ」

「もうおじさん、まだまだ元気じゃない! 長生きしなくっちゃ!」

「いやあそれがこの前、腰をやっちゃってね。もう農家は引退だ」

「そうなのよサクラちゃん、この人ったら歳を考えないで無理するもんだから! だから借地の話もちょうど良かったのよ」

「そっか、ウチのまわり、おじさんとおばさんにも貸してたんだっけ」

「そうよお。それでサクラちゃん、ユージはいまどうしてるの? 郡司さんからいろいろ聞いたんだけど、おばさんよくわからなくって。家もないんだし、あの子、外に出られるようになったんでしょ?」

「うん! お兄ちゃん、家から出ていろいろやってるよ! その、日本じゃなくて……簡単に言うと、別の世界だけど」

「外国ってことかしら? サクラさんと一緒にアメリカに?」

「いやそのなんて言うか……そう、例えば映画の中とかドラマの中みたいな! 神隠しにあって、そっちで元気にやってるっていうか……」

藤原のおばさんとサクラの話題は飛びまくる。

迷惑を謝罪したかと思えばおじさんの腰の話をたどり、農業を辞めて借りていた土地を北条家に戻したという話へ。続けてユージの話へと流れていく。

パワフルなおばさんである。

サクラ以外の5人はただ黙り込んでいた。ベイビーは元々しゃべれない。

「なんだかよくわからない話だねえ」

「うーん、浦島太郎みたいに竜宮城に行って、あっちでがんばってる感じ!」

「はあ、やっぱりよくわからないけど……ユージが外に出られるようになったのは良いことね」

「うん! お兄ちゃん、もう昔みたいに元気になってるよ!」

サクラ、いつになく子供っぽい口ぶりである。

相手は子供の頃から知っている隣家の夫婦。

きっとこれまでのクセなのだろう。

「ふふ、本当に良かったわねえ。ユージがああだし、サクラちゃんのお父さんとお母さんもああなったから、おばさん心配で心配で……」

「ほんとになあ。おじさんも力になってやれればよかったんだが……」

「ううん、ありがとう。私もお兄ちゃんも、いま幸せだよ」

目尻に涙を浮かべてしんみりとする三人。

あいかわらずジョージもベイビーも同行した三人も蚊帳の外である。

そのまま思い出話に花を咲かせることしばし。

さすがに 焦(じ) れてきたのか、郡司がサクラに耳打ちする。

「そうだ、おじさんおばさん。ウチの家のまわり、キャンプ場にしようと思ってるんだ。人が増えて迷惑かけてるでしょ? だから駐車場も作って車はそこに、人は自分たちで泊まれるようにしようと思って」

「あらあら、それじゃ人がいるのは今だけじゃないのかい?」

「うん、たぶんそうなりそうだって。ひょっとしたらもっと人が増えるかもって」

「人が増える、ねえ……」

「ふーむ……」

「あの、迷惑かな?」

「あら、違うのよサクラちゃん! ちょっと考えごとしちゃってね! キャンプ場になって人が増えるってことは……この辺の土地の値段、上がらないかしら?」

「え? ええっと、どうですか郡司さん?」

「おそらく上がるでしょう」

「サクラさん、郡司先生。今後の展開しだいですけど、間違いなく上がると思います」

「そっか。おじさんおばさん、たぶん上がるって。それでどうしたの?」

「ほら、ウチの息子が東京で働いてるじゃない? お父さんが腰を悪くしたからね、こっちに住まないかって誘われてるのよ。来るなら二世帯で住める家を建てるし、孫と一緒に住めるぞって」

「ウチはしがない農家だが、ずっとこの土地を耕してきたんだ。コイツは売っぱらって東京に行きましょうって言うんだが、いまいち踏ん切りがつかなくてなあ」

「えっと……」

「サクラさん、好きに助言すればいいですよ」

「ええ。ご近所付き合いは何より大切ですから」

アドバイスしたほうがいいのかためらうサクラに、クールなニートと郡司が声をかける。

特に宇都宮で長年法律事務所を営んできた郡司は、肯定的だった。田舎のご近所トラブルの大変さを知っているのだろう。

「ありがとう二人とも! おじさんおばさん、この辺の地価はどんどん上がっていくと思う。だから売るより貸したほうが……あとは何かに使うとか? 買うのも借りるのも、おじさんとおばさんが決めたら、私たちが引き受けてもいいし」

