作品タイトル不明
第十五話 ユージ、領主夫妻と代官と打ち合わせをする
「おお、久しいなユージ殿!」
「領主様、秋はありがとうございました」
「お二人とも。呼び方はきっちりとお願いします。他の者に示しがつきません」
「レイモンは相変わらず堅いのう! ではユージ。部下になったこと頼もしく思う!」
「ありがとうございます、ファビアン様」
宿場予定地を出発して街に到着してから二日後。
ユージとアリス、コタロー、ケビンはプルミエの街の領主の館に来ていた。
王都から帰ってきた領主への挨拶、それとホウジョウ村の治安維持 兼 防衛の相談のために。
ユージたちに応対するのはこの地を治める領主・ファビアンと妻のオルガ、代官のレイモンの三人。
この辺境のトップである。
「それでユージ、今日はなんの用だ? 儂への挨拶だけではあるまい?」
「あ、はいファビアン様。えっと、ホウジョウ村開拓地の治安を守るアイデアがありまして……」
領主に促されて話をはじめるユージ。
すでに何度も会っていて、細かなことには気にしない性格だとわかっている。
それでも貴族相手に堂々としたものだ。
まあファビアンと、アリスの祖父であるバスチアン侯爵しか許してくれないだろう程度の礼儀作法だが。
「ホウジョウ村、それに宿場町への通行は許可制にする、か。よいのではないか? どうだレイモン?」
「往来はそれほど多くはないでしょう。実務の面でも無理はないかと」
「あなた、私も良いと思いますわ。あの地には知られては困る秘密がたくさんありますから」
「む? 何かあったかオルガ?」
「もう、他の貴族にユキウサギの缶詰を売ってきたのはあなたではありませんか。あの製法を知られて困るのは私たちですよ?」
「おお、それもあったな!」
ホウジョウ村開拓地にはケビン商会の缶詰生産工場がある。
この前の冬に試験運転をはじめた工場では、冬の間に仕留めたユキウサギを使って貴族向けの高級缶詰を生産していた。
以前に取り決めた通り、ケビンは貴族に販売できるよう領主夫妻に卸したようだ。
領主夫妻は仕入れた高級缶詰を好きな値段で貴族たちに売って、利益を得られる。
だが缶詰の製法がバレて他所でも作られるようになれば、売れなくなるかもしれない。
情報が流出することを恐れて、領主夫人はケビンに資金援助して秘密を守りやすい開拓地に工場を造らせたのだ。
缶詰の製法を守ることは、ユージにとってもケビンにとっても領主夫妻にとっても重大事なのである。
「うむ、ではその線で検討しよう! あとは任せたぞレイモン」
バンバンと代官・レイモンの肩を叩く領主。
どうやら決断した後は投げっぱなしのようだ。
ユージと同じく。
「はっ、お任せください」
喜んで、とばかりに引き受ける部下の姿勢は違うかもしれない。
副村長のブレーズも職人たちも農業を仕切るマルセルも、ユージさんなら仕方ないよな、とでも言わんばかりに引き受けるので。
頼れる上司と愛される上司の違いである。たぶん。
ホウジョウ村に行くには許可が必要であり、許可証がなければ宿場で捕らえられる。
基本方針を決めて、細かな取り決めは今後の課題となった。
許可証をどんなものにするのか、捕らえた後はどうするのか。その辺りは今後決めていくことにしたようだ。
これでユージの用件は済んだが、一行は席を立たない。
おたがいまだ用事があるらしい。
「では領主ご夫妻に、私どもケビン商会とホウジョウ村からこちらを献上いたします」
預かっていたのだろう、ケビンが合図をすると館の使用人たちが応接間の中に入ってくる。
ぞろぞろと続く使用人たちは、手に荷物を持っていた。
「ケビン殿、これは?」
「まあ!」
「この春、開拓地で仕留めたワイバーンの皮です。傷が一箇所で丸々一匹分ですから、こちらで加工せずにそのままお持ちしました」
「なんと、傷は腹のコレだけか! ケビン殿、魔法か?」
「丸々……まあ、どうしましょう!」
「はい。領主様もご存じかと思いますが、アリスちゃんの魔法で」
「む? そうか、アリス殿はバスチアン様の……うむ、すごいぞアリス殿!」
「えへへ、ありがとうございます領主様!」
王都で騎士も務めている貴族から褒められて、アリスは誇らしげな笑顔を見せる。
「今後、春のたびにホウジョウ村にワイバーンが飛来する可能性がございます。ワイバーンの革はホウジョウ村の特産品になるかもしれません」
「くっ、今回まっすぐ向かっておれば! 秋ではなく春にこそ!」
「あなた、いけませんよ。みなで倒せる力があるのでしたら余計に」
領主、ワイバーンと戦えなかったことが悔しかったようだ。
貴族のくせに商人のゲガスと拳を交わすだけあって、戦闘狂なのかもしれない。