「あらあら、そんなになのかい?」

「うん。貸すのはともかく、いま売るっていうのはもったいないと思うよ」

「あの、ちょっといいですか」

「え? どうしたの? えっと……」

「あ、コテハンだと洋服組Bです。ああいえ、それはいまどうでもよくって」

ユージの話が大きくなればなるほど、『ユージが異世界に行った』場所は注目を浴びるだろう。

行ける行けないはともかく、ごくわずかな可能性を信じて周辺の土地を欲しがる酔狂な人間も増えるはずだ。

かつてアメリカで、プロデューサーが危惧していたように。

欲しがる人が多ければとうぜん地価は上がる。

それは遠い未来の話ではないだろう。

なにしろ、すでに宇都宮には目に見えて外国人が増えているのだ。

「その、例えば土地を貸してコンビニにするとかどうですか? キャンプ場になったら目の前にあれば便利ですし、その、売ろうと思ったら売れますし、人に任せて自分たちは好きにすればいいわけですし」

「でもおじさんもおばさんも働くのは厳しいんじゃない? オーナー店舗ってそうしないと稼げないんでしょ?」

「サクラさん、それはたぶん売上が少ない店舗の話のはずで……えっと、興味があったら聞いてみますけど」

「聞いてみる? あ、そっか、洋服組Aくんのほう!」

「はい。アイツ、あれからずっとコンビニで働いてるし、オーナーは叔父さんみたいだし」

「あら? あらあらあら? 貸すだけでお金が入ってきて、いずれ土地を売れば財産になるってことかしら?」

「おばさん、焦らないで! あの、クールなニートさん、申し訳ないんだけど……ほら、私たちが迷惑かけちゃってるし……」

「そうですねサクラさん。ではいろいろ調べて、いくつか土地の活用法を提案しましょう」

「あらあらあら、悪いわねえ」

「いいのよおばさん! いまもこれからも、まわりが騒がしくなっちゃうんだから!」

「サクラちゃんこそ気にしないでね! そう、土地の値段が上がる……何もしないでお金が入ってくる可能性も……」

「おいおまえ、よしなさいはしたない。だがそうか、先祖伝来の土地がいま以上の財産に……」

くふふ、と笑い合う藤原のおじさんおばさん。

降って湧いた儲け話に夢が膨らんでいるようだ。

取らぬ狸の皮算用、というヤツである。

いや。

向かいがキャンプ場になることは確実で、この周辺の土地を欲しがる人が増えるという予測もかなりの確実な話なのだ。

少なくともプロデューサー夫婦さえ『欲しい』と公言している。

分のいい勝負である。

「あの、おじさん? おばさん?」

「あらごめんなさいねサクラちゃん! 迷惑? いいのいいの、気をつけてくれれば!」

「そうだぞサクラちゃん。隣同士助け合ってこそじゃないか。郡司先生たちも充分に対処してくれてるしな」

サクラが訪れた時よりも上機嫌な藤原のおじさんとおばさん。

現金なものである。

まあ手のひらを返したわけではなく、最初からさほど迷惑に思っていなかったこともあるのだろう。

「……お金って怖い」

小さな声でポツリと呟くサクラ。

ジョージの反対、横に座っていたクールなニートが頷く。

コンサルを仕事にしていた男は、お金にまつわる諸事に実感があるようだ。

ともあれ。

ユージの妹・サクラは、ユージの話が大きくなって迷惑をかけていた隣人への謝罪を済ませるのだった。

最終的には、もっと有名になればもっと地価も上がるのかしら? 人が増えれば借りたがる業者も増えそうだな、などとノリノリな藤原家のおじさんとおばさんに見送られて。

逞しすぎか。