春、リーゼの祖母でエルフのイザベルとアリスの魔法で倒したワイバーン。
ユージとケビンは、ワイバーンの皮を加工せず領主夫妻に献上することにしたらしい。
「あなた、それより討伐の報酬を」
「うむ、そうであったな。皮までもらったのだ、討伐の報酬を出したうえで色をつけよう」
「ありがとうございます領主様」
小さな傷跡一箇所だけ、一匹丸々使えるワイバーンの皮は稀少である。
丸ごと買えるのは貴族か大店の商人ぐらいしかいないほどに。
だからこそケビンは、今回は領主夫妻に献上することにしたのだ。
領内で獲れた物なのに、その地の領主が持ってないとなれば感情的にはよろしくない。
もちろんそれを無視して商売することも可能だが、せっかくホウジョウ村もケビン商会も領主といい関係が築けているのだ。
実を捨てて名を取ったのである。
封建制の社会で領主の覚えがめでたくなるという実利があるので、実も捨ててはいないのだが。
ちなみにユージたちと開拓民は事前にケビンから聞かされており、賛成している。
ケビン商会が買い上げた形にして妥当な金額を払うと聞かされていたので。
剥ぎ取りも丁寧なので剥製にするか、いい場所を選んで革製品にするかと領主夫妻がひとしきり盛り上がった後。
思い出したように領主が口を開く。
「む、忘れるところであったわ。バスチアン様からユージとアリス殿に言伝を預かっているのだ」
「お祖父ちゃん! えへへ、なんだろー」
「俺にも? あっ」
「ユージは気づいたようであるな。うむ、ハル殿がバスチアン様に会ってな、シャルル殿の夏休みに、ホウジョウ村に来るとのことだ」
「ええっ! えっと、もう一回言ってください!」
「アリス、落ち着いて」
「ふふ、よいよい、子供は元気でなくては。バスチアン様とシャルル殿が、夏に開拓地を訪れるそうだ。どんな手段かは教えてもらえなかったが、お忍びの道行きでこの街に寄るかどうかはわからぬらしい」
「やったあ! ユージ兄、お祖父ちゃんとシャルル兄が来るんだって! うわあ、アリス楽しみ!」
「やったねアリス! あっ、その、兄って」
「ユージ殿、心配はいらぬ。儂とオルガとレイモンは知っておるゆえな」
「あ、そうでしたね! よかったなあアリス」
ニコニコと笑いながらアリスの頭を撫でるユージ。
ひさしぶりに祖父と兄に会える。
アリスは今からもうテンションが上がってそわそわしている。
「あれ? そういえば夏休みって?」
「うむ。シャルル殿はこの春から貴族学校に通っておる。夏と冬、それぞれに長期休暇があるのだ」
「そういえばそんなこと言ってましたね……そうか、テッサが起源だから長期休みも」
「学校! シャルル兄はすごいねえ!」
「うむ、アリス殿。剣術は防御中心に儂が教え、魔法は『赤熱卿』が教えたのだ。強くなっておるぞ? 学校では優秀な成績を残すだろうて」
「あなた、貴族学校は武だけを競うところではありませんよ」
「む? そうか?」
「個人の武、集団の指揮。貴族としての知識、教養、礼儀作法、算術に領地経営、ダンスに音楽に……」
「……あまり記憶にないのだが、うむ、そうであったな」
「た、大変そうですね」
「まあバスチアン様が教えておるのだ、その辺りも心配あるまい、うむ」
自分のことを棚に上げて言い切る領主。
ユージは科目数の多さと科目名から想像した内容にちょっと引き気味である。
「シャルル兄はすごいね! アリス、いっぱいお話聞かせてもらおうっと!」
一方で、アリスは好奇心に目を輝かせている。
『学校』を知らないため、アリスは楽しそうに思えたのかもしれない。なにしろ宿題も課題も朝イチの授業も昼食後の授業も集団生活も『二人一組』も知らないので。
いや、この少女ならすべて楽しめそうだが。
「聞くだけじゃなくてアリスも話したいことがたくさんあるんじゃない? 俺も聞きたいことがあるし」
「うん! 夏かあ、はやく夏にならないかなあ!」
「はは、アリス、その前に今度リーゼに会うんでしょ?」
「ああっ、そうだった! リーゼちゃんも元気かなあ。アリス忙しいなあ!」
忙しいと言いつつアリスは嬉しそうだ。社畜系少女か。
まあこの世界において、子供が朝から晩まで働くことも珍しくないのだが。
ともあれ。
ご機嫌なアリスを大人たちが微笑んで見守りつつ、領主夫妻と代官との打ち合わせは終わるのだった。
ユージが提案したホウジョウ村の治安維持と防衛のための策が認められて。
運用やルールなど細かなところはこれからだが、海賊面のゲガスと7人の強面の男たちがいる宿場予定地は追いはぎ宿になるようだ。権力者公認の。
隠れ関所にオオカミたちによる早期警戒体制、エルフ謹製の土壁、ワイバーンを無傷で堕とす戦力。
ホウジョウ村開拓地は、さらに安全になるらしい